第34話
リハーサルの時間になっても、まだ
私は悠月が通っていたらしい高校周辺をうろついていた。出身校についてはプロフィールから調べられた。かなり栄えた街並みに、田舎者女子高生だった私はカルチャーギャップ的なものを感じる。
学生時代からこんなところ住んでたら、きっと遊び放題だろうな。私も大きい映画館通い放題だったろうし。
刻一刻とライブ開始時刻が近づいている。私は悠月を探す。多分いつもの野球帽子を被っていると思う。
「あっ!」
パッと目に、野球帽子が目に入った。
でも全然違う男性が被っていた。もしかして、私の思い出の人!? ――ってそんなわけないか。それによく見ると帽子が違うような。
「……あれ?」
私は急いで帽子が売っている場所を調べた。近くに球団グッズが売っているお店があるようで、そこへ向かう。多少時間をつかっても確認したいことができてしまった。
売り場で並んでいる帽子を見て、私の違和感は正しかった。
私の思い出の帽子と、今売り場に並んでいる帽子は似ているけれどデザインが違う。
「あの……この帽子ってデザイン変わったんですか?」
近くにいた店員さんを捕まえて訪ねる。
「ああ、ほぼ毎年ちょっとずつ変わってるよ」
「……古いのも見ることってできますか?」
「んー古い帽子はもう売ってないんだけど、待っててごらん、ほらこれ」
店員さんがスマホから写真を見せてくれる。いくつかの帽子を見比べて、やっぱり思い出の帽子が今はもう売っていない数年前のものだとわかった。
「ありがとうございました。あっ、これ買ってきます」
いろいろ聞いた手前というわけじゃないが、私は売っていたタヌキのストラップを買った。
思い出の野球帽子は、どこでも手に入るものだと思っていたけれど、そっくり同じものはもう買えなかったのだ。でも、悠月が被っていたのは間違いなく同じ帽子だ。
偶然? ――違う。彼女が思い出の男の子なんだ。
半場確信めいたものを感じ、私は記憶から出した男の子と悠月を紐付ける。似ているんだろうか。髪を短くして子供にしたら――ああ、だめだ。もう今は悠月の顔しか思い出せないからやっぱり無理だ。
でももし悠月があの野球帽子の男の子だとしたら、彼女がいる場所はあそこかもしれない。
私は野球帽子の男の子に助けてもらってエピソード自体は何度かしていたが、正確な場所までは誰にも話していなかった。だから悠月も知らないはずで、探す場所の候補からも外していたのだけれど。
彼女が思い出の相手なら、知っている。
電車に乗ろうか少し迷って、それでも走ったほうが早いと判断した。私は思い出の場所へと全力で走る。ライブ前の準備運動にはちょうどいいはずだ。
悠月は、私にいろいろなことを教えてくれた。
アイドルのこと、ファンのこと、私が今まで考えたことのないようなことばかりだった。私は、女優になるって目標のことばっかりで、アイドルとしては全然ダメダメだった。自分で思っていたより、多分ずっとダメだ。
だから悠月とちゃんと話すようになって、一週間くらい毎日顔を合わせて、短い間だったけれどすごく毎日が新鮮で、驚きで、成長ばかりだったと思う。
アイドルをクビになる話は、今回は千歳さんの脅しだったけれどこのまま私が変わらなかったら近いうち本当になっていただろう。
子供の頃だけじゃなくて、また悠月に助けてもらったんだ。
「っ信号も多いなっ!! 横浜っ!! 東京も多いけどっ」
信号の少なさだけは、地元が勝っているのに。
信号待ちで汗を拭って、地図を確認する。あと十五分くらい走ればつくはずだ。
私は、アイドルという仕事を甘く見ていた。可愛ければ楽にファンがついて、応援してもらって、チヤホヤしれもらえるって思ってた。
でも違う。別に顔がいいからってファンがつくわけじゃないし、応援するのとチヤホヤするのは違う。
ファンはアイドルをチヤホヤしないけれど、応援してくれる。だけどそれはアイドルが全力で頑張っているからこそだ。頑張っていないアイドルを応援するファンは本当に少ない。私も頑張っているつもりだったけれど、それは自分にしか向いていない頑張りで、ただの自己満足だった。
悠月への気持ちもそうなんじゃないか。
私は、悠月のことを考えていたつもりで、自分のことばかりだったのかもしれない。一方的に悠月の好意を前提に動いていた。でも悠月からしたら、私はどう見えていたんだろう。
伝えた言葉はずっと、空回りばかりしていたように思う。だからこそ、彼女にわかってもらいたい。今度こそ私の気持ちを。
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