先代悪徳領主の嫁奪り物語 その五

 あれからニ日、私は聖女を葬るための計画を練っていた。


 まず、先日聖女に押し付けた赤兎族の少年ゴミクズだが、奴は私の期待通りの働きをしているらしく、現在、聖女の目は完全に赤兎族達へと向けられているようだ。

 なんでも、あれからが広がりを見せたようで、昨日はその対処で一〇〇回近い奇跡を行使し、精根を使い果たしたという報告が上がってきている。

 ……クククッ、馬鹿な女だ。

 あの糞食らいのために、その身を削ってまで奇跡を起こし、そして今日も医療棟に通って、汚物にまみれながら看病しているというではないか。

 そのおかげで、こうしてゆっくりと策略を練る事ができ、根回しをする余裕さえあるのだから、本当に馬鹿な女というより他はない。


 それから、ポール卿を筆頭とした使節団の連中だが、彼らは私のに快く応じてくれて、屋敷の防疫に一役買ってくれている。

 我が家の醜態であったはずのが、今や聖女を孤立させるための口実として使われているのだから、世の中何が起きるか分からないものだ。


 ……それにしても、聖女には意外と人徳が無いのだな。

 金貨を前にした、あの時のポール卿の顔……散々迷った様子だったが、私が「これで命が買えるのだから、安いものだろう」と言って脅したら、血相を変えて受け取りおった。

 クックック、自身の命と大金を対価に、聖女を悪魔に売り払うのだから、とんだ聖職者がいたものだ。

 ポール卿のような人間の屑であれば、いっその事、悪魔に宗旨替えをした方が、いいのではないだろうか?


 ……ふむ、神の下僕を堕落させ、悪魔の尖兵に仕立て上げるのも、なかなか良い案かもしれない。

 聖女を処分し終えたら、検討してみようか。


 さて、このように食中毒の赤兎族を押し付け、更には仲間を金貨で買収した事で、聖女は孤立し、疲弊している事だろう。

 策を講じる事前準備としては、上々の仕上がりだと言える。


 何しろ、相手は神の寵愛を深く受けた聖女だ。

 最悪の場合、その命と引き換えに、一時的に神を降臨させるといった事態を引き起こすかもしれず、事を急いては甚大な被害を被る可能性がある。

 そのため、確実に仕留めるには、聖女自身を消耗させる事が一番の近道だと考えられた。


 それに、聖女を始末した後の事も念頭に置いておかなければならない。

 いかなる理由があろうとも、隣国の重要人物が領内で亡くなるという事実は、ファーゼスト家を糾弾して当然の理由と成り得る。

 聖女を始末する事が出来るのならば、汚名を被る事に否やはないが、もし回避出来るのならば、手段を吟味するのは当然の選択であろう。


 何も、真正面からナイフを突き立てずともよいのである。


 まず、私は情報の封鎖をするべく、我が家の敷地から人の出入りを一切禁じた。

 元々、この屋敷は防衛拠点としても設計されているので、外部との接触が断絶した状態でも、ある程度の自給自足が可能である。

 そして現在、閉鎖されたファーゼスト家の中には、私の侍従と、ラヴァールからの使節団、そして赤兎族しか存在しない。

 しかも、使節団の人間は、聖女以外既に買収済みであるため、私の意に従わない連中は、聖女と一部の赤兎族だけ。


 ……つまり、そいつらさえ消し去ってしまえば、屋敷の中で起きた出来事は、全て闇に葬る事が出来るというわけだ。


 筋書きはこうだ。


 医療棟に運ばれた赤兎族達は、ただの食中毒を病魔に侵されていると勘違いしてしまった。

 お優しい聖女は彼らを癒して宥めようとするも、一度病魔に侵され、その恐怖を知っている赤兎族は錯乱し、聖女と無理心中を図って医療棟に火を放ってしまう。

 憐れ、聖女は自身が介護した者の手によって、御魂みたまを神の下へと返す事となり、その責任を感じた赤兎族の長老は自刃。

 残る赤兎族も聖女殺しの烙印を押して、罪人として処分を下し、そして一部の赤兔族だけは「子供に罪は無い」と言って助命する。


 結果、都合の悪い者は真実を抱えたまま天に召され、私の意を汲んだ者のみが生を謳歌する事ができるという寸法だ。


 もしも、聖女の暗殺を魔獣や野盗の襲撃に偽装した場合、私の統治責任を問われてしまうだろう。

 また、毒殺や暗殺に偽装する場合も、最終的に私の警備責任を問われてしまうため、責任を回避するためには色々と工夫が必要である。

 そのため、今回の策では、元々ラヴァール国民である赤兎族に罪を被ってもらう事にした。

 ファーゼストの民という認識が薄い今なら、こうすれば我が家への非難も幾分か軽減する事ができるし、逆に「大罪人を我が家に押し付けた」と言って、ラヴァール側を非難する事も出来る。


 私の意に従わない連中は、医療棟と一緒に消し炭となるか、断頭台の露と消えてもらい、子供の助命をする事で慈悲深い貴族を演出。

 そして、残った何も知らない赤兎族は、高級商品として出荷できるという、正に一石三鳥の策である。


 さて聖女よ、異端審問されるが如く、火炙りに処される覚悟はいいかな?

 なに、そんなに心配する事はない。

 何せ、多くの赤兎族と一緒に纏めて焼かれるのだから、寂しくはないだろうさ……


 ――コンコンコン。


「……ゲオルグ様、遅くなりましたが、仰せの通り医療棟に纏め終わりました」


 執務室に響くノックの音とヨーゼフの声によって、私は思索の海から現実に引き戻された。

 どうやら準備が整ったようだ。


「ふむ、ご苦労。……では火を放て。跡形も無く燃やし尽くすのだ」


 そして一片の慈悲も無く、冷たく言い放った。

 僅かな静寂が執務室に訪れる。


「…………恐れながらゲオルグ様、何故そのような事をする必要があるのか、お教え頂けますでしょうか?」


 流石のヨーゼフも、聖女に手を下す事は躊躇われるのか、疑問の声を上げてきた。


「貴様がそれを知る必要はない」


「しかし……」


「くどい!いつから貴様は、私に口答えできる立場になったのだ、身を弁えろ!!」


 珍しく食い下がってくるヨーゼフに一喝。

 やはり、聖女を殺す事に余程の抵抗があるようだ。


「……か、かしこまりました」


 そう言ってヨーゼフは、いつものように一礼して執務室から去ろうとした。

 その姿を見て、一抹の不安がよぎる。


 ……大丈夫だろうか?

 万が一聖女を仕損じれば、筋書きが崩れてしまい、強硬策に出なければならない。

 人の出入りは厳重に封鎖しているので、屋敷から逃げられてしまうような事はないが、面倒臭い事になるのは間違いないだろう。

 ……いや待て、相手は神の加護を持った聖女だ。

 私が直接手を下さなければ、どんな偶然が起こるか分かったものではない。


「もう良い、私が直接医療棟へ出向く」


「……はっ、仰せのままに」


 畏まって返事をするヨーゼフを従え、私は執務室を出た。


 屋敷の長い廊下は、厳戒態勢のためか酷く静かで、どこか緊張を帯びた空気に包まれていた。

 それを裂くようにして私は歩く。

 まるで戦いに赴くかのような、心地良い緊張感。


 いや、これはまさしく戦いであった。

 神と悪魔の使徒同士による、お互いの存亡を掛けた神魔の代理戦争。


 意気揚々と廊下を抜け、私は医療棟の中へと足を踏み入れた。


 寝台に力無く横たわる、数十人の赤兎族。

 鼻を突く、汚物や吐瀉物の臭い。

 肌を撫でる、生ぬるい空気。


 目の前に広がる光景を見て、私は思わず口元を歪める。


 クハハハハ、よもやこれ程多くのがいるとは……

 良いではないか!

 ヨーゼフめ、あんな態度をしておきながら、なかなかどうして、良い仕事をするではないか!!


 私は出来上がったに満足し、視線を巡らして主役の姿を探す。

 しかし、探すまでもなく、聖女はこちらに向かって歩いてきていた。

 そして、相対するなり私を睨み上げる。


「……燃やすと言うのですか?」


 聖女の言葉に、思わず驚きの声を上げそうになってしまった。

「何故それを!?」と出そうになるのを、ぐっと堪えて思考を巡らす。


 どこからバレたのだ、計画の全貌は誰にも話していないのに何故……


 すると、こちらに向けられる視線が、もう一人分ある事に気が付いた。

 目を向ければ、聖女のローブの陰に隠れながら威嚇する、一人の赤兎族の少年の姿があった。


 あれは、確か昨日聖女に押し付けた赤兎族の少年ゴミクズ

 ……そうか、こいつの仕業か。

 恐らく、執務室でのヨーゼフとのやり取りを、その長い耳で聞いていたのだろう。


「何を勘違いしているかは知らんが、別に……」


「しらばっくれないで下さい!!」


 なんとか誤魔化そうと試みるが、やはり聖女には確信があるようで、下手な嘘が通用する気配はない。


 ……どうやら、私が出向いて正解だったようである。

 あのままヨーゼフに任せていれば、事前に計画を察知した聖女に逃げられる所であった。


 よもや、執務室での会話を偶然聞いている存在がいるなどと、誰が想像できるだろうか?

 本当に、神の加護とやらは油断ならんようで、思いもよらない所から計画が崩れてしまう。


「……もし、その通りだと言ったら?」


「させません!」


 事ここに至って、計画通りに進める事は出来なくなってしまった。

 そのため、別のプランを考える必要がある。


 さて、どうしたものか……

 聖女が逃げずにいた事を考えれば、今すぐここで事を起こすには不確定要素が多すぎる。

 しかし、計画通り聖女を疲弊させる事には成功しているようで、見れば目には隈ができており、度重なる奇跡の行使と看病で、疲労が蓄積している様子が窺えた。

 しかし、気力はまだ十分のようで、今もこうして私を睨み上げ、挑戦的な態度を取っている。

 果たして、何がそうまでしてこの女を駆り立てるのだろうか。

 命の危険に立ち向かおうとする防衛本能か、それとも神の敵である私を倒さんとする信仰心か?

 ……いや、どちらも、聖女様から受ける印象からは程遠く、いまいちピンとこない。


 ――と、その時何かが繋がったような気がした。


「赤兎族を救いたいか?」


 思わず口を突いて出た言葉に聖女はピクリと反応し、その顔に動揺を浮かべた。


 ……やはりそうか!

 何十人もの赤兎族が生贄になる事を、あのお優しい聖女様が放っておくはずがない。

 つまり、ここにいる赤兎族を助けるために、聖女は私に立ち向かっているという訳だ。


「彼らには、生きる権利があるわ!」


 クハハハハハ、この女、本物の馬鹿だ!

 自身の命が狙われているというのに、この期に及んで他人の心配をしているとは。

 成る程、これは確かに聖女だ、度しがたい程に真正の聖女だクハハハハハハ!!


「ならば良かろう、神の力とやらが、どれだけ救いをもたらすか見せるがいい!」


 クククッ、という事はここにいる赤兎族を人質に出来るぞ。

 これはチャンスだ!!

 何十人もの赤兎族を聖女の足枷とすれば、さらなる疲弊が狙える。

 そして憔悴しきった所でその心をへし折り、絶望の果てに命を奪ってくれるわ!


 クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!


 私は笑みを浮かべてきびすを返した。

 去り際にポツリと呟く聖女の声が耳に入る。


「……いいわ、誰も死なせないもの」


 クククッ、やれる物ならやってみるがいいさ……


 そうして私は医療棟を離れ、辺りに誰も居なくなった所で、人知れずヨーゼフに指示を出した。


「明日は貴様も医療棟に詰めて聖女に付け……見ていたから分かっているな?」


 人質を放って逃げるような真似はしないと思うが、念のためヨーゼフを監視に当たらせ、そして、そのままこちらからの刺客とする。


「それから隙を見て、医療棟に転がっている汚物まみれのものを、一つずつ順番に始末しろ」


 無論、命乞いなど聞く気はない。

 聖女の心を折るために、目の前で一人ずつ人質の息の根を止めてやるつもりだ。

 何せまだ一六〇人もの人質がいるのだから、どこまで聖女の心が耐えられるか楽しみである。


「良いか、貴様の勝手な判断で、絶対に見逃したりするなよ。確実にここで潰す必要がある!!」


「はっ、畏まりました」


 クックック、あのような啖呵を切ったのだから、どれだけの赤兎族が救えるか見せてもおうかクハハハハ!!

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