第11話 魔道具屋に行く
「何か考え事?」
宿で朝食をとった後じっと食器を見て考え込んでいたら、食器を片付けに来たニーナが声を掛けてきた。
「ああ、速い乗り物を作りたいんだけど、いい案が浮かばなくてね」
「空飛ぶ馬車はやめてね!」ニーナが語気強く言った。
「なんでだよ」
「リュウジは分かってるからいいんでしょうけど、乗ってる人は気が気じゃないの。落ちそうだし」
ニーナは、先日のことを思い出したのか必死に言う。
「ああ、確かに、むき出しだったからな」
「それに、馬も大変よ」
「いや、さすがに馬は使わない」
「馬なしでどうやるの?」
「あ? 俺の魔力で動かすんだけど?」
「そう。そうするとリュウジがいないと動かないんだ」
「あぁ、そうか。でも、そのために馬を連れまわしたら意味ないしな。魔力を溜めておけたらいいんだけど」
「ん~、それって、魔道具よね? 魔道具屋さんに相談してみたら?」
「え、魔道具あるの? だって、魔法使いはいないんだろ?」
「魔法使いはいないけど、魔道具屋はあるのよ」ちょっと物知り顔で言う。
「そうか、それは盲点だった。ニーナ、教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。ふふっ。初めて役に立てたみたいで嬉しい」
ニーナは明るく笑った。
ニーナはいい娘だな。
* * *
俺はさっそくニーナと一緒に魔道具屋へ行ってみた。
大道りから少し入った細い路地に、ひっそりとその魔道具屋はあった。結構大きな作りだが、お世辞にも流行ってるとは言えない寂れた感じの店だった。作った頃は流行っていたのかもしれないが、この店も時の流れには逆らえないのだろう。
店の前にはなんだか分からない魔道具らしきものが並べられてはいるが、ほんとに動くのかちょっと怪しい。
「こんにちは~っ」
「あ、ニーナさん、いらっしゃい」
ドアを開けて声を掛けると、意外と元気な声が応えた。
「ミルル、久しぶり。マドラーおばあちゃんいる?」
「うん、いるよ。おばぁちゃ~っん、お客さんだよ~っ。ニーナちゃんだよ~」
店番の少女はそう言って、店の奥に呼びに行った。
「おばあちゃん?」
「うん、もうけっこう年なのよ」
「誰が年だって?」
店の奥からごとごと音がしたと思ったら、しわ枯れた声がして腰が曲がり始めた老婆が出て来た。
「あ、おばあちゃん」
「わたしゃ、まだまだぴちぴちだよ」
いや、さすがにその言い方はどうなんだろう?
「まぁいい、入んな」
俺たちは、店の奥にある小さなテーブルに連れていかれた。
「ちょっと待ちな、いま茶を用意するから。ミルル、茶の用意」
マドラーばあちゃんは奥に声を掛けた。
「はい、今やってます」
「そうかい、さすがはあたしの孫だ」
マドラーばあちゃんは相好を崩して言った。
「ふふ。相変わらずねマドラーおばあちゃん」
ニーナがそう言うと、当のマドラーばあちゃんは目をすがめて俺達を見た。
「ニーナがこの店に来るなんて、珍しいね。しかも、男連れかい。こりゃ、雪でも降りそうだね」マドラーばあちゃんは、興味深そうな顔で言った。
「おばあちゃんったら、違うの。友達が魔道具に興味あるっていうから連れてきたの」
「友達……ねぇ」
マドラーばあちゃんは、まじまじと俺を見た。
「こんには、リュウジって言います」
「ニーナを泣かせたら承知しないよ!」直球ですか。
「おばあちゃん!」ニーナが焦る。
「分かりました」俺は素直に言った。
「そうかい。ならいいさ」
そう言って、マドラーばあちゃんは愉快そうに笑った。
「で、魔道具に興味があるのかい?」
「ええ、実は最近魔法を使えるようになったんですが」
「あんた、魔法使いかい! そりゃ驚いた」
マドラーばあちゃんは思いっきり驚いた顔で言った。
少しすると奥からミルルという少女がお茶を持ってきて丁寧にテーブルに並べていった。それを、マドラーばあちゃんは楽しそうに見ている。孫がほんとうに可愛いんだろう。
「飲んどくれ」
「すまない」
「いただきます」
俺は一口お茶を飲んだ。うん、いい香りだ。
「で、どんな魔道具が欲しいんだい?」
「実はまだはっきり決めてないんですが、自分で使うだけじゃなくて、他の人にも使ってもらえるようなものを作りたいんです。それって魔道具ですよね?」
格好つけても仕方ないので俺は素直に聞いてみた。
「魔法で動かすものを、魔法使い無しで動かしたいってことなら、そうさね」
「出来るんですか?」
「そりゃ、魔石を使えばね。あんた、魔石を知らないのかい?」
「ええ、魔道具を使わない田舎にいたので」
魔法的には地球は田舎だよな?
「そうかい、まあいいさ。で、魔石の魔力で何をやりたいんだい?」
「とりあえず乗り物を考えてます。ただ、魔道具の作り方がわからないので出来るのかどうかも分からないんです」
「なるほど。そうさね。まず魔道具を作るには魔力を溜め込んだ魔石、それと魔石から魔力を引き出す魔動回路、魔力を色んな力に変換する魔力変換器が必要だね」
そう言うと、マドラーばあちゃんは、お茶を一口飲んで続けた。
「魔動回路は繋ぐだけだが、魔力変換器はどういう力に変換するのかを決めるから、魔道具を作ると言ったら、この変換器を作るってことになるね」
「なるほど。そうすると魔力変換器には、魔力の操作対象を決める部分と。魔力を実際の力に変換する部分があるってことですね」
少し考えて俺がそう応えたら、いきなりマドラーばあちゃんは目を見開いて驚いた顔をした。
「さすがにニーナが連れてくるだけあるね。まぁ、魔法使いだから分かるとは思ったが。そうかい、それならすぐにでも作れそうだ」
「リュウジ、すご~いっ」
「ほ、ホントですか?」
いきなり現実味を帯びてきたな!
「あとは形や動きを決めて見合った道具を用意するだけだね。それが決まったら、うちに来な。変換に必要な物は用意してやるよ」マジか。
「助かります」
「ねぇ、その乗り物ってどんなものなの?」
横で聞いていた孫娘のミルルが興味を持ったのか、聞いてきた。
「ああ、人が数人乗れる馬車みたいなものだけど、馬じゃなくて魔法で動く魔道具だ」
「すっごーい。なにそれ、作ってみたい!」
俺が、不思議な顔をしていたら、マドラーばあちゃんが説明してくれた。
「この娘は、こう見えてあたしが魔道具作りを仕込んでるからね。もういっぱしの魔道具技師なんだよ」
「ほんとですか?」
「そう言えばミルル、ずっとマドラーおばあちゃんにくっ付いてたもんね?」
「うん、もういろいろ作ったよ。ほんとだよ。見てみる?」
「へぇ。まじか」
「うそ、わたしも見てみたい」
それからは、孫娘ミルルが作った魔道具を、ここぞとばかりに自慢するマドラーばあちゃんの独壇場になってしまった。
見たいとか言ってしまったニーナ、ちょっと後悔する。おばあちゃんのミルル自慢を忘れていたのだ。
* * *
さすがに疲れてマドラーばあちゃんが静かになったころ、ミルルが近づいてきて言った。
「ねぇ、もしよかったら……その乗り物作るの手伝ってあげようか?」
「うん? でも店番はどうする?」
「作るなら、うちでやればいいじゃん? 工房あるよ! 店番も出来るし。ここでやったほうが道具もそろってて早いじゃん」
「ああ、そりゃ助かるな。作業場所はまだ決めてないんだ」
「ミルルはまだ子供だから、外に出すわけにゃいかないけど、うちの工房でなら手伝わせてやるよ」とマドラーばあちゃん。
「やだ、おばあちゃん、わたしもう十五だよ。成人した立派な大人だよ」
「何言ってんだい、成人したばっかりの子供だよ」
おばあちゃん、それは……。まぁ、気持ちはわかる。っていうか、この世界十五で成人なんだ。
それはともかく、魔道具作りに頼もしい仲間も出来そうだし、なんとかやれそうだ。やるならやっぱ飛空艇かな? 空飛ぶ車? なんか、夢が広がるな。
その晩、ニーナは倒れた。
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