第14話
予想通り、自由に別れたチームわけは、講師、悠月、おじさんの順番で人数が多かった。
けれど思ったほど人数に差はなく、あのおじさんのチームにも二十人くらいの人がいた。おじさん、私より人気あるな。私の握手会、よほど調子の良いときじゃないと二十人も人が来ない。
悠月はブースを模した机の前に立って、他の生徒達はばらばらと列をつくる。私は勝手がわからないので、それをちょと離れたところで眺めながらできあがった列の最後尾に並んだ。
握手会は握手券一枚につき数秒程度の時間がもらえる。もし複数枚あればそれだけ握手できる時間も増えるので、大量の握手券があればアイドルとそこそこな会話を楽しむことも可能だ。
噂によれば百枚ほどまとめて握手券を出す人もいるらしいが、そうなると十分以上話すことになる。いったい何を話すんだろう。
先日悠月であったことが判明した私の数少ないファン、野球帽の人はいつも決まって十枚のチケットを持ってきて少しだけ会話していく。
ただ当たり障りのないことを話していた覚えしかない。当初はこの人が悠月だってわかっていたわけじゃないし、ただよく来てくれている人だなってくらいの気持ちだった。
ぼーっと待っていると、私が悠月と握手する番となった。
順番が近づいてくると、前の人達が握手する様子を見学できたので、だいたいの流れは確認できている。まず想定の握手券の枚数を伝える。これは聞いている限り五枚か十枚と言う人が多い。そのあと実際に握手して、時間になったら剥がされて終わり。時間は剥がし役の人が計るらしい。
ちなみに剥がし役というのもアイドルの握手会なら定番の存在なのだが、時間になったらファンの人をアイドルから引き離す役目のスタッフさんである。これは今回の練習では、握手を終えた人がやる役回りのようだ。
早く終わらせたいし、多分一枚でもいい。
実際に一枚で握手に来る人のほうが多数派だ。何枚も持ってくるのは、極わずかなコアなファンで、これは私が不人気だからとかでなく悠月のファンでも同じはず。
ただまあ私の番が来ると、悠月の唇が目に見えて緩んだ。指をわざとらしくほぐして、軽くジャンプまでしてなにか待ち構えている。どっちが握手してもらう側なのかわからない。
「えっと握手券十枚で……」
これで一枚というのも悪い。だいたい今まで悠月は私に十枚の握手券を持ってきてくれていたのだ。お金がかかっているわけでもないんだから、気持ちだけでも同じ枚数を返しておこう。
「……」
「つ、継ちゃん?」
悠月の前に立って、待っていると小声で名前を呼ばれた。
「え? あ、こんにちは……」
「こんにちはー! 初めましてですよね?」
「……え、そうなるのかな?」
「ふふっ、よろしくお願いしますね」
悠月につられて笑ってみるが、なんともぎこちないものになってしまう。
「あ、あの握手っ」
「えっ、あ」
そういえばずっと悠月が手を出していたのに気づかなかった。彼女の寂しげな手に、自分の手を伸ばそうとしたとき。
「時間でーす」
と剥がし役の人から肩に手を置かれる。
「……あっ」
悠月の寂しげな表情を残したまま、私は彼女の前から離れて剥がし役を交代となってしまった。
――握手、しないまま終わっちゃったんですけど。
「握手券十枚です」
私は最後尾だったけれど、一度練習を終えた人達がまた並び直しているので二週目の人が後ろにいた。ハキハキした声で、十枚分の握手の練習を始めたのは、スポーツでもやっているのか中々にがたいの良いお姉さんだ。
「こんにちはっ! 真賀さんの大ファンで今日もまた来ちゃいました」
「あーまた来てくれたんだー、ありがとー!」
彼女は早々に挨拶して、がっちりと悠月の手をつかむ。
そうか。よく考えたら、いつもファンの人から挨拶してくれていた。
握手もファンの人から手を握っていたような気がする。
私がなにも考えないで手を出して立ってままでも、握手会が円滑に進んでいたのはこういう理由だったのか。
私はスマホのストップウォッチで時間を計りながら、お姉さんと悠月の握手を眺めていた。短い間なのに会話が弾んでいる。二週目だから、握手もちゃんと二回目という設定らしい。ただの設定なのか、本当かわからないけれど、出身が同じ横浜だという話題で盛り上がっていた。
「あっ、そろそろ時間なんで」
時間を見ながらそう言ったが、お姉さんの会話は止まらない。聞こえなかったのかと、さっきより大きな声を出すが。
「すみません、時間です」
「真賀さんもよくあそこらへんで遊んでたんですか! わー嬉しいなぁ、思い出の場所が一緒なんて。そうですよね、あの観覧車乗ってデートするのって憧れましたよねー」
「あのーすみません、時間で」
「あの観覧車ってゴンドラの色違うじゃないですか」
ダメだ、全然聞いてくれない。実際にもこういうファンの人がいないわけではない。だからこそ剥がし役のスタッフがいるのだ。仕方なく私はお姉さんの肩をつかんで、ぐっと引きながら、
「時間なんでっ、次の人も待ってますから」
「そんなー短いですよ。他の人は同じ枚数でももっと話してたじゃん!」
「そんなことないですよ。ちゃんと計ってましたって」
「真賀さんももっと話したいよね? すごく盛り上がってたし」
お姉さんは、決して悠月から手を離そうとしない。
「そんなんじゃ練習になりませんよ。もっと強く引き剥がししてください!」
それどころか、そんなことを要求してきた。これわかってて離れようとしてないの?
「もう時間ですっ!! 次の人に代わってくださいっ!!」
けれどお姉さんは、押しても引いてもびくともしない。ほとんども後ろから抱きしめて、そのままタックルするぐらい必死に押してなんとか悠月から引っ剥がせた。
「はぁはぁ……その、時間なんで」
「あっ。本当だ。真賀さんとの握手の時間一瞬で終わっちゃったよー。また来まーっす」
お姉さんは平然と悠月に笑いかけたあと、私に向き直って、
「体験の人だよね。あなた中々ガッツあるじゃない。いい剥がし役になれるよ」
「……ありがとうございます」
えっと、ファンの養成所だよね? もはやファンですらないことをやらされて、しかも褒められている。でもちょっと嬉しい。顔以外のことを褒められるのはまれだからな。
「次はわたしが剥がしだから、あなたはまた列に戻っていいよ」
まだ荒い呼吸を整えながら、二十人くらいが並んでいる列をチラリと見る。講義時間からすると全員三週くらいはするんだろうか。
次はさっきよりマシな握手ができると思う。というか、さっきは握手そのものがでてきていなかったから、次はただ握手するだけでも上だ。
ただそれより。
「……私、見学したいんですけどいいですかね? みなさんが握手するところ参考にしたくて」
決して列に並ぶのが面倒とか、握手にそもそも興味がないからというわけじゃない。
ファン養成所の生徒達がどんな握手をするのか、悠月がそれにどう対応するのか。しっかりと見てみたくなったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます