第2話 「僕たち付き合ってます」
「せっかく彼氏彼女になったんだから恋人っぽい事でもしましょうか」
僕等が恋人になって数分、真希がこう提案してきた。
「それは良いけど世の人たちは付き合ったら何するの? 僕はそうゆう経験皆無だから。漫画とかの偏った知識しか無いよ」
「うーん、そうね。私も彼氏いたこと無いから偉そうなこと言えないけど、まずは名前呼びとか」
「今も名前呼びだよね?」
「くっ。部活での習慣か」
部内では基本学年関係なく互いに名前で呼び合うのが暗黙のルールになっている。強制ではないし名字で呼ぶ人もいなくは無いけど。
何せ部内、というよりも学校には『鈴木』が多い。
――――時々『田中』も入り交じるらしいけど今の代にはいない。
そのせいで名字だと誰か分からないから名前呼びが定着した。
「名前呼びは良いとして他に何かあるかな」
「一緒に登下校、はもうしてるわね」
「してるねー。まあ登校は一緒じゃない時もあるから待ち合わせとかして行くのはどう?」
「良いわねそれ。よし! じゃあ明日からやるわよ」
「うん。他に何かする?」
「うーん。……じゃあ、デートでもしましょうか」
「良いねー。何処行こうか」
「……イ○ン?」
「最近、行ったね。けどこの近くじゃ他に無いかー。まあそれはまた今度考えるとしようか」
やっぱり僕らは端から見たら付き合っているように見えるのかもしれない。
「あとはそうね。周りに付き合っていると公言するのはどうかしら」
「良いんじゃない? むしろ言えばこれ以上僕らの関係について聞かれることも無くなるよ」
「じゃあそうしましょうか」
こうして明日から登下校とデートをすることになったけど、何だかこれまでと大差ない気がする。
翌朝、待ち合わせ場所である真希の家に行くと彼女はもうすでに自転車に跨がっていた。
「おはよう。もう外出てたんだ」
「来てもらっているんだから待たせるわけにはいかないでしょ」
「真面目だなぁ。通り道だから気にしなくても良いのに」
「良いの。ほら、行くわよ」
真希に続いて僕も自転車を漕ぎ出す。
「そういえば今日は髪結んでいるんだね」
普段は髪を下ろしている真希が、今日はハーフアップで髪をまとめている。
いつもは面倒だとか言って下ろした姿しか見ない。結ぶとしてもポニーテールで、夏場の部活以外ではほぼ見ないから少し新鮮だ。
「あら、気が付いたの? 一応付き合っているんだし気分転換も兼ねてやってみたの」
「そっか。似合っているよ」
「……ありがと」
そっぽを向いて呟くように言う彼女の顔は、心なしか赤くなっているような気がした。
「もしかして照れてる?」
「っ!? うるさい! 照れてなんかないわ。驚いただけだから」
「う、うん。分かったから落ち着いてって」
よく分からないけど怒らせてしまった。後でジュースでも奢ろう。
そんなことを思いながら道を進んでいく。
登校を共にする、というけど特に特別なことは無く他愛も無い会話をしながら自転車を漕いでいたら学校に到着した。
いつものように駐輪場へと向かい自転車を駐める。
「どうしよう、普段と何も変わらないよ」
「確かにそうね。別にそれで困るわけでも無いし気にしなくても良いと思うけど。……だったら、こうしましょう」
彼女が言うと同時、ぎゅっと柔らかい感触が左手にやってきた。手先を見ると、真希の右手が僕の手を握っている。
女の子と手を繋ぐなんて、生まれて初めてかもしれない。
「柔らかい……。真希の手ってこんなに小さくて柔らかかったんだ」
「ふふ、そうでしょう? 隼人君は女の子と手を繋いだこと無いから知らなかったのね」
「それ真希もブーメランだよね? 無いでしょ、男と手を繋いだこと」
僕の言葉に真希はムッとした表情を見せる。図星かな。
「あ、あるもん。昔、お父さんと」
「そっかー。僕が初めてかーって痛ぁ!?」
煽りすぎたのか、真希から肘打ちを受ける。僕の脇腹にダイレクトアタックだ。
手を繋ぎながら肘打ちなんて無駄に器用な。
「お互いに初めて。それで終わり!」
「……はい」
脇腹をさすりつつ、駐輪場から2人並んで教室まで歩いて行く。
昇降口で靴を脱いだ時以外ずっと手を繋いでいるからか、周りからの視線が集まっているように感じる。
外ではともかく、校舎内でも繋いでいるのは僕等ぐらいのようだ。
そして、事は教室に入って起きた。
僕等が手を繋いでいることに気が付いたクラスメイト達が、揃って驚きの声を上げた。
皆、朝から元気だな。
まさかここまで騒がれるとは思わなかった。隣の真希も困惑しているようだ。
「え? なんで2人は手を繋いで? 急な心変わりでもしたの!?」
近くにいた友人が驚きと困惑と疑問を混ぜたような顔で聞いてきた。
「あー、僕等は付き合っているからさ。恋人同士で手を繋ぐのは普通じゃない?」
「お前等が付き合ってるのは知ってるよ!? 今まで否定しまくっていたのにどうして今になって堂々とイチャついているのかって聞いてんだよ!」
相も変わらず僕等は付き合っているという前提で話が進んでいる。さりげなく付き合っていると公言してみたけど、効果はいまひとつかな。
どうして今まで言わなかったんだ、とか聞かれても困る。
だって付き合っていなかったんだから。
理由とか考えてないよ。
「否定し続けても意味が無いからもうやめようって2人で決めたからよ」
その時、困惑していたはずの真希がクラスメイトに毅然と言い放った。
なんだか真希が頼もしく見える。
皆の視線が僕等に集まる中、真希は言葉を続ける。
「根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だったから隠してたの。でももう今更になっちゃったから隠すのをやめました。以上! もうこの話終わり」
言い切った真希は自分の机へと向かう。手を繋いでいる僕も引っ張られるように後に続く。
ちなみに僕等の席は隣同士だ。
その後しばらくは僕等の話題で教室内が賑わっていた。何人も僕等の所に来ていつから付き合っているのだとか、どっちから告白したのかとかを聞いてくる。
それら全て真希が答えているんだけど、僕には一切記憶が無い出来事だ。
全部真希が考えた嘘話だけど、よくそんなにすらすらと言えるなと僕は隣で感心していた。
昼休みになり、ご飯を食べようと友人達の所へ行ったら追い返された。
『もう堂々とイチャつけんだから彼女と食べて来いよ』というありがたいお言葉と共に。そして物凄く生温かい目で見られた。
それは真希も同じだったらしく、諦めて僕等は自分の席で食べることになった。机を向かい合わせにし、適当に談笑しながらお弁当を食べ進める。
「なんだか私たち見世物みたいになってない?」
「気のせいだよ。少し視線を感じるだけで」
僕等の席が教室内でも比較的中央に位置することもあってクラスメイトに囲まれているような錯覚を得る。
「見ても面白い物なんて無いのに」
「それぐらい今までが疑問に思われていたんだろうねぇ」
「付き合っているのが当然、なんて言われても困るんだけどなぁ」
「やっぱり僕とそういう関係だって思われるのは嫌だった?」
「そんなこと無いわ。それは良いの。あること無いこと言われるのが嫌なだけ」
「そっか」
昼休み、そして午後からも朝以上に絡まれることは無くなり次第に落ち着いていくかと思われた。
だけど部活のチームメイトにも僕等が付き合っているという話が届き、そこでまた一悶着あったのは別の話。
「疲れたわ」
「僕も疲れた」
帰り道、僕たちはぐったりしながら今日1日を振り返っていた。
「『付き合っていること』よりも『それを周りに話したこと』の方が驚かれるなんて。どのみち騒がれたのね」
「かもね。でももうこれからは少しずつ落ち着いていくんじゃない?」
「そうだと良いけど」
穏やかに過ごすことが出来れば僕は良いかな? あそこまで注目され続けるのは心臓に悪いから。
「話は変わるんだけどさ。隼人今週の土日予定ある?」
「部活以外は無いよ」
「なら水族館に行きましょう」
「お、もしかしてデート?」
「そうよ。友達から割引チケット貰ったからどうかなって。少し遠いけど」
「いいよ、行こうか」
水族館なんて何年振りだろう。滅多に行く事なんて無いから楽しみだ。
「じゃあ日曜駅に9時半集合でどう?」
「おっけー」
「あ、一応デートだから。『デート』だからね?」
2回言われた。何だろう?
――――デート。遊ぶ、ご飯、楽しい、おしゃれ……。
あ、きちんとした服を着て来いって事か。
さすがの僕でもジャージでは行かないからね?
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