とある聖女の華麗なる嫁入り物語 その一

 その教会は、そう大きな物ではないが、良く手入れがなされており、清潔で神聖な、神の家という表現がぴったりの場所だった。

 吸い込む空気もどこか穏やかで、窓から差し込む日の光が、今日という日を、祝福するかのように照らしてくれている。


 私の目の前には、緊張した様子の一組の男女。

 頭に生えた三角形の耳をピンと尖らせ、尻尾を地面と水平に突き出して、強張った顔を私に向けている。

 二人は、今日という日のために、精一杯のお洒落をしており、お互いの手を繋いでいる姿が、とても仲睦まじくて微笑ましい。


 私は、二人の顔を交互に見合わせ、ゆっくりと誓いの言葉を唱える。


「新郎トーマスよ。あなたはエマを妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、病める時も、健やかなる時も、喜びも悲しみも全てを妻と共に背負い、いかなる困難が立ち塞がろうとも妻を愛し、共に生きる事を誓いますか?」


「は、はい、誓います!」


 トーマスは愛する人の手をギュッと握り、想いの強さを表すかのように、力強く宣誓する。

 エマは、そんなトーマスの誓いを聞いて恥ずかしそうに俯くが、尻尾は嬉しそうに左右に振られており、愛する人の手をキュッと握り返していた。


 二人の愛情の深さに心が暖かくなり、思わず頬が緩んでしまう。


「新婦エマよ。あなたはトーマスを夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、病める時も、健やかなる時も、喜びも悲しみも全てを夫と共に背負い、いかなる困難が立ち塞がろうとも、夫を愛し、共に生きる事を誓いますか?」


 私が唱える一言一句を、噛み締めるように聞き入るエマ。

 そして、声を上擦らせながら、心からの愛を誓う。


「は、はい……誓います!!」


 その目元には、大粒の宝石のような涙が浮かんでおり、二人は、お互いの想いを確かめ合うかのように、手を固く結び直した。

 歓びの雫がエマの頬を伝い、繋がれた二人の絆の上にポタリと落ちる。


「今、ここに誓約は成されました。私、聖女アメリアの名において、二人が夫婦となって結ばれた事を宣言します!死が二人を分かつその時まで、固い絆で結ばれた良き夫婦となる事を願い、二人に神の祝福を授けましょう。二人の行く末に、さち多からん事を!!」


 ――その瞬間、光が降り注いだ。


 煌めく光の羽根が舞い降りて、教会の中を埋め尽くすのである。

 私の祈りに応じた慈愛の神が、新たな夫婦の門出を祝って奇跡を顕現させてくれたのだ。


「…………」


 まるで雪のように、ひらひらと踊る神の祝福。

 あまりに突然の出来事で、呆気に取られてその場に立ち尽くす新郎新婦。


「……おほん!」


 私は、わざとらしく咳を払って二人を現実へと引き戻し、ウィンクを一つ送った。

 イタズラが成功した子供のように、茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべながら。


「「ぷっ……ぷはははは!」」


 すると、釣られるような笑い声が二つ上がり、私はそのまま、幸せそうな一組の夫婦を送り出したのだった。


 ……ふふふっ、やっぱり夫婦の絆って素敵ね〜。

 こんな大変な時代だけど、だからこそ育まれる愛情のなんと尊い事かしら。

 本当に、何回やっても結婚の誓いは、胸がキュッとしちゃうわ〜。

 どうか、あの二人が神の試練に負けず、変わらない絆を保つ事ができますように……


 生まれ故郷を離れ、知らない土地で暮らさなければならない辛さを思い、私は再び神に祈りを捧げた。


 しばらくそうしていると、どこからか私を呼ぶ声が聞こえてくる。


「……はぁ、またやらかしましたね、アメリア?」


 見ると、クロウ先生が未だに残る光の残滓を見て、ため息を吐いているではないか。


 クロウ先生は、私に色んな事を教えてくれる、とっても凄い先生である。

 でも、細かい事を気にしてばかりいて、いつも難しそうな顔をしているのが玉にきずだ。


「クロウ先生、そんなにため息ばかり吐いていると、幸せが逃げちゃいますよ?……あっそうだ、もし疲れてるなら肩でも揉みましょうか?へっへっへ、今なら安くしておきますよ、お客さ〜ん」


 私は、そう言って手をワキワキさせながら、先生の背後を取るべく回り込もうとする。


「結構です!……全く、一体どこでそんな言い回しを覚えてくるのやら」


 しかし、先生は素っ気なく断り、出来の悪い生徒を見るような眼差しをこちらに向けてきた。


 ぶ〜ぶ〜!

 こんな出来の良いお利口な生徒に、そんな態度は無いと思いま〜す。


「はいはい、分かりました。……で、これから診療を行ないますが、まだ祝福は十分に使えますか?」


 そう言って、私の頭をポンポンと優しく撫でるクロウ先生。

 その表情が幾らか柔らいでいる事に、ちょっとだけホッとする。


「えへへ、これでも私は聖女ですからね。あと一〇〇回は余裕で奇跡を行使できますよ〜」


 クロウ先生は、ちょ〜っと目を放すと、すぐに眉間に皺を寄せるんだから……全く、困った物だわ。


「では、早速向かいましょうか」


 そう言うが早いか、クロウ先生は踵を返して、教会に併設された臨時の診療所へと足を向ける。

 私はその後を追って駆け出した。


 先程の結婚式のように、神事を行って、王国に受け入れられた難民達を慰問する事は、私達の大事な役目の一つだが、何よりも重要なのは、彼らの中にラヴァールに蔓延はびこる病魔が紛れ込んでいないか、目を光らせる事である。


 王国に避難してくる前に、健康の確認は行っているはずだが、この病魔は隠れるのが上手く、取り憑いて何日も経ってから宿主に牙を剥き始めるため、見つける事は非常に困難。

 しかし、私には病魔の気配が何となく感じられるため、一人一人を直接診察して、その存在を探っていくのだ。


 私は、この領地にやってきた五〇人程の難民を診ていき、それらを健常者と体調不良者と、それから病魔に取り憑かれている人とに分けていく。


 ……うん、大丈夫。

 他に嫌な雰囲気を纏っている人はいないわね。


 私が発見した病魔の保有者は、全部で八人。

 まだ潜伏している段階なのか、その中に症状を訴える者はおらず、私から処置を受ける事に、全員が首を傾げていた。


 私は、通常の二倍に威力を高めた『復調キュア・コンディション』で彼らの病魔を祓い、難民全員に『耐病レジスト・ディジーズ』を唱えて予防を行い、無事に対処が完了する。

 それでも、まだ行使できる奇跡の数に余裕があったため、私は他の体調不良者を癒やして、この地での診療を終えた。


 ……八人か、思ったよりも多かったけれど、発症する前で良かった。


 私は、病魔による死者が出る前に手が打てた事に安堵し、神に感謝の祈りを捧げる。

 恐らく、この地に私達が訪問するまで、時間が経っていた事が、病魔の保有者が多かった原因なのだろう。

 全部で一三もの領地を回らなければならないのだから、時間がかかるのは仕方が無い事なのかもしれない。


「……でも、あと一つ!」


 残る最後の地で生きる同胞の事を思い、私は人知れず意気込んでいた。


「そう、あまり気を張るものじゃありませんよ?」


 しかし、突然背後から聞こえたクロウ先生の声が、私の逸る気持ちを諌めてくれる。


 私が振り向くと、同時にクロウ先生が私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。


「…………もう、子供じゃないんですから」


 昔から変わらないその態度に、口を尖らせて拗ねてみせるが、クロウ先生は呆れるばかりで、真面目に取り合ってくれない。


「はいはい。エルフの私から見れば、人間なんてみんな子供みたいなものですよ」


 む〜、花の乙女に対してこの対応はどうなのかしら?

 そりゃ、私がおしめをしている頃から、お世話になってはいるけど、一体いつになったら、一人前として認めてくれるのやら。


「ほんっと、クロウ先生って無神経なのね。そんなだから、未だに恋人がいないんだわ」


 なんか悔しかったので、そう指摘してみると、クロウ先生はムキになって否定し始める。


「寿命の長いエルフを、人間と一緒にしないで下さい。それに私は、恋人がいないのではなく、作らないだけです!」


 ほんと、やれやれだわ。

 そんな事を言って婚期を逃す人がどれだけいるか、知っているのかしら。


「それに比べて、先程夫婦になった二人の、なんと素晴らしいこでしょうか。お互いを想い合う深い愛情、そして生涯を共にする誓いの言葉……キャー、もう素敵〜♪」


「……はぁ。はいはい、もう分かりましたから、今日はもう休みなさい」


 そう言って、また眉間に皺を寄せながら、目頭の辺りを揉み始めるクロウ先生。


 ……やっぱりクロウ先生は、なるべく早く面倒見の良いお嫁さんを貰うべきだわ。

 そしたら、クロウ先生の気苦労ももっと減るに違いない。


「ああそうだ、私は明日ラヴァールに帰らなければならないので、ファーゼスト領には私抜きで向かうように」


 私が考え事をしていると、クロウ先生が思い出したように口を開いた。


「えっ、クロウ先生だけ、一人で帰っちゃうんですか?」


「ええ、ラヴァール国内でやる事が溜まってきていますし、ファーゼスト領は遠く、旅程も長くなるので、私だけ先に帰る事になりました」


「……分かりました、ファーゼスト領の事は私に任せて下さい!」


 突然の事にちょっとだけ驚いたものの、クロウ先生に認められたみたいで、どこか誇らしい。


「私がいないからといって、気を抜かないように」


「は〜い」


 気なんて抜くもんですか!

 ここでバーンって決めて、バシッとやれば、きっとクロウ先生だって、私を見直すに違いないわ!


「ちゃんと他の人の言う事を聞いて、邪魔をしないように」


「は〜い」


 むっ、私がいつ誰の邪魔をしたって言うのよ。

 いつも、先生の言う通りにしているじゃない!


「調子に乗って過剰な祝福を施したり、ところ構わず奇跡を振りまいたりしないように」


「……は〜い」


 うっ、それを言われるとちょっと自信が……

 で、でも、そんなのケースバイケースよね、臨機応変だって、先生もいつも言ってる事だし……ね?


「あと、間食は控えるように、特に夜中の摘み食いは厳禁ですからね?」


「……」


 今、それを言っちゃいますか?

 今、それを言う必要ってありましたか?

 ねぇ?


「それと、後の事はポールに任せていますので、彼の指示に従うように。それから……」


「もう先生!私は子供じゃないんですよ!!」


 黙っていると、このままいつまでも続きそうな気がしたため、私は抗議の声を上げた。

 このままお説教コースだなんて、絶対に避けたい未来である。


「……そう、ですね」


 そう言って、どこか寂しそうな顔をするクロウ先生。

 ……あっ、これはあれだ、また何か難しい事を考えているに違いない。


「そりゃ、エルフのクロウ先生から見たら、私なんて子供みたいなものかもしれませんけれど、これでもちゃんと成長しているんですよ?私に任せて下さい!」


 そう言って、私はえへんと胸を張ってみせる。

 すると、クロウ先生は胸に溜まった息を吐き、少し迷うような素振りを見せた後、口を開いた。


「…………それとアメリア、ファーゼストの訪問が終わったら、君に大事な話があります。ラヴァールに戻ったら、私の所まで顔を出すように」


「あっ、はい。分かりました!」


「では、部屋に戻って休みましょうか」


 クロウ先生は一つ頷くと、用意された部屋へと私を案内し、それから自分の部屋へと戻っていった。

 これから帰り支度を始めるのだろう。


 ……さて、私もしっかり体を休めなくちゃ。


 次の地は、辺境と呼ばれる地にあるファーゼスト領である。

 しばらくは移動が続くため、体調を整えておかなければならない。

 聖女が体調不良で動けなくなったら、クロウ先生にも笑われてしまう。


 私は、体を拭いて身を清めると、部屋着に着替えてそのまま寝具に横になった。

 これまでの長旅と、度重なる奇跡の行使で疲れていたのであろう。

 目を閉じるとすぐに意識が遠のき、眠りのふちへと、転がるように寝入ってしまった。

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