底辺アイドルと主席ファン ~人気アイドルの活動休止理由がグループ最下位の私を推し活するためだった~

最宮みはや

クビ宣告受けました。

第1話

 世界一可愛いって自信は前からあったから、本当に世界で一番魅力的な女性に選ばれてもふーんってさも当然ですみたいな顔で澄ましてた。


 もちろん内心はめちゃくちゃ嬉しくて、今まで全然日の目を浴びてこなかったのは世間の見る目がなかっただけだったんだって、ほら見ろ世界!! こんちくしょうっ!!――って大声出しちゃった。


 これまでの私、アイドルの茜原継あかねはら つぐは世界一可愛いはずなのに、どういうことか全然人気がないアイドルだった。


 所属グループ自体は有名で、日本でも人気のあるアイドルグループ上位五つに入るくらいなのに、私はメンバーの中で人気最下位どころか世間的な知名度がほとんどないし、ファンも全然いない。

 それでもやっぱり間違いなく顔は可愛いから、デビューして直ぐのときはかなり注目されていた。つくったばかりだったSNSのフォローワーも何千人って増えたし、可愛い可愛いって言われてちょっと天狗にもなった。


 あんまりに私の顔がいいからって、私そっくりなんて売り文句のセクシー女優までデビューした。『アイドル○原継激似!!』なんてデカデカと書かれて名前まで『青原繋あおはら つなぐ』で、こんなこと許されていいの? って眉をひそめた。だいたい全然似てないし、私のがずっと可愛いもん。

 激似って言うならもっと可愛い子連れてきてよって、思ってたらあれから一年ほど経って今はあのセクシー女優青原さんのほうが私よりも人気になっている。

 SNSのフォロワーも私の五倍くらいいる。なんでっ!?


 こんな理不尽に不憫な目に会っていた私を見いだしてくれたのは、それまで名前も聞いたことのなかった海外の文化系トレンド雑誌だ。

 毎年発表している『今年世界を魅了した女性ランキング』で私を一位に選んでくれたらしい。聞けばそこそこ日本国内でも有名な雑誌とランキングで、去年ランクインした中には日本でも大人気の女優やモデルの名前がちらほらあった。


 だからなんで私がって気持ちも当然あってよく記事を読むと、選出理由を見たら海外のSNSで私の写真がすっごくバズってたらしい。

 海の向こうでそんなことが起きてたなんて知らなかった。パッとしないソシャゲかなんかのイベントに呼ばれて、聞いたこともないキャラのコスプレをしてステージの後ろの方で適当に突っ立っていたときのものだ。記憶にもほとんど残ってない。


 けれど写真を見てみると、確かに可愛い。私、やっぱり可愛い。世界一だ。ってなったけど、んーなんでこのコスプレ写真がってのはちょっとだけ釈然としない。普段の私もっと可愛いのに。ただこの一般人の誰かが撮ったらしい写真がブログかなにかに載っていて、それを外国人の誰かがSNSで紹介して『ワッツジャパニーズピーポーエルフ!!?(※英語は適当、世界一可愛いこの女の子は誰みたいな感じで受け取って)』と言うことで瞬く間に話題となって――最終的にはまさか名の知れた雑誌で世界一魅力的な女性として選ばれるまでになったのだ。


 写真を撮ってくれた人に感謝しつつ、見る目のある雑誌編集者諸君も大義であったとご満悦な私だったのだけれども。


 私が名実ともに世界一可愛い女の子となってから数ヶ月。


 ――私っ、相変わらず人気最下位のアイドルなんですけどっ!?


 プロデューサーの千歳ちとせさんに呼び出されたのは、そんな人生のジェットコースターを駆け巡っていたときのことだった。


 事務所の小会議室で、向かい合って座る。千歳さんはコーヒーを一口飲んでから、神妙な顔で言った。


「茜原、なんで呼ばれたかわかるか?」

「……オーディションですか? それか、次のバラエティかなにかの打ち合わせ?」

「継、お前このままだとクビだぞ」

「えええぇ!? な、なんでですか!? 人気ですか、私、人気ないからですか!?」


 一瞬だけれど、国内でも話題になった私が変わらずグループ内の人気が最下位だから悪いというのか。上げて落とされたばかりだと思っていたら、もっと深い穴底へ蹴り飛ばそうとする鬼プロデューサーの千歳さんは、コーヒーカップに付いた口紅をそっと拭ってから笑う。


「うん、わかってるじゃん」

「……そんなはっきり言わなくてもいいじゃないですか」

「あたしが言う前に、自己申告したでしょ。あたしはもっと遠回しなとこから伝えるつもりだったんだって」

「うわぁ。言わなきゃよかった。いや、今からでも遅くないんで一回フォロー入れてくださいよ。そんなことないよって、人気はあるよって」


 千歳さんはにっこりと笑って、「ないものはない」と言った。営業もするらしい彼女の、営業スマイルだ。本当に遠回しにするつもりあったの?


「茜原継、残念ながら君は人気がないのでクビだ」


 やり手プロデューサーのお姉さんは、そのクールビューティーな顔で残酷なことをもう一度はっきりと言った。鬼だ。最悪だ。なんで私がそんな、だって私は世界一可愛いのに。


 確かに、私は所属しているアイドルグループ『恒星ウェスタリス』にいる七人のメンバーの中で誰よりも人気がない。人気投票もソロCDの売り上げもいつも最下位。握手会はいつも私だけ列ができないし、ファンクラブの会員が少なすぎてファンミーティングの会場がみんなと私は違う。個人経営の居酒屋とか貸し切ってやっても、大丈夫なくらいの人数しか集まらないからね。あとはSNSのフォロワーも断トツで少ない。


 みんなずっと前に何十万人越えとかなんかで何度もお祝いしているのに、私はずっと前に一度だけ一万人越えを祝ったきりだ。もうずっとその先がない。五万人は愚か、二万人にも遠く及びそうにない。

 むしろ一度だけ一万人を割って九千人代に戻ったこともあるくらいで、そのあとなんとか一万人に巻き返したことはあるけれど、さすがにそれをまた祝ってもらうのは無理だ。プライドとかボロボロだし。


「なんでですか、私こんなに可愛いのに。世界一にもなったのにっ!! おかしくないですか千歳さん!!」

「あれ海外だと話題になってたけど、日本だとかなりディープなアイドルファンが『これ茜原継じゃね?』って騒いでたくらいだったからねー。悲しいくらい人気につながらなかったねー」

「なんでっ!! もっとみんな世界を見てよっ!! もしくは世界のみんな、私のSNSフォローしてよっ!! 英語でなんかつぶやくのにっ」


 実際問題、世界一位に選ばれ割に私自身が欠片バズっていない理由はわかっていた。


 私を一位に選んでくれた雑誌と、それを紹介しているサイトの英語文章を翻訳して読んでみると『彼女の名前はTSUGUつぐ AKANEHARAあかねはらとブログで紹介されていたが、普段の彼女については全くもって不明。幻想的な衣装を着て、どこか神秘的な表情を浮かべる彼女は、この数枚の写真で世界を魅了したが、これ以外に彼女がどんな活動をしているのか、どんな職業をしているのかは調べてもわからなかった。もしかしたらこの写真にだけ映った美の妖精なのかも知れない(※意訳)』とのことで、私がアイドルであることや恒星ウェスタリスのメンバーであることが一文字も書かれていないのだ。


 編集っ!! もっと頑張って調査してよっ!! 日本で大活躍中のアイドルだって書いてくれてたら、私の人気にも繋がってたでしょこれっ!!


 編集の怠慢を責めたい気持ちで、少し自分でも調べてみたが私のウィキだけ英語版のページがないことに気づいた。恒星ウェスタリスのページはあるし、他のメンバーの個人ページもあるのに。

 しかも英語版のウェスタリスのページだと、私の名前間違って『TOGUROとぐろ AKANEHARAあかねはら』になってたし。これで見つからなかったのか? 誰、トグロさんって誰!? これのせいで私が世界的スターになるチャンス逃したの!?


 そんなこんなで、写真だけ話題先行して一位になったものの、私本人は全くと言っていいほど注目されていないままだった。世間、見る目ないままだった。泣きそう。


 って泣くのは早い。私の人生設計は、人気低迷が理由でアイドルをクビになって終わりなんてことありえないのだ。だって私の目標は――。


「千歳さん、待ってください。社長は? ……社長もこの話聞いてるんですよね? 何か言ってませんでした、約束のこととか」


 小さい頃からの夢で、今の目標。


 私はずっと、女優を目指しているのだ。

 アイドルなのは、あくまで一時的なものって元々私も思っていた。だからクビってなっても、アイドル自体に未練があるわけではない。今も昔もアイドルって仕事は好きでも嫌いでもないくらいだったし、最初から腰掛けのつもりだった。


 直ぐにでも役者になろうって決めていて、だけど親には高校卒業するまでは学業に専念しろって言われて、でも夢だからって食いついたけど、世界的に人気な役者は子役上がりだけじゃないだろってたしなめられた。だからそれで高校卒業の年にたまたま声をかけられて、恒星ウェスタリスのメンバーになったのは、社長の言葉があったからだ。


 芸能事務所ローゼンプロダクションの社長、加賀かがさんは私のこと可愛いって「アイドルになるための顔だ!」って絶賛してくれた。「でも私、女優を目指しててだからアイドルになるつもりは……」って初めて街中でスカウトされたからってのこのこ事務所まで付いてきてしまった私は、なるだけ申し訳なさそうな演技をしつつ断ろうとした。


「役者になるつもりなら、尚更アイドルになりなよ。他でキャリアあったほうが受けられるオーディションの数だって違うし、アイドルで人気あったら監督から直接出てくれってオファーもありえる。そのまま役者になろうってすると、下積みが大変だよ? 君くらい可愛いのに、それはもったいないって」

「……そ、そうなんです? あ、でも元アイドルの女優さんってけっこういますよね」

「うんうん。うちはアイドル専門じゃないし、君がアイドルとして卒業した後の俳優業もサポートできるよ。元々ね、アイドルって若いときじゃないと中々厳しいし、セカンドキャリアってのを考えるのがうちのやり方で」

「なるほど?」


 社長の話は、私の人生設計を少しだけ書き換えるのには十分なものだった。

 アイドルとして人気になって、アイドル業の傍らドラマや映画にも出るようになって徐々に俳優業へシフトしていき、二十二歳でアイドル卒業と女優転向っていう筋書きだ。

 これなら役者としての下積みもないし、「エキストラ役なのに茜原さん可愛すぎて目立って困るよ!」っていうベタな文句も言われなくて済む。


 だからもしアイドルをクビになるなら、予定の二十歳よりちょっと早いけれど私は女優へ転向して――。


「あー、アイドル卒業したら女優転向とかそういう話でしょ? 社長、あれ誰にでも言ってるリップサービスみたいなもんでさ。ま、人気があったら実際そういう話もあるんだろうけど、茜原みたいに売れなくてクビな子まで俳優として雇い直すとかないよ」


 ちょっと書き換えただけのはずの人生設計が、ガラガラと音を立てて崩れていくようだった。

 そりゃアイドルからの華々しく女優転向なんていっても、脚光を浴びるのは元々アイドルとしても人気あるからだ。

 だけど私は顔可愛し、あるかなって思うでしょ。アイドルとしては売れなかったけど、女優としてならいきなりシンデレラガールになれるんじゃないかって期待してもいいでしょ。ねえ、それなのに。


「えぇ!? う、嘘……じゃあ、私、本当にただクビなんですか!?」

「うん。ただクビ」

「だ、だからフォローとか……してくださいよ……プロデューサーなんだから、私の人気もどうにかしてくれたっていいじゃないですか……」


 力なくうなだれる私の肩に、千歳さんの手が乗った。


「茜原、アイドル別に好きじゃないだろ?」

「えっ……いや、そんなことないですよ。ファンの人に可愛いって言ってもらえますし。……私、ファン全然いないですけど」

「それは可愛いって言われるのが好きなだけで、アイドルが好きなわけじゃないだろ? だいたいあたしが、あーしろこーしろって言っても自分に合わないんでってほとんど聞かないしお前」

「……だ、だって、将来のこと考えたら、あんまり変なことしたくないんです」


 私の目標はあくまで女優になること。だからアイドル時代に黒歴史なんてつくるわけにはいかない。キャラじゃないことはしたくないし、無理に媚びへつらって自分を安売りもしたくない。


 ――こんなプライドが、私の人気がない理由だってのもわかっているんだけど。


「でも、クビなんてそんな。だって……」


 売れなかったアイドルが、役者としてゼロから再スタートする。

 別に悪くない。悪くないけど、私が描いた完璧な計画に、こんな黒星を刻んでいいのか。嫌だ。人気がないまま終わりたくない。


「待て待て茜原。ちゃんとあたしの話を聞けって、言ったろ『このままならクビだ』って」

「……え? 言いました?」

「あれ、言ってなかったか? クビって言ったら茜原がどんな反応するか楽しみすぎて、言い忘れてたかも」

「フォローする気どころか私を苦しめて楽しもうとしてますよねっ!? 千歳さんは最低の大人だよっ!!」


 本当にこの人はやり手プロデューサーなのか。私が売れないのは千歳さんの責任もあるんじゃないのか。でも恒星ウェスタリスも他のメンバーもすごく人気あるんだよね。売れてないのは私だけ。……やっぱ私と世間の見る目が悪いのか。


「それで、このままならってことは、まだチャンスをもらえるってことですよね?」

「うん。交換条件を飲んでくれるなら、もうちょっと面倒見るし、なんだったら役者としても雇えるよう前向きに検討する。いーや、そうだな。茜原の頑張り次第で、役者として雇用契約し直すし、事務所としても全力で売り出すって約束までしてもいい」

「ちょえっ!? そこまでですか!?」


 千歳さんがあまりに好待遇を提示してきたので、思わず耳を疑ってしまう。でも待て、条件をまだ聞いていない。もしかして。


「も、もしかしてそれってあれですか。条件って、その……私に脱げとかそういう……現役アイドルに限界セミヌード写真集を出せとか」

「いやいや、ないない。お前、胸全然ないからそういう需要ほぼないし」

「だ、誰がまな板ドチビですかっ!! 無駄な脂肪のない省エネスタイルなんですよっ!!」

「そこまで言ってないけど、まあ省エネちゃんには頼みたいのは別のことだから」


 今まで水着グラビアもやんわり断っていた私としては、ほっとするような、なんか屈辱なような気分だった。


 でもそれじゃあ、売れない不人気アイドル過ぎて『毎回ジャケット背景に紛れ込んでいるけどこの人本当に恒星ウェスタリスのメンバーなの? 顔はいいけどAIが背景と一緒に自動生成しちゃった架空の人間かなにか?』ってネタ投稿がSNSでいつもの私の投稿も何千倍もバズったこの私が、どんな条件を飲めばいいというのだろうか。


月岡悠月つきおか ゆづき、いるだろ。活動休止中の。覚えてるよな?」

「さすがに覚えてますって。三ヶ月前まで一緒にグループ活動してましたし。そんな仲良かったってほどじゃないですけど」

「悠月を活動再開するように説得してきてくれ。それが交換条件。もし悠月が復帰するなら、さっきの約束は守るよ」

「え? ……悠月さんを、私が説得ですか?」


 千歳さんの話は突然だったし、どうして私がって思ったけれど、今の私に残された選択肢はなかった。

 蜘蛛の糸をつかむような気持ちで、とりあえず「わかりました」って頷いた。でも、本当になんで私が?

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