10ch\除夜の鐘…。
―【明智藪近くのポツンと一軒家】
あれから僕は、ツバメの大群が去った後、あの天神宮を降りて気になっていたポツンと一軒家に出向いた――。
「あの――」「先程は、どうも――」
『あぁ――』『例の橦木(しゅもく)の方かいな――』『ありがたや…』
「はい――」
―ポリポリ、ポリポリ――
『どうなさった? フフッ、その目は――?』
「いゃ――。 信じて貰えるか分かりませんが……」
『人生、表もあれば裏もある(ハズレ有り)。 人生そういうもんじゃょ――』
『お礼にあなたの行く末を占って、差し上げようかの――』
「えっ?」「でも…」
『タダの牛じゃ』『やらんよ――』
「ハハハっ、ハハハっ――」
『フッ』
『きのゑは、元闘牛じゃ――』『今は、戦わなくて良くなった――』
『でも、戦う準備はしておる――』
『平和ボケしたくないんじゃ――。 いつでも闘える準備は、しておる』
『昔の人は――、常に何かと戦っておった――』『今の人は、どうじゃ?』
『携帯の前とか、パソコンの前でとかで戦っておらんか?』
「そうですね。 ごもっとも――」
『私らは、明日を生きるのに必死じゃった――。 明日の食べ物、あすの水――』
「……」
『私らは、顔の見えん事はしない――。 常に目の前を見とる――』
―カキカキ、カキカキ――
「あと…、 聞きたいことが、あるんですが……」
『なんじゃい?』
「煩悩とは、何ですか?」
『煩悩かいの――』
『簡単に言えば――、苦しみの原因になるものじゃ――』
「苦しみの原因?」
『借金があるのにタクシーで家に帰ったり、子供のご飯を簡単にコンビニで済ましたり』
「はい――」
『後で、罪悪感がわくじゃろ――? 何でこんな事をしてしまったのだろう――』
『返せる宛もないのに、また、借金して――』
『こう言う行為に走らせるモノ【欲】が煩悩である――』
「へ――っ」
『自分を苦しめるのは、育ちや環境でもない――』『内側に、あるもの――』
『外側では、無い――。 内側とは、おのれ自身じゃ――』
「はい――」
『では、あなたは――』『そう言った【欲】に打ち勝ちたいか?』
「はい! 打ち勝って見たいです――」
『だから、無理なのじゃ――』
「?」「んっ……」「?」
『戦わずして、その思いだけを抱くのじゃ――』『抱く――』
「はい…」
『痩せたいのに――、食べてしまう。 お金無いのに――、パチンコ行ってしまう』
『その【欲】を理解した上で、その【欲】を持ったまま、幸せになれば良い――』
「……」
『人は皆――、幸せになりたい【欲】があるからこそ、幸せでおれる――』
『煩悩と戦っては、駄目じゃ――。 煩悩をいだく――』『それも浄らかな心で……』
「はい!」
『染まっては、ならぬぞ――』
『ま――、手っ取り早い方法は、除夜の鐘を聞く事じゃ――』
「!」「えっ……」
『梵鐘の鐘の音は、辛い苦しみや悲しみ――、悩みを立ち切ってくれるわ――』
『おぬし……、その橦木を使って、これからどうするのじゃ――』
「いゃ――」
「……」
『じゃ――。 あなたに、ここで問題を出そう――』
『フフフっ』
「!」
「えっ」「!!」
『問題! 『この世の様(さま)』とは?』
「何! その問題――」「止めて下さい――」
「その、答えの、無いような問題――」
『良く考えたら分かる――(【欲】を考えたら分かる――)』
『ヒントは、あなたその者……』
『では……』
――スタスタスタ、スタスタスタ――
「ちょっと、ちょっと――」
『あと――』
「はい……」
『ここに来たことは、他言無言――』
「了解致しました」
『もし、 外の誰かが…私の所…に』
『私は…あなっ』『壁に掛かっているノコギリで……』
『たを……地中にっ…』
「いえっ」「もちろん」
「他言無言を誓います――」
――パタンっ――
―【花園町内、臨済宗の大本山】
――トゥルルルルっ―、トゥルルルルっ――
「お電話ありがとうございます――、占いの館『平安』っ」
「あっ、もしもし――」「バイト番号64535です。 今日の出勤、ちょっと遅れます――」
「了解いたしました。 本日指名は、一件はいっていますよ――」
「はい。 急ぎます――」
僕は、ポツンと一軒家のおっちゃんに言われた、どうしても気になっていた寺に何故かバイトをサボって向かっていた。だから、占いのバイトは、当日欠勤中――。
「寺の回りは、お花畑で一杯だな――」
「境内は、東西に500メートル、南北に600位かな――」
「敷地面積が――、10万坪? 東京ドーム7個分って……、京都だから――」
「京都御所、何個分に例えたら良いのに――」
「京都人は、東京に引け目を感じる人種でもないやろ……」
――トコ…トコ…トコ――
「取り敢えず、本堂がある法堂(はっとう)でも見て、バイトに戻ろう――」
「?」
「何故僕は、妙心寺に向かってしまったんだっけ――」
「まぁ――、と・り・あ・え・ず・は……、あれを見ないと」
「雲龍図、雲龍図は…とっ」
「コレか――っ」
「スッ…スゴいな――、どっから見ても龍と目が合う気が…」
『気になるかの――』
「えっ?」
『龍が空から昇って行くにも、空から降りてくる様にも見える――』
「えっ」
「赤牛のおっちゃん?」「……」
『おっちゃんは、止めてくれ。 牛王様を飼っているから――』
『せめて「お」にもう一つ、「お」を付けて「王ちゃん」にして頂きたい』
「!」「何故ここにいるのですか――」
『何故って――、ここの歴代の住職の一人じゃが――』
「あのポツンと一軒家のおっちゃんが?」
『左様にも――』
「ちょっ、ちょっと……、待って――」
「あの、おっちゃんが日本最古の梵鐘がある、寺の歴代の住職って……」
『左様にも、右様にも……』
「……」
『何故か、どっからも、目が合うようになっとる――』『別名、八方睨み龍』
――テクテクテク、テクテクテク――
「あっ! ホントだ――、目が合う――。 ずっとコッチを見ている――」
「何か、見透かされている様な――」
『己の心、「様」じゃよ』『心の…』
「あっ――」「あの――。 謎々問題の答えは、すいません――」
『まだ、宵(よい)』『いずれ、答えがでるじゃろ――』『あの鐘を見たか?』
「いえ……、 まだ……」
『こちらへ来なさい』
「はい!」
『これが日本最古の梵鐘、「黄鐘」じゃ――、昔の音楽で雅楽の調べ』
『音色が、黄鐘調に似とる――』
「はぁ――」
『昔は、響きを良くする為に鋳造の際、小判を入れとった……』
「小判? 金をですか……」
『そうじゃ――』
『雅楽と「鐘の音色」に関する、古い文献も残っとるほどじゃ――』
「――」
『毎年、除夜の鐘を鳴らせば、皆の煩悩が嘘のように消えて行く――』
『朝廷の不満、政治への不満、世の中への不満は、梵鐘によって』
『消されてきた――』『でも……』
「おっちゃん! いや…、王ちゃん」「今もコロナ禍で不平・不満は、たまるばかりでは?」
『そうじゃ――』
『今は…、この鐘は、使われておらん――』『ひび割れておるのじゃ』『鳴らし過ぎた――』
『何故なら、もっと、以前第二次世界大戦で日本は……』
『鉄が必要になったから……、金属類回収令を出しよった――』
「えっ! 回収令?」
『文化財に指定されている物以外、全部を鋳潰した――』
「鋳潰した?」「それって、溶かす?」
『そうじゃ――』『近代や近世以前の梵鐘の9割以上は、溶解され』
『第二次世界時に使われた――』
「煩悩たちは、どうなったの?」
「何て事を――」「じゃ――、その年の除夜の鐘は?」
『少しは、鳴り響いたが皆には、聞こえていない……』『そして、煩悩たちが蠢いた』
『今も、うごめいとる――』『特に、三毒が……』
「三毒? 何ですかそれは?」
『一つは、【欲】。 二つ目は、【怒】。 三つ目は、【愚痴】じゃ――』
『みんなで除夜の鐘を行えなかったせいで、今も煩悩が彷徨い誰かに取り憑く――』
「……」「何とかならないのですか?」
『だから、加納探幽は、そんな世の中を見て八年の歳月をかけて』
『煩悩を喰う、雲龍図を描きよった――』
「スゲ――」
『いつか訪れるであろう者に、妙心寺の黄鐘を鳴らして貰う為に――』
『今が、その時では?』
「はい……」
『ある橦木を使って…、日本最古の黄鐘を鳴らぜは、皆の煩悩は溶ける――』
「やってみたいです――」
『では、あなたの橦木を見せてご覧なさい――』
「はい……。 こちらです」
『これは…、違うの――』『全く違う…、赤いの――』
「えっ……」
『その撞木とは…、平安時代初期の頃――、こんな出来事が…』
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