第21話

 ただ私も無策で挑んで、気軽にファンを増やせるとは思っていなかった。

 なにかないかと頭を悩ませていたとき、養成所の人から聞いた話を思い出した。あの剣道女子の佐倉さくらさんだ。


「わたしはいつも握手券は十枚って決めてるけど、たまにすごい大量のチケットもってくる人もいるよね」

「あ、聞いたことあります。百枚とかって」


 と私よりアイドル事情に詳しい佐倉さんの話にふんふんと頷いていると、


「わたしもいつか百枚くらいバーンと出してみたいなぁ」

「え? そうです、そんな多いとなんか話すことなくなっちゃいません?」

「推しと話せる時間なんていくらあっても短いくらいでしょ! あとね、百枚とか出すと、列の終盤にまわされること多いらしいんだけど、そうすると他のアイドルで握手終わった子が混ざってくることあるんだって」

「へぇ。じゃあアイドル何人かとファンの人って感じになるんですか?」


 そうそう、と佐倉さんが言う。よく考えたら私も握手会のとき早々に列が終わると、「他の子の列見に行きます?」とスタッフさんに聞かれていた。あれって「行列を見て惨めな思いします?」って意味かと思ってたけど、他の人の握手のとこ飛び入りするかって聞かれていたのか。


「でもどうなんですそれって。やっぱり推しと二人きりで話したいもんじゃないんです?」

「んー、もちろんそっちの人もいるけど、メンバーだったら別じゃないかな。推しと他のメンバーが絡んで楽しそうにしているとことか、間近で見られるの得って感じの人のが多いと思う」

「そういうもんなんですか」


 ということだった。

 ようするに私は、助っ人を呼ぶことにした。


 何人か候補はいる。比較的親しい相手で、都合がつきやすそうメンバーだ。私はマネージャーの烏山からすやまに許可をもらいつつ、ダメ元でその子に連絡する。



   ◆◇◆◇◆◇



 会場に集まった人数が三百人と聞いて、私は驚いた。いつもの十倍くらいいる。


「……本当、ソララさんが来てくれてよかったよ。私一人だったら途中で空き缶とか投げられてたかも」

「ないない。ゴミ投げてくるファンがいるって、アカネんのファンミどんな治安なの」


 控え室には、私の急な呼び出しに応えてくれたソララがいる。明るい色のショートカットで、元気なキャラが彼女の売りだ。もしファンミーティングが地獄のような空気になっても、助っ人にソララがいればなんとかしてくれるだろうと期待して呼ばせてもらった。


「もしなにか飛んできても、ソララさんのことは私が守るからね」

「あはは、ありがと。それにしてもすごいね、急に会場変更なんて」

「うん、昨日悠月さんと写真あげたらバズったみたいで……なんかそこから急に人が来たみたいで」

「ツッキーと写真?」


 ソララは目を丸くして、自分のスマホを操作する。


「あ、これかー! ほんとだ、めっちゃバズってるじゃん。あたし普段全然SNS見ないから知らなかったよ」

「ソララさん、やたら獰猛な犬の写真ばっかあげるよね」

「うん、犬可愛くない? それにしてもツッキーと会ったんだぁ。ずっと気になってたけど、結局ツッキーが休止してから連絡取れてなかったんだよね。元気そうだった?」

「うん。体調のほうは大丈夫みたい」


 私がそう言うと、ソララは「ならよかった」とサムズアップする。

 それからSNSの画面をぼーっと眺めて、


「アカネん、リプとか見た?」

「え? いや、まだ見てないけど。いっぱいあってすぐ返事できそうにないから、とりあえずファンミーティング終わるまでは見ないでおこうって」

「なるほどね。うんうん、任せといて。あたし、会場をばっちし盛り上げるいい作戦思いついたから」


 胸をどんっと叩いて、ソララが笑う。よくわからないが、頼もしいので素直に頼らせてもらおう。


 そうは言っても、どんなお客さんが集まっても、名目上は茜原継あかねはら つぐのファンミーティングである。最初の二十分ほどは私一人でなんとかする予定だった。

 ファンミーティングはアイドルごとに何をやるもけっこう自由だ。私はあまりに余っているグッズの手渡しや、全く盛り上がらなくて誰も手をあげない質問コーナーなどやっている。あれ、よく考えたら今までも地獄みたいな空気だった?


 だが今回集まっているのは、そんなファンミーティングを黙って受け入れてくれていた数少ないファン達ではない。おそらく悠月のファン達。敵ではないが、味方ともまだ言えないような相手。

 ここでいつもと同じことをすれば、ソララが入ってくる予定時間の前に多くのお客さん達が帰ってしまうだろう。いつも通りじゃダメだ。

 みんなが何を望んで集まっているのか、それがわかれば私にもこの場を盛り上げられるはずである。


「……みなさん、今日は茜原継のファンミーティングに来てくれてありがとー!」


 元気よく挨拶すると、一応は拍手で迎えてくれる。人数が人数なだけに、私一人のためにこれだけの拍手がと思うと少しうるっときた。


「ええっと、みなさん集まってくれた理由はいろいろあると思うんですけど、でも昨日私があげた悠月さんの写真で来てくれた人が多いんじゃないかなって思ってます」


 お客さん達の反応を見る。概ね肯定してくれているようだ。


「みなさん、悠月さんのこと、心配ですよね? ……私も心配してます。元気でしたけど、でも活動休止のままですし。だから今日はみんなで悠月さんを応援しようと思いますっ」


 私がそう言うと、事前に頼んでいた通りスタッフさんがスクリーンへ映像を流し始める。

 悠月のソロライブの映像だ。


「みなさんも手拍子や合いの手、よかったら入れてってねっ!」


 腰に下げていたペンライトを握る。家で少しだけ練習してきたが、獲物ペンライトありで踊るのはほぼ初みたいなものだ。


「えええっい!!」


 私はかけ声を一つあげて、悠月のライブ映像に合わせて応援する。養成所で習った応援を悠月の曲用にいろいろアレンジしたものだ。

 ネットで調べると、悠月の曲に合わせて応援の踊りをしている人達の動画が出てきたので、それも参考にしている。


 私の熱意のこもった応援に、最初お客さん達は戸惑っていたようだった。けれど次第に、私に合わせて合いの手を入れて「ゆづきーっ!」とか「早く復帰してーっ!」みたいな声を入れてくれる。

 最後には、私が息切れする中、大きな拍手で終わった。

 彼らが悠月を応援しにきた悠月のファンなら、私も一緒に彼らと悠月を応援しようと思った。作戦は見事に成功したようである。

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