第29話
刑事課へ戻る道すがら、ぼくは今回の事件について考えていた。端緒になったアンドロイド殺人事件、そして結束点が浮かび上がってきた首都高交通事故事件、アンドロイドとサイボーグ、AIと人間、そんな対比に意味があるのか? ないのか? そういったことについてだ。
捜査講習のときに事件から意味を見出すのは刑事の悪いくせだといわれたことがある。
たしかに刑事は事件捜査において犯罪の意味を看破しやすい傾向にある。もともと犯罪者に近い思考回路を持ち犯罪者のようにふるまうこともできる刑事。そんな人間の集団だから刑事は犯罪や犯罪の意味を理解することができるのだ。
だが無意味な先入観と余計な知識を持って捜査に臨めば罪を犯していない人間を被疑者と見間違えるし確信や確執は深くなる。だから、その犯罪の意味をみずに犯罪を理解するという究極の目的は冤罪事件を防止するためである。
だが今回の事件に限っては例外だった。その『犯罪の意味』が重要になると直感せずにいられなかったからだ。なぜなら犯人は、『なにかのため』に犯行を実行していると思われたからで明確な意図があったからだ。
犯人は、なにを望んでいるのか? そんなことを考えていたら、ある種の考えが浮かんでくる。犯人は、なにかを証明したいのではないか、という思考だ。今回の事件からは思想の体現や巨大な信念みたいなものは感じない。むしろ衝動に突き動かされた犯行ではなく学術論文みたいに隅々まで検証されて準備された犯罪で、なおかつ論理的で理論的な頭脳に突き動かされた犯罪にみえる。
笹川文彦なる人物の裏に隠れる被疑者、いまだ姿のみえない真の犯人。でも影、形はみえなくとも心理は読むことができる。入念な計画、誰も気がつかない秘匿性、大企業ですら手におえない犯行 etc. etc. 痕跡はゼロではない。そんなところから被疑者の内心を読むことができるのは、ぼくの特技で一発芸だ。
だから今回の犯罪は被疑者にとって、なにかの証明なのだと思わずにはいられない。突発的な犯行や欲望にマイれた犯罪ではなく冷静に慎重に計画され実行された犯罪であるからこそ、そう思わずにはいられなかったのだ。その根底にあるのは、たぶん、ある種の考えを証明するため、または自分の存在を肯定するため。そんな完璧なる犯罪でしか達成できない目標に間違いない。
犯人は自分の欲望から、もっとも遠い場所にある動機で自分の欲望に、もっとも近い目標を掴み取ろうとしている。どんな動機なのか、なんの目標なのかは、わからない。けれども、手段や方法は、わかっている。AIやサイボーグの補助コンピュータにウイルスを混入させ自壊させる。ぼくらが純粋に犯行のみをみれば超過激派自然回帰主義にみえないこともないが、そんな大仰な主義主張がある犯罪とは、とうてい思えないってのが直感だった。
ただのテロである。政治的主張も声明もないテロ。たくさんのひとを殺したいという単純で純粋な犯罪。組織でもなく個人で。その上、いまの段階では完全に成功している。だからこそ、ぼくは深くため息がもれずにいられない訳なんだが――
そうやって、ぼくが刑事課に戻れば課長が出勤してきていた。挨拶と報告を済ましデスクに戻ってきた。隣で蔵本さんが昨夜の始末書を書いている。ぼくも書かなければいけない。普段ならばノアに書類作成をまかせて捜査を優先することもできるが、昨日の一件でこたえた課長の命令だからしかたがない。
ぼくには時間がないのにとホログラをひらいて様式を選択しひらいた。書類の隣では源田係長からもらったトレース記録が更新され続けている。全世界、あらゆる場所のサーバーを経由し自らの存在を秘匿している。追いつけるのかは、わからない。しかし追いつかなければならない。なにか方法が必要だ。
「今朝、国税局から連絡があった。昨日の資料のおかげで日本技研本社にガサ入れができます、と。お前さんたち、まだまだ、わたしがしらないことをしている訳じゃないな?」
そして蔵本さんと二人で提出に参上すれば課長から小言をいただくことになった。ぼくたちは揃って、ぶるぶると首を横にふるほかない。それから自分たちのデスクに戻ってくれば、
「わたしたちは捜査に戻らなきゃいけないし課長は、そんなに怒っていないから大丈夫」
そう蔵本さんは微塵も気にしていないようにみえた。だから肩をすくめて、ぼくは源田係長からもらったデータや報告のことを蔵本さんに口にしながら、どうしたらいいっスかね? とペア長の指示をあおぐほかなかった。
「笹川を追いかけるのが最優先。でもサイバー犯係が追いつくのを待ってはいられないから、わたしたちは別の手段を使わなきゃいけない。IRシステムの精査からはじめて――」
ただ、そこで蔵本さんの言葉が途切れたのは不意の来客があったからだ。ぼくがいわれてふり返れば淡島が立っていた。ジュラルミンケースを抱えて。
どうした、なにかあったのか? と訊けば、「確認してもらいたいことがあって」ときた。
「蒲田刑事課長。わたくし科学警察研究所の淡島と申します。現在、アンドロイド殺人事件の捜査協力をしているのですが、捜査員に、ご確認していただきたい報告があってまいりました」
そして課長のデスクに立ちよって、そんなことを申告するのである。ぼくは驚愕した。
「それは遠いところ、どうも、ご苦労様です」と課長も最初は面食らっていたが、「蔵本くんと坂上くんにご来客です」と応接室をひらいて招き入れていた。ぼくと蔵本さんは課長のあとに続いて部屋に入るほかなかった。
「刑事課長も臨席ください。本日はアンドロイド殺人事件についてコード一二三一プログラムにおける解析結果の中間報告と捜査現場との調整できました。まずは資料をどうぞ」
いうが早いか早速、ぼくらのホログラに解析結果を表示させた。
「はじめにコード一二三一プログラムは悪意のあるプログラムコード、いわゆるマルウェア、コンピュータウイルスという結果が判明しました。メカニズムは第一にAIがハードウェアをネットから遮断、プログラムの発動によって学習回路の学習データを改竄、自らを破壊するべく再プログラムし直し自壊が可能になったということです。以上が概要ですが、なにか、ご質問は?」
ぼくらの前席で説明を聞いていた蔵本さんが手を挙げた。
「いまだプログラムの発動経路が不明瞭ですので、なにか追加の説明はありませんか?」
「発動経路ならびに詳細なメカニズムは現在解析中です。解析が終了次第、報告します」
そうやって返ってきた。ぼくは、なにをしにきたんだ? と目線で訴えることしかできなかった。
「ただ上記のプログラムを搭載するにはAI内部、とても深い場所に仕込まなければなりません。技術的に可能な人間は限られます。各社の高度技術人材のリストを持参しました」
ホログラの資料をめくっていけば最後のページに名簿があった。淡島のいった高度技術人材リストである。笹川文彦の名前を探した。あった。
「ご教示感謝します。しかし、現在、リストにある笹川文彦を被疑者として捜査中です」
いまの蔵本さんの言葉を翻訳すれば、われわれ現場の刑事をなめるな。そのくらいのことは、すでにやっている、ということになる。失礼しました、とタジタジで淡島は引っ込んでしまった。
「今日、いらっしゃった目的は、それだけですか?」
いまいち要点を得ない淡島の言動に、そう課長が訊いていた。たぶん淡島は自分にもできることを最大限やってきたのである。その結果がどうであれ。だから、ぼくは淡島の不器用さ加減に頭痛がしてくるみたいで早く介錯したい気持ちにさせられた。
「できれば捜査の進捗状況をリアルタイムで確認したかったというのが一つ、現場の捜査員とパイプを作っておきたかったというのが一つ、あと一つは、わたしも、なにか捜査のお役に立てないかといったことです」
歯に絹着せぬものいいは良くいえば素直、悪くいえば高慢って感じだったが、前者と受け取ったらしく、そうですか、と課長は立ち上がった。ぼくや蔵本さんをみて方針を決めたらしい。
「この部屋を使ってください。坂上と蔵本が担当刑事です。なにかあれば報告よろしく」
いい課長は応接室から出ていった。ぼくと蔵本さんは、ふたたびデスクに呼び出される。
「彼が坂上くんのいっていた科研の技官?」
ぼくは課長の問いに、「はい」と返せば、「勝手はするなよ」と課長の視線が飛んできた。
「現状、刑事課に足りない専門家を捜査に入れるいい機会だ。であるから存分に働いてもらいなさい。しかし昨晩のようなことは避けろ。報告は厳守。以上が、わたしの訓示だ」
了解、と冷静に答えなければいけなかったのは課長の言葉を聞いて捜査を続行できる旨理解し内心、ぼくは喜びで満ちあふれてしまったからだ。
「坂上くん。お茶を出しなさい」緒方係長から指示が飛んで、「わたしは捜査に戻る」と蔵本さんが応接室に戻っていった。ぼくは首肯して人数分のコーヒーを用意したのだった。
「なにがしたかったんだ?」そして応接室に戻って訊けば、「解析にいき詰まっていて、きみの意見を聞きたかった。役に立てばと思って情報も持ってきたんだけれども役に立たなかった」と返ってくる。
蔵本さんは、なにも聞かなかったみたいな様子でいるものだから、ぼくは頭をかいた。
「不器用すぎて勘違いされるタイプなんです。見た目以上に悪いやつじゃないんですよ」
ぼくがいえば、わたしは知らないから、みたいな表情をされる。どうやら蔵本さんにとって淡島は天敵なのかもしれなかった。ただ、
「それで、ぼくがわからないのは発動経路に付随するメカニズムなんだけれども、わかる?」
そういって勝手に資料を回してくるものだから、ぼくらがわかる訳ないだろ? とあらためて肩をすくめるほかなかった。淡島は自分の解析をあきらめて、む、と机につっぷしてしまった。
「ぼくらに協力してくれるのはありがたいが、しかし肝心かなめのところでコード一二三一に対する防御方法がなきゃ対処できないだろ。お前は解析に集中してくれたらいいんだ」
だから、ぼくはいったのだけれども、
「コード一二三一に対する防御は十三世代通信を中止すればいい。今から全国のコンピュータにワクチンを流し込んでも効果ないから、それが一番の方法だとわかって、なかなかやる気がでなくて」と返ってくるものだから、信用できるの? と蔵本さんから厳しい視線をいただくことになった。
ところで淡島が持参した資料は限りなく有益なものだった。中間報告とはいえウイルスのトリガーについてギミックが明らかになったことで、製造段階において、ある程度の想像力を働かせれば捜査の進行も可能になったからだ。
たとえばAIのコーディングは作業の過程が記録されている。その時点において接続されていたコンピュータをたどっていけば被疑者のもとにたどり着くはずだしブレインの協力を得て逆探知も可能になるみたいな感じだ。だから、ぼくとしては希望が広がったのだが――
「井田さんに連絡を取ってみたけれどもだめだって。アクセスログが消されているみたい」
だから提案してみれば、そんな風に蔵本さんから返ってきて落胆するほかなかった。その線にかんしては淡島も手が出ないといっていた。
「はじめから計画の今回に痕跡を残す犯人じゃないことはわかっていた。だから衝撃はない。あたなもひとつの要素に一喜一憂していないで、自分のできることに集中しなさい」
蔵本さんの言葉は厳しく、ぼくにとっても蔵本さんにとっても身につまされる言葉であった。だから半分は自分に向けて発せられた言葉だと思わずにいられない。たぶん蔵本さんだって迷っているんだ。
「その笹川文彦のトラッキングデータ、わたしてくれるかい? ぼくの方でみてみたい」
淡島がいうものだから蔵本さんに許可をとって転送した。そしてホログラを通して、すぐに淡島は理解した表情になって視線をあげた。
「これフライエスケープだね。ぼくらが逆探を掛けてIPアドレスを割出しても新しい場所に転送されるプログラム。ぼくは古典的で好きだ。彼は基本に忠実なクラッカーだね」
そういって淡島は自分でもってきたジュラルミンケースをひらいた。なかには小型のスパコンが入っていてデータを転送した。
「IPアドレスから転送するのには時間が掛かる。平均で〇.三秒くらい。だから数値統計を取って、統計から外れた外れ値を検証していけば被疑者のコンピュータを割出せる」
そして上から順番に検証していけばひとつの値が外れ値であることがわかった。登録されている住所は東京都江東区新木場一丁目三番地、笹川文彦のアパートだ。
「すでに生安が検索済みです」と蔵本さんにいえば、「よくできた犯人ね」と蔵本さんの苦笑いをながめることになってしまった。ぼくは淡島に特定済みだと助言するほかなかった。
別の方向から考える、といい出したのは蔵本さんだった。
「笹川文彦がサイボーグってことは、なかに誰か入らなきゃいけない。だから被疑者もサイボーグである可能性が高い。笹川文彦が活動していたときにIRシステムに検出されなかった全身義体保有者は?」
そんな質問が蔵本さんから飛んできた。警察庁のデータベースに問い合わせて回答した。
「七千人弱です。全身サイボーグの人間は、だいたい全国に百万人いますから妥当です」
「その集団から笹川が消えたポイントを中心に半径五キロ圏内において笹川消滅から三十分以内にあらわれた人物を検索。条件は三回のうちどれか」
ぼくはいわれて、そういうことか、と内心蔵本さんの手法に舌を巻かされた。蔵本さんの想像力、構想力、論理的思考、そんなものを直に感じられる距離感であるからこそ地方署にきても一課の人間は一課なのだと思い知らされることになった。
「七人がヒットしました。そのなかで三回とも検出されたのが一人います。小山善、二十九歳男性、住所はシティ東京新浜区一丁目五号オーシャンビュー六〇三。日本技研のシステムエンジニアですよ!」
ぼくはいい蔵本さんが立ち上がった。課長! と応接室を出ていく。反対に淡島は、おろおろしているものだからプログラムの解析よろしく、とだけいってから、ぼくも蔵本さんに続いた。課長たちが呆気に取られているのがみえた。
「被疑者が割れました。任意同行かけてきます」と蔵本さんは課長に報告していた。ぼくはノアを連れて蔵本さんの背中を追った。急転直下とは今みたいな状況のことを指すのだと思う。だから、なんだか新島署刑事課捜査員二名で日本を揺るがす大犯罪の捜査をしているのだと思ったら、おかしくなってきて、ぼくは走りながら頬が緩むのをおさえきれなかった。
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