Code3「ヴェリフィゴール」

 巨大な爪が空を切る。

 勢いよく地を貫いたその黒い爪は、砂を裂いて私に向かって伸びる。

 常人では目に追えないスピードで私に向かうヴェリフィゴールの攻撃を私は、受けることなく全て躱す。

「目標消失……再照準」

 この戦いの中で私は、ヴェリフィゴールの弱点を限りなく全て理解した。

 一度の攻撃が大振りで火力があるものの、攻撃の直後に長いスキがある。

 黒い触手が伸びる攻撃に移行するまでたったその2,3秒。

 ほんの一瞬だが、私にとっては充分だ。

 ヴェリフィゴールは、私より戦闘における様々な状況に即座に適応できるかもしれないが、その分彼女は

「出力が低い!」

 大きく振りかぶった彼女の腕を躱し、私は彼女の顔めがけて左腕を伸ばした。

 確かに私は左腕を伸ばした。

 しかし、彼女の頭から大きくズレを生じ、私の左腕は心臓部を貫く。

 そのうち私の腕を呑み込むように彼女の肉が音を立てて脈打つ。

「捕縛完了……」

「ちっ……忌まわしい」

 引き締まる肉にグシャラボラスは、白い外殻の鱗に隙間を生じ、生々しい肉色の血液を流す。

 腕を締められる度、痛覚が私の神経全てを刺激する。

「降伏しろ偽物! 私の作ったヴェリフィゴールこそが完全かつ、最強のデモニコアなのだ!」

 そう仮月は高笑いを上げる。

 しかし、次にヴェリフィゴールが言葉にしたものを耳にして彼は絶句する。

「私、食べたい……」

「え?」

「この人、とっても美味しそう……」

「何を言っている? お前は何も口にしなくても生きられるんだ。そんな穢れた偽物なんて取り入れなくても君は私の手によって完全な生き物として作られているんだぞ?」

「……、食べたい……知りたい……寝たい……」

「そんなもの、お前には必要じゃない! お前は私の言う通りに邪魔な存在を消し去ればそれで何も知る必要なんてない!」

「欲しい! もっと! もっと! もっっっっっと! 私を完成させたい!」

 そう彼女が望みを叫ぶ毎に肉はグシャラボラスを締める。

「完全に壊れちまったようだが?」

「そんなはずはない! 貴様のせいだ!」

「ハハッ私のせい? 悪魔から欲望を奪ったお前のせいだろ?」

「は?」

「悪魔ってのはな!」

 私は左腕に力を込める。

 そして、右手を左腕の付け根に目掛けて振り下ろす。

「欲望がなきゃ生きていけないんだよ!」

 右手は、左腕の装甲を貫通して血を散らせながら身体と分離する。

 切れ目から大量の血がドロドロと落ちる。

「私は、生きたい! 生きて! 生きて! いつか辿り着く結末そのさきに!」

 私が欲望をままに叫ぶと、ヴェリフィゴールを貫いた腕が分解され黒いワイヤーのような形で私に集束する。

 黒いワイヤーは、私の左腕の切れ目に合致すると、黒く細い骨格に変貌し、更にその上から肉と外殻となる白い装甲が生える。

 装甲が修復された直後その瞬間、体勢を立て直したヴェリフィゴールが飛びかかってくる。

 私は左腕を彼女に向けて待ち受ける。

 彼女らの衝突で竜巻のような爆発が生じて砂が宙を舞う。

 視界が晴れた。

 私の左手には骨格と同じ黒色こくしょく一色の大剣がヴェリフィゴールの頭部を砕れ、地面に這いつくばる。

 しかし、頭部を砕かれた身体は再び立ち上がる。

「なんなんだ? その武装は?」

「私の、グシャラボラスの骨からできた武器。かっこいいでしょう?」

「どうやって出したんだ?! 私の作ったデモニコアにはそんなことできないんだぞ!」

「知らない。だけど、こんな話を聞いた覚えがある。デモニコアには、5段階の『ステージ』とされる指数が存在するってさ」

「ステージ? なんなんだそれは!」

「詳しくは知らない。でも、凄いのはわかる」

 フラフラと走り出すヴェリフィゴールに向けて大剣を左腕で振るう。

 大剣に触れた彼女の身体は、先程彼女に潰されていた私の腕のようにグチャグチャに砕け飛ぶ。

 しかし、何度も何度も砕いても何度も何度でも彼女はグチャグチャの肉体で立ち上がった。

「もうやめてくれ!」

 仮月は、私に泣きついて止めさせようとするが、私は躊躇いなく大剣で彼女を砕く。

 そうしているうちに彼女の身体はもはや形を保つことすら困難なのか黒い骨格と肉体から内臓が剥き出しになっている。

 だがしかし、彼女はまだ立ち上がる。

 何が彼女をこんなにも立ち上がらせるのか私には見えている。

 彼女の身体の周りに言葉の羅列が並んでいるように私には見えている。

『……欲しい……』

『……知りたい……』

『……食べたい……』

『……寝たい……』

 研究室で育ち、何も知らない彼女が何もかも悉く全てを欲するその姿は既に異形なる悪魔だが、正真正銘同種人間であることを私は確信した。

 だが、彼女はもう既に限界なのか進むことなく私に倒れ込んでくる。

 私は、彼女のデモニコアに大剣の剣先を突き刺す。

 装甲が守ろうとしたものの、大剣の強度は装甲さえも砕き、そのままデモニコアに直撃し、貫通する。

 首の肉の切れ目から彼女の血が私の顔に飛び散る。

 大剣を引き抜き、捨て、左腕をデモニコアに突っ込む。

 すると、私の視界に見たことのないものが映る。


「アキホシこっちに来なさい」

「お父様」

「実験だ。準備しなさい」

「はい」

 彼女の小さな胸には何度も何度も縫合した痕が見える。

 彼女の名前は、仮月アキホシ。

 彼女は、毎日父親の実験に付き合っていた。

 付き合っていたではないだろう。

 彼女は人形のようにその命を弄ばれるのだから。

 デモニコア実験。

 身体にデモニウムと呼ばれる物質を器に入れたものを設置し、その器を徐々に溶解させることで被検体とデモニウムの融合させる悪魔の実験。

 何故、この実験が悪魔と呼称されるのか。

 デモニコアは、適応度が低いと被検体の身体を破壊し、過ぎれば命を奪うものである。

 結果的な面での理由。

 更にデモニコアは、適応力が高くなればなるほど悪魔のように変貌したり、骨格の全てがデモニウムの性質を持ったものに再構築される。

 そのような身体変化。

「お父様」

「何だアキホシ」

「もう……実験嫌だ」

「そうか」

 その時、彼女は理解を得られたと思った。

 これでやっと知りたかった外の世界が欲しい洋服がお母さんの料理がフカフカのベッドも全てが手に入るのだと彼女は幻想した。


「だけど、現実は幻想より遥かに残酷だった」

 私に泣きつく仮月は、声にならない呻き声を嗚咽する。

 人のカタチを保たないヴェリフィゴールは、肉塊になっても私に飛び掛かる。

 私は仮月を突き飛ばしてヴェリフィゴールのデモニコアに向けて大剣を振り下ろした。

 これまでとは違う感覚。

 肉を断つのとは違う、大岩を一刀両断したような硬質な感覚が刀身つたいに身体に響く。

 それと共にヴェリフィゴールの上半身がドサッと仮月の目の前に落ちる。

 私の目の前に尽くす下半身は肉が一瞬にして腐り落ち、デモニウム製の骨格だけが砂の上に倒れる。

「あぁ! 私の……あぁ……」

 そう言いながら仮月は、肉塊になったヴェリフィゴールを手で掬う。

「お……と……さ……」

 その言葉に仮月は涙を浮かべる。

「お父さん……」

 涙越しに仮月の瞳に映るのは、上半身だけになった娘だった。


 ーオオワシ内カフェテリアー

「まぁ、そんなヤバい奴を拾わなくてよかったわ〜」

 私は黙って山分けされた札を目の前にチョコレートケーキを口に運ぶ。

「コトネ。次の仕事は?」

「もう次行くの?」

「まだなかった?」

「いや、あるけどさ。いっつも地上から帰ってきたらこうしてご飯を一緒に食べるだけじゃん。たまにはもう少しゆっくりして行きなよ〜」

 私の手が止まる。

「ここには、あなた以外何もない。ここであなたと一緒にいたって記憶が残るだけで私は十分」

 そう言って、私は半分程残ったチョコレートケーキをテーブルに残し、その場を去った。


 暗い部屋で1人、装具の手入れをしながらあの親子の姿を思い返す。

 父親も長女も亡くしたあの2人はオオワシで保護されることになった。

「あ〜ぁ、食べ損ねたなぁ」

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