第33話 好きな者を召し上がれ大作戦-作戦会議-

 ここは聖アリステリアス王国王城の奥深く、宮廷のセレーネ第一王女の部屋。

 もう夜も更けていると言うのに、小さなランプの明かりを頼りに三名の王女がベッドの上に集まっていた。いわゆるパジャマパーティーである。

 ただし、今夜の話題は、いつもとは違い真剣な内容である。王国の未来を決定する重大な作戦がテーマなのだ。そう、「好きな者を召し上がれ大作戦」の作戦会議なのであった。もちろん、その作戦の立案者はセレーネ第一王女である。


「いいこと? ではわたくしが作って来た作戦を順に検討して貰います。まずは作戦準備からです。あっ、ちょっと、近すぎます。あと、ランプが暗すぎてあなたの顔が怖いですわ、リリー」

「姉上……」


「こほん。では改めて。作戦の準備をするには、まず彼の地へ出立する人員を決める必要があります」とセレーネが続ける。

「はい、姉さま」

「うむ」

「彼の地で、わたくしたちの美貌をしっかりと見せつけるのですから、最低でも侍女二名は連れていく必要がありますわね」

「私は、いつも三名は居ないと……」アルテミスが不満そうに言う。

「ダメですわ。三名も連れて馬車に乗ったら窮屈で疲れてしまいます。連続して七日と長旅なのですよ。わたくしも三名欲しいところを二名で我慢するのですから、あなたも我慢なさい」

「分かりました、姉さま」


「いい子ね」セレーネは満足そうにアルテミスを見る。

「侍女を二名に減らせば当然一人分の荷物が減ります。全員の着替えだけでも相当な荷物になりますもの、一人分減るのは大きいですわ。他に化粧道具。これは決して妥協できませんでしょ?」

「一人馬車1台で間に合うでしょうか?」アルテミスが心配して言う。

「そう、普通の馬車では無理そうね。お父様にお願いして、宮廷で一番大きな馬車を三台用意して貰いましょう」とセレーネ。

「陛下に自動荷車を借りれば、荷物も運べるし早く着けるのじゃがな」とリリーが言う。

「ダメですわ。陛下の自動荷車なんて、目立ちすぎます。馬車なら、少なくとも遠目なら目立ちません」とセレーネ。


「そうですね。道中の護衛はどうなさいますの?」アルテミスが気になっていたことを聞いた。

「いつもの近衛第一騎士隊の精鋭でいいのではなくて?」とセレーネ。

「それこそ、目立つじゃろ? 普通の衛兵のほうがよくないか?」とリリー。

「衛兵なんてとんでもないですわ。婚姻前の大事な娘三名の護衛ですのよ。ありえませんわ」セレーネは酷く驚いた顔できっぱりと言った。

「姉さまの言う通りです。時々、衛兵たちの目つきが怖い時がありますもの。私、きっと怖くて眠れません」アルテミスは怖いらしい。

「確かにのぉ。それは、わらわも感じることはあるのぉ」

「リリーは子供ですからまだいいのです。私たちはそうはいきませんの」とアルテミス。

「その通りですわ。もう、近衛第一騎士隊で決まりね!」とセレーネ。


「次に、街への潜入ですわ」セレーネはメモを頼りに言う。

「かの者の街への入り方です。街へは町娘として潜入致します」

「潜入とな」

「そうです。王女が町娘になるのですから、誰にも気づかれないように細心の注意をもって入る必要があります。つまり潜入ですわ」


「町娘ってどんな方たちなの?」アルテミスは知らないようだ。

「そう言えば、お付き合いしたこと御座いませんわね」とセレーネ。

「なに、町娘の服装を着て黙っておればよかろう」リリーも当然知らない。

「ええ。侍女に町娘の服装を用意させましょう」とセレーネ。


「潜入したら、どうしますの?」とアルテミス。

「まずは、宿をとって、女神湯と彼の者の情報を聞き出しますわ。不在なら突入しても意味がありませんもの。所在を確認したのち、作戦決行ですわ」

「さすがです。お姉さま」


 ちなみに侍女に注文した服装は、「町娘の服装」が「町娘の高級な服装」となり、最後には「町娘があこがれる服装」となった。社交界で下級貴族がデビューするときの服装である。


「いよいよ、作戦決行ですわ」セレーネはちょっと緊張して二人を見た。

「作戦決行のストーリーはこうです。まず、遠方より巡礼に来た見目麗しい町娘三人が教会の女神湯に入ります」

「はい」とアルテミス。

「ついにか」とリリー。

「するとどうでしょう、その余りの美しさに、すぐさま評判となってしまいます」

「もちろんです!」

「うむ。そうじゃな」


「三姉妹で評判になると王女三人だって気づかれないかしら? 一度会っているリリーは付き人にしたほうがいいのでは?」ふと、アルテミスが提案する。

「そうですわね。そう致しましょう」セレーネ、ちゃんとメモを修正する。


「では、二人の美女と付き人の美しさに巡礼の信者たちが騒ぎだします。するとどうでしょう?」セレーネは修正したメモを読み上げた。

「どうなるのです?」とアルテミス。

「いい女の情報は男同士で直ぐに伝わるものです。ましてやハーレムを作ろうとしている好きものの男ですから、当然聞き耳を立ててますわね。直ぐに、『是非うちの女神の湯へ』なんて鼻の下を伸ばして言ってくる決まってます」

「なるほど!」とアルテミス。

「そうかのう?」とリリー。

「男なんてそんなものです」自分で予定を立てると、それが変更にならないように、必要以上に確信してしまう。


「で、そこまで言うのであれば仕方ありませんねと、私たち美女二人と付き人は招待されて彼の館の女神湯へ行くわけです」

「美しい付き人じゃ」とリリーの突っ込みが入る。

「そ、そうね。美女二人と美しい付き人ね。そして湯に入った三名を、破廉恥なその男は影から覗いて思うのです『これは、素晴らしい。この三名を是非ハーレムに加えよう!』とね」

「まぁ、どうしましょう」

「そうじゃろうか。あ奴がそんなことするとは思えないがなぁ」

「子供には分かりませんわ」とセレーネ。

「そうですわね。さすが姉さま。これで全てうまく行きます」

「完璧ですわ」


  *  *  *


 絵師の神、女神エリス様が女神湯に顕現して俺の顔にペイントしたのをきっかけに、俺は鏡を女神湯の脱衣所に設置した。しかし、これがその後、大騒ぎとなってしまった。

 いや、この世界にも鏡はある。金属で出来た鏡だ。鉄製品が出来るようになってからは、さらに綺麗に映る鏡が出来て人気となり、この街の重要な特産品になっている。だが、風呂のような湿度の高い場所には錆びてしまうので設置できなかったのだ。

 俺は平面ガラスに銀を蒸着して鏡を作ったのだが、もちろんこの世界では驚異の製品だった。そもそも歪みのない平面ガラスからして珍しいのだから驚かれるのも無理はない。こんなものをうっかり設置してしまうとは……。


 今では、うちの露天風呂の脱衣所にある鏡は、『女神の姿見』と言われ半ば信仰の対象になっている。俺が入っていないときは、隣のシスターにも解放することにした。

 ちなみに、このガラスの鏡に女神様が映ると後光が三割増しに輝くので、すぐにバレることが判明した。はい、エリス様見つけました。

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