Code2「グシャラボラス」

「もうすぐです。ユキさん」

「Mr.仮月、あなたはとても気分が良いようですね」

「ええ、とてもいいですよ」

 そう言いながら、砂に埋もれた取手を見つけ出し、開く。

「どこだ? どこだ……どこだ?!」

 そう仮月は、私が降ろしたラダーを駆け下り、廃墟のようになった倉庫を漁る。

「どこだ? どこなんだ? 我が愛しの発明、ベリアル」

 奥へ奥へと私と仮月が進む。

 それ毎に私の左腕が疼く。

「ああ……、あった!」

 仮月が目を丸くしてある1つの箱に飛びつく。

 その箱は人の全長を大きく超えている。

「これを! これを頼むよ」

「わかりました」

 私は、箱にベルトを固定した。


「あっ! パパとユキさん帰って来たよ!」

「色葉。先に家に戻ってなさい」

「は〜い」

「おふたりとも、雲行きが怪しいので急いで下さい」

 仮月家族が身を潜める廃墟の前で仮月の奥方が声を上げながら、2人に手を振る。

 その姿はまさに……

「恰好の的!」

 その瞬間、奥方は砂の上に倒れた。


「応急処置を施しましたが、脚を怪我した以上彼女は回収ポイントまで移動するのは困難かと」

「何が言いたい?」

「奥様のことは諦めてみてはいかがかと提案しています」

「ダメだ! 妻も連れて行け! どれだけ出せば連れて行ける?! なぁ?!」

「では、奥様はMr.仮月。あなたが運んでいって下さい」

「それは……」

「追加の依頼は本来なら断るんだ。特例で叶えてやってる依頼だというのを忘れるなよ。私はお前もお前の家族もいつでも殺せるんだ」

 私は仮月の首元を睨みそのまま視線だけで奥方、娘に視線を移した。


 -20年前-

 廃墟の中で銃声が響く。

「クソ! あのアマどこに行きやがった!」

「1発当たってんだ。幾ら戦いに慣れた人間でも腕に怪我を負えば、戦えまい」

「慎重に見つけ出して始末しろ」

 蛮族達の掛け声と共に私は焦る。

 左腕からの大量出血で左手が感覚が麻痺する。

「これじゃあ……引き金が引けない……。接近戦も勝てる見込みがない……どうすればいい? 私はこの場所をどうすれば生き抜ける?」

 そう私は、呼吸を荒くして柱の影に隠れていた。

 声が段々と近づく。

 その度に私の胸の鼓動が高鳴る。

 鎮めようとするほどに胸の鼓動が私の身体を突き破るように高鳴る。

「はぁぁ……はぁ……はっ……はぁ……」

(死にたくない……死にたくない……死にたくない……)

「死にたくない!」

 私が叫んで間近に迫った蛮族の声に向けて突撃したその時、左腕が形状を変えて蛮族の顎下から脳天を貫いた。

「これって……うっ……うぉぇえぇ!」

 私の腕は、これまでに見たことのないような形に変化して血を滴らせる。

 悪魔の技術。

 またの名を"鍵"。

 身体に鍵を埋め込むことで身体に変革を与える技術であり、過去の戦争ではシステムを創造された。

 だが、利用されずそのままオオワシの軍事力の象徴として生まれたての人間に埋め込み、鍵が目覚めた個体を選別し、オオワシの上層に置く。

 その実験体の1人だった私は、生命の危機その瞬間に目覚めたのだ。

 吐けるものを吐き出した私は、変貌を遂げた腕を引きずりながら立ち上がる。

「いたぞ!」

 蛮族達が私を見つけて銃撃を始める。

 それらを腕で防ぎ、持っている銃を右手で装備して視界が戻るのを待つ。

 しかし、煙の中に人の形をすぐに捉える。

「見える……隠れていようが、関係なく見える!」

 私は右手に装備した銃を推進力にして蛮族に接近する。

 柱の裏に隠れた蛮族を柱ごとその大きな手で握り込み、粉々に握り潰す。

 辺りが血の海になるほど大きな手に残ったのは、苦痛に歪んだ顔だけだった。

「上から撃てば避けようがあるまい!」

 上から注がれる弾丸の雨に私は飛び込んだ。

 柱に銃を食い込ませて、それを踏み台に飛び上がり、雨を越えた。

「ねぇ、グシャラボラス」

 私が声を掛けると腕が高鳴るように脈動する。

「そう、あなたの名前。あなたはこれからグシャラボラス。今日はあなたの誕生日だよ。コイツらのことじっっっっっっくり……味わいなさい」

 私は、左手の血を舌で舐める。

 口周りには大きな手に付いていた血が残る。

 腕の肘側から自在に動く尻尾が生えて1人ずつ的確に仕留めた。

 血の海となった廃墟に私は1人、いや2人で愉悦に浸っていた。


 気づけば私の周囲の砂上は赤く染まった。

 私の色白な細い腕の先を赤黒い血が伝う。

「君は……」

「手荒なマネはしたくなかったのだけどまぁ、仕方ないことよね」

「君は、なんなんだ! なんで私が作った悪魔の技術デモニ・コアを持っているんだ?!」

「デモニコア? へぇグシャラボラスは、そんな名前なんだ〜」

「なんで君がそれを持っているんだ?! これから私が築き上げる物のはずなのに……なんで……どうして?」

「知らない。気づいたら私の左腕にグシャラボラスはいた」

「お前はなんなんだ……」

 私の返答は沈黙だった。

 私にも私がわからない。

 私がどうして生まれたか、どのようにして今の仕事にありついたのか、なぜグシャラボラスが私の腕にいるのかわからない。

 その答えは、私にユキの名をくれた人が知っているのだろうと考えている。

「そんなことよりそのデモニコアとやらからはグシャラボラスとは違う何かを感じるのだけど、何?」

「これが何かって?」

「えぇ、何か私とは違う。でも、同じ」

「そうか君は、デモニ・コアの失敗作か。空腹し、疲労し、睡眠を取り、欲を満たす。君は、満ち足りてしまうデモニ・コアとしては大失敗作なんだよ」

 その言葉で私の脳裏に焼き付いた記憶が蘇る。


「クソまた失敗だ」

「廃棄?」

「そうだ廃棄処分だ」

「嫌……助けて……」


「そうなんだ。私は失敗作なんだ。じゃあ、その子はどんな完成品なの?」

「よくぞ訊いてくれた! 私の作った最高傑作のデモニ・コア。そうだな。君の名付けに乗っ取ってこいつは、ヴェリフィゴールとしようか。ヴェリフィゴールは、完全に人間を取り込んだデモニ・コアでだな」

 長々とした説明が始まる。

「はぁ、もういいや。その子、私にちょうだい」

「渡すわけないだろ! やっと完成した最高傑作だぞ?!」

「知らないわ。ちょうだい。グシャラボラスが食べたいって言ってる」

 私がそう言って仮月に急接近した瞬間、棺桶から悪魔が飛び出した。

 高く飛んだ悪魔は、私に飛びかかって来るが、軽く避ける。

「敵対目標確認、攻撃意思有り、殲滅モード発令、目標をロックオン、殲滅を開始します」

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