第12話 ニーナ、魔法覚醒する
ついにニーナが倒れた。
魔法覚醒かどうかは分からない。一応、医者を呼んだが、過労なのか魔法覚醒なのかは医者には判断できないとのこと。対処方法は普通の過労と同じだということで、薬を出して貰った。栄養剤か?
宿の女将は、かかりっきりで付き添っていた。食堂のコックをしている親父さんも気が気でないようだった。さすがにこの日ばかりは給仕に人を頼んでいた。
俺とニーナの関係は薄々勘付いているようだったが、夫婦とも何も言ってこなかった。ただ、俺が魔法で用意したお湯を礼を言って持って行くだけだった。
そして予想通り、きっちり二日したら元気になった。やはり魔法覚醒なんだろうか。問題は魔力が使えるかどうかだ。
たぶん無理だよな。仮に覚醒したとしても神力がないから俺のようにチート出来るわけじゃないだろう。
まぁ、魔法が使えるだけでも大成功だが。
* * *
三日目の朝、食堂に降りて行ったらニーナは元気に給仕していた。
「もう、平気なのか?」
「ししょーっ、教えて。どうすると魔法が使えるか分かるの?」
ニーナが、駆け寄って来て言った。
「ちょっと、落ち着け」
「リュウジさん、ごめんなさいね。もう、朝から大騒ぎなのよ」
女将さんは苦笑いしていた。
「だって、魔法覚醒出来たか分かんないんだもん。あ、これ魔法覚醒よね? きっちり二日で治ったし」いや、俺よりお前のほうが詳しい筈だが。
「いや、それはわからん」
「じゃ、どうすれば分かる?」
「そうだな。ここで試すのはまずい。あとで、街の外で見てやるからちょっと待て」
「うんわかった」
「全くこの子ったら。ずっとこの調子なの。はい、朝ごはん食べるでしょ?」
女将は、旨そうな匂いのする皿をテーブルに置いた。でも、ちょっと楽しそう。
「ああ、ありがとう。いただくよ」
朝食を食べながら思ったが、そういえば俺って魔法の勉強なんてしていない。
いや、魔法と言うか神力もだ。女神様にいきなり脳内に書き込まれたからな。こんな俺がニーナの魔力について何か言えるんだろうか? 師匠とか言われてるけど、そもそも教えたり出来るのか?
けど、教えろって言われるよな。やばい。俺、いきなり窮地じゃん。
そもそも、俺のやり方は魔法のセオリーと同じなんだろうか? 一応は使えたが、俺の場合は神力だったから違う可能性がある。そう思うと、さらに心配になってきた。これ、教えるの無理じゃないか?
そんな、渋い顔をした俺と対照的なのがニーナだ。
隣に朝食を持って来て楽しそうに食べてる。俺が魔法を教えなくても一人で飛んでいきそうな勢いだ。
あ、もしかして自分で会得しちゃう? 見本見せたら、エイヤでなんとかなる?
* * *
そんな、甘いこと考えた時期が俺にもありました。そんな、甘いことありませんでした。
まず、水が出ない。街の外に出たところの原っぱで試しているんだが、これなら街の中でも全然大丈夫だった。まぁ、使えなくて普通なんだが。
「し、ししょーっ、やっぱり私、魔法使えないんでしょうか?」
「ううむ。そうだなぁ」
そんなこと言われても俺、教官でも何でもないからな。判断基準がない。
「もう一度、もう一度、水出すとこ見せてください」
「しょうがないな。よく見とけよ」
ニーナは、俺の腕にしがみついて、指先を食い入るように見ている。
俺は意識を集中する。最近はアリスに言われて魔力は使ってないから神力なのだが、見た目は分からないだろう。全く同じだからだ。
俺の指先から、水がピーっと飛び出した。
「え~っ、わかんない。なんで、出てくるの?」
ニーナは困り切った顔で言った。
「あ、そういや、水を出すのはそれなりに難しいんだった」
俺は、最初に水を出した時のことを、ふと思い出した。
「えっ? どういうこと?」
「ほら、ここに存在してないからだよ。あるものを動かすのと、ないものを出すのは違う」
原理的な話になるけど、分かるかな?
「どうやって出してるの?」
「まわりの空気の中にある蒸気を集めて水にしてるんだ。ほら、湯気に当たると水になるだろ?」
「あ~、なるほど」
さすがに、いつも厨房の手伝いをしているニーナには分かるようだ。
「周りから集めて……指先からこうぴーっと……ああああぁぁぁ、でたっ!」
ニーナが俺をまねて指先を前に伸ばすと、そこから細い水がちょっと出た。
「でた! でた! でたよ! ししょーっ、でた、でたぁ。やったーっ!」
「おお、すげーなっ」
マジかよ。出来ちゃったよ。なんでだろう? 原理を説明したからか? 単に、繰り返したからか? 分からん。
「やったぁ。ねぇ! もう、わたし魔法使いだよね! ね! ししょーっ?」
ニーナは飛びあがって喜んでいる。
「あ? ああ、そうだな。立派な魔法使いだな。おめでとう!」うん。たぶん。
「うん、ありがとう。ししょー、これでわたし本当に師匠の弟子になれたんだね!」
「うん、そうだな、立派な弟子だ」
あれ? 弟子?
俺、本気で弟子取るとか言ったっけ? って、もう弟子だって言っちゃったよ。まあいいか。
恋人じゃなくて、子弟関係って照れ隠しじゃなくて本気だったのか? 満面の笑みを浮かべて喜んでるニーナに、弟子じゃないとか言えないし。
「じゃ、ししょー次教えてください」
ニーナは、ひとしきり飛び跳ねたあと、興奮も冷めやらぬ様子で言った。
「いや、一度うまくいったくらいで気を抜いてちゃダメだ。ちゃんと、意識して思った通りにならないと」
「はい、わかりました」
そうして、ニーナは自分の思うようにぴゅーぴゅーと水を出して練習した。
最初は出たり出なかったりしたが、ひとしきり練習すると安定して出せるようになった。
思ったより優秀な弟子かも知れない。
「もういいだろ」
「はい、ししょー」
「ちょっと、疲れたか?」
「まだ、いけます」
「いや、まだいけますってくらいで止めるべきだ。魔法使いは家に帰るまで気を抜いちゃいけないからな」
家に帰るまでが遠足です。
「はい、ししょーっ」
* * *
宿屋ゼイータに帰ってからが、また大騒ぎだった。
ニーナも大騒ぎだが女将さんも大興奮だ。
俺にはやや冷ややかだったコックの親父も厨房から出てきて俺に握手を求めてきた。なんか、帰り際に親指立てて行ったけど、これ世界共通サインなんだろうか? ちょっと笑ってたのでいい意味だと思う。
夕食の料理は少し豪勢だった。
いや、俺だけじゃなくて宿の客全員に振舞われた。もう、食堂は『魔法使いニーナちゃん誕生祝いパーティー』だった。
宿の客に乞われてニーナもぴゅーっと水を出して見せてる。なんか、どっかで見た水芸っぽい。
これが客に大うけ。飛ばした水を口で受ける猛者も出てきて収拾がつかない。あんなに魔法使って大丈夫かよと心配してたら、案の定、いきなりふらっと来た。
すかさず支えて、部屋へ運ぶことになってパーティはお開きとなった。
* * *
俺は魔力切れを起こしたことないから逆にちょっと心配だったが、翌朝にはけろっとしていたので問題なさそうだ。
「師匠、おはようございます!」
ニーナは元気いっぱいに言った。
「うん、おはよう。調子はどうだ?」
「もう、全然平気です。夕べはすみませんでした」
「まぁ、自分の限界は知っておく必要があるから、あれはあれで勉強だろう」
ちょっと先輩面で言う俺。
「そうですね。けど、師匠は魔力切れ起こしませんね?」
「まぁ、そうだな。そこまで使うとこの街がやばい」
「さすが、私のししょーです。もう、惚れちゃいます」
「惚れてなかったのかよ」
「それは、内緒です」
内緒なんだっけ?
「ニーナ、朝食運んでよ」
話し込んでいたら、女将から声が掛かった。
「あ、はーい」
ニーナの後姿を見ながら、「この世界にもスキップあるんだな」と全然関係ないことを考えている俺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます