確かに温かい君へ

黙々と仕事をこなす。

注文を確認して、仕入れて、届けて、会計をする。この繰り返しだが、1日など直ぐに終わってしまうほどに移動の時間が長い。おおよその場所まで着いたら端末のナビゲーションを使うが、それまでの道程は頭の中の地図を活用する。だから考え事の時間も必然的に多くなる。仕事に慣れれば慣れるほどこの考える時間が膨れてゆく。

今日は茂みから聴こえたなき声の主の事を考える。

たぶん猫だろうな、きちんと聴き取れた訳ではないが、捨て猫だろうか、野良猫だろうか、あんな車が行き交う道の近くで大丈夫なのだろうか。

永遠と答えのわからない問が頭の中で行ったり来たりを繰り返す。

考えても仕方がない、と違うことを考えようとするのだが気が付くとまた同じことを考えている。

自分でも何故こんなにも気になっているのかと、思わず鼻で笑ってみたが、それも何か違う気がして自分勝手に少しテンションが下がる。

ふと、猫は牛乳飲むのかな、なんて考えが浮かぶ。

確かタンパク質がどうこうだったかな、でも無いよりましだよな、一匹だろうか、そんな事を悶々と考えながらいつの間にか自分の中で様子を見て帰ることになっていた。

もし同じ場所に居ないならそれで良い。

大人しく帰れば良いさ。

残りの仕事を片付ける。夜の方が忙しい。

中々に静かになった街をあの信号機に向かって進む。途中コンビニで牛乳と使い捨ての深皿を買った。

居なかったら自分で飲めば良いさ、とぶつぶつ独り言が漏れていた。

どんどん近づくにつれて何故か緊張している自分がいた。

ああ、やっぱり声がする。

茂みを少しかき分ける、驚かさないように優しく。

そこには一匹の仔猫が居た。衛生状態が悪いのか目ヤニでほぼ目は閉じかけている。こんな小さいのに可哀そうに。

無心で買った牛乳を皿に移し手前に置く。反応しないので指先に少し付け匂いを嗅がせてみた。するとプルプルと少し震えながら皿に顔を運ぶ。ピチャピチャと舌を動かし飲む音が聴こえる。

良かった。

仔猫の様子を眺めながら、ふと、中途半端な優しが一番残酷、という言葉が襲ってきた。

ああ、やってしまったのかもしれない。

アパートはペット禁止だし何より金銭的な余裕がない。一時的な自己満足の為にこの仔をより苦しめてしまったのではないか。

ブワーっと汗が出た。次いで顔から血の気が引く。

考えが足りなかった。しかし後悔して今更取り上げるのはもっと違う。

ごめん、本当にごめん。

入るだけの牛乳を注ぎその場を立ち去る。こんなにも自己嫌悪を覚えたのは久しぶりだ。自転車を漕ぐ気力も湧かず押して帰る。

帰り道が酷く静かに感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る