9ch\吐息…。
―【宵々々山当日】―
木目から覗ける僕は、今は無敵だ。町の猫やカラスに狙われているので、本殿左右の摂社でツバメのままイザナギノミコトとイザナミノミコトに安心して見守って貰っていた。
取り敢えず、ツバメの僕は、「明知藪」周辺で待機。そうしたら、「明知藪」に向かう一人の少女が見えたので飛んで近付いてみた。でも……。
「おーい――っ。 何っ!」
髪を伸ばして後ろくくりのツインテールをしたその少女は、蓮歌じゃなくて幼い頃の『僕』だった。いったい何が起きているのか理解出来なかった。僕の過去では、少女の杏南は七月十四日に蓮歌が弟の志季に貸した『ト術~』を勝手に読んで、それを僕が見つけたから杏南と蓮歌は、喧嘩になった。そして、泣いた僕は、蓮歌を投げ飛ばして左肘を骨折させる。だから、宵々々山の日に半日退院をして左肘を石膏で固めて三角巾をした蓮歌は、「明知藪」に甲虫を一人で取り行く。そして、それっきりな筈――。
「何故――」何故は、僕に付きまとう。
「おーい! 杏南ってば! どこに行くんだ――」
杏南は、振り返りもせずにツバメ姿の僕をみて、驚いて走ってもっと逃げる。焦る僕は、杏南の半袖のパーカーフード部分に飛び潜り、状況を整理する。そして、杏南の心を動かし呟いてみる。そうしたら「蓮歌の為に、甲虫を取ってあげるんだ――」と強い決意が返ってきた。それは、煩悩の乗数には、加減(感情)があり悪・平・好の三段階。僕の今の感情コントロールは「平」でパワーが弱い。そもそも何故、アンナが「明知藪」に向かっているかだ。
過去に戻った途端、蓮歌と杏南が入れ代わっているなんて、このまま少女の杏南を助けなければ僕が死ぬ事になる。蓮歌は、このまま行けば死ななくて済むが、それだけでは、駄目だ。
「僕だ 僕を助けなければ――」
何でそうなったかは、後から考えればいい。
そうこうする内に、杏南は「明知藪」に入り、栗の大木によじ登って、クワガタや甲虫を虫籠に入れている。駄目だ駄目だ。この後、その大木を降れば何かが待ち構えている筈だ。僕は、ツバメ姿のまま辺りにマムシとかが居ないか探して見たが何一つ感じない。そうしたら、奥の湿地を横切る様に大きな白い物体が通り過ぎた。
「えっ――」
飛び上がった僕は、目を疑った。その大きな白蛇は、僕を見て低いしげみに隠れ混む――。
「蓮花は、マムシとかに噛まれたんじゃなくて、大きな白蛇とかに飲み込まれたのか」
―ビチュ・ビチュピチュー―
「本当にもう駄目だ――」
「は――っ」
白いため息をつくと、僕の頭上から少女の杏南が、その大木から最後のジャンプをしてツバメの僕に足を広げて着地した。
「へへっ 取れた――」
杏南は、呟く。身を隠しているツバメの僕はと言うと、杏南の白パンツの真下でうずくまる一匹のツバメ。前方を見ると、落ち葉に身を隠す丸まったマムシが、今度は見えた。
「ジィ――」※小さく声がでた。
そして、三夏の涼風が僕たちの前を通りすぎる。
――ヒュ――ヒュ――
「危ない!」
と言おうとしたら、杏南が横から何かに押し飛ばされた。どばっと少女のアンナは、左側に飛ばされる。僕はまだ、さらに小さくうずくまったまま前を覗いている。僕は、左に向いてアンナの顔を見上げる。それはアンナの姉、三角巾を左腕にした蓮歌だった。
「ヒュ―ヒュ―だな。 へへっ 杏南――、助けにきたよ」
何故、三角巾をした蓮歌もいるんだ?
「レンカ――」
しかも、マムシが今度は、蓮歌にぬるりと近づく。今、最悪の事態が起こっている。
杏南を助けたかったのに蓮歌も、そこにいる。ここで二人とも何て考えている場合じゃない。ツバメの僕が二人の前に翼を広げてスチャっと飛び上がり、マムシを見つめる。勿論、マムシは僕の事何ては見えていない。だけと、ガチャっとやるしかない。
「やめろ!!!」
「あの夏マムシめ!!!」と大木の覗き穴からも僕は、大きく喚んだ――。
――バサバサバサッ――バサッ――
――バサバサバサッ――
――バサバサバサッ――バサッ
――バサバサバサッ――バサッ――
――バサバサバサッ――バサッ―
――バサバサバサッ――バサッ――
――バサバサバサッ――バサッ―
――バサバサバサッ――バ
――バサバサッバ
――バサバツバメ
――バサッバサバ
何かが低空飛行で近付いてくる「きゃー」「何だ」明知藪に目掛けて、大群で何かが近付いてくる。足元を「バサバサバサッ」となぎ倒し「わぁああぁっ――」。大きな大群だと思ったのは、何万匹もの同じ燕。振り返ると、辺りは静かくなっていた。何もいなくなったけど、何とか蓮歌と杏南も助けられたのだ。「僕にこんな力があるのか?」「いや…、そんな事は無い――」僕の右手を見てみると、林の中で例の木製で出来た橦木を握っていたが、覗いているこちら側の大木の辺りはそうでも無さそうだ。そして、気になっていた少女の杏南と蓮歌が入れ替わっていたかは、こうである。
―【やっぱり、通り雨が降ってくる】―
――パラっ―
――パラっ――パラっ――
蓮歌は、骨と骨を繋げる手術をして半日入院して退院したが、杏南より小さな蓮歌には、違う重い持病があるのは知っていた。それは、小児喘息といわれるもので、いつも小さな吸引機を持ち歩いていた。三人で寝る時は、いつも隣で『ヒューヒュー』と息をしては、薬の吸引機を使って止めていた。
当時、住んいでた市営団地には、巨大な焼却工場が建っていて、いつもモクモクと煙突から煙が出ていた。僕がツバメになって過去に戻った事で骨折した日が一週間前になり、喘息で宵々々山まで入院する事になってしまったのだ。だから、宵々々山まで入院していて、その当日は、レンカよりも先に「明知藪」に本当に向かう筈だった。しかし、帰り道の二人の会話を聞いていると。
「蓮歌…、どこからか――。 鐘の音が聞こえたんだ――」
「誰かが、杏南を呼んでいる…」
――キンキンキン――
――キンキンキン――
と、二人とも虫の知らせかなってお互い話あっていた。そして、いても立ってもいれなくて二人は、楽しみにしていた甲虫を取ってお互い退院祝いに持ち帰って上げようとしていた。何とか帰りは、二人仲良く手を繋いで「明知藪」のゆるい坂道を帰ってこられた。
「ただいまっ――」「ただ今…っ」
ドさっと、下駄箱に虫籠を置いたかと、最初は思った。その音がしたのは、蓮歌が玄関前で倒れた音だった――。「お姉ちゃん――」病院から名一杯走った姉の蓮歌は、限界をすでに越え力尽きていた。僕が鐘を鳴らしたばっかりに喚鐘を聞いた二人は、怖いくせにその音に共鳴してしまい「明知藪」を夢中で目指していた。僕は、飛んでも無いことをしたのだ。僕だけの欲で、過去さえも変えることも出来なかった。「もう、これは、後の祭りでしか無い――」
「祇園の後祭り」とは、祇園祭の山鉾巡行や豪華な山車が繰り出される「前祭り」とは違い「後祭り」は、前祭りの様な賑わいも無い。それは、過去に戻って蓮歌を助けたい、僕の煩悩だけが残るだけで、一人よがりの悲しみに暮れた僕は、蓮歌が生きていた十年間は「幻の都」が消えたのと同じになってしまった。そして、ツバメの僕は、小さい赤い楓の木に止まり一(ひと)休みも二(ふた)休みもしてみた。嗚呼――、レンカを救えなかった無念が虚ろに夢で甦る。すると、今度は、僕側の林から急勾配の階段の下から何かが近付いてくるのが感じとれた。
――ニョキ―、 ニョキ
――ニョキ、 ニョキ――
――ニョキ、 ニョキ――
と下から生えて来たのは、赤牛の角二つ。この林に向かって「天神宮」に紛れて入ってきた。あの橦木を赤牛の頭でスリスリしている。「どうなっているんだ?」
ここに居るのは、紛れもない「牛」であり、ポツンと二軒家の内の一軒屋が飼っている農耕用の「赤牛」だ。そして、何かがペリペリッと音を立てる。僕は、御神木から右目を剥がすと右目には、古い樹木のアザが出来ていた。そこをカリカリ、カリカリっとしてみる。
「かゆ――」
「何だ? 僕の右目が渇れている――」
これから先――、僕の橦木が、後でとんでもない事件を引き起こす。何で、あんな事になったのだ…。
眼根の力・・・目は心の状態を表わし、善悪美醜が見える力。
耳根の力・・・ありとあらゆる物の声を聞く事が出来る力。
鼻根の力・・・良い人の香りと悪い人の香りを嗅ぎ分けられる力。
舌根の力・・・口から出る言葉で心を動かすことができる力。
身根の力・・・過去・未來に戻っても存在出来る、清らかな身体。
意根の力・・・慈悲の心で、善悪を判断出来る力。
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