第一章⑦

     *


 幅広い歩道を行き交う人々の中で金色の頭ひとつ抜け出したサジュエルは、相変わらず周囲の人目を意図せずきつつも、歩道の端に連なるフリーマーケットのような露店を眺めていた。

 そんな彼に、銀のアクセサリーを並べた店の男が声をかける。

「お。エルフのお兄さん、カッコいいねえ!」

「ここはタリスマンを売っているのか」

「そうそう見てってよ、お兄さん。リングでもネックレスでも安くするからさ」

「ふむ」とサジュエルは、目についたネックレスを手に取ると、そのチャームに描かれた魔法陣を見るなり言う。

「なんだこれは。ひどい品物だな」

「はあ? なに言ってんのお兄さん。うちのブランドははら宿じゆくじゃ結構有名だぜ? プロの魔法士と人気のアクセ職人がコラボしててさ。デザインだけじゃなく強化付与エンチヤントも最高! って、凄え評判いいんだから」

「ならばその魔法士とやらは今すぐつえを折ったほうがいいな。こんな質の悪いタリスマンはタリスマンとは呼べない」

 あきがおのサジュエルに対し、さすがにそこまで酷評されてはけんにかかわると、男は立ち上がって詰め寄る。

「なにアンタ、けん売ってんの? うちの商品のどこがダメだってのさ?」

 するとサジュエルはチャームを男の眼前に突きつけた。

「見たまえ。まず単語のつづりが3箇所も間違っている。それに宣言文も順序が逆だ。さらに付け加えると、素材となっている銀と施されている魔法の相性も最悪だ。銀の主属性は水属性ヴアトン金属性グ ル――にもかかわらず相克である火属性エルダー強化付与エンチヤントを施すなんて、頭がどうかしているとしか思えない。『カラスは黒く塗れ』という魔法の格言を知らないのか?」

 逆にまくし立てられて、男はネックレスとサジュエルを交互に見る。

「……お兄さん、プロ? 魔法庁の人?」

「なにを言う、僕は賢者だ」

「は、はあ……」

「まあ君は哀れなほど無知なようだからこれ以上責めるつもりはないが。それと折角だから、これは直しておいてあげよう」

「は? いやちょっと――」

 男が止める間もなく、サジュエルはチャームに描かれた魔法陣に向かって、手をわしづかみのような形にしてかざす。蛇口をひねるようにその手を回すと、それに追従して魔法陣の円環部分が回り、文字が光を放ちながら変化した。

「おおお、凄え……」

「素材に合うよう金属性グ ルの身体強化魔法に書き換えた。簡易的だが少しはまともな効果が期待できるだろう」

 そう述べたサジュエルからネックレスを返されると、男は早速それを首にかけてみる。

「うお、なんだこれ!? やべー超みなぎる!」

 そして座っていた椅子をつかんで力を込めると、スチール製のパイプはいとも容易たやすつぶれた。その後も男は「やべー」を連呼しながら椅子を粘土のようにもてあそんでいる。

「……まったく、僕が眠っている間にここまで魔法が廃れていようとは。一体何があったというのだ」

 サジュエルがぼやきながらその場を立ち去ろうとした時、遠くから彼を呼ぶ声があった。

「ロッシュさーん!」

 振り向いた先には、人混みの中で小さくジャンプしながら手を振っている依吹。彼女は何度か彼の名を呼びながら、人の隙間を縫うように駆け寄ってきた。

「はぁ、はぁ……。やっと見つけ……ました」

「君か、小魔法使いくん。そろそろ来る頃だろうとは思っていたが」

「そ、そうなん……ですか……?」

 肩で息をする依吹は、少し待ってくれと言わんばかりに手を向けつつ呼吸を整える。

「ロッシュさん。実はあなたに――」

きたいことがあるのだろう? 知りたいのかね」

「どっちもです。ホラの居場所とゴブリンキングについて」

「ふむ。それは怠慢だと言えなくもないが。だがまあ今のところ、この時代で唯一まともらしい魔法使いの君に免じて、教えてあげるとしよう」

「ありがとうございます!」

 依吹は丁寧にお辞儀をしたものの、しかし人目を気にして少し声を小さくした。

「すみませんロッシュさん、捜査に関わることなのでここではちょっと。署までご同行いただけますか?」

「ああ、僕は別に構わない。丁度暇を持て余し始めたところだ」


     *


 小会議室のブラインドから浅い角度で射し込んだ夕陽が、依吹の前にある机とそこに座ったサジュエルを照らす。サジュエルは優雅に脚を組み、相変わらずの余裕の表情でもって語った。

「まず最初に言っておくが、今現在ホラがどこにいるか、ということに関しては僕にも分からない――」

 依吹は聴きながら手帳を広げてメモを取っている。

「だが見当はつく。そもそもゴブリンというのは総じて、暗く人気のない場所を好む生物だからだ。彼らは縄張り意識が強く、一度狩り場を決めたらそこから離れることはほとんどない。少なくとも目ぼしい獲物がいなくなるまでは」

「なるほど。では今も現場からそう遠くない場所に?」

「潜んでいるはずだ。それにゴブリンは猿の亜種なのだ。山道や木々を渡るような移動は得意でも、へいたんな市街地での長距離移動は考えにくい」

「うーん……。だとすると下水道? 隠れるにはもってこいだと思うんですけど」

「下水道というと地下水路か、違うな。彼らは泳ぎが苦手で水を嫌う。川や海などの水辺には滅多なことでは近付かない」

「では公園は?」

「それも違う」

 即答するサジュエルに「なぜでしょう?」と依吹。ボールペンをあごに当てて首を傾げる。

「いいかね、そもそも狩りというものには二通りのやり方がある。ひとつは自分にとって有利な場所に相手を誘い捕らえるやり方。もうひとつは自分から出向いて直接襲うやり方だ。ゴブリンが行う狩りは後者だが、長距離の移動に向かない彼らは、あらかじめ獲物の居場所に目星をつけておきたい。そのためには見晴らしの良い場所をすみに選ぶ必要がある。生物というのは、生存において極めて効率的に行動するものだ」

「見晴らしの良い場所――つまり高い所ということでしょうか」

「その通りだ。かつてはがけに近いどうくつや丘の遺跡などにいたものだが、この街の様子を見た限りではそんな場所は存在しないだろう。だが高い建物は多い」

「じゃあビルの中や屋上? でもそんな人目につく場所にいたらすぐに通報が――」

 言いかけた途中で、考えを巡らせていた依吹はすぐに答えを見つけた。

「そうだ、廃ビルだ……! 建設中や封鎖された建物なら、見晴らしもきくし隠れていても見つからない!」

 答え合わせを求めるように依吹がサジュエルの顔を見ると、彼は満足げにうなずいてみせた。依吹はそれでほっと胸をで下ろし、

「なんでこんな単純なことに気づかなかったんだろう……。いえ違う、私たちは魔獣の基本的な生態すら理解できていないんだ。だからこんな単純なことでも分からなかった……」

 自問自答して納得した様子の彼女にサジュエルが告げる。

「答えが出たのであれば、なるべく早く行動することだ。モンスターというのは、君たちのように規則や時間に縛られたりはしないのだよ」

「……! そうだ、早く二人に報告しなくちゃ!」

 依吹は慌てて携帯を取り出し、すぐさま仁悟へ電話をかけた。

「もしもし神島さん、如月です。犯人の居場所の目星が付きました」


     *


「――なに?……分かった、すぐ送ってくれ」

 助手席にいた仁悟が電話を切ると、運転中のヲーレンは前を向いたまま話す。

「嬢ちゃんか? なんか分かったって?」

「ええ。ホラは廃ビルだそうです。それか建設中のものか。どっちにしても使われてない建物です。今情報を集めてもらってます」

「なるほどな。魔獣ってぇとどうしても、公園とか自然のあるとこに行くイメージがあるが、まさかビルとはな」

 いつでも指定の場所に向かえるように、ヲーレンは最寄りの降り口を見つけて首都高を降り、そして道路脇に停車し次の連絡を待った。既に日は落ちており、暗さを増してゆく空がタイムリミットであるかのように、仁悟は焦りをみせ始めていた。

 しばらくしてスマートフォンの受信音が鳴ると、すかさずメールを開く。

「……来ました。候補は2箇所、あざろつぽん です。どっち行きます?」

「こっからなら六本木だな。所轄に連絡してから、嬢ちゃんには麻布に向かってもらえ」

「了解です」

 ヲーレンがアクセルを吹かすと同時に、仁悟が着脱式の赤色灯をルーフに取り付ける。突然鳴り響くけたたましいサイレンに周囲の人々が振り返る中、間もなく車は夜の街を疾走し始めた。

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