第16話

 電車で何駅か移動して、都内にあるテーマパークまで来た。途中何度か、悠月ゆづきにはどこへ行くのか聞かれたけれど、「ついたらわかる」と取り合わずに連れてきた。


「ここって……つぐちゃん?」


 状況が飲み込めていない悠月が、きょろきょろと当たりを見回す。平日の夕方だからか、私達とさほど変わらない年齢の――大学生くらいのカップルが多そうだった。


「ほら、お昼さ。私遊園地とか行かないって言ったでしょ。でも悠月さん、ファンの人とけっこうそれっぽい話してて、観覧車のこととかも。それで急に乗ってみたくなっちゃった」

「急にって……わたしは?」

「一人で乗るの寂しいし、一緒に乗ってもらおうかなって」

「つ、継ちゃんっ!! そんな一言も言わないでいきなりっ!!」


 あははっと笑ってみたが、やっぱり説明もせずに連れてきたから怒られてしまう。


「ごめん。でも言ったらダメって悠月さん言うから……」

「なら黙ってればいいってわけじゃないよ継ちゃんっ!!」

「……でも、嫌なわけじゃないんだよね? 別の予定があったわけじゃないし、私と観覧車乗るの嫌じゃないなら、乗ってほしいな」

「ズルいよっ!! そんなのズルいよ継ちゃん!!」


 わかってやったことなので、そしりは黙って受け入れるつもりだ。ただ文句を言われても、私はファンとしてじゃなくて、ただの悠月に感謝がしたかった。だから申し訳ないけど、こうやって不意打ちのように連れてくるしかなかったのだ。


「ダメかな? ここまで連れてきて悪いけど、悠月さんが嫌がるなら帰っていいよ」

「で、でもそしたら継ちゃん、一人で観覧車乗るの?」

「え? ……うーん、どうしようかな」


 実を言えば、映画は基本的に映画館へ行くときも一人派の私からすると、別に観覧車にだって一人で乗っても寂しいという気持ちはなかった。そりゃ映画館と違って多少目立つかもしれないけれど、おそらくこういう施設で他人を気にする人は少ないだろう。


 だがそれを素直に言ってしまうと、悠月が本当に帰ってしまうかもしれない。もちろん私が悠月と一緒に観覧車へ乗ることが、彼女へのお礼になるのかは自信がない。でも観覧車好きだって言ってたし、喜んでくれないかな。


「観覧車は乗りたいけど、でも一人は……」

「ま、待ってよ継ちゃんっ!! それって、わたしが一緒に乗らないって言ったら、他の人と乗るってこと!?」

「え? 他の人? ……他の人?」

「これから誰か呼ぶとか……もしかして、手頃な人に声かけるとか!?」


 誰かを呼ぶとすると、東京にあまり知り合いのいない私は呼べる相手も限られている。恒星ウェスタリスのメンバーに、オフでもたまに連絡を取り合う子がいるくらいだけど、私と違って忙しい。

 それから手頃な人に声をかけるって、


「それってナンパ? えっと……逆ナンってやつ?」

「ダメだよ、継ちゃんはアイドルなんだよっ!! そんなことしたら問題になるって」

「しないって……さすがにそこまで相手に困ってないから」


 仮に一人で乗るのが嫌だとしても、知らない人にいきなり声をかけて観覧車へ乗ろうなんて誘わない。嫌すぎる。逆の立場で考えて、知らない人から「今から一緒に観覧車乗りませんか?」って言われてら逃げ出すと思う。


「本当!? だってさっき瀬野せのさんとも握手しようとしてたじゃんっ!!」

「握手と比べないでよ。でも瀬野さんは知らない人じゃないし……」


 瀬野さんのことは全く知らないけれど、一緒に観覧車乗れるかどうかで言ったら乗れる気がする。人のよさそうなおじさんだし。


「あっ!! 今、瀬野さんでもいいかって顔したよねっ!? 継ちゃん!?」

「えええぇ!? 細かいな……してないってしてない。してたとしても……私が乗りたいのは悠月さんだし」

「で、でもファンとして、推しと観覧車乗るとか絶対おかしいもん……」

「だからさー。ファンの悠月さんじゃなくて、普通の悠月さんと乗りたいな」


 私はそう言って、彼女のサングラスを取った。

 綺麗な凜々しい瞳が露わになって、私と目が合うと、彼女は直ぐにあたふらと視線を泳がす。


「あっ、継ちゃんダメっ、返してよ」

「あはは、悠月さんは有名人だからこのままだとマズいもんね。ほら、私の貸してあげる」


 自分のかけていた伊達眼鏡を彼女の顔に、そっとかけた。

 やっぱりサングラスで隠すよりこちらのほうが、悠月の顔が見えていい。あんなハリウッドサングラスつけた人といるのも、それはそれで目立って気になってしまう。


「つ、継ちゃんの眼鏡……っ!! 間接眼鏡っ!!」

「え? かんせ……? 普通の伊達眼鏡だよ?」

「こ、こんなのダメだよ。だってほら、わたし達、女の子同士だし……アイドルとファンだし……」

「サングラスも外したし、そういうのなしにしよ! ねっ、アイドルとかファンとかなしで、普通に私と悠月さんの二人ってことで」


 悠月から引っぺがしたサングラスを自分の頭に載せて、私は彼女の手を引いた。


「観覧車乗ろっ!!」

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