第25話

 恒星ウェスタリスのメンバーをさん付けで呼ぶのは、多分私の中で仕事仲間としての意識が強かったのだろう。

 だけど、悠月とはもっと仲良くなりたいと思った。だからそう呼んだ。それだけで、別にご機嫌取ろうって思ったわけじゃないけど。


「つ、継ちゃんっ!?」


 ぱーって花が開くみたいに、悠月の顔が明るくなる。真っ赤だった上に明るくなるから、太陽みたいにまぶしい。もちろん例えの話だけど、美人が満面の笑みを浮かべるとそれくらい輝いて見える。


「だ、ダメだよ……そんなっ! ほらっわたし達、推しとファンだし……そんな馴れ馴れしく……」

「悠月だって私のこと継ちゃんって呼ぶし」

「推しを愛称で呼ぶのは普通のことだからっ!! 継ちゃんはウェスタリスの公式ホームページのメンバー表にも載ってる正式な愛称だよっ!!」

「え? 悠月……それで私のこと継ちゃんって呼んでたの? ……もしかして、別に親しみとかはゼロだったの?」


 てっきり、けっこう呼び方だけは友人的な距離感なのだと勘違いしていた。単に公式ホームページ通りだったなんて。じゃあ公式ホームページに『愛称は茜原あかねはらさん』って書いてあったら、私は茜原さんって呼ばれていたのか。


「悠月は愛称なんだっけ? 私もそれならそっちで呼ぼうかな……」

「ダメ。わたし休止中だし」

「じゃあ悠月ね。いいじゃん。そもそも握手会のときって、あだ名教えてもらったらそれで呼ぶよね? 私も一応何人か自己紹介してもらった人は覚えて呼ぶようにしてたし」


 やる気があるわけじゃなくて、数少ないので覚えているだけだけど。

 それでも自己紹介してもらった何人かはちゃんと名前と顔が一致する。


「わたし呼ばれたことないよっ!?」

「……悠月、ファンのとき名乗ったことあった? 真賀さんって初めて聞いたよ」

「そ、それは……ちょっとあの、調子に乗った名前だったので、名乗るに名乗れず……」

「前教えてくれなかったけど、どういう意味なの?」


 今の雰囲気なら、となんとなく私はもう一度聞いてみた。


「たいした意味じゃないよ……だけど、継ちゃんが茜原で夕焼けの原っぱみたいなイメージだったから、それで夕暮れって意味の逢魔が時って名前にしてみたの」

「へぇ」

「つ、継ちゃん!? なんか痛いファンだって思った!?」

「思ってないよ。なんか……私のこと応援するためにつけてくれた名前だったんだって思うと、存外嬉しくて……」


 それで、つい顔がほころばないようについ真顔で耐えてしまった。


「悠月は本当に私のファンなんだね」

「……改めて言わないでよ。恥ずかしい……あっ、継ちゃんのファンであることが恥ずかしいってわけじゃないよっ!! 主席だし、ファンであること誇りに思っているけどっ!! でも推し本人から言われるとっ」

「あのね、そんな光栄に思うことでもないから。そんなの言われると私も恥ずかしいし」


 照れくささからか、二人して笑った。笑っていると剣道女子の佐倉さくらさんに、


「主役と主席が二人してこんな隅っこで何してるの? ほら、みんなで話そうよー」


 と呼ばれて、私は慌てて悠月のサングラスを戻して、みんなと合流した。

 それから養成所のみんなと取り留めもない話で盛り上がって、悠月が「主席っ! 歌いますっ!!」って私の二曲しかでていないソロ曲の一つを歌い出した。どうやら少しお酒を飲んでいるみたいだ。お酒の飲める年齢なので、別に問題はないけど、歌なんてうたってアイドルだってバレないのか。

 それに私の曲って恥ずかしい。あとそれ歌ったら私バレないっ!? 『この曲って恒星ウェスタリスのあの子の曲じゃなかったっけ? そういえば体験入学の子って……ちょっと似てない?』って思ったけれど、みんな「いい曲だなー全然聞いたことない曲だけど。それに主席は歌もうまいなーさすが」と至って何事もなかった。

 まあ、私のCDって都道府県の数より売れなかったってもっぱらの噂だから、誰も知らなくてもしょうがないよね。


 宴もたけなわと、楽しかった打ち上げが終わった。

 悠月との仲直りもできて、以前よりも仲良くなれた。だから参加して本当によかったと思う。

 ただし――。


 私の家と養成所は移動時間そこそこあるのだ。だから、他のみんなよりもだいぶ終電が早かったみたいで。


「あっ……もう電車ない……」


 養成所のみんなと涙の別れと、また会おうという約束の後に、一人でも泣くことになるなんて。悲しいことって続くんだね。


「大丈夫、継ちゃん? どうしたの?」


 どうやら一人じゃなかったみたいだ。解散して、乗れる電車もなく途方に暮れていた私の横に悠月がいた。

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