第37話
感謝しつつ、私と悠月はタクシーに乗り込んだ。
「主席と仲直りできたんだ?」
「仲直りって……ケンカしてたわけじゃないんですけど……いや、ケンカなのかな?」
「あれ、二人の痴話喧嘩ってことじゃないの?」
佐倉さんにはそう思われていたらしい。心外だ。けれど、横で悠月は「痴話喧嘩ってそんなぁ」と照れている。
「それで、悠月。どうするの?」
「ど、どうするって……そ、それはわたしはいつでも歓迎だけどっ!! で、でも本当はやっぱりちゃんと付き合ってからのほうが……」
「え? なんの話? ライブのことだよ? ……千歳さんに今から連絡するけど」
「……あ、そっちか」
よくわからないが、もじもじしていた悠月のテンションがさーっと下がっていた。
「もうギリギリだし、悠月の希望が叶えられるかわかんないけど」
「……継ちゃんは……ご、ごめん、やっぱなんでもない。こればっかりは自分で決めないとだよね」
「私が決めてもいいけど? そしたら復帰だよ?」
もちろん、悠月自身に決めてほしいことではある。
結局、彼女が活動休止していた理由は聞いていない。でも今の彼女が復帰を悩めるくらいのところまで来ているなら、もう休止していた理由なんて聞かなくていいと思う。復帰したいと思える理由を、できることなら探してあげたい。
「継ちゃんは、わたしに復帰してほしいってことだよね?」
「んーまあ、一応は」
「……わたしと一緒にアイドルしてたとき、楽しかった?」
「いや、特に記憶残ってない」
ここで下手に嘘をついて、『悠月とのアイドル生活楽しかったから、復帰してほしいなっ』みたいに言うことは簡単だ。私は演技には自信あるからね。
でも悠月に適当なごまかしは使いたくなかった。だいたい世界一可愛い私が、演技まで駆使して人を騙したらもうそれは世界一の悪女ではないか。よくないよくない。
「えちょっ、窓開けて身を乗り出そうとしないで悠月っ!?」
瞳を曇らせた悠月がどこかへ行こうとしてた。走っている車から出かけてはいけない。私は彼女の肩をつかんで止めた。
「ふぇっ!? わ、わたしどうかしてた……!?」
「あ、あのね、悠月。仕方ないでしょ。悠月、私と距離取ってたし、私も他のメンバーと特段仲良くしているほうじゃないし」
「でも、記憶に残ってないは悲しいよ」
「ごめんって。だからこそ……今度こそちゃんと悠月とアイドルやってみたいなって」
正直に打ち明けたが、これもまた悠月へのプレッシャーだったかもしれない。ただまあこれくらいは恒星ウェスタリスのメンバーとしても、好意を持っている相手としても言わせてもらっていいだろう。
「ううぅ……そんなのズルいよ、継ちゃん」
「えーそうだったー? ごめんねー?」
私も悪かったと思うけれど、ライブ前に散々走り回されたのだからこれくらいしていいんじゃないかってふと頭をよびったのだ。悠月は人気アイドルなだけあって、いいリアクションしてくれるし。
「それでどうする? 千歳さんこれ以上待たすと、私まで間に合ってもでられないとかなりそうなんだけど」
「あっ、うっ、その……わたしは……」
私とあと佐倉さんが無言で見つめる中、悠月は結論を出した。
◆◇◆◇◆◇
私が控え室に滑り込むと、ソララが心配そうに迎えてくれる。
「もーアカネん、びっくりだよ。リハいないし、こんな時間ギリギリまでなにしてたの?」
「ちょっとね……急いで着替えないと」
「手伝ってあげよっか? ほら、脱がしてあげる」
「え? いやほら、私今汗かいてて汚いから……」
衣装さんもメイクさんもいるのだが、一人一人にあまり時間をかけてくれるわけじゃない。しかもこんな時間間際にやってくるくせして、別に人気アイドルでもない私は自分でどうにかしないといけない。
ソララに手伝ってもらいながら、なんとか衣装を着る。
「ねえ、アカネん。もしかしてさ、あれだったりするの?」
「あれって?」
「ほら、この前電話で相談してきたっ!! エッチな動画だくさんもってるドスケベのっ!!」
「あームッツリのね」
ソララとはあれからも何度か話す機会はあったものの、悠月のことがあんな状態だったから私もあまり話す気になれず「ごめん、また今度で」と逃げおうしてきた。
悠月のことが解決したので、そろそろ話してもいいのだけれど。
「どうしたの結局? もちろん逃げたんだよね?」
「えっと……どっちかというと逃げられたかな」
「ほえええっ!? それってどういうこと? アカネんが襲ったの!?」
「……うーん、まあ内緒」
やはり話すと面倒な予感しかない。私は適当に笑って誤魔化しておく。どっちみちもう直ぐ出番だ。あまり余計なことを話している場合でもなかった。
「さっ、それより行こうよソラ吉っ」
「むむっ。やっぱアカネんももっと違うあだ名がいいかな。継……つぐ……ツッグー?」
「いや、それ被ってるし音的に無理あるから」
そういうわけで、ライブの時間だ。
ファンのみんなを全力で楽しませよう。きっと、みんな私達を応援してくれるから。
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