第39話
ド派手なサプライズでアイドル活動を復帰した悠月は、その日のライブの打上げにはもちろん主役級として呼ばれていたのだけれど、
「本っ当にごめんなさいっ! 今日は予定があって……それから休止してたことも……この埋め合わせは次回絶対しますっ!!」
と惜しむメンバーやスタッフ達の視線を振り払って一人抜け出していた。
私? 私は普通に誰からも呼び止められることなく、ただただ打上げ不参加なだけだ。
そんなこんなで、もちろん打上げ不参加の私と悠月は二人して待ち合わせしていた。
理由は簡単、観覧車に乗る約束をしていたからだ。
「継ちゃんはこれ乗るの初めてなんだよね?」
「うん、観覧車自体この前のが初めてだから」
「ふふっ、継ちゃんの初めてを二回も……いただいちゃった」
「楽しそうなとこ悪いんですけど、私怒ってるよ?」
隣でにこにこと笑っている悠月に、私はにたっと笑ってみる。悪役が浮かべる笑みをやってみたのだが、
「継ちゃんその顔可愛いっ! で、怒るってなにを……?」
「……さっきのライブのこと、スペシャルアドバイザーってなに。いや、そっちはいいんだけど、なにピックアップって」
「んーそのまんまだよー。私がみんなをサポートして、中でも継ちゃんを一際推しますよーって!」
「いやいや、なに主席業務をアイドル活動でもやろうとしているの。私のことはいいじゃん、他の人応援しなよ」
私は割と本気で文句を言っているのだけれど、悠月は全然気にした様子がない。
「そんなこと言ってー、わたしが他の人推したら継ちゃんだって寂しいでしょ?」
「……いや、別に」
「ふぇええっ!? なんでっ!?」
「だって、仕事は別でしょ。プライベートで悠月は私が好きだし、私も悠月が好き。それでいいし」
だからむしろアイドル業務にまで公私混同をされていることに怒っているわけだったのだ。
ただ言ってはみたが、悠月が他の誰かに腕を絡めて「これからはソララちゃんのこと全力で推すよーっ!」ってやられたら、ちょっとは寂しいかもしれない。
「ドライだ……。継ちゃんがドライでわたし寂しいよ……」
「とにかく、あんまり職権乱用しないでね? まったく千歳さんも変なこと許可して」
「で、でもでもっ! 継ちゃんが人気にならないとわたし達付き合えないんだよ?」
「そうだけど、私人気一位になったら卒業するよ? そんな速攻で一位にして卒業させたいの?」
私の言葉に、うっと悠月がつまる。
「推しは末永く応援したいっ……で、でも……付き合いたい……っ!!」
「まあいいや、どっち道私がそんなすぐ人気なると思えないし……あっ、でもフォロワー増えたかな」
悠月の私情まるだしのあれこれは文句があるけれど、でも人気アイドルの悠月にプッシュされたことで私の注目度はかなり上がっているはずだ。正直、それについては悪い気がしない。
「あーっ!! 見て、五万人越えてるっ!!」
二万人を越えることなく長いことくすぶっていたはずの私のSNSアカウントが、なんと今日だけで五万人フォロワー達成していた。
「ほら、悠月っ! 見てみて、五万っ!!」
「ふふっやったね継ちゃん。フォロワーたくさんでわたしも嬉しいよー」
「うっ、まだ二十倍くらいある人から言われるとなんかな……でもね、五万って言えばほらっ! あの人に勝ったからっ!」
「あの人?」
「
勝手に私そっくりさんということで宣伝されているセクシー女優だった。
ついでに、悠月がDVDを買っている相手でもある。
「前見たとき五万ちょっとくらいで、私が今……五万二千っ!! これは勝った!! ついにっ、ついに本物が日の目を見るときがっ」
嬉しい。すごく嬉しい。私がうれし涙を流そうとしたとき、けれど悠月は。
「あっ、青原繋さんのフォロワーもすっごい伸びてるよ。今話題、人気爆増中の○原継激似の青原繋をみんなに紹介したいって投稿がすごいバズってるみたい……わっ十万人越えてる……」
「じゅ、十万っ!? 嘘でしょ!? なんでっ!? なんで、まだ私の倍も!?」
おかしい、私が必死にフォロワーを増やしたはずなのに、青原さんはその人気を増した私に似ているということで何もせずさらなる人気へ。しかも増えかたも私より多いし。私が四万人増えて、青原さんは五万人だ。ズルい。なんで。
「まあまま、継ちゃん。そんなフォロワーの数で一喜一憂しなくても」
「……そりゃ、悠月は青原さんのファンでもあるもんね。青原さんのフォロワー増えるのも嬉しいんでしょ」
「そ、そんなことないよっ!?」
「本当に?」
私がじろりとにらむと、悠月はそっと目をそらした。
こいつ、何か隠しているな。
「……悠月、まさかと思うけど青原さんのことフォローしてないよね?」
「し、してないよっ! さすがにアイドルアカウントではそんなこと……」
それはそうだ。SNSのフォローフォロワーは他の人から見てもわかる。人気アイドルが、メンバーのそっくりさんで売っているセクシー女優さんをフォローしていたら大問題になる。ただ。
「待って、アイドルアカウントではってことは、悠月プライベートアカウント持ってて、そっちではフォローしてるってこと!?」
「ぷ、プライベートなことはちょっと……ほら今は関係ないし……」
「……悠月、私達プライベートな関係じゃないの?」
「で、でもそれとこれとはっ!!」
逃げようとする悠月だったが、観覧車のゴンドラ内は狭い。もみくちゃになって、私は彼女を押し倒すようにしてつかまえる。
「……悠月、フォロー外して。青原さんのフォロワーを一人でも減らしたいから」
「五万の差があるのに、一人外しても……」
「違う。悠月が青原さんフォローしているのが嫌なの」
「……そ、それって」
私も自分にしては珍しい感情だとは思う。
だけど、自分の好きな人が自分そっくりなセクシー女優さんをフォローしているのがなんだか嫌だった。つまり、
「継ちゃん、嫉妬してくれてる?」
「……そう。だから外してよ」
「うっうう……継ちゃんにお願いされたら……そんなのズルいよ。でもフォロー外したら新作情報もイベントの情報も追いにくくなっちゃうし」
「追うな、買うなっ!! っていうか、イベントってなに!? 悠月、青原さんのイベント参加してないよねっ!? 変装してもバレるから絶対ダメだよっ!?」
イベント参加がバレれば、フォローしているのがファンに見つかるより厄介な事件となってしまうだろう。
「ううぅ……わかりました。で、でも今のコレクションはいいよね? だってあれ継ちゃんグッズだし?」
「いいか悪いかの前に、あれを私のグッズとしてカウントするのだけはやめて」
やっぱりファン主席をまた失格にしたほうがいいんじゃないだろうか。ため息をつきたくなるが、私の下でもじもじしている悠月がなんだか可愛いので許してあげることにした。
「ごめんね、もうどくよ」
と体を引こうとしたとこで、倒れたままの悠月に腕を捕まれた。
「待ってよ。青原さんのことダメっていうなら、ちょっとくらい……サービスしてほしいな」
「え? サービスって?」
「……ほ、ほら、なんかそういう気分になったときようのっ、継ちゃんが可愛いサービスしてくれたら、わたしも青原さんのこと忘れられるし……」
「……いいんだけど、セクシー女優さん引き合いに出してそれ要求するのけっこうクズだと思うよ?」
ただサービスか。何をしたらいいんだろう。私は悠月から体を離して、外の景色を眺めながらもったいぶるようにして言う。
「えっと、じゃあ悠月にこの前オススメした映画から何シーンか……」
「ぬぇええっ!! そのサービスじゃないのがいいよぉーっ!!」
頬を膨らませた悠月が起き上がって、私の服を引っ張ってきた。
「文句多いなー、さては映画また観てないでしょ?」
「観たよっ!! ……その実家にいる間、やることなかったし……でも感想は言えてなくて、ごめんね」
なるほど。たしかに養成所もなかったわけだから、時間はいくらでもあっただろう。
ただ私との連絡も絶っていたから、約束していた感想の話も保留になっていたわけだ。
「ううん、観てくれてたなら嬉しい。せっかくだし、今から感想教えてくれてもいいんだよ?」
「で、でも……映画の話したら継ちゃん夢中になっちゃってまた……ってあああーっ!!」
「え、どうしたの悠月?」
悠月が外の景色を眺めて、奇声をあげた。いつものことだけれど、何事もなく流すわけにもいかないから聞くと。
「てっぺん過ぎちゃった……」
「あー……私も気づかなかったや」
「うー……、てっぺんで継ちゃんとまたキスしようって決めてたのに」
「なに勝手なことを決めて……」
唇をすぼめてぐすぐすと悠月がわざとらしく泣いた。やれやれ、本当に年上なんだろうか。
「で、頂上過ぎちゃったから、キスはしないの? それとももう一週乗る?」
「……する。もう一週もする」
恋人ではない。
でも私の好きな人。思い出の人。もちろん、思い出は昔のことだけでなく、今もこうやって大切な思い出をつくってくれる。
「好きだよ、悠月」
「わたしは、ねっ。大っ大だーい好きっ!!」
「……ふーん、私は普通に好き」
「ちょ、ちょっと継ちゃんっ!?」
さすがにうるさいので、ちょっと黙らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます