第31話 王国の危機

 王女リリーが来てからというもの、俺は千里眼を時々使うようになった。

 女神様の千里眼のサブセットではあるがトラッキングすることも出来るし音声も拾えるのは便利だ。


 ある日、聖アリステリアス王国の王都に第一級緊急招集がかかった。

 第一級緊急招集とは、戦争勃発など王国の第一級危機にのみ適用される国家危機管理会議の招集を意味する。王城にある国王の執務室には深刻な表情の宰相と各大臣たちが集まっていた。

 これは、キリシス地方を急速に発展させ、数々の驚くべき改革を行い、さらに国を揺るがす多くの製品を生み出した『魔法使いリュウジ』の懐柔に失敗したためである。


「このまま、物流を彼の地の商人に握られたままとなると大変なことになりますぞ」


 事の顛末を説明した後、その意味するところが十分に伝わるのを待って宰相は言った。


「左様、全てこの国の経済活動は、彼の地に握られることになるであろう。他国に握られる訳ではないのが、せめてもの救いと言うもの」と、国王は腕を組んで苦々しげに言う。


「この国だけではありませんぞ。自動荷車を利用した輸送は荷馬車が到達する距離の三倍に達するという。既に彼の地の商人は、この国のみならず周辺諸国までもその勢力圏内に収める勢いとのこと」これは商会などを仕切る経済担当大臣だ。


「うむ。彼の者の囲い込みが叶わなかったのは痛恨の極みじゃ。叶いさえすれば我が国の繁栄は約束されたも同然となったであろう。必要な時に必要なものが届けられるのじゃからな。需要に即座に応える供給とは、まさに究極の物流」と国王が言った。


 この国の国王は出来る男のようだ。


「おっしゃる通りです。各地の倉庫などの無駄が省け、余った食材を腐らせることもありません」と、宰相も異論はないようだ。


「さらに、素早い輸送では同時に時間が手に入る。時間が手に入るということは競争に勝つと言うことじゃ。我が国は物と時間を掌握し、戦争せずとも諸外国を支配することが可能となる筈じゃった」悔しそうに国王は言う。


「しかも、物流だけではありません。量だけでなく高品質の食料、自動荷車を初めとする見たことの無い魔道具、さらに希少金属の鉄。これら誰もが欲しがる交易品を持っています。この鉄の剣をご覧ください」


 王に断ってから、宰相は持っていた剣を抜いて見せた。


「おおおっ」


 その剣の輝きを見て、大臣たちがどよめく。


「この剣は美しいだけではありません。この鉄で出来た剣は真鍮の剣を容易く両断することが出来るのです。これを装備した兵は、とてつもない脅威となりましょう」と宰相。


「な、なんと言うことだ」と、先ほどの経済担当大臣。

「素晴らしい輝きじゃのぉ」と国王。

「このような剣、見たことありませんな」と軍事担当の大臣。

「か、鏡のようだ」などと、大臣たちから感嘆の声が上がる。


 宰相の腕の動きに合わせて剣は煌めき、その輝きに誰もが見惚れてしまった。


「彼の者の価値は、計り知れぬ。それゆえ、辺境伯の叙爵も承認したのじゃからな。しかし、拒否されたとあらば……」


 ため息交じりに吐き出すように国王は言う。


「いえ、だからと言って下手なことは出来ませんぞ。彼の地は今や聖アリス教会の総本山。聞くところによれば、女神アリス様の降臨時には彼の者が共にいたと言うではありませんか。間違っても敵対してはなりません」


 経済担当大臣は商人などから情報を得ているようだ。


「一体、何者なのでしょうか? 一介の魔法使いとは到底思えませんが」と言って宰相は国王を見た。


「そうよの。手を尽くして彼のリュウジなるものについて調べさせたのじゃが、突然女神アリス様と共に現れたとの事じゃった」


 国王、配下の密偵を放った模様。


「それでは、まるで……」

「待て待て、普通に彼の地のおなごを娶っているというではないか。しかも何人も。普通に欲望を持った人間ということだ。軽々に結論を出すわけにはゆかぬぞ」


 ある大臣の発言を窘めるように国王は言った。


「なんにしても、敵に回すわけには参りませぬ。それは、我が国の死活問題となりましょう」これは宰相だ。

「左様。一度の不手際程度で投げ出せるものではない。加えて、この件これだけでは済まぬ気がする。ならば、簡単に諦める訳にもいかん」

「そうですな」


「ともかく当面は、最大限の優遇を行い友好関係を築くことこそ肝要というもの」と国王。

「確かに」


 宰相も他の大臣たちも異存はないようだ。


  *  *  *


 その夜、聖アリステリアス王国宮廷の奥深く、とある部屋に国王の娘達三人が集められていた。

 国家危機管理会議の結論を国王自ら娘たちに話して聞かせるためである。


「お父様が第三王女などを送って出し惜しみなどするから、このような事になるのです」


 第一王女セレーネ(十八歳)が言った。このごろ結婚を心配され始めた長女である。


 この世界の王族では、女は二十歳より前に結婚する。

 ただし、アリステリアスには王子が生まれなかったため、セレーネは婿を取ることになる。実際、婚約していた他国の王子が急死しなければ今頃は結婚していた筈なのである。急死はこの衰退している世界ではよくある話ではあるが、結婚相手を選ぶのが難しい第一王女の婚姻の確率は、これによりかなり低くなってしまった。

 ただ、第一王女の特権で女王として君臨することも可能なので本人としては覚悟しているのかも知れない。


「第三王女などとは、酷い言い様ではありませんか。姉上」リリーが不満げに言う。

「そうじゃないのよ、リリー。第三王女では辺境伯程度しか与えられません。それでは足りないと言っているのよ。辺境伯に満足できる男にあれほどの事は出来ません。わずか一年で世界の覇権を握ろうとしているのですから」


 一般論としては正しいのかも知れないが、それが一個人の思惑と一致するとは限らない。


「では、第一王女のセレーネ姉様ならば、どうなさるのです?」


 第二王女のアルテミス(十六歳)である。彼女も、ちょっと焦っている。

 姉のセレーネとは逆に、同じ国のもう一人の王子へ嫁ぐ予定だったのだが、姉の婚約者急死の騒動に巻き込まれて自分だけ結婚することも出来ず、その後婚約も解消になってしまったのだ。

 第二王女の場合、姉が嫁いで自分が婿を取るというケースもあるので姉の結婚が決まらないと自分の結婚も決まらないという難しい立ち位置でもある。


 それはともかく、第一王女の結婚相手は昔から王族と決まっている。


「まずは、その者を彼の地の国王にしてしまいましょう」第一王女、願望全開である。


「キリシスを国にか?」さすがに国王は驚いて言った。

「はい、そうです。それだけ繁栄しているのなら、国家として独立してもおかしくないでしょう」第一王女セレーネは事も無げに言う。


「そうですね。彼の者が伝え聞くような傑物であるなら、遅かれ早かれそのようになるでしょう」第二王女アルテミスも同意する。


「それは、わらわが保証する。あやつ、とんでもない男ぞ」


 リリーのその言葉に、セレーネは強く頷いた。


「ならば、すぐにも国家として独立し、内外に強い影響力を持つようになることでしょう。いえ、実際に国を名乗るかどうかは問題ではありませんわ。実質的にそうなるということです」


「うむ。そうじゃの」国王も同意した。

「はい。むしろ国を名乗ってくれたほうが、わが国としては付き合い易いと言えましょう。いわゆる国家間の流儀というものがありますから」

「なるほどのぉ」


 国王、感心しきり。大変な話をしつつも、娘の成長を喜ぶ国王であった。


「厄介なのは、そうでない場合です。実体が分からず、影響力のみ振るわれるのは極力避けねばなりません。ですので、国を名乗らせるしかありませんわ」


 セレーネは未来を見通すような目で言った。


「しかし、いまだ領主にもなっていない男に、国を作れという訳にもいかん」


 国王は困り切った顔で腕を組みながら言った。


「ですから、わたくしが参りますの。これは第一王女としての務めと考えます」

「お姉さま。カスタムモデルが欲しいだけなんじゃ……」とリリー。

「違います。貴女じゃなくてよ」


「しかし、王族として行っても。リリー同様にあしらわれて終わるだろう。爵位に興味を示さぬ男だぞ」


「はい。ですから、街の女として参ります。ハーレムを作ると言っていたのでしょう? いいおなごであれば迎えるということ。子供ではだめですわ。わたくしならば、すぐさま迎え入れられることでしょう。」セレーネ、確信を持って言う。


「そうなりましたら、わたくしが国王として立つよう説得致しますわ。愛する妻の言葉ならば容易く聞き入れてくれるでしょう。あとは陛下が国家として承認すれば良いのです」


「そうかのう。既に、容姿端麗な妻を三人も娶っておったがのぉ。もう満足じゃと言っておったがのぉ」リリーには信じられないようだ。


「ふふふっ。殿方はよくそうしたことを言いますが、それは更に美しいおなごに出会うまでのことです。欲望とは果てしないものなのです。それこそが発展の起爆剤であり、それのない男に事を成せる筈がないのです」


 これは、侍女からの情報である。さらに、侍女は恋愛小説からの情報である。つまり、全く根拠のない情報である。それらしく聞こえるというだけで、殆ど当事者の願望である。


「姉上、姉上が美しいのはわらわも知っておるが……その自信は逆効果のような」とリリーが突っ込みを入れる。


「でしたら、姉さま。わたくしもお供致しますわ」


 これは第二王女アルテミスだ。この話の流れで自分が選ばれれば、そのまま嫁げるだろう。

 相手が見つからないまま宮廷内で年を重ねるよりずっといい。可能性は希望へ、希望は期待へ、期待は願望へ、願望は確信へと勝手に成長していく。


「アル姉さままで。ならば、わらわも」


「貴女はだめよリリー。バレバレじゃない」とセレーネ。

「まだ、ちこっと会っただけじゃ、興味のないおなごのことなど忘れておるに違いない」

「興味のないおなごが行っても意味ないのでは?」アルテミスからもダメ出しされる。

「違うのじゃ、わらわに似た年も近い妻もおるのじゃ、じゃから興味がない訳ではない筈じゃ。付け入る隙はどこかにあるハズなのじゃ」


 リリーの場合は、単に遊び相手として面白いと思ってるだけかも知れない。


「三段構えの作戦ね」とセレーネ。

「なんですの?」とアルテミス。


「美人王女三人、好きな者を召し上がれ大作戦」

「まぁ」

「むふふっ」


「これで落ちない殿方はおりませんわ。とにかく子を成せばわたくしたちの勝ちです」


 セレーネがぶち上げた。


「おお、それは凄い。お前たちの魅力ならば可能であろう」


 国王は、第一王女の言葉を信じた模様。


 既に、ひとり失敗してるのだが。

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