とある聖女の華麗なる嫁入り物語 その二
ファーゼスト領の入口であるファーゼスト・フロントに辿り付くと、ファーゼスト家の護衛の方々が、私達を出迎えてくれた。
「ようこそファーゼスト領へ。聖女様方の御来訪を、心よりお待ちしておりました。ここからは、私達が案内を務めさせて頂きますので、何かございましたら、何なりとお申し付け下さいませ」
「これはどうもご親切に、私はこの一団の責任者でポールと申します。この新たな出会いに神の祝福を……」
ポールさんが代表して挨拶を述べ、聖印を切って祝福を口にするが、対するファーゼスト家の方々は、少し驚いた顔をしている。
「ポール卿……でしたか?その、失礼ですが、クロウ卿はどうかなされたのですか?」
……ああ、そうか、私達の代表者はクロウ先生のはずだから、それで驚いているのね。
「ええ、クロウは都合で急遽ラヴァールへ帰国する事になりましたので、現在は私がこの一団を任されております。急な事で、ファーゼスト家の方々には驚かせてしまい、大変申し訳ございません」
「い、いえ、そういう事でしたら結構であります、大変失礼致しました。さあ、長旅でお疲れでしょう。宿を用意しておりますので、どうぞこちらへ」
その言葉に、同僚達が色めき立つ。
何せ、ここしばらくは移動続きだったのだ。
そのため、きちんとした宿で休息を取れる事が、余程嬉しいのであろう。
しかし、喜ぶ仲間達とは反対に、私の心は不安に覆われていた。
上手く言い表せないのだが、ファーゼスト・フロントに入って以来、今まで私を優しく包んでくれていた物が薄くなったというか、遠くなったというか……
何というか、薄い紗幕のような物が、私を取り囲んでいるような感じがするのである。
――胸騒ぎがした。
何か、良くない事が起きている気がして、このままここに居てはいけないような、そんな焦燥感が私を駆り立てるのだ。
宿へと案内される道中、私は意を決してポールさんを呼び止めた。
「あの、ポールさん、先を急ぐ事はできませんか?」
私の一言に、足を止めて振り返るポールさん。
それにつられて皆が移動するのを止め、視線が私に注がれる。
「急にどうしたんだいアメリア?そんなに焦らなくても、明日には着くんだから、今日はゆっくり休みま――」
「――ダメです!ここに居てはいけません!!」
私はポールさんの発言を遮るようにして否定し、その袖(そで)を掴んで、正面から見据えて強く訴えた。
「…………」
皆から伝わってくる、困惑の感情。
しかし、ここで引いてしまう訳にはいかない。
「……理由を聞いても?」
「分かりません!胸騒ぎがするんです!!」
優しく問いかけてくるポールさんから、目をそらす事なく言い切る。
明確に言葉にできる理由は存在しない。
けれど、私を包む優しい何かが、ひたすら警鐘のような物を、鳴らしてくれている気がするのである。
「…………はぁ」
しばらく睨み合っていたが、先に視線をそらしたのはポールさんの方だった。
「ファーゼスト家の方々、大変申し上げにくいのですが、どうやら聖女様に御神託が下されたようでして、これからファーゼスト・フロントを出発しようと思うのですが、宜しいでしょうか?」
ポールさんは、そらした視線をファーゼスト家の方々へと向けると、申し訳なさそうに切り出した。
「ポールさん!」
「御神託なら仕方ありませんからね……はぁ」
そう言って、もう一つため息を吐くポールさん。
すると、あちらこちらからも、同じようなため息が聞こえてくるではないか。
見回してみれば、他のみんなも『やれやれ』と言わんばかりの表情をしており、それらの姿がどこかクロウ先生を彷彿とさせ、ちょっと居心地の悪さを感じさせる。
「そ、そうです御神託です!神様が私に『先に進め』とお告げになったのです!!」
うんうん、御神託があったんなら、ゆっくりしている訳にはいかないよね。
……始めから、そういう事にしておけば良かったわ。
さすがポールさん、冴えてるぅ!
そんな事を考えながら周囲に目をやると、皆は、何故か揃って、もう一度ため息を吐いていた。
何なのだろうか、この疎外感は……
「そういう事でしたら、すぐに出発致しましょう。今から出発すれば、何とか今日中には屋敷に着く事ができるはずです」
ファーゼスト家の方々は、そう言うが早いか、すぐに準備に取り掛かり始める。
その様はキビキビしていて、見ているだけでも練度の高さが感じられる程であり、彼らはあっという間に出発の用意を整えてしまった。
「……さすがは、噂に名高いファーゼストの兵ですね」
思わず呟かれたポールさんの言葉に、私は心の中で同意をしておく。
「さぁ、急ぎましょう。御神託が下される程の大事であれば、一分一秒を争うかもしれません!」
ファーゼスト家の方々は、用意した馬車に私達を積み込むと、急げとばかりに馬に鞭を打つ。
……なんか、ちょっと大事になっている気がするけれど、大丈夫かしら?
胸に手を当てて『何か』に問いかけてみるが、相変わらず漠然とした焦燥感が募るばかりである。
「もし、これで何も無ければ、後でクロウ先生からお説教ね」
「はははは、その時は、責任者の私も一緒に叱られてあげますよ」
朗らかに笑うポールさんの姿が、今はとても頼もしく感じる。
心のどこかで、クロウ先生が不在の現状に、心細さを感じていたのかもしれない。
「お揃いだなんて、ちょっと素敵じゃないですか?」
私は、軽口を言って気合を入れ直す。
もしもこの焦燥感が本物なら、きっと、これから大変な出来事に巻き込まれるのだろうから。
「そうですね、聖女様とお揃いだなんて、とても楽しみですね」
でも、もしもこの私の胸騒ぎが杞憂であれば、それに越した事はない。
ポールさんもそれを期待しているのか、こうして私の軽口に付き合ってくれている。
だけど……
私は自分の手をギュッと握って、漠然とした不安を追い払おうとした。
馬車がファーゼスト家に近付くにつれ、焦燥感はどんどん強さを増していく。
まるで、そこにとても危険な『何か』が存在するとでも言うかのように、頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響く。
……間違い無いわ。
あの屋敷は、とても嫌な感じがする。
「……ポールさん、後の事は宜しくお願いします!」
私は居ても立ってもいられなくなり、ファーゼスト家の屋敷に到着するなり、馬車の中から飛び出した。
「ちょっとアメリア!どこに行くんですか!?」
背中から聞こえる声を無視し、わずかに開かれた門の間に身体を滑り込ませて走り抜ける。
勢いそのままに正面玄関を突破し、無作法を承知で屋敷の中を探索していく。
嫌な感じの
とても嫌な感じはするものの、漠然としており、具体的にどこが嫌なのかが分からない。
……旅の疲れが出ているのだろうか?
ファーゼスト領に到着して以来、どうにも調子が悪い。
――どれだけの間、そうして走り回っていただろうか。
突然飛び出した私を探すためか、辺りが騒がしくなる中、屋敷の喧騒とは違った種類の慌ただしさが、私の目に飛び込んできた。
廊下の先では、具合の悪そうな赤兔族の少年が床にうずくまっており、付き添いの青年が彼を介抱していたのである。
「――大丈夫か、しっかりしろ!すぐに医寮棟に連れて行ってやるからな!!」
「うっ……おぇぇぇぇっ!!」
黄色く透明な水のような
間一髪の所で、それは青年が持っていたバケツによって受け止められた。
恐らく、何度も吐き戻しているのであろう。
赤兔族の少年は相当消耗しているようで、ぐったりとしており、介護の手も無しには、立つことすら覚束ない様子。
……ずっと感じていた嫌な感じは、これだったのね!
「その子を私に見せてちょうだい!!」
私はすぐさま駆け寄り、赤兔族の少年の容態を確認し始める。
「えっ?
――大丈夫、まだ命の火は消えていない、これなら間に合う!!
私に掛けられる声を無視し、今は一秒でも早く神に届けと、一心に祈りを捧げる。
一〇秒……二〇秒…………
やはり、いつもより調子が悪い。
奇跡が発動するまでに、二倍近い時間がかかる。
それでも神に祈りを捧げ続け、幾つもの奇跡を重ねていくと、赤兔族の少年は、みるみる内に生気を取り戻していった。
「……ふぅ、これで一安心ね」
最後に『
「あの……失礼ですが貴女は、噂に聞くラヴァールの聖女様ではございませんか?」
そうして、安堵の息を漏らしていると、真剣な表情で私に詰め寄る人間がいた。
先程、赤兔族の少年を介抱していた青年である。
……って、この人ファーゼスト家の侍従じゃない!!
あわわわ、どうしようどうしよう。
私ったら、貴族様のお屋敷を無断で走り回っちゃって……これって大問題よね?
ひょっとして、外交問題にまで発展しちゃう?
「あっ、え〜っと、その…………」
まずいよね〜。
いくら緊急事態だったとはいえ、絶対に怒られるよね?
私が口を濁していると、ファーゼスト家の侍従は私の手を取り、有無を言わさない雰囲気を出し始める。
「大変恐縮ではございますが、私と一緒に来て頂けませんか?」
……あっ、やばい、これはきっとダメなヤツだ。
「えっと、実はその…………あっそうだ、御神託よ!御神託が下ったから、今私はここにいるのよ!!」
そうよ、私は聖女なんだから、とにかく御神託のせいにしておけばいいのよ。
ふふ〜ん、私は学ぶ女ですからね!
「おお、やはりそうでしたか!この場に聖女様に遣わして下さったのは、正に神のお導きなのですね!!」
涙を浮かべて、大仰に感謝を述べるファーゼスト家の侍従。
確かに、あのまま放っておけば、赤兔族の少年は死んでいた可能性が高かったけれど、この感謝のされ方は、ちょっと行き過ぎではないだろうか……
「そ、そうです!神は、決して貴方達を見捨てたりは致しません」
ま、まぁ、とにかく、私の暴挙を誤魔化す事ができたのであれば、万事オッケーかな。
取り敢えず、その場は微笑を浮かべて切り抜ける事にした。
すると、ファーゼスト家の侍従は、勢い良く頭を下げてみせる。
「あ、ありがとうございます。これで、他の九人も救えます!!」
「…………えっ?」
私の頭の中では、未だに警鐘が鳴り響いていた。
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