第3話 はじめての……
そして日曜日、時刻は9時20分。集合場所である最寄り駅に着くとそこにはもうすでに真希が待っていた。
毎朝の登校でもそうだけど、こういう時間にきっちりしているところは真希の良いところだなとふと思う。
「おはよう真希。待った?」
「全然、さっき来たところよ。あ、このやりとりデートっぽいわね」
「デートだからね。それじゃあ行こうか」
電車が来るまでまだ少し時間はあるけど先にホームに向かうことにする。その道中、今日の真希を見たときから思っていたことを口にした。
「あ、それと今日の格好似合ってるよ。真希もそんな服持ってるんだね」
今日は日曜日で学校も部活もないから当然私服を着ているんだけど、普段は服とかにこだわりなんて無さそうな真希がすごく可愛い服を着ている。
髪も結ってはいないけど綺麗に整えているみたいで、外側にカールを描いている。
「うるさい。一言余計よ。……でもありがと」
またしても視線を逸らされてしまう。
最近容姿を褒めると真希はそっぽを向いてしまうことが多いように感じる。照れているのか分からないけどその仕草は可愛く思えるな。
仮とは言え恋人になって真希の新しい一面を見れたのは良いことかも。
「隼人の格好も、まあ及第点ね」
改札を過ぎた辺りで、立ち直ったのか僕の出で立ちをそう評価される。黒のパンツに白のニットシャツ、それからチャコールのカーディガン。
うん、いつもより断然おしゃれだと僕は思うよ。
「結構悩んで選びました」
「今までジーパンにTシャツしか着た姿を見たことないんだけど? カーディガンなんて持っていたのね」
「うっ。それはほら、ほとんどが夏だったしバーベキューとか外で遊んだ時だったから着なかったと言いますか」
「この前イ○ンに行ったときは?」
「……すみません調子乗りました。これは昨日買ってきたやつです」
これまでおしゃれに気を使った事なんて無いからそもそも服の種類が少なかった。
せっかく良い機会だからと、このカーディガンに加えていくつかの秋服を親が買ってくれたんだよね。
「そう……。わざわざ買ってきたの」
「僕もおしゃれはしてみたかったしね」
「だったら今度一緒に冬服買いに行く? 少し早いけど私も新しいの欲しいしさ」
「いいね、行こうか。またデートの予定が出来たね」
「私が完璧なコーディネートをしてあげるわ。これで隼人もおしゃれ男子に昇格よ」
「素直に喜んでも良いのかなぁ」
「喜びなさいよ」
真希のコーデとか未知数過ぎて怖いな。普段髪をアレンジするのすら面倒だと言って夏場のポニーテール以外は下ろしているのに。
そんな彼女が服を吟味することは出来るのだろうか。
正直今の服装を自分で選んだのかも怪しく見える。似合っているから良いけど。
「何か失礼なこと考えてない?」
「気のせいじゃないかな。真希は今の服を選べるぐらいにはファッションセンスあるもんね?」
「そ、そうね。任せて頂戴」
そうこうしている内に時間は過ぎ、電車がやって来た。
電車内でも会話が特に途切れることも無く気が付けば水族館の最寄り駅に到着した。
もうすでに建物が見えており、歩いて5分位で着きそうだ。大きな駐車場が正面にあり、それを回り込むように進んでいく。
「意外と早かったわね」
「電車って偉大だなー」
「いつの時代の人間よ」
「平成?」
「生れだけでしょうが。世間はもう令和よ」
軽口を叩き合いながら水族館へと歩いて行く。
日曜日と言うこともあって僕等の他にも多くの人が水族館へ向かっているのが分かる。
家族連れや友人同士、僕たちみたいに恋人で来ている人もいるようだ。
「そう言えば貰ったチケットってどれ位割引されるんだっけ」
「カップル割で40%オフよ。3000円かかるのが1800円になるのね。お得だわ」
「カップル割?」
「あれ、言ってなかったかしら?」
「聞いてないな。これはもしかすると『カップルを証明するためにキスお願いしまーす』とか言われるやつでは!?」
「今時さすがにそれは無いと思うわよ」
「ではお2人が恋人である証としてキスをして頂いてもよろしいでしょうか」
「ほんとに言われた!?」
真希の驚いた声が周りに響く。びっくりしすぎだよ。
受付で割引チケットを見せたらこう言われた。
まさか本当にカップル証明でキスが必要だとは僕も思わなかったよ。
だけどどうしよう。
僕たちはあくまで仮の恋人で本当は友達でしか無い。
そんな偽りの関係でキスなんて出来ないよ。ここは諦めて通常料金で入場するしか無いと思う。チケットは勿体ないけど仕方が無い。
「真希。今回は諦めて通常料金で……んっ!?」
唇に柔らかな感触。そして目の前にはいたずらな笑みを浮かべた真希の顔が。
僕は真希にキスされたのだと遅れて気が付いた。
柔らかな感触も一瞬だけで、すぐに離れてしまう。
後に残ったのは、彼女の髪の甘い匂いだけ。そう言えば今日の真希からは普段よりも良い匂いがするな、とぼんやり思った。
ただ今は何よりも混乱が勝っていた。
「えっ!? ちょっと、真希さん?」
「どう? ファーストキスの感想は」
「めちゃくちゃ柔らかかったです! ってそうじゃなくて!」
「カップル証明に必要だったんだから、しょうがないじゃない!」
真希はいたずらに笑いながら、だけど顔を真っ赤にして告げた。
真希も恥ずかしかったのは一目瞭然だけど、何も口同士でする必要は無かったと思うんだよ。
こういうのは頬とかでも良いのが相場でしょ!?
それに僕は……
「初めてのキスはもっとロマンチックにしたかったんだよ!」
「ロマンチックなキスならこれから何回でもしてあげるわよ」
「え、何回でもって……真希が?」
言われて気が付いたのか、ただでさえ赤くなっていた真希の顔がさらに朱に染まっていく。
「い、今の無し。忘れて」
「ええぇ」
「あのぉお客様? 後にも他のお客様がいらっしゃるのでコントを中断して頂いてもよろしいですか」
「「すみません」」
僕等のやりとりに痺れを切らしたのか、受付のお姉さんに諭されてしまう。
それにしてもこのお姉さん、物凄くニコニコしているな。
でも、なんか、目が笑っていないというか。
『早くしろ』と言外に圧を掛けられている気がする。
その圧を真希も感じたのか、2人してそそくさと入館料を支払って先へと進んだ。
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