第3話
近くの喫茶店に連れられてきた。ファンと二人で入るなんて、本当は事務所にも怒られるようなことなのだけれど――。
向かいに座った帽子の人は、本当に私のファンなのだろうか。何度もイベントに来てたし、メンバーが全員揃わないようなミニライブでは最前列で応援している姿も見たことがある。そういえば最近は大きなステージのときもいたような。チケット当たったのかなって思っていたけれど。
――帽子さんが大きいステージでもいるようになったの、悠月の活動休止とタイミング合ってない?
「
私は恐る恐る、自分の考えを否定するように口にした。
「……わたしは
「いやでも、え、ちょっと帽子とサングラス外してよ」
「それは無理っ!!」
「なんで!? やっぱり悠月さんだからじゃないんですか!? だって私、千歳さんに真賀さんが悠月さんだって聞いてここに来たんですよ」
私が帽子へ伸ばした手を、真賀を自称する帽子の人が握って防いでくる。そういえばあんまり考えたことなかったけど、この人ただのファンにしてはありえないくらい綺麗な手をしている。細くて白い。肌もきめ細やかで。
「やっぱり悠月さんですよね?」
「だ、だから違うって」
「じゃあ素顔見せてくださいよ」
「む、無理っ!! だって推しが急に現れて、今わたしの顔めっちゃ真っ赤だもんっ!!」
もう声を全然つくれていないせいで、ほとんど聞き覚えのある悠月の声だった。
やっぱり悠月本人に間違いないはずなんだけど、それでも彼女が変装して私のファンをしていた理由が全くわからない。今口に出した言葉の意味もわからない。
「ほら、じゃあ私も伊達眼鏡と帽子外すから。ね? だからお願い」
これは正直、深い意味はなかった。けっこう抵抗してくるから、適当に言ってみただけというのもあるし、私はなんだかんだやっぱり顔がいいからこうやって可愛い顔でお願いすると聞いてもらえることが多いってのもある。
「お、推しがっ……推しの素顔がまぶしすぎてっ、サングラスなしなんて無理なのにっ!! 継ちゃんにお願いされたら逆らえないんじゃーっ!!」
お客さんのいない喫茶店で、大声を上げると、彼女はやっとサングラスと帽子を外してくれた。
やはりどこからどう見ても
「悠月さん」
「だからその、わたしは真賀なんだって」
「もう無理あるよね? あきらめてよ、こんな美人さんが悠月さんの他にいるわけないし」
「ふ、ふぅえぇ……継ちゃんがわたしのこと……美人だって……そんなっ、継ちゃんの天使ぶりに比べたらわたしなんてっ!! わたしなんて虫みたいなもんなのにっ!!」
ひぇええっみたいな声を上げながら悠月がひれ伏した。これがバラエティ番組にも引っ張りだこな人気アイドルのリアクション能力なのか。でも他に人がいないからって、恥ずかしいからやめてほしい。
「……えっと、悠月さんって私のファンだったんですか? ……それともなにかのドッキリ? 演技というかイタズラ?」
「そんなわけないよっ!! 正真正銘っわたしは継ちゃんの大ファンですっ!! 全力で推してるよっ、この気持ちに偽りは一切ないから、信じて!!」
「……わかった。わかったから、ちょっと声抑えて」
どうやら本当に悠月は私のファンらしい。ファンだとして。
「変装して、いつも応援に来てくれてたんですか?」
「だってわたしだってわかると……ほら、いろいろ気まずいかと思って」
「まあ……そうだけど……」
「そ、その顔やっぱりショックだった!? ご、ごめん継ちゃん……嫌だよね、ファンが一緒のステージ立って踊ってたって思うと……同じ楽屋使ってたとか怖いよね。着替えとかもするのに……」
「え? いや、そっちじゃなくて……」
なんでアイドル活動のほうの話になっているのか。
「普通に握手会とかファンミーティングに悠月さんが来てるってことのが気まずいんだけど」
「な、なんで!? あ、あれだよ!? ちゃんとCDとか買ってるし、列だって並んでるよ!? 同じアイドルグループに所属しているからってズルいことしてないよ!!」
「そうじゃなくて……だって、悠月さん私よりずっと人気だし……」
そもそも同じアイドルで、しかも同じグループなのにファンってどういうことなのか。
まあアイドル好きな子がアイドル目指すのもよくあるって聞くし、そういうものなのかもしれない。むしろアイドルに全く興味ないのに、アイドルやっている私のほうが異端なのかな? それにしたって、もっと応援するなら私以外にも人気なアイドルいくらでもいるのに。
ただこれでやっと千歳さんが私に、悠月の活動復帰の説得を頼んだかわかった。
多分千歳さんは、悠月が私のファンだってどこかで知っていたのだろう。だから推しである私が説得すれば、復帰すのではないかと考えたわけだ。
「えっと、悠月さん。あのさ、私がここに来た本題なんだけど」
「あ、そ、そうだよね! ごめんね継ちゃん、わたしずっと驚いたまんまで……継ちゃんがせっかくわたしと会いに来てくれたのに。えへへ、なんか不思議だね。いつもわたしのほうから継ちゃんへ会いに行ってたのに」
「んー同じ事務所で働いてたんだけどね」
会いに行くとかじゃなくて、同僚だよね?
とはいえ、私もこの状況に動転していたのは間違いない。ただでさえ少ない私のファンがこんな身近なところに。しかもそれが恒星ウェスタリスのセンター月岡悠月なのだから、驚いて当然だ。
化粧っ気はまるでなく、ほとんどスッピンだけれど、相変わらず目が覚めそうなほど美人だ。通った鼻筋も凜々しい瞳も、きゅっと小さい薄桃色の口紅も、人気アイドルさもありなんといった外見である。
――いや、顔だけなら私もいい勝負なんだよ? 可愛い系だけど、世界一位だよ?
おまけに悠月は背も高いし、胸もあってスタイルがかなりいい。だからラフな服装で、髪も適当に後ろで縛っただけなのに、すごく様になっている。このまま宣材写真撮れそうなくらいだ。
多分、私がこういう格好マネしても、なんか普通に部屋着というかずぼらっぽく見えてしまうはずだから悔しい。
「それでさ、悠月さん。えっと、元気そうだよね?」
「う、うん。元気だよ。……その継ちゃんがいるから、いつも元気なんだよ、わたし」
ファンの人がよく言うやつだ。なんか私より人気なアイドルから言われていると思うとやはり複雑だ。
ともかく元気ならなによりだろうか。それなら復帰してもらうようお願いするのだが、その前に一つ気になっていたことがまだあった。
「……あとさ、さっき悠月さんがいたところって何? 養成所って? まさか他のアイドル事務所とかからデビューしようとしているわけじゃないよね?」
「あー! 違う違う、あれはアイドルのファン養成所だから」
「え? ……ごめん、なんて? ファンの養成所ってなに?」
悠月の口にした言葉が、また意味がわからなくなる。人気アイドルしか知らない未知の言語とかじゃないよね?
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