第30話 リリー王女
「なんだったんでしょうか?」
湯船でセシルが、ため息交じりに言った。
疲れたので、みんなで露天風呂に入ることにしたのだ。
「さあな。まぁ、王族のわがままなんじゃないか? 付き合いきれん。ウィスリムさんも苦労してそうだな。」
「王族に仕えるのって大変そうね。」ニーナも疲れた顔で言った。
「そうだな。叙爵するってことは、そのわがままに付き合うってことだ。あほらしい」
「でも、みんなにめーれー出来るよー」とミルル。
「ミルル、権力に興味ないだろう?」
「うん」やっぱりな。
「無理やり命令なんてしても、いい結果にはなりませんしね」
セシルは分かってるね。
「無理やりだからいいのじゃ」
後から湯に入って来た者が言った。
「なっ」
振り向いて俺は絶句した。そこには、あられもない姿の王女リリーが立っていたからだ。
「王女様どうしてここに」とニーナ。
「いや、評判の女神湯に入らずに帰れぬからのぅ」何故か堂々と言う。
「いけません。リュウジ様ここは……」とセシル。
「リュウジ、逃げたら、この場で叫ぶぞっ」
「うっ」固まる俺。
まぁ、王女の目の前で全裸で立ち上がる訳にもいかないんだけど。
「ふっふっふ。どうじゃ、わらわの魅力にぞっこんになるのじゃ」ない胸を張って勝ち誇る王女。
「あ~っ、だから子供は嫌いなんだよ。周りの俺の嫁を見てみろ」と呆れて言う俺。
「む。こ、これは!」
俺と並んで湯に浸かっている嫁を見た王女、その自信が脆くも砕け散ったようだ。
「どうだ? つけ入るスキはないだろ?」今度は、こっちが胸を張る番だ。
「むむっ。し、しかし、これはもう『既成事実』なのじゃ。言い逃れできんぞ?」
などと王女、不穏なことを言い出す。仕方ない、あれで行くか。
「あ~俺、記憶を消せますけど?」
「なにっ?!」と王女。
「えっ?」とニーナ。
「え~?」とミルル。
「えっ?」とセシル。
「け、消せるのか?」と王女。
「け、消せるの?」とニーナ。
「リュウジ怖い~」とミルル。
「そ、そんな恐ろしこと」とセシル。
いや、君たちも出来るんだけど。
「はっ。そういえばお主は魔法使いであったか。ぐぬぬ」
王女、ちょっと悔しそうだったが、さすがに諦めたようだ。それでも、何時までも立っている訳にもいかず一緒に湯に浸かった。
「おお、これは気持ちいいのぉ」
王女は、ほっと一息入れて言った。
「自慢の風呂ですからね」
「うむ。確かにのぉ」王女は目をつむって湯船に持たれて言った。
「それにしても、王女様。なんでここまでするんですか?」
「うん? わらわは、あれが欲しいのじゃ」
「あれ?」
「おぬし、わらわをあの自動荷車で追い抜いて行ったじゃろう?」
うん? 記憶にないが?
「王女様を追い抜いて……?」
「先ごろ、この街に向かう街道での話じゃ」
「……」
「……し、ししょ~、それ試作の時のことですよ、きっと」とニーナ。
「何? 何かあったかな?」
「試作とな? あの時わらわは馬車の長旅に疲れてウトウトしておったのじゃ。そこへ突然聞いたこともない雄たけびをあげ、それはそれは恐ろしい速さでわらわの馬車を抜き去って行きおったじゃろ?」
「ああ~っ」
「だから言ったのに」とニーナ。
いや、そんな。ジト目で見ないでほしい。三人とも。
「ミルルが病気になったときか!」俺はやっと思い出した。
「お主の事情など、どうでもよい」
「あれ以来、お主を探しておったのじゃ。わらわはずっとあの自動荷車が欲しかったのじゃ。じゃが、王都のどこを探しても見つからんかった。王都にないものなどあり得んのじゃがな」
「はぁ」
まぁ、普通はそうだよな。
「それで諦めかけたところ、先日どこからか陛下が手に入れて来てわらわに自慢しおってな」
陛下が娘に自慢したのが原因なのかよ。
「もう、絶対わらわも手に入れねばなるまい? そこまで待ったのじゃから、わらわ専用の自動荷車を持っても罰は当たらぬじゃろう? それで陛下にお願いしたわけじゃ」
陛下、娘のいいなりですね。
うん? そうとも限らないか。
元々餓死者続出の辺境の地を領地に与えても国としては痛くも痒くもない。
どうせ領主のなり手も無く放置同然だったのだ。それが自分たちで開発を始めたのなら権利を与え好きにさせたほうが税収が増して国の利益になる……という思惑もあったに違いない。
しかも貴族となれば自分の命令に従うというわけだ。
つまり、キーマンを配下において、この繁栄を自分のものにすることが出来る。行政担当の町長を差しおいて俺に叙爵の話が来たのも頷ける。王様も抜け目ないな。
「はぁ。お主を従わせるのは無理のようじゃな。じゃが、せめて一目だけでも見せて欲しいのじゃ。一目見たら帰ると約束するのじゃ」
「仕方ないですね。そういうことなら明日、俺の自動荷車、乗用馬車型なので自動乗用車ですが、ご覧になりますか? 王女様」
「リリーじゃ」
「リリー王女様」
「『王女様』はいらん、爵位に興味ないそちには意味ないのであろう?」
意外と賢いですね王女様。
「じゃ、リリー」
「うむ。頼む」
満足したのか、リリー王女は足を延ばしゆったりと湯に浸かった。
「それにしても、お主はほんに欲がないのう」
「いや、普通にありますよ。欲しいものが違うだけです」
「そうか? この娘とわらわではそれほど変わらんじゃろ?」
リリー王女はミルルを見て言った。
「いや、全然違います。仮に同じでも、二人目はいりません」
「いや、この娘は観賞用。わらわは保存用でどうじゃ?」
おかしい、この王女様、怪しい電波を受信してる。
「ハーレムですか!」
「ハーレムは嫌なのか?」
あ、そういや、ハーレム作るんだった。けど、ハーレムってよく知らんのだよな。
「とりあえず、間に合ってます」
* * *
翌日、リリー王女を車庫に案内した。
そこには、真っ白に塗装された『自動乗用車リュウジ・カスタムモデル』が置かれていた。
市販車で採用された改良は勿論取り入れている。さらに俺の神力を流すことでパワーを強化出来る神力ターボ付きだ。しかも、安全装置として車体四隅には浮遊装置を組み込んだ。これでちょっとした谷ならハンドルのAボタンでボーンとジャンプすることも可能。
「おおおおおおお~っ。なんじゃこれは~」
俺のカスタム・モデルを見た途端、驚きの声を上げるリリー王女。
「自動乗用車リュウジ・カスタムモデルです」俺自慢の車だ。
「ええのぉ、ええのぉ、ほれぼれするのぉ。まさしく、貴婦人のわらわに相応しきものじゃ」
どさくさに紛れて、何か言ってますが。
「え、これはダメですよ。これは俺のですから」
「そうか、なら、さらに気品ある、わらわ専用の車が必要じゃな」作りませんよ?
「乗ってみますか?」
「もちろんじゃ」
あ、そうだ、ニーナからリリー王女に注意点を言って貰おう。いきなり凄い機動やったら、ミルルみたいに草むらに行く可能性があるからな。
* * *
白い自動乗用車を前に、後ろから王族の馬車がついて来るという、ちょっととんでもない絵面になっていた。
副操縦席にはリリー王女。後部座席にニーナと侍女の一人が乗った。ミルルとセシルは王族の馬車に乗っている。
「この車には、屋根がないのじゃな」
リリー王女、興味津々で装備を見回している。
「ああ、オープンカーと言います。折り畳み式の屋根が付いてますよ」
そう言って、ちょっと折りたたんだ屋根を展開して見せる。
「おおおお、便利じゃのぉ~」
リリー王女は、さらに目をキラキラさせる。
一通り説明をしているうちに車は門を抜けた。
「じゃ、速度上げますね」
「うむ。分かった」
俺は思いっきりアクセルを踏み込んだ。一般の市販車と違い、かなりパワーがある。
「ぬぉおおおおおおおおっ」と王女。
「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」と侍女。
「きゃ~っ」とニーナ。
いや、なんでニーナまで驚いてんの?
「こ、これは、ぬぁんぬぁのだぁぁぁぁぁぁぁぁ」
リリー王女、加速に大いに驚いてる様子。
「ちょっと、カーブしますね」
「か、かーっぶって、なんぁぁぁぁああああああ」と王女。
「ひぇぇぇぇぇぇ」と侍女。
「きゃ~っ」とニーナ。
「これが、カーブです」
「じゃ、次、Uターンです」
「ゆーたーんとなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ」と王女。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ」と侍女。
「きゃ~っ」とニーナ。
「これが、Uターンです」
「ぬぁんと」と王女。
王女様、結構喜んでますね。じゃぁ、とっておきいきますか。
「Aボタン・ジャーンプ」
ヴーンと浮遊装置が唸りをあげて車体が上昇した。
この機能自体は安全装置なのでゆっくり上昇しゆっくり下降するのだが、初めてだと十分驚く機能だ。
「なななななな、なんじゃんと~、こここここここ」
王女様、小鳥状態に。
「こりぇは、こりぇは……」とリリー王女。
「ししょ~、ちょっといい加減にしてくださいよぉ。侍女さん気絶しちゃってます」とニーナ。
「マジが、じゃ停止~」
俺は、街道脇に車を止めた。
「お、おぬし……」と王女。
「王女様、ごめんなさい、ほら、ししょ~も謝って、謝って」とニーナ。
「王女様?」
「最高じゃ~っ」
やっぱりか~。
ちなみに、後続馬車の侍女さんもジャンプした俺達を見て気絶してたとか。馬車の上を通過してごめんなさい。
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