第3話 女神様、健美パラメータを変更する

 女神アリスはちょっと焦った様子で現れた。


「確かに、ちょっとおかしいわね」女神アリスも千里眼を使って見たようだ。


「ちょっと?」

「いえ。かなり、変ですね。こんな筈ないのに」

 女神アリスは明らかに混乱した顔で言った。やっぱり、見てなかったんだ。異常事態なのか?


「これ、私の試練なのかしら」女神アリスは怪しいことを言い出した。

「女神様の試練? でも、神様は手を出せないんじゃ?」


「えっ。そうですね。そうですけど……ああ、分かりました! なんとかしましょう」


 女神様は、何かを思い出したように言った。


「実は私にも出来ることはあるんです」

「できること?」

「はい。実は、この世界、他の神様から引き継いだばかりなんです。今なら世界の設定値を変更できます」


 女神アリスは良く分からないことを言った。


「世界の設定値ですか」

「そうです。見たところ、この世界の健康度は標準より極端に低いようです。これは健美パラメータを上昇させる必要があるでしょう。普通は調整されてる筈ですが、何か行き違いがあったようですね」


 この世界の引き継ぎに問題があったのか? ミトコンドリアでも活性化するんだろうか?


「なにが起こるんです?」

「えっ? ああ、心配は要りません。健康になるだけです」


 確かに、この世界の状況なら健康度は低いだろう。けど、そんなこと出来るのか? 神様だから?


 その後、女神アリスはそのまま目をつむり、おもむろに両手を空に向かって広げた。どうも、女神様の力を使うようだ。


 見ていると女神アリスは明るく輝き始めた。後光のような光が体全体から発せられた。そしてその光は、さらに天に向かって広がり、やがて世界中を照らしていった。


「ま、まぶしい。いや、眩しいけど見ることはできる。でも眩しい。不思議な光だ」


 全身から白い光を放っていた女神アリスだが、しばらくすると元の姿に戻っていた。


「これで、いいでしょう」


「本当に、女神様って感じでした」

「本当に女神様です。さぁ、ふざけてないで、ちょっと街に行ってみましょう」


 近くの街まで行って、パラメータ変更の効果を確かめるようだ。とりあえず、付いていくしかない。


  *  *  *


 俺と女神アリスは街から少し離れた森まで飛び、気付かれないように旅人たちに混じって街に入ることにした。街道の人からは、さっきまでのディストピア感は消えていた。まさに一変したと言うべき。これが神の力か。


「凄いな」それだけ言って、俺は呆然と眺めていた。もう驚き過ぎて何と言っていいか分からない。

「そうでしょう?」女神アリスは自慢げに言う。さすがに、これだけのものを見せられると崇拝してしまいそう。

「さすがですね。って、あれ? でもこれ、問題解決しちゃったんじゃない?」これだけ元気になれば大丈夫だよな?


「えっ? 確かに。ううん、でもどうかしら。そうだといいんだけど」女神アリスも行き交う人々を眺めながら言った。


「見た感じ、問題ないみたいだけど」少し前までとは違い、皆はつらつとしている。

「問題は何故あの状態だったかです。後で神界で確認しますが」


「何故ディストピアだったのか?」

「そう、あんな状態で引き継ぐなんてありえないし、こんなこと神界で問題になる筈」


 そうなのか。まぁ、確かに前の神様が、あの状態で放置していた理由は不明だ。


「少し様子を見る必要があるようですね」


 女神アリスは真剣な表情で言った。


  *  *  *


 あれこれと考えながら街道を歩いて門まで来てみると、そこでは何か騒いでいた。


「どうしたんだ」俺は近くの野次馬に聞いてみた。

「ああ、なんでも、門の中で石工の荷馬車が潰れたらしい」行商人風の男が教えてくれた。

「動けないのか」

「そうだ。まぁ、デカい石を積んでたからなぁ、無理もない」


「こりゃ、叩き割るしかないだろう」門番が大きな声で言った。荷馬車を引いていた石工が慌てた。

「ちょっと待ってくれ、せっかく切り出して来た最高の石なんだ。割るなんてとんでもない」石工は縋るように言う。

「そうは言っても、これじゃ門が通れないし、閉めることもできないよ」

「お願いだ、貴重な石なんだ、もう二度とこんないい石にお目にかかれないかもしれないんだ。いま、弟子たちを呼んだから、もう少し待ってくれ」

「分かったが、あと一刻待って移動出来なかったら、割ってもらうからな」門番は石工に言い放った。

「分かったよ」


 少しすると、数人の男達が荷車を引いてきた。

「親方、荷車持ってきました」

「おお、来たか」

「へい、2台持って来やした」

「よし、じゃあ二つに切り出すぞ」


 石工の親方と弟子たちのようだ。巨大な石を乗せた大きな荷車は、頑丈そうなのに車軸が折れてしまっていた。旅人は正門の脇にある小さな通用門からでも出入りできるようだが、誰もがこの顛末を見届けようとしていた。


「あんな状態で、切り出せるのかねぇ」見物人の一人が言った。

「分からん、下に潰れた荷車があってぐらついてるし、木組みを組むわけにもいかないから大変じゃねーかな」隣の知り合いが応えた。


 俺も野次馬モードで見ていたら、横から女神アリスが「リュウジ、手伝ってあげなさいよ」と言い出した。


「あ? まぁ、いいけど。目立っちゃうだろ?」

「大丈夫、魔法のある世界だから」


 いきなり、女神様から重大発表だ。そういう世界なのか。って、それもっと早く言って欲しかったんだけど?


「わかった……おい!」俺は野次馬の列から出て声を掛けた。


「なんだ? 邪魔しないでくれ」

「この石を真っ二つにしたいのか」

「そうだよ。お前にできるのか?」

「ああ、たぶんな」


 俺は、脇に転がっている石に軽くビームを出して切って見せた。


「マジか、あんた魔法使いか? すげーな」

 周りの弟子たちもあっけに取られている。親方は切れた石を手に取ってみた。


「こりゃ、切り口も綺麗なもんだ。こんなことできる魔法使い見たことねぇぜ」

「同じように切ればいいか?」

「ああ、願っても無い。恩に着る」今まで怖い顔をしていた親方だが、いくぶん表情を緩めて言った。

「目安の線を引いてくれればその通り切る」

「本当か? そりゃ、有り難い。おい、墨壺もってこい」


 石工の親父は弟子に指示を出し、慣れた手つきで岩に線を引いた。あれって、石工でも使うのか? まぁ、直線を引く道具だし似たものもあるのか。俺は、引かれた直線に沿って、ほぼ垂直に切ってやった。

「す、すげーな、まっすぐ直角に切れてる。おいっ、台車だ!」親方の一声で弟子たちは一斉に切れた石を荷車に乗せ始めた。


「あんた、もしかして石工なのか?」親方は、弟子たちが荷車に乗せるのを見ながら言った。

「いや、ただの魔法使いだ」さすがに使徒だとは言えない。

「マジかよ。こんなふうに切れる奴、見たことねぇぜ。そうだ、礼がしたい。名前を教えてくれ」

「いや、礼は別にいい。旅人だし、まだ宿も決めてない」

「いいってこたねぇよ。それじゃ、俺の気が済まねぇ。これは少ないが宿賃くらいにゃなるだろ、取っといてくれ。あとでちゃんと礼をする」石工は、腰に下げていた袋を外して押し付けてきた。多分小銭入れだろう。


「いいじゃない、名乗ってあげれば?」すっとアリスが横に来て言った。

「あ、あんたは?」

「俺の連れだ。俺はリュウジ。連れは」

「アリスよ」

「……わ、わかった。俺は石工のオットーてんだ。じゃ、弟子の一人を連れてってくれ。宿の案内くらい出来るだろう」

「すまないな。じゃ、そうする」

「とんでもねぇ。ありがとよ」そう言って、石工のオットーは弟子たちと一緒に荷車を引いていった。


「人の好意は断るべきじゃないわよ。それに、そのほうがすんなりいくものよ」とアリス。

「まぁそうなんだが、いきなり知り合いが出来ちまったな」


 まだ、地球に帰る気持ちがあったので、この世界に知り合いが出来るのは妙な感じがした。


「別に困らないでしょ? それに当面の生活費を作れたじゃない。感謝するべきよ」

「そうだな」


  *  *  *


 門はずいぶん古そうだったが街の外壁が高いこともあり、分厚く頑丈な作りだった。街の中に入ってみると、通りは意外と賑わっている。門からまっすぐ伸びる大通りは、そのままゆったりと登り、街の中心の高台まで続いていた。

 通りの両側には古いがしっかりした建物が並んでいる。土台は石造りが多く、全体にちょっと無骨な印象だ。歩いている人たちの様子は、特に変わったところは無い。


「街の様子は普通だな。女は、ちょっと女神様っぽい気がする」

「ぽいって何よ。みんな元気そうね」

「年寄りも元気だな。これ、普通以上なんじゃないか?」

「ふふ、めいっぱい上げたからね」

 女神アリスは満足そうに言った。


 横で聞いてる石工の弟子、少年イルが不思議な顔をしていた。


「いい街だな」少年に向かって俺は言った。

「あ、はい。ありがとうございやす。で、宿をお探しで?」

「どこかお勧めはあるか?」


「それだったら、ゼイータって名の宿がお勧めでやす」

「ほう、何がいいんだ?」

「綺麗で、料理がうまいって評判でやす。あと……」

「あと?」

「娘さんが評判で」少年は恥ずかしそうに言った。

「なんだ、あこがれてんのか?」

「いえ、とんでもないっす。でも優しいお姉さんで大好きっす」どうも、少年イルのお気に入りの宿らしい。


「じゃ、そこにするか。いいか?」俺は女神アリスに振り返って聞いた。

「かまわないわ。私はだって長くいないから」そうか。神界に戻るもんな。

「それもそうだな」


 少年イルの案内もあり、宿屋で俺達は歓迎された。

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