第5話 水族館デート

「それじゃあ行こうか」

「ええ」


 ご飯を食べ終わり再び館内を見て回る。

これからは午前中に見て回れなかったところやもう一度見たいところなどを見る予定だ。


「ん」

「真希?」


 僕が真希の方を見ると、彼女は右手をこちらへと差し出していた。

 これは、あれか。

 僕の方から握れって事かな。



「わかったよ」


 手を繋ぐことはもうすっかりお決まりになりつつあるみたいだ。

 真希の手に添えるようにそっと握ると、不満だったのか指を絡めてきた。


 またしても恋人繋ぎだ。


 さっきはキスの件でゴタゴタしていてあまり気が回らなかったけど、この繋ぎは何というか、安心感がちがうな。

 ただ手を握るよりも密着度が高くて、真希の体温をより一層感じる。


 真希も上機嫌なようで、分かりにくいけど少し大きく腕を振っていた。



「楽しそうで何よりだよ」

「む。もしかして隼人、私のこと馬鹿にしてる? 手を繋いだだけではしゃぐ女だって」

「そんなこと無いよ。でも可愛いなとは思う」

「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!?」



 ぎゃあぎゃあと言い合いながら、先を進む。

 この時間は僕にとって何よりも楽しくて、友達だった時から変わらずこんな風に過ごしてきた。

 偽物とは言え恋人になってからもこのやりとりは出来て内心嬉しく思っている。


 付き合う振りだとしても友達なのは変わらないって最初は思ったけど、案外早く心変わりしそう。


 この偽りの関係になってからまだ数日しか経っていないけれど、実際僕はこの関係が続けば良いなと思い始めている。


 続けばいい、というよりも本当の恋人になりたいかな。

 それぐらいここ最近は充実した日々を送れている。


 もしかしたら最初からかもしれないけど、やっぱり僕は真希のことが好きなんだろうな。

 友だちとしてだけじゃ無くて、異性としても。



「何にやにやしてるのよ」

「気にしないでよ。ただ楽しいなぁって思っただけ」

「そう。……まあ私も楽しいわよ。来て良かったわ。でもこれからもっと楽しむんだけど、そこは理解しているのかしら?」

「勿論。体験コーナーに行くんだよね」

「ええ。あとイルカショーには絶対行くから」

「分かってるよ。ずっとパンフレット見てたもんね」

「ならよろしい。まずはドクターフィッシュよ」



 ここから一番近い体験コーナーに向かう。

 そこは水槽の中に手を入れて良い場所らしく、中の魚が角質を食べてくれるんだとか。

 無駄な角質を食べて健康に良くすることから、『ドクターフィッシュ』と呼ばれているらしい。



「ひゃあ! くすぐったい。でも結構気持ちいいわよ」

「わっ! 本当だ。パクパクつついてくる」

「何か隼人の方が多いわね。私の指は美味しくないのかしら」

「この魚は角質を食べるみたいだから真希の指は角質が少ないって事じゃ無いかな」

「へえ。つまり私の指は隼人の指よりも角質が少なくて綺麗ってことね」

「そんなどや顔でこっちを見ないでよ」

「隼人もこの子達に指を綺麗にして貰うのよ」


 何だろう、よく分からないけど負けた気がする。

 あの美容とかに特段気を使って無さそうな真希に。

 冬に少しだけハンドクリームを塗る位しか見たこと無いのに。

 まあ僕も肌の手入れとかは全然していないんだけどね。



「そんなに汚くは無いと思うんだけどなあ」

「汚かったら『そんな手で私のを握ったの』とか言ってたわよ」

「手は洗ってるよ?」

「当たり前でしょ」

「あ、見て。もう僕の指から離れていくよ。やっぱりそこそこ綺麗だったんだよ」

「良かったわねー綺麗で。私ほどじゃないけど」

「そうだねー」


 ここは気のせず流すのがいい気がする。


 ドクターフィッシュの体験もそこそこに、次の場所へと向かう。

 次は体験では無いけれど、ペンギンの餌やりが間近で見られるというものだ。

 ちょうどこの時間にやるとパンフレットに書いてあったので見てみることにした。



「ペンギンって魚丸呑みするんだ」

「僕も知らなかったよ」


 イワシみたいな魚をバクバクと少しずつ飲み込んでいく様は、可愛い見た目と裏腹に野性味を感じる。


「あんな見た目をしておいてちゃんと肉食なのね」


 どうやら真希も僕と同じような事を思っていたらしい。

 そりゃあ初めて見たらギャップに驚くよね。

 僕も今驚いてる。


 というか飼育員さんは手を噛まれないのかな。

 あの勢いで魚を食べていたらうっかり飼育員さんの手までいきそうだけど。

 そこは慣れているのか訓練しているのか、ともあれ人の指が赤く染まる事態にはならなかった。



 ペンギンコーナーをしばらく見て、そろそろイルカショーの時間になりそうだったので移動する。


 ステージを囲う様に出来た扇状の観客席には、来た時間が少し早かったのかまだ人はまばらにしか集まっていないようだった。


「どうする? 今なら最前列から最後列までどこでも座れそうだけど」

「隼人、今は10月の終わりよ。前で見たら水がかかって風邪を引くのがオチだわ。ここは真ん中より少し後ろの席がベスト! さあ行くわよ」

「あ、うん。ちょ、ちょっと引っ張らないで」


 意気揚々と階段を降りる真希に引っ張られる形で僕も後に付いていく。



 席で座って待っていると、だんだんと人が集まり始めた。

 少し早めに来て正解だったかもね。


「楽しみね」

「そうだね」


 真希はさっきからずっとそわそわとしながら待っている。

 よほど楽しみにしていたみたい。



『さあお待たせしました。只今より15時からのイルカショー開催です』


 アナウンスが入りステージを見ると、数頭のイルカがやってきていて綺麗に並んで遊泳している。

 指揮を執っているお姉さんが手を上げると、イルカたちは揃ってジャンプ。


 その後も何度もジャンプをしていたけど、それぞれ飛び方が違うみたいで、さながらシンクロスイミングを見ているようだった。


「わー! 凄―い。ねえ見て! 空中で体捻っていたわよ」


 隣の真希も大興奮のようで子供のように大はしゃぎ。ここまでテンションが上がった真希を見たのは数えるほどしか無かったかもしれない。

 それぐらいショーが面白いって事かな。


 僕もイルカショーを見たのは小さいとき以来でとっても面白いよ。

 その後約20分間、イルカたちによる盛大なパフォーマンスが続き、会場は大いに盛り上がっていた。


『最後までお付き合い頂きありがとうございました! またのお越しをお待ちしております』


 こうして最後の挨拶が終わり、ショーもお開きとなった。


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