先代悪徳領主の嫁奪り物語 その三

 朝食を取った後、私は軽い運動も兼ねて外を散策する事にした。

 ラヴァール産の林檎を齧りつつ、目的地へと足を向ける。


 屋敷を出て、少し歩いた所にある練兵場。

 いつもは、ただ広いだけで何もない無いそこに、今は何十ものテントが張られており、仮設の村落が出来上がっていた。


 住人はもの、赤兔族と呼ばれる獣人。

 兔の耳と赤い瞳が特徴の、獣混じりの人種である。


 ……しかし、こうして彼らの姿を見てみると、『出来損なった人間』という評価を改めなければならないのかもしれない。


 赤兔族は大人であっても、少年・少女のような体躯であり、皆が愛くるしい容姿をしているため、非常に庇護欲を掻き立てられる。

 そこらの人間かちくより……いや、下手をすればそこらの貴族よりも、余程整った顔立ちをしており、しかも寿命が尽きるまで、それらが一切衰える事はないというではないか。


 強靭な生命力、優れた容姿、そして老いない身体。


 ……素晴らしい!

 これ程までに素晴らしいが、未だかつて私の手元にあっただろうか?

 出来損なった人間?

 とんでもない、奴らは最高の『愛玩動物ペット』だったのだよ!


 クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!


 ……さて、そんな最高級の商品だが、その管理には細心の注意を払わなければならない。

 リターンにはリスクが付き物で、奴らには聖女という名の厄介な監視が付いているからだ。


 先程、聖女らの一団がファーゼスト・フロントに到着したとの報せが入った。

 恐らく、明日には視察に訪れる事であろう。


 そのため、受け入れた難民達に何か問題があっては、私の責任問題に発展してしまうので、こうして私自らが見て回っている次第だ。


 目の前には、赤兔族の何気ない暮らしが広がっており、特に問題が起きている様子は無い。

 この様子であれば、聖女らの監査は問題無くやり過ごす事が出来るであろう。


 私は眼前に広がる風景に満足し、そのまま散策を続けた。


 それにしても、何度見てもこの習性だけは慣れないな……確か『食糞』と言ったか?

 肉を食べない獣人の中には、良く見られる文化らしいが……いくら最高級の商品といえども、所詮は獣混じりだったという事か。


「全く、汚らわしい……」


 私はその文化に吐き気を覚え、食べかけの林檎を、その場に投げ捨てた。


「――おぉ、ゲオルグ辺境伯ではございませんか!」


 そうして散策する内に、私の姿を見つけたのか、声をかけてくる存在があった。


「長老か、どうだ疲れは癒えたかな?」


 見た目は、一三歳ぐらいの少年でしかないが、彼は赤兔族の最年長であり、一族をまとめる長老という立場にある人物だ。


「ええ、十分に休ませて頂きました。どうですか、そろそろ我々にも、何かお役に立てるような事はございませんか?」


 長老はそう言って、期待するような眼差しで見上げてくる。


「無理はするな、差し当たりはだけで結構だ。この地での暮らしに、少しずつ慣れていけば良い」


 しかし、私は長老の申し出をやんわりと断り、一族全体をいたわっているように見せた。

 何せ、もう既に一〇人もの赤兔族しょうひんが、奉公という名で出仕しており、ファーゼスト家で教育しつけを受けているのだから。

 クククッ、これ以上やり過ぎては、聖女達の目を誤魔化せなくなってしまうからな。


「お気遣い下さり、誠に感謝致します。……それでどうですか、奉公に出ている子達は元気にしていますか?」


 長老が探るような言葉を向けてきたが、私はそれに動揺する事なく、当然のように頷いて答える。


「無論、元気にやっているとも」


 その言葉には、一片の嘘も無い。

 本格的な教育しつけは何一つ始まっていないのだから。

 これから聖女達の監査があるというのに、手荒な真似をして、摘発される危険を負う必要が、どこにあるというのか。


「できればその、直接会いたいと思うのですが……」


 しかし、目の前の長老しょうねんは不満があるのか、言葉を濁しながら、この私に意見を述べてきた。


「む、それはいかん、彼らは今が一番大事な時期であるし、そもそも奉公人は、自由に里帰りができる物ではないのだ」


「そこをなんとかなりませんか?」


 やれやれ、私に飼われている愛玩動物ペットの分際で、飼い主に口答えをするとは、躾がなっていないな。

 これは、誰のおかげで衣食住が保証されているのか、主従関係をしっかりと教育しておく必要がありそうだ。


「ならん!これがサンチョウメ王国の文化なのだから、慣れて貰わなければ困る。こちらにも事情があるのだから、そこは諦められよ」


「……そう、ですか。かしこまりました」


 そう言うと、長老しょうねんはどこか気落ちした様子で、村落の中へと戻っていった。


 ……クククッ、チョロいな。

 所詮は草食動物の獣人、ちょいと脅かしてやれば、すぐに大人しく言う事を聞く。

 この様子なら、商品を売り払った後も「勉強のために、別の貴族の所へ奉公に出た」とでも言っておけば、上手く騙す事ができるだろう。

 あとは、王国貴族の変態共から、大金をせしめてやればよい。


 明日には聖女がやってくるが、何一つ問題はない。

 私にやましい所など一つも無く、兔の教育しつけもまだ本格的には始まっていないのだから。


 そうして、散策は無事に終わり、それ以降は特に何事もなく日が暮れていったのだった。










 ――しかし、事件は日が暮れてから起きた。










「た、大変ですゲオルグ様!食中毒です!!」


 その日の夕食を取ろうと、食堂の席に着いたばかりの私に届いたのは、とんでもない報せだった。


「何だと!?」


 しかも、詳しく話を聞いてみると、食中毒は屋敷にいる赤兔族しょうひんの間で広まっているというではないか。


 いかん、これが聖女達に知られてしまえば、私の管理不行き届きと見なされてしまう!


「良いか、その者らを纏めて、どこかに押し込めておけ!絶対に外へ出すな!!」


「は、はいっ!かしこまりました!!」


 私は、伝令にやってきた侍従に言い付け、事態の隠蔽を図る事にした。


 ちぃっ!一体何故このタイミングで、食中毒など起きるのだ。

 まずい、これはまずいぞ……

 屋敷の赤兔族しょうひんが見つかるだけならば、ただの奉公しごとだと言い訳が立つが、彼らが食中毒を引き起こしたとあっては、もはやファーゼスト家の責任は免れない。


 厨房の担当者を処分して、体面を保つか?

 いや、平民かちく一人を生贄に捧げたとしても、どうにかなる問題ではない。


 ……ならばやはり、この事態の原因その物を取り除いてしまうのが最善手か。

 我が家にをもたらす奉公人など、それはもはやと同義である。


「ヨーゼフ、汚物びょうにんを纏めて始末しろ……」


 幸いにして、時間はまだある。

 この世から消し去ってさえしまえば、兔の一〇羽程度、後から言い訳などいくらでも可能だ。

 多少は疑念を持たれるかもしれないが、決定的な証拠を掴まれるよりは、よっぽどましであろう。


 そう考えて、ヨーゼフに指示を出していると、先程伝令にやってきた侍従がまた戻ってくるのが見えた。


「あ、あの、ゲオルグ様……」


「今度は何だ!?」


 このボンクラめ、この緊急事態に、何をもたもたしているのだ。

 さっさと証拠びょうにんを一纏めにしておかぬか!!


「ひっ!そ、その、聖女様ら御一行が、到着なされたそうですが、いかが致しましょうか?」


「何だと!!」


 何故、奴らがもう到着しているのだ!?

 ……まさか、ファーゼスト・フロントで休息を取らずに、そのまま出発してきたというのか?

 ええい、次から次へと厄介な……


「ヨーゼフ、取り敢えず汚物びょうにんを一纏めにしておけ!良いか、最優先だ!!」


「かしこまりました」


 優秀な我が家の家令は、一礼すると静かにその場を後にした。


 とにかく、今は時間が無い。

 証拠びょうにんが見つからないように、隠し通す事を最優先とし、なんとか聖女の監査をやり過ごさねば。


 全く、間が悪いにも程がある。


 ……いや、これも宿命なのかもしれぬ。

 何せ相手は、我が怨敵の寵愛深き者なのだから。

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