第9話
ぼくの両親がテロに巻き込まれて死んだのは二○九五年に発生した新革命派による国会議事堂・霞が関ビル・市ヶ谷爆破事件が原因だった。その事件とは民主政権打倒を目論んだ革命派が、前の戦争で廃棄処分になったはずの二トン爆弾数発を台湾から密輸して日本国内に持ち込み政府中枢のど真ん中で爆破させたものだった。
そのとき、ぼくは子どもで中学生で十四歳だった。ぼくには兄弟もおらずそして、ぼくの両親は防衛省の役人だったから親族と連絡を取っているはずもなく、祖父母もいなかった。だから、ぼくは中学二年生で天涯孤独になった訳だった。
当然ながら、ぼくは同じ年代の子どもたちにくらべて両親がいないことから苦労が多くて、それからの暮らしには、だいぶ努力を強いられることになった訳で、犯人に大きな恨みがあったのだけれども、だからといって、ぼくは一回も犯人たちに向かって復讐したいと思わなかった。
なぜなら事件の当事者である犯人たちは爆発に巻き込まれて死んでしまったし黒幕の新革命派集団は事件以降、彼らの本拠地がある八甲田山中に立てこもって治安当局と徹底抗戦を演じてくれた挙句、陸海空自衛隊が出動する騒動にまで発展して苛烈な絨毯爆撃と掃討作戦をやってくれたせいで死んでしまったからである。
ぼくの復讐する相手が、みんないなくなってしまったからだ。だから、そのせいで、ぼくは戦争孤児にあるような世界の理不尽に絶望することや、その結果としてマフィアの鉄砲玉になって若くして命を落とすみたいなことにはならなかった。
こんな風に、ぼくは、まったくひねくれたりせず、まともに育ち、まともな職に就いたことになるのだけれども、ぼくが犯罪者の思考を真似するようになったのは、そのころだったと覚えている。たぶん自分のできる方法で犯罪者の心理を読み取ってみたくなったからかもしれない。とはいえ、ぼくのやっていたことが、どれくらいあぶないことだったかについては大人になって理解するのだが――
だから、ぼくは、その過程で人生の命題である『ひとは、どうして生きるのか?』といったテーマについて、なん度か事件をやらかしてくれたテロリストたちに心のなかで問いかけてみたことがあった。
だが心のなかの彼らは、いつも決まって、かたっくるしいしかめっ面を返してくるだけで答えらしい答えが返ってくるはなかった。きっと彼らも自分たちのやったことの意味がわかっていなかったのだ。
哀れだとは思わなかった。なぜなら、そんな自分たちのやっていた本当の意味すら理解できずに死んでしまったテロリストたちは、きっと自らがおろかだと哀れだとか思われることすら気にしていないはずだし、そうやって思われることもきらったはずだ。
だから、ぼくは思わなかったし気にもとめなかった。それが彼らにできる唯一の復讐だと思ったからだ。
ただ、だからといって、ぼくは自分の命題から顔をそむけたことはなかった。むしろ自分の命題を直視し正面から立ち向かっていくことを意識した。だからなのか、だんだん大人になるにつれて、ぼくは、ぼくの周囲にいる人間が取るに足らないものに思えてきたこともあったし世界に誕生してから惰性で生きているだけのプログラム生命体のように感じられたこともあった。
しかしながらよくよく考えてみれば実際、人間という生き物は、そちらの方向性が強い。
むしろ生命の本質といってもいい。ぼくらは誕生した瞬間から遺伝子といったプログラムに沿って生き子孫を残す。ぼくらの時間経過について付加価値を見出すことは、われわれ人間の本質とは違っている。だから、ぼくのやっていることは生命から遠ざかる行為であるし、やっても意味のないことである。そんなことを友人がいっていたのを思い出した。
でも、ぼくは自分が生きた証を残したかった。
なぜ生きるのか? どうして死なないのか? そうやって考えていたら自分のなすべきことがみえてくるような気がするけれども、ぼくが求める答えからは遠ざかっていっている感覚にもなる。
それは自分の立場を理解し自分が置かれた環境を知ることで、みえてこなかった世界がみえてくるのと同じく、ひとつ答えを得るたびに、そこにあると思っていた真の答えが再び煙のなかに消えていって、いつまでたっても答えが出ないのと等しいかもしれない。だから、そんな相反する感覚が体中を巡るたびに、ぼくは、ぼく自身が精神や意識を制限して、「生命の本質」から逃れられなくし同時にある一定の限界に自分を制約しているのではないかという疑念にかられるのだ。
だから、あの国会議事堂や霞が関や市ヶ谷で死んだテロリストたちは、もしかしたら人間といった金型からしたら正常なのかもしれない。それこそ自分の存在価値に拘泥せず自らの目的と散った彼らは、きっと、ぼくに比べて間違ったことはしていないからだ。
そんな風に人間という制約のなかで人間として死んだ彼ら。そして、ずっと、ぼくが求めている答えは人間としての制約がない場所にある。そのリミッターを解除しなければ到達できない場所にある。どうしたら、そこまで手を伸ばせるのか? ぼくは、そう思わずにいられなかった。
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