第4話 レストランにて

 館内は照明を弱めているのか仄暗く、水槽の光と合わさって幻想的な空間が広がっていた。

 順路に従って館内を進んでいるけれど、あまり魚たちには意識を向けられていない。


 理由は明白で、隣で手を繋いで歩く真希の事を意識してしまっているからだ。

 今でもさっきの感触が残っているようで、まともに真希の顔を見られそうに無い。


 それは真希も同じようで、しばらく沈黙が続いていた。


 まさか突発的にキスされるとは思ってもみなかったけど、嫌では無かったかな。

 いつかもっとロマンチックに出来たら良いなと頭に浮かんだけど、そのシーンは頭から追い払う。


 だって、僕等はあくまで付き合っている振りで、友達だ。

 これからするのは、本当の恋人とが良いと僕は思う。


 真希はどう思っているんだろう。キスされるぐらいだから好意的に見てはくれているんだろうけど。


「ねえ真希。もしかして僕のこと好きなの?」


 気が付いたら声に出していた。


「好きよ。……友達としてだけど」


 そっぽを向いたまま、少しぶっきらぼうに答えられた。

 そっか、とだけ呟き、また沈黙が始まった。


だけど今度は真希が握っていた手を離し、恋人繋ぎに変えてきた。


「もう悩むのはやめましょう。してしまったものはしょうがないわ。せっかく来たんだから楽しまないと損よ。だから隼人も切り替えていくわよ」

「う、うん。分かった」


 真希がそう言ってくれたおかげで、それからは結構楽しめた気がする。



 楽しいと感じてからは時間が経つのがあっという間で、もうすでにお昼を回ってしまった。


「そろそろ昼ご飯にする?」

「そうね。私もお腹空いたわ。あっちにレストランがあったからそこで良い?」

「良いよ」



 館内に併設されているレストランは、お昼過ぎということもあってそれなりにしかお客さんはいないようだ。


 待つことも無くテーブル席へと案内された。


 僕が席に座ると、何故か真希が隣に座ってきた。


「普通向かいに座るものじゃない?」

「こっちのが恋人っぽいかなーって」

「まあ、確かに。そういうことなら」

「よろしい。ほら、メニュー見せて」


 メニュー表を開いて2人で覗き見る。隣に座っているからか、真希がいつもより近くに感じて意識してしまいそうになるけど、ぐっと我慢する。


「隼人何にするか決めた?」

「えっ。……あー、ちょっと待って」

「私の顔に何か付いてた?」

「いいや何にも」


 真希の方を見てたのがばれたかな。我慢していても気になるものは仕方が無いんだよ。


「そう? 私はこれにするわ」


 そう言って彼女が指さしたのはサバの味噌煮込み定食だった。


「真希にしては珍しく思いっきり魚料理だね」

「そうよ。見ていたら食べたくなっちゃったから」

「そんな目で見てたの⁉」


「しょうがないじゃない、アジとかサンマとかがあんなに大きな水槽で泳いでいるんだもの。それにテレビで紹介してたからって隣県までハンバーグ食べに行った隼人には言われたくはないわ」


「それこそ仕方ないって。美味しそうだったんだから。さわ〇か美味しかったでしょ?」


「うん、美味しかった。1時間半も待ったが甲斐あったわ」


 以前2人で行ったハンバーグの味を思い出す。

 げんこつのような大きさのハンバーグは食べ応えがあって旨味に溢れていた。

 また食べに行きたいな。



「思い出したら食べたくなってきた。僕はハンバーグにするよ」

「やっぱり人のこと言えないじゃない」

「うっ……まあいいや。取り敢えず注文しようか」


 店員さんを呼んで注文を済まし、10分ぐらいしたら料理が運ばれてきた。


「「いただきます」」


 手を合わせて早速食べ始める。流石にあのハンバーグ程ではないけど十分に美味しかった。

 隣に座る真希も美味しそうにサバを食べている。


 真希は僕が見ていることに気が付いたのか、顔を上げると一瞬何かを考えて閃いた様子。

 そして味噌煮を一口分箸で切り分けてこちらへと差し出してきた。


所謂恋人間で行われるというあーんというやつだ。 


「はいどうぞ。食べたかったんでしょ?」

「それって間接……」

「い、いいから早く食べてよ! 私だって恥ずかしいんだからね」


 よく見ると真希の顔はほんのり赤くなっている。多分僕の顔も同じだ。

 恥ずかしいならやらなければ良いのに、なんて思ったりもしたけれど、せっかく真希がしてくれたんだから食べないと失礼だよね。


 差し出された箸先をパクッと一口で口に入れる。

 柔らかく煮込まれたサバはとても美味しかった。


「そんなに恥ずかしがらないでよ。さっきは口にしたんだから今更でしょ?」


 真希に言われるけど、顔を赤くされながらだと説得力無いよ。


「さっきのはいきなりだったし一瞬だったよね!? あとそれとこれとは別で恥ずかしいものは恥ずかしいよ」

「今までだって飲み物とかお互いのを飲みあっていたじゃない」

「それはまあ、飲み物だし? 付き合う前だったのもあるし」

「昔隼人が『真希とは間接とかいちいち気にしなくて良い』みたいなこと言っていた気がするんだけど?」

「き、気のせいじゃないかなー」


 ふーん、とジト目で見られる。


 確かに去年とか、それこそ恋人の振りをする前は間接キスなんて気にしていなかった。

 やっぱりこの関係になってからというもの、何かと真希を意識することが多くなった気がする。


 何だか僕だけがこんなにも悩むのは悔しいな。仕返しでもしてみようかな。


 僕は先程真希も照れていたのを忘れて、同じ事をしてみた。


「僕だけ貰うのも悪いからさ、ほらお返し。ハンバーグも美味しいよ」

「え、ちょっと私は別に……」

「遠慮しなくて良いからさ」

「う~~。もう、分かったわよ!」


 真希は意を決したのか、勢い良く奪い取るように食べていった。


 ツーンとしながらそっぽを向いて咀嚼している。

 その横顔は僕にサバを食べさせようとした時よりも赤くなっているような気がした。


 それからやってみて気が付いたけど、食べさせる方も恥ずかしい。


 世のカップル達はこれを平然とするんだから凄いなと僕は感心していた。



「どう? あーんてやられるの恥ずかしいでしょ」

「全くもう何の対抗心よ」

「いやあそれほどでも」

「褒めてないわよ」


 それからは食べさせ合うこともなく、この後何処を見て回るだとかさっき見た魚はどうだっただのと雑談をしながらご飯を食べ進めた。





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