第2話
歳は私より一つ上。私が可愛い系の頂点だとしたら、悠月は美人系の頂点みたいな容姿で背も高いし胸もあって正直スタイルに関してはうらやましい限りだ。
ただ真逆というのは、そういう外見の話ではなく。
月岡悠月は間違いなく恒星ウェスタリスで一番人気のセンターアイドルだった。グループ内だけでなく、日本国内の全アイドルの中でもトップクラスに人気があった。
SNSのフォロワーもメンバーの中で頭一つ抜けていて三百万人近くいた。私はそれを見て、分けてくれよって思ってた。私の投稿とかにもっと返信とか送って絡んでくれたら、悠月のファンが私にも流れてくれくれるんじゃないの? って。でも悠月と私は全然仲も良くなくて、SNSで絡むことなんて全くなかった。それだけじゃなくて、普段から会話することもほぼない。
しかもこれは、別に悠月がそういう性格の子ってわけじゃない。
悠月は外見はクールで知的な美少女だけれど、性格は極めて明るくフレンドリーなタイプなのだ。アイドルとしてのキャラづくりって感じでもなく、楽屋でもレッスン中でも変わらず元気な女の子だから、そりゃ外見のギャップもあって人気にもなるよなって私も思う。
面だけは超絶可愛いアイドル顔なのに、性格は陰気でやる気が表に出てこない私とは大違いだ。ここも真逆ってわけ。
そんな悠月は、グループメンバーとも仲がいい。
SNSでは一緒に撮った写真を何枚も投稿しているし、ちょっとした返信のやり取りで楽しそうに絡んでいるのもよく見かける。聞くところによると、オフで遊んでいることもあるみたいだ。
だけど、私は全然そういうことがない。
人気者への僻みで、勝手な被害妄想なんじゃないかって思ってちゃんと確認したこともあるけれど、やっぱり私が悠月と撮った写真なんてどこにもない。私のスマホにも、多分悠月のスマホにも。
他のメンバーが撮った三人以上で映っているやつとか、仕事で撮ったものならいくつかあるけれど、プライベートなツーショットが一枚もないってのは、あの悠月相手だって思うとちょっと不自然だとすら思えてしまう。
私、嫌われている? ファンからだけじゃなくて、グループの仲間からも見向きされてない? ――でも悠月以外の子とはけっこう普通に仲いいんだよね。当社比だけど。
もしかしたら私が不人気すぎて、プロデューサーの千歳さんから「悠月はあいつとあんまり関わるな。人気に悪い影響でるかも知れないし」って釘を刺されたんじゃないか。毎夜眠る前に、悠月のフォロワーが一万人くらい私のとこに移動してほしいって祈ることがあったから、あながち間違った心配でもないんだけど。
ただそんな距離感の中、悠月に活動再開するよう説得する役目が私でいいのか。
「本当に私でいいです? ……千歳さんが行ったほうが」
「あたしはもう何度も行ってるって。当たり前だろ。センターアイドルがたいした理由もなく活動休止してんだから、プロデューサーとして全力で復帰するよう説得してるって」
「……あー、なんか私との扱いの差で泣きそうです」
「泣くな。実力社会だ」
かたやクビ宣告された不人気アイドル。かたや活動休止だけで何百万というファンに悲しまれて少しでも早い復帰を願われる超人気アイドル。
どこでこんな差が生まれるんだろう。
「あたしはもう行き過ぎてダメだ。あの手この手も試したけど、全然効果なかったし、次行っても多分もう門前払いだろうから」
「……はぁ、そんなに頑ななんですか。そもそも悠月さんってなんで活動休止なんです?」
「あーそれは……。まあ、そこら辺もできたら本人に会って聞いてくれ。あたしも、実を言うとはっきりしたことまでは聞けてなくて。それで、
「それは、いいですけど」
悠月の活動休止理由は、私含めてメンバー全員知らされていない。
突然の休止で、みんな驚いてて、もちろんファンだけじゃなくてメンバーからも悠月の復帰は願われている。
私だって、一応そうだ。ほとんど絡みはないし、妬ましいという気持ちもあるけれど、グループのセンターアイドルが抜けていては、恒星ウェスタリスの人気低迷にもなりかねない。
ま、私がセンターを争うような立場ってわけじゃないのもある。雲の上くらいの人気があるし、いなくなってラッキーよりも、早く復活して私の人気も押し上げて! って気持ちだ。はぁ、悠月なんで私とSNSで絡んでくれないの。
千歳さんは、今さっき『たいした理由もなく活動休止』と口にしていた。私達よりは何か聞いているんだろう。何度も彼女の様子を見に行って、説得もする間になにか聞いたのか。それで、薄らとだけど休止理由も推測できているんだろうか。
正直、メンバーやファンの中では悠月が体調不良で突然に活動休止したんじゃないかって思われていたくらいだ。
そりゃ、本当に唐突だったし、理由の説明もないんだから、そう思うのも無理はない。一応、事務所からの発表では『体調不良などではなく、月岡悠月本人の諸事情による問題』と報告されていて、『弊社も、彼女のいち早い復帰を全力でサポートしますので、どうか今後とも月岡悠月の応援をしていただけますと幸いです』みたいなことも書いてあった。
そういうわけなんだけど。
それで、なんで私が悠月の説得に行かされるのか。
――あれ、つまりそれって私が悠月の活動休止理由ってこと? だから頭下げてこいって?
私と悠月は、単に特段仲がいいわけじゃないって思っていたけれど、もしかしたら嫌われていた?
そういうことだったらつじつまが合う。悠月は私のことが嫌いだから、他のメンバーとは違って避けていた。だからSNSで絡んでくるわけないし、一緒に撮った写真もないし、ましてやオフでまで顔を合わせて遊ぶなんてあるわけがない。
でもなんで、私、悠月に嫌われるようなことした? 後輩なのに、年下なのに顔が可愛くて生意気とか? いやでも、私メンバー内でそんな自己主張してない陰の者だし、あんな太陽みたいな人気者に目をつけられるような覚えない。
むしろ、あいつみたいなのがウェスタリスのメンバーだとグループの品格に関わるんですけど、みたいな言い掛かりのほうが納得できる。『恒星ウェスタリスのメンバーに一人だけ邪魔者がいまーす。みんな誰って言わなくてもわかるよね?』ってこれとほぼ同じことさっき千歳さんに言われてるよ。
うわ、泣きそう。人気ないだけで、私だって全力で世界一可愛い顔しているのに。
冗談は顔だけにして。
私も顔は完璧だけれど、それ以外は中々欠点も問題も多いことは重々承知している。……胸とかないし。
性格も、千歳さんみたいな大人相手にはずばずば言えるくせして、同世代とかは何故か苦手だ。あんまり積極的に話せなくて、根暗な部分が目立ってしまう。
違うんだよ、学生生活の大半を、早く役者になりたいのにって抑圧された欲望と戦いながら、映画とか舞台とか鑑賞しまくってインドアになっちゃったんだ。海外ドラマとかあれ面白いやつほど何シーズンもあるの罠でしょ。
全然観終わらないし、観るの止められない誌で、睡眠時間削って夜な夜な観ては、放課後速攻家帰ってまた観てみたいな生活してたせいで、私の青春は灰色だよっ!! 友達とかほとんどろくにいなかったけど、映画も舞台もドラマも国内外問わずめちゃくちゃ詳しくなっちゃったよっ!!
◆◇◆◇◆◇
この世の不条理にいろいろ文句は言いたかったけれど、おとなしく千歳さんの交換条件を飲んだ私は『ここ行けば悠月に会えるから』と渡された住所へ向かった。
人気がない私にソロでの予定はなく、レッスンのない今日は時間もあったのでそのままの足だ。フットワークの軽さが悲しい。
何駅か電車に乗って移動する。伊達眼鏡と帽子はかぶっているけど、世界一可愛いアイドルがいたら誰か気づかないのかなーって毎回思うけど驚くくらいみんな無視してきた。知名度が低いと本当に自由だ。
でも別に、世間から知られてなくってもナンパくらいあってもいいんじゃないのか。経験が全くないってこともないけど、私はほとんど声をかけられたことがない。あれ、事務所の人にスカウトされた以外であったっけ?
他のメンバーに聞くと、『デビュー前とかは無警戒だったからけっこうナンパされてたー』みたいな話をよく聞く。なるほどね、警戒か。私はしたことないけど、どういうこと?
ここまで来ると私は本当に可愛いのかって、不安がわいてくるときもある。
だけど雑誌ではちゃんと世界一に選ばれたし、たまに私の写真がSNSでバズっているのも見かける。顔の人気は間違いない。私ももっと自分のSNSに自撮りとか投稿したらいいんだろうか。でも自撮り難しいんだよね。下手に素材がいいから余計難しい気がする。うーん。
頭を悩ませていると、結局誰からも声をかけられることがなく目的地についた。聞いていた通り、『養成所』とだけ看板のかかった、小ぎれいなビルだ。
「悠月が養成所にいるってどういうことです? ……えっ、もしかして他の事務所で、アイドルになるとして!?」
「そういうわけじゃないんだけど……ちょっと悪い、説明難しいから行ってその目で見てきて」
ということで、こちらもまた説明を投げ出されている。
悠月がよくわからない養成所にいる理由。例えば、さっき私が言ったとおり本当に他のアイドルグループとしてデビューするつもりだっとしても、悠月なら養成所なんて通う必要はない。
むしろ講師――もしかして講師やっている!? ありえるな。セカンドキャリアとして、悠月は自分の人気アイドルとしてのテクニックを後人へ託そうとしているのかもしれない。
事実は自分の目で確かめるしかない。中に入ることにして、念のため千歳さんへ連絡を伝えると『健闘を祈る。あと名前のこと忘れないように』と返ってきた。
――名前のこと。
何故かはしらないけれど、『あーあと、これ大事なんだけど。ここついたら悠月のこと、
とにかく、真賀さんか。
中へ入ると、こざっぱりした内装で受付もしっかりある。ただし受付は無人で、仕方なく適当に歩いていた男の人をつかまえる。
「すみません、ここの人ですか? ……私、真賀さんって人訪ねて来たんですけど」
「真賀さん? えっと、あ、ほらあそこにいるよ。あの帽子の人」
「ありがとうございます!」
思いのほか直ぐ見つかって、私は教えてもらった帽子の人へ近寄る。長い黒髪を後ろでポニーテールにして、野球帽を深くかぶって、顔には大きなレンズのサングラスをしている。シンプルな服装も合わせて、少しだけオフのハリウッドスターみたいに見えた。
「え?」
見覚えがある。いや、私が探しているのはちょっと前まで一緒にアイドル活動していた悠月なのだから、見覚えがあるのはおかしなことではない。ただこの目の前にいる人物を、私は悠月として記憶していない。
私みたいな不人気アイドルだと、ファンの数も限られているから、握手会やらファンミーティングに参加してくれるような熱心なファンの顔は覚えてしまう。
――この帽子にポニーテールの人、覚えている。握手会とかイベントに毎回来てくれて、手短にだけどハスキーな声でなんか早口でいろいろ言ってくる人。
「……え? あなたが、真賀さん?」
「う、嘘、なんで継ちゃんが……」
サングラスのレンズ越しだけれど、目が合ったのだろう。帽子の人が私に驚く。私のファンだったら、そりゃ私本人がいきなり現れたら驚くと思う。だけどその驚いた声。
いつものハスキーな声じゃなくて。
「ゆ、悠月……さん?」
「あああっ!! ちょっとごめん、こっち来てもらっていい!?」
帽子の人は私の手を引いて、養成所から飛び出した。
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