第24話

 打上げの会場は、養成所の近くにある居酒屋だった。私はお酒は飲まないが、他の人達は楽しそうにビールかなんかをぐいぐい飲んでいた。

 アイドル関連の仕事の打上げでも、たまに居酒屋を使うことがあったけれど、どうしても仕事の延長戦のような空気感が抜け出せない。偉い人の周りに、みんなが集まって、私達アイドルも顔を売って来いなんて言われる。


 普通に、なんにもない打上げって初めてかもしれない。いや、私の最終日で、私が一応主役らしいので、普通ってこともないか。

 ただ剣道女子の佐倉さくらさんが言っていた通り、本当にただ集まる口実がほしかっただけの一面もあるようだ。私と関係なく楽しそうに飲んでいる一団もいる。養成所の生徒は講義によっている生徒はまちまちだけれど、全員会わせると百人以上いるみたいで、一週間くらいじゃ全然関わり合いのない人のほうが多い。


 さっきまでは佐倉さんと養成所の次席らしい瀬野せのさんに「寂しくなるよ。またいつでも遊びにおいで」なんて散々絡まれていた。二人とも気のいい人達で、もし何かの縁があればまた話したいと思う。


 私は本来の目的の一つだった、悠月ゆづきとの仲直りを果たすため、二人と別れてタイミングを見計らっていた。

 悠月は明るい人気者だから、たいていこういう場だとみんなの中心にいる。だけど今日は端っこのほうに一人でいて、私のほうをずっとにらんでいた。警戒されているんだろう。もしくは、単純にそれくらいまだ私を怒っているのか。

 ただしばらく気にせず佐倉さん瀬野さんと話していると、悠月はうつむいて隅に座り込んでしまっていた。私が二人と盛り上がっていることで、密かに悠月へ近づこうとしている作戦をカモフラージュできたのではないか。


 警戒が解けたことを確認してから、私はそっと悠月へと近づく。

 バレないように横へと座り、


真賀まがさん」


 と彼女の偽名を呼んだ。逢魔が時という言葉が由来らしい彼女の養成所での名前。でも結局、そもそもの逢魔が時がなんなのかはわからない。一応調べたところ、夕方の薄暗くなる頃のことらしい。昼と夜の移り変わりで、不穏な時間帯のような意味だとか。

 悠月もそういう年頃のときに付けた名前なんだろうか。


「ふぇっ!! 継ちゃんっ……ど、どうして」

「どうしてって、真賀さんと話したくて」

「……だ、だってさっきまで佐倉さんと瀬野さんの二人と楽しそうに話してたし……わたしのことなんて、全然気にしないでいいのに……」

「いや、ずっと真賀さんと話したかったんだけど……なんかこっち見てたから」


 周囲が騒がしいので、私は悠月の顔に近づいて話した。

 悠月が手に持っているのはウーロン茶みたいだけれど、顔が赤く見える。


「……わ、わたしのこと、見てたんだ」

「うん。だって、打上げ参加したのも真賀さんと話す機会がほしかったからだよ」

「なっ!! わ、わたしと話すんだったら、いつでもよかったでしょっ」

「いや、私のことずっと避けてて話せなかったし……」


 私がそう言うと、「そうだけどさ」と悠月が顔を逸らす。

 これだけにぎやかなら、多分端っこで話している私達二人の会話は他の人達には聞こえないだろう。


「悠月さん、ごめんね。ずっと謝りたかったんだけど、養成所でしか話す機会なくて……あそこだとファンミーティングのことは話しにくかったから、謝るの遅くなっちゃった」


 頭を下げて謝るけれど、悠月は黙ったままだ。


「ごめんね。……私、でもファンミーティングを盛り上げたいって気持ちだけでやったわけじゃないんだよ? ……信じてもらえないかもだけど、本当に悠月を応援したい気持ちで。いつも応援してもらってたから、ちょっとでもそれを返したくて。でもあんなこと勝手にしたら、悠月さんが怒るのも当然だよね」

「……そ、そのことを怒っているわけじゃないけど」

「え? じゃあどうして悠月さんはずっと私のこと避けてるの?」

「あんなことされたら恥ずかしくてっ!! ただでさえっ観覧車でもあんなにっ……だから、継ちゃんと二人になると真っ赤になっちゃうから……それで……」


 悠月がいっそう小さくなる。耳まで赤くなっていた。どうやら、怒っていたわけじゃないらしいが。


「本当に? ……怒ってない? ……私が馴れ馴れしくして、嫌われたんじゃないかってずっと心配してたんだよ」

「わたしがっ! 継ちゃんのこと嫌いになるわけないよっ……だって……だってファンの主席だし」

「ファンとしてじゃなくても、嫌いになってない?」

「ど、どういう意味っ!?」


 ふわっ、一瞬悠月が浮いた気がした。それくらい驚いていた。私はそんな変なことを聞いたんだろうか。


「どういう意味って……人としてかな。もしくは友達として。私が勝手なことやって、嫌いになってないかなって」


 私は彼女の気持ちが知りたくて、サングラスを鼻先にぎりぎりかかるくらいまで下げた。澄んだ瞳が、私とわずかに目が合って、すぐ小鳥みたいに逃げ出した。


「……好きだよ。継ちゃんのこと、好き」


 本当に本当に小さな声だけど、悠月は真っ赤な顔で言った。


「よかったーっ! 私、なんだかすごく心配になっちゃって」


 どうしてだろう。もしかしたら、私は今までの人生で悠月みたいにストレートな好意を向けられたことがなかったからかもしれない。初めて、はっきりと向けられた強い好きという感情に、それがどこかへ消えてしまったらどうしようと不安だったんだと思う。

 だから好きだってちゃんと言ってもらえて、安心した。ほっと力が抜けて笑みがこぼれる。


「悠月さんに嫌われちゃったら、私ショックで立ち直れなかったよー」

「へぇ……でも、継ちゃんには、ソララちゃんもいるよね」

「え? ソララさんがどうしたの?」

「……いいんだよ、わたしの前だからって気をつかわないで、ソラ吉って呼んでも」


 ソラ吉? なんのことだって、あれか私が勝手につけたあだ名のことだ。結局あれから一度も呼んでいないけど。


「わたしのことはずっと悠月さんなのに……ソララちゃんのことはあだ名で……」

「いや、あれはトークのとき言っただけで実際にはまだ呼んでないんだって」

「まだ!? ほら、やっぱり呼ぶつもりなんだ! それにっ……わたしのことはファンミーティングのゲストで呼んでくれたことなかったのにっ」

「えええぇ!? だって呼びたくても悠月さん、活動休止中じゃん」


 ゲストで呼ぶ以上にだいぶ悠月へフューチャーしたイベント内容だったと思うんだけど。

 それでも悠月は不満があるみたいで頬を膨らませると、そのままそっぽを向いてしまう。


「……悠月」

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