第18話
観覧車を降りてからも時間はまだあったし、せっかくだからと絶叫系のアトラクションにいくつか乗ってみた。
ゴンドラで十分程度二人きりの時間を過ごしたおかげか、もしくは私の熱い映画語りに引かれてファンをサイレント卒業したのか、
いくつか乗って休憩として一緒にクレープも食べて、お化け屋敷にも入った。
悠月はわかりやく奇声を上げて私の腕にもしがみついてくる。私は遊園地のお化け屋敷なんて比べものにならないほどゴア表現満載の映画を観ているし、ホラー映画にもそこそこ精通しているから「ふーん、こういうので怖がる人って、『本物』のホラー映画観たらショックで倒れちゃわないかな?」みたいなちょっと上の立場で楽しませてもらう。嫌な客だな。
「ご、ごめんっ
「全然気にしなくていいよ。私が入ろうって無理言っちゃったからだよね。お化け屋敷も初めてでさ」
涙目の悠月に謝られるが、私としては彼女にしがみつかれても抱きつかれても全く嫌な気持ちはない。だってやっぱりアイドルとファンって関係では見られない。恒星ウェスタリスのメンバー同士、いや多分、彼女がアイドルでなくても、私がこのままクビになっても同じだと思う。
――同性の友達って感じなのかな?
涙を拭う悠月の顔が、今までよりも可愛らしく見える気がする。腕に彼女がつまっている間も、嫌というより、ちょっと嬉しい気持ちに近かった。
私の中に、友情という気持ちが芽生えたのだろうか。
さっき恋愛に疎いことを告白した私だったが、恥ずかしながら友情も最近ご無沙汰だった。地元には友達って言えるような相手も何人かはいるけれど、こっちで交流があるのは恒星ウェスタリスのメンバーくらい。
もしかして私、久々に友達といえるような相手とめいいっぱい遊んでいるんじゃないか。
ずっと一人で映画観ているのが好きって公言してきたし、自分でもそう信じていたけれど、ボッチの虚勢だった!?
「いや、そんなことないそんなことない。映画のが楽しいって……」
「どうしたの継ちゃん? 難しい顔して……やっぱり、さっきいっぱいくっついたの嫌だった?」
「えっ、ううん。全然そんなことないよ。むしろこう嬉しかった?」
「はええっ!? う、嬉しかったの!?」
悠月には驚かれたが、私は小さく頷く。あれ、悠月はもしかして嬉しくなかったのかな。お化け屋敷でそれどころじゃなかったとは思うけど。もしかして友達とボディタッチみたいなことをして、嬉しいって言うのは変なのかもしれないな。確かにボディタッチで嬉しいってなんかおっさんみたいだ。
「えっと、言い間違えたかも……楽しい! そう、悠月さんと一緒に遊べて、今日はすごく楽しい!」
とりあえず訂正してみる。楽しいならおかしくないはずだ。
「ほ、本当? ……わたしも、嬉しいし楽しいよ。継ちゃんと一緒にこうして遊園地で遊べるなんて夢みたい」
「あのさ!」
だったらまた一緒に来ようよ、と言いたかった。さっき観覧車で悠月が言っていたみたいに、握手会でしか会えないなんて嫌だ。ちゃんと友達として仲良くなっておきたい。ファンとか推しとかって関係だけだと、また映画の話もできないし。
「もう一回、観覧車最後に乗らない? さっき、あんまり観覧車から外見られなかったんだよね」
「……いいけど、いいの?」
私がお願いしたのに、聞き返してくる悠月。私はもう一度お願い、と言った。
◆◇◆◇◆◇
二回目の観覧車は、悠月も端っこにべったりと避けて座らなかった。
だけどそれに気を良くした私は、ちょっと調子に乗ってしまう。
「せっかくだし隣同士で座らない?」
「と、隣っ!? そ、それはさすがに……」
目を白黒させる悠月だったが、はっきりとダメだと言われる前に。
「いいでしょ。ね。ほら、写真とか撮りたいし」
って言って私は勝手に悠月の隣へ移動してしまう。
「しゃ、写真って……そんな、プライベートで……」
「ダメかな? だって、悠月他のウェスタリスのメンバーとはよく一緒に撮ってSNSとか上げてたでしょ。私、あれうらやましくて」
「だってそれは、みんなとは友達みたいなもんだし」
「えええぇ!? じゃあ、私は!?」
友達。私のほしかった言葉が、あっさりと他の人達に使われる。
しかも私はしっかりと枠の外に追いやられた。
「……継ちゃんはだって私の推しだし」
「でも私も悠月さんも他のメンバーもみんなで恒星ウェスタリスでしょ? 私だけひどくない?」
「継ちゃんは特別だから」
「悠月さんが私のファンなの嬉しいけど、そうやって距離取られるのはなんか嫌だ」
思っていた言葉を、つい口に出してしまった。
こんなこと言うと、また悠月を困らせてしまうだろう。
「こ、この距離はっその……わたしが……変にならないためので……」
「変にって?」
「それは……えっとほら、継ちゃんも映画の話しているとつい我を忘れちゃうときあるでしょ」
「あーなるほど」
確かに映画のことだとつい熱くなってしまう。一回目の観覧車でも半分くらいは私が熱弁して終わってしまったくらいだ。
「待って、変って……さっきの私、やっぱり変だった? 悠月さん、やっぱり内心引いてたの?」
「ち、違うって! そういう意味じゃなくて……人から見た印象じゃなくて、自分の中のストッパーが利かない感じかな」
「ああぁ、そっちか。ならよかった」
普段ならあんまり話しすぎないで置こう、みたいなブレーキが一瞬でどこかへ消えてしまう感覚はよくわかる。
「もう一個だけ聞きたいことあるんだけど、いいかな? ……悠月さん、これ答えにくいと思って聞けなかったんだけど」
「き、聞きにくいことって……継ちゃんからの質問なら、なるべく答えたいけど」
多分私は、観覧車という雰囲気を最大限悪用している。ずっと不安だったことだ。でも今なら聞けると思った。
「……悠月さんが、アイドル活動休止している理由って、私じゃないよね?」
何度か頭をよぎっていたが、自意識過剰だとその考えを否定していた。でもあからさまに悠月から距離を取られる頻度を思うと、やっぱりもしかしたらという疑念がずっと消えない。
悠月は私のファンだけれど、私とあまり親しくすることに抵抗があるみたいだ。もしかしたらこれが同じアイドルグループ、恒星ウェスタリスのメンバーとして活動することも彼女に取っては避けたいことだったんじゃないか。
でももし「そうだよ」って肯定された困る。私は自分がアイドルをクビにならないため、彼女が活動復帰するよう説得に送られているのだ。私がいるから休止ってわかったら私はどうすればいい。第一、悠月だってこんなこと答えにくいはずだ。彼女の性格からして、本人に面と向かって「あなたが理由で活動休止しています」なんて言いたくないだろう。
それでも、私が悠月に聞いたのは、ここ数日で彼女との距離が近づいたと思ったからだ。
もしかしたら、今までそうだったとしても、今聞いたらそうじゃないかもしれない。今の私と悠月なら、彼女は考え直してくれるかもしれない。
だから、私は聞いた。何度も聞いている彼女の活動休止理由を、もう一度。
「継ちゃん、答える前、わたしからも一個いいかな」
すんなり答えられず焦らされて、もどかしいけれど私は頷く。
「継ちゃんはファンの人達のことってどう思ってた?」
「どうって? ……応援してもらっていることには感謝しているけど」
「応援って大変だよね。CD買ってさ、家で好きなとき聞くとか、たまにテレビ出てたらさ見てってそれくらいならともかく……ライブのチケットは発売直ぐに売りきれるか抽選でどっちにしても買えるかもわかんない。握手一つするのも行列で、イベントに参加しようと思ったらファンクラブに入って会費もあるしまた抽選もあるし」
「まぁ……そう聞くと、見た目より気軽な趣味ではないよね」
アイドルのファンと言ってもピンキリで、別にCDを買うだけで名乗っても問題はない。なんだったらたまにテレビで見かけてちょっと顔がタイプだとか、それくらいでファンと言ってもいいと思う。
逆に熱量が高ければ際限ないくらいなんだろう。お金をかけるところはいくらでもあるし、住んでいる場所によっては移動も大変だ。お金も時間もかかる。
映画だって、人気作品だと公開してしばらくチケットの予約が取れないこともある。でも人気ならそれだけ公開期間も長くなるし、最後までチケットを買えないなんてことはまずないだろう。
アイドルのライブだと、そうも言ってられない。年に何回もあるわけじゃない。地方ライブなんて、一回二回がいいところだし、握手会もそうだ。それに地方なんて言うけれど、都道府県すべてまわるわけじゃないから、結局移動に何時間もかけなくちゃってときもある。
「それでも一生懸命応援してくれる人達がたくさんいて、不思議だったんだ。中には無理して、お金と時間で生活削ってって人もいるくらいでしょ。そんなに無理しないでって、わたしいつも思ってたんだ」
人気のない私からすると、もっと応援してほしいって思っていたことのほうが多い。ただ悠月がアイドル活動の傍ら、私を応援してくれていたと知って、その気持ちは少しだけわかる。私の応援よりもっと優先してほしいことなんていくらでもあった。
「でもさ、わたし、継ちゃんのファンになってからよくわかる。楽しいんだよね。全然無理しているって思わないし」
「え? ……それは、その、ありがとう?」
「誰かのために使うお金や時間って思うと、全然惜しくない。好きな人のために、自分にできることがあるってすごく素敵なことだよ。幸せだって思う」
悠月と目が合う。サングラスをかけていないときの彼女と目が合うのは珍しい。綺麗な瞳は、私じゃなくてどこか遠くを見ているようだった。
「グループを応援する人もいるけど、やっぱり熱の入り方だと誰かを応援しているファンの人のが多いのかな。だからさ、みんな誰かのためって頑張って、それが楽しいんだよ。だけどそうしているとさ感情が時々ふわふわしちゃうときもあって、でもどこまで行っても、この頑張りも楽しさも自己満足なんだよね。だってアイドルからしたら、握手会もCDもどれくらいの売れたかってのは大事でも、誰が来たとか買ったとかは関係ないもんね。ライブだって席が埋まれば、別にどれだけチケットの争奪戦があったかどうかも知らないし」
「それは……そうかもだけど」
「でもね、みんなそんなのわかっているんだよ。そうじゃないって思いたい人もいるけど、基本的にはどこかで割り切っている人が多いと思う」
これは、アイドルとしての彼女の意見なのか、ファンとしての彼女の意見なのか。
「わたしは、そういうのってもどかしいけど……なんだか憧れたんだ。だからね、あの養成所に入れて、すごく充実してる。継ちゃんにも、今日だけじゃなくて、あと一週間あそこのみんなを見てもらいたい。そしたらファンの人達への気持ち、変わると思う」
「うん、わかった。私も頑張ってみる」
「ありがとう、継ちゃん」
悠月は優しげに微笑む。
「わたしが、休止しているのは継ちゃんと関係ない理由だよ。だからそんな顔しないで。ね、写真、わたしも撮っていいかな?」
「も、もちろん! 二人で撮ろうよ」
彼女の話が、まだ私の気持ちの中で整理できていなかった。それでも写真を撮ろうと言ってくれたことが嬉しくて、考えるのを後回しにしてしまった。
「この写真、SNSにあげてもいい? ……悠月さんのこと、みんな心配していると思うから。元気にしているってことだけでも知らせたくて」
「……継ちゃんのファンに怒られないかな?」
「大丈夫、これくらいで怒るファン、私には悠月さんしかいないし」
観覧車からの夜景をバックにして、二人並んで写真を撮った。
本当はもっと何か話したかったけれど、時間も遅かったから解散する。
駅で別れるとき、悠月の背中になにか言わなくちゃいけないと思って呼び止める。
「悠月さん、今日ありがとうね。それから……」
「ね、継ちゃん。……私が活動復帰して握手会したら、継ちゃん一度でいいからこっそり握手しに来てくれる? 今日できなかった分、いつか」
「うん! 絶対行く! 私だったら握手会欠席しても
悠月が、ちょっとだけ前向きな約束をしてくれたから、何を言いたかったのかいいか忘れてしまった。
だけど、ほんの少しでも彼女がまたアイドルをしようって思えたなら、それでいいと思った。
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