第33話
千歳さんから悠月の実家の連絡先を聞き出した。
「……やっと気づいたか、
「千歳さんはプロデューサーとして不合格ですよ?」
二人して今日まで気づかなかったことを後悔したが、反省は後だ。しかも実家の住所はわかったけれど。
「電話番号ないってそんな……」
「茜原、固定電話って減ってるんだよ」
「でも緊急連絡先とかあるんじゃないですか!? 親御さんの携帯電話とか」
「……一応言い訳しておくと、こういう事務関連は別にあたしの仕事じゃないよ?」
ずさんな書類管理の結果、すぐかけられる電話番号はわからなかった。
「じゃあ私、これから行ってきます」
「おい、お前は今日ライブだぞ」
「……まだ、時間ありますよね?」
「リハは?」
リハーサルまでも、まだ時間はある。ただ悠月の実家へ行って戻って来ると、ギリギリ間に合いそうにない。
「スタッフの誰か……いや、あたしが行ってくるから茜原は――」
「ダメですっ!! 私がっ……私が行きたいんです!」
「あのなぁ。告知もしてない
「……いなくても気づかないんじゃないです?」
スマホ越しに、千歳さんのため息が聞こえた。
「茜原、残念だけど、今のお前けっこう期待されてるからな。いなかったらファン、がっかりするぞ」
「本当ですかっ。いやでも……」
「あたしのできる限りのことはしてやる。けど、ドタキャンって印象が広まったら、お前の今後のキャリアにも影響するかもしれないからな。役者、なりたいんだろ? ライブでドタキャン歴があるなんてマイナスにしかならないからな。それでもいいなら――」
「千歳さんっ! ありがとうございます!」
私のわがままを聞いてくれるってことらしい。
もちろん、遅刻するつもりはない。私も、悠月も。
◆◇◆◇◆◇
幸い、ライブ会場から悠月の実家はそこまで遠くなかった。電車に何駅か乗って、駅から全速力で走って――。
「坂が……多いな横浜……」
地図アプリでパッと見わからなかった勾配に体力をもってかれながらも、私は悠月の実家へたどりついた。
いくら世界一可愛くても身だしなみは心配だ。悠月のご両親に、ボサボサ頭の友達だと思われたくない。
多少手ぐししてからインターホンを押すと、悠月そっくりの女性が出てきた。お姉さん? いや、お母さんかな? でも一応ベタなやつやっておいたほうがいいんだろうか。
バラエティ受けを絶賛勉強中の私は、ちょっとだけ迷いながらも、
「すみません! 突然訪ねて来てしまって。私、悠月さんと同じアイドルグループの恒星ウェスタリスの、茜原継って言います」
「あら? あの子の友達? アイドルの? まあ、家まで来てくれて……」
「悠月さん、いますか!? どうしても彼女と話したいことがあって」
「その……ごめんなさい、こんなところまで来てもらって悪いんだけど、あの子もちょうど家を出たところで……」
悠月のお姉さん(仮)が申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「そんなっ……どこへ行くって言ってました!?」
「確かライブ行くって言ってたはずね」
「ライブ……」
そうだ、チケット。悠月は横浜ライブのチケットを買っていたんだ。もしかしてお客さんとして来るつもりなんだろうか。
「あの子、アイドル休んでるって聞いてるけど、大丈夫なのかしら? ……あなたにも、みなさんにも迷惑かけてるわよね?」
「迷惑なんてっ……悠月さんには、私が助けてもらっているばっかりで……」
私は悠月のお姉さん(仮)にお礼ともう一度突然の来訪への謝罪をして、家をあとにした。行き違いになってしまったが、まだ探せば近くにいるかもしれない。
ただライブ会場で待っていれば、悠月は本当に来るんだろうか。
私は薄らとした記憶から、悠月のチケットの席番号を思い出す。スタッフさんに連絡を取って、席番号を伝えて調べてもらうことにした。
「キャンセルですかっ!?」
「は、はい。当日だとチケット代は二十パーセントしか返却されないんですけど……そうされたみたいで」
「えっ!? しかも当日キャンセル!? ……それって」
「あの、茜原さんどうしたんですか急にチケットのことなんて……、もしかしてアイドルの仕事ないからってスタッフの手伝いしろって?」
「違いますよっ!!」
模範的なファンはスタッフ業務にも理解があるように、私もアイドルとして彼らとは手を取り合って頑張るつもりだ。でもさすがにチケット管理を手伝うつもりはない。
私はスタッフさんにお礼して通話を切る。
チケットがキャンセルされた以上、待っていても悠月は来ない。
横浜周辺にいるはずだけれど、探すにしても広すぎる。私一人じゃ無理だ。スタッフさんの手を借りるわけにもいかないし、ましてやウェスタリスのメンバーも。
――養成所のみんな。
私は、剣道女子の
「今から? 主席を探すって? ……もちろん、手伝いたいけど、わたし東京だからそっちつくのにまずけっこう時間が……あっ、
「瀬野さん? あー次席の……」
「あの人達は今日ウェスタリスのライブあるからそっち行ってるはず。多分もうこの時間だったいるんじゃないかな?」
「ありがとうございます! 連絡してみます」
あのおじさん、ウェスタリスのファンだったのか。
私は瀬野さんに連絡する。事情を説明すると、物販に並んでいるところだったらしいが。
「主席がいない養成所でトップになっても、物足りないと思っていたんですよ」
なんかライバルキャラみたいなセリフで協力を承諾してくれた。
本当に助かる。
「それに主席をこのタイミングで探すってことは、そろそろ本業のほうでもなにかあるってことですよね? もしかして復帰ですか?」
「え? 本業って……」
「ウェスタリスの活動ですよ。今日再開予定だったけど、主席が行方をくらましたままだから必死に探しているのかと思いましたが、違ってました?」
「えええぇ!? いや、その……当たってますけど……」
そりゃ瀬野さんがウェスタリスのファンだったなら、主席の真賀さんがセンターアイドルの月岡悠月だと気づいていたもおかしくない。でももし気づいていたなら。
「気づいてたんですか? だったら、なんであんな普通に……」
「本物のファンなら、TPOは当然配慮しますからね。オフで別のことをしているアイドルに対しては、気づかないふりをするのがファンマナーですよ」
「せ、瀬野さん……っ!!」
さすが次席だ。かっこいいファンである。
「何人かウェスタリスのファンの養成所メンバーで探します。心当たりのある場所を教えてもらえますか?」
「はいっ! えっと……」
私は悠月が口にしていた場所や、それらしい場所をいくつか伝える。チケットをキャンセルしたけれど会場近くの可能性もあるからそちらも頼んだ。
「物販だったのに、すみません。……あの、私ができる範囲ならあとでなにか融通しますから」
「ん? できる範囲とは?」
「え? あ、ほら私も一応……」
「ああ、わかってますよ。あなたも同じウェスタリスのファンってことですよね?」
どうやら次席レベルのファンの人にも認識されていなかったらしい。泣きそうだ。
「冗談ですよ、あなたが茜原継さんなのは気づいていました。主席の推しでしたしね」
「ちょっとっ!! 今それどころじゃないんで、変な冗談やめてくださいよっ!!」
「ただ茜原さん、僕らは決して見返りほしさで協力するわけじゃないですから、気にしないでください。主席のことも、月岡悠月のことも応援したい。ファン養成所の生徒なら、当然のことです」
瀬野さんの頼もしい言葉を聞いて、通話を切った。私も全力で探そう。
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