第20話
適当にお昼ご飯を済ませてから、家を出ようとしたとき
これから私はファンミーティングの予定だけれど、千歳さんが急に電話をかけてくるなんてなにかあったのかと不安になる。
「どうしました千歳さん?」
「いいか、
「開口一番でえぐってくるじゃないですか。……いつものことですよね? どうしたんです? まさか当日にもなって、チケット一枚も売れてないとかですか!? え、今日中止!?」
「それがな……」
電話越しに、千歳さんの声色がいつもと違って戸惑っているような、慌てているようなことが伝わる。
いつも落ち着いていて、私をボコボコに貶すときだけは楽しそうな彼女には珍しいことだ。よほどなにかがあったのだろうか。中止以上の何か? もしかして、解散? 私のファンクラブ解散?
「完売だ」
「えっ本当ですか!? ……完売ってデビューして間もない頃に一回あったきりですよね。うわぁ……うれしいな」
私のファンミーティングを開いている場所は、地域で開いていているような子供会の会場くらいの席数ない。それでもいっぱいになるなんて、なにかの偶然にしても感激である。
「しかも完売した後も問い合わせが殺到していて、
「えええぇ!? 本当ですか!? そ、そんなことあるんです?」
「ああぁ、当日に会場を移すなんてかなり無茶なんだが……たまたま同じ施設内にいい場所もあったのと、もともとチケットを買っている人数も少ないからな。事前にチケットを買っていた人には連絡を入れて、告知もしっかりして、それでチケットを追加販売してって感じで」
千歳さんの話は、まるで夢か何かように現実感がない。
それでも、普段ならマネージャーの
「一応新しい会場の場所、メッセージ送っとくから確認してくれ。まあ建物は同じだし、控え室も一緒だけどな」
「は、はい」
返事の声も思わず震えてしまう。おそらく、会場変更するくらいだから五人とか十人とか増えるくらいじゃないはずだと思う。百人くらいは人が来るんだろうか。でもなんで急に。
最近頑張っていたつもりだけど、別にまだなにかファンの前でしていたこともない。
「しかしまさかな。多少話題になってくれればいいとは思っていたけど」
「え、話題って……なんの話です?」
「SNSだ。ほら、昨日茜原が言っていたやつだろ。
「あー……そういえば夜にあげましたけど」
千歳さんに確認も取ったので、悠月とのツーショット写真を『悠月さんと観覧車乗りました。詳しいことは私もわかりませんが、悠月さんは元気です』とだけ書いて投稿していた。文面はいろいろ考えたが、あまり勝手に『復帰間近!!』とかも書けないし、書けることをそのままだ。
結果、情報量が少なすぎて、これはただ私と悠月が観覧車に乗ったという報告になっているのではないか、と思いつつもまあ悠月の元気そうな顔を見るだけでも喜ぶ人はいるはずである。
それくらいに思っていたんだけれども。
「あれ、めちゃくちゃバズってるぞ。気づいてなかったのか?」
「えええぇ、嘘。……あれ、もしかしてこの通知って? うわ、たくさんなんか来てる……」
「おい、しっかりしてくれよ茜原。スマホの使い方に困るような年齢じゃないだろ」
「年齢とか関係ないですって。……普段SNSの通知とか全然来ないからいけないんですよ」
悲しくなる元凶だった。表示された覚えのないポップアップや、アプリ上の数字表記を全く認識できていないという。
どうやら何千人どころか一万以上の人からなんらかのリアクションをもらっているようだった。フォロワーが一万人いても、日頃私があげる揚げパンの写真とかには、五人くらいしか反応ないのに。
「じゃあ、ファンミのチケットが売れたのもこれの影響なんですか?」
「多分な」
「ええっ!! 困りますよ、これって……えっと、まだもらってる返信とか見てないですけど、つまり悠月さんのファン達ってことですよね?」
「……基本そうだろうな」
私と悠月のツーショットではある。ただこの写真に反応をくれているのは、間違いなく悠月のファン達だろう。久々にSNSで見られた彼女の姿に過剰な反応を示しているわけだ。
それで、喜んでくれているなら私も嬉しいし、ちょっとでも悠月の顔を見て安心してくれればと思う。ただ――。
「……私のファンミーティングに悠月さんのファンが来ても、私困るんですけど。だって悠月はたまたま写真にいるだけで、今日は来ないですよ」
と言ったが、実際には多分来るだろう。ただ客席にいるだけだ。
「いや、さすがにチケット買っている人達だってそれはわかっているだろ。バーナー的に茜原も注目度が集まって……あとまあ、あれだな、活動休止中の悠月の情報が聞けるんじゃないかってのが狙いだろうな」
「えええぇ……そんな、私話せるようなことないんですけど」
元気ですとは書いたが、悠月のファンの人達からすればもっと具体的に彼女の情報がほしいのだろう。SNSの反応もきっと『悠月はいつ復帰するんですか?』『休止理由は結局なんなの!?』みたいなものばかりなんじゃないだろうか。私がなにも返さないから、それならファンミーティングに押しかけて、そこで少しでも聞き出せないかって話なんだろうか。
「……どっちにしろ、私のファンじゃなくないですか?」
「いいか、茜原。集まってくれた人達には変わりない。どんな目的であれ、イベントが終わるまでには、お前のファンになってくれればそれでいいじゃないか」
「ええぇ……いや、ファンミーティングなのにそんな飛び込み営業みたいなことしなきゃいけないんですか私」
どうやら満員御礼からの会場変更も、嬉しいばかりのことではないようだった。
しかし千歳さんの言うとおりだ。全く注目されていなかった今までよりはずっとマシである。なんとかものにできれば、もしかしてファンが一気に増やせるかもしれない。
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