先代悪徳領主の嫁奪り物語 その二

「――卿らの寛大な御心に感謝致します。それでは教会からも、聖女を含む使節団を派遣する事で、友好を示したく存じます」


 若きエルフから提示された使節の派遣。

 ……どうやら、クロウ卿には我々の思惑が見えているようだ。

 でなければ、教会内部でも発言力の高い、聖女という人物まで持ち出さないであろう。


「聖女と呼ばれる程の人間が、この有事に国を離れては、大事に至りませんか?」


「残念ながら、事は既に一人の人間が背負える事態を超えています。それであれば、住み慣れた土地から離れて暮らす事を余儀なくされた同胞へ、できる限りの祝福を贈る事ができればと」


 私は、聖女だけでも排除できないかと反論するも、断るための理由が弱く、クロウ卿は弁を重ねて聖女の派遣を推進してくる。


 ……成る程、我々が難民を不当に扱っていれば、聖女が黙っていないと、そういう事か。


 どうにかして、クロウ卿の横槍を排除できないかと思案するが、ラヴァールからの友好を拒否する理由など存在しないため、分が悪い。

 私が対応に頭を悩ませている所に、声を上げたのは宰相のジョシュア閣下だった。


「確かに、信心深い貴国の民であれば、神のうつし身とも呼ばれる聖女様からの祝福は、何よりの心の支えになるでしょう」


 彼はそう言って、聖女の訪問を歓迎する意向を示す。

 いつもの澄まし顔からは、何を考えているのか読み取る事ができないが、恐らく『その程度であれば許容範囲』とでも考えているのであろう。

 まぁ、ファーゼスト領では難民を受け入れないので、どうでもいい内容である事も確かか。


「……では、以上の内容で、調印したく存じますが、宜しいでしょうか?」


 私はジョシュア閣下の意見を尊重し、そのまま条約を締結するよう働きかける事にした。

 私の発言に否定の声は上がらず、全員が頷いて同意を表明する。

 それを確認すると、私は二枚の書類を取り出し、その場で多少の修正を加えてからテーブルの上に並べて置いた。


 この場で為された合意を記した公文書である。


 すると、サンチョウメ王国からは、国王の代理である宰相のジョシュア閣下が、神聖国家ラヴァールからは、教皇の代理である枢機卿が席を立って私の隣にやってくる。

 二人は、私が用意した書類に不備が無い事を確認すると、サインを記し、それをお互いに交わして最後に固く手を結んだ。


「それでは、神聖国家ラヴァールとサンチョウメ王国の、新たな友好の証が誕生した事を、ここに宣言致します!」


 パチパチと送られる拍手。

 無事に条約の締結が為され、会議室の空気が一気に弛緩するのが感じられる。

 特に、ラヴァールの使者からのそれは顕著だ。

 無理もない、我々の返答如何いかんによっては、国が無くなってしまう可能性すら存在する、未だかつてない危機である。

 我が王国からの支援の有無は、そのまま自国の存亡に関わるのだから。


 私も、両国の重鎮の間に入って仲を取り持つという大役を果たす事ができて、肩の荷が下りた気分である。

 強張った肩を自身で揉み解し、一仕事終えた事を再確認する。

 見れば、他の者も同じようにしており、重苦しい空気がなくなった事で、雑談を始めている者の姿さえ見られた。


「前代未聞の災害を前に、これ程迅速な対応が可能だったのは、ゲオルグ辺境伯の人柄があったおかげでしょう。貴方という人間に巡り合えた事を、改めて神に感謝致します」


 穏やかな口調で、そう私に話し掛けてきたのは枢機卿であった。

 枢機卿は丁寧に一礼をすると、聖印を切ってみせる。


「私の力添えで、貴国を救う事ができるのであれば、光栄の極みでございます」


 私も枢機卿の感謝に対し、心からの礼を述べるべく笑顔を向けた。


 病魔に侵されている隣国の情報を得て以来、どうにか負の念を回収できないかと、介入する機会を窺っていただけに、今回の件は正に渡りに船の状況だったのである。

 私の所に話を持ってきた枢機卿には、感謝してもしきれない。

 新たな利権に加えて、御柱様へと捧げられる隣国からの苦悶の声。

 与えられた役割は大きかったが、それに見合う大きな利益も得ることが出来たのだから。


「それより枢機卿、大変なのはこれからでしょう。まだ、貴国の災害に立ち向かう準備が整ったに過ぎないのですから……実際の所は、どういった状況なのでしょうか?」


 私は枢機卿に問いかけ、猛威を振るう病魔の現状を聞き出そうとする。

 距離が遠くなれば、それだけ正確な情報を得る事は難しくなるため、どれ程の贄が捧げられるのか興味があったからだ。


 枢機卿の話によると、かなり状況らしい。


 主に海に面する地方から、じわじわと被害が広がっているようで、感染者の死亡率は実に七割を超える。

 一度症状が発症すると、数時間から一日程度という短時間で、感染者は汚物を撒き散らして死に至るそうだ。


 そして、何よりも恐ろしいのは、病魔の浸透力と抵抗力である。

 病魔は宿主を殺すだけではなく、近しい人間にも乗り移る特性を持っており、病魔に目を付けられた人間は、ある日突然死に至り、次から次へと犠牲者を増やしていくという。

 おまけに、魔術に対する強い抵抗力を有しており、並の術者による『復調キュア・コンディション』では、病魔を祓う事ができないというではないか。


 病魔への対処は困難と言わざるを得ず、村単位で増えていく死人の数。

 極めつけは、各地で散見される愚行の数々。

 感染者を家ごと焼いてしまうなどはまだマシな方で、ある村では自暴自棄になった感染者が無理心中を迫って村人を襲ったり、またある村では、生贄を捧げる事で病魔を鎮めようと、何人もの人間を殺害したりと、内容は様々。


 クックック、想像以上ではないか!

 正に絵に描いたような阿鼻叫喚。

 凄惨を極めたかのような地獄絵図。


 ……素晴らしい、全くもって素晴らしい!


 このような状況を作り出した病魔には、感謝の言葉もない。

 折角、私が支援してやるのだから、ラヴァールにはできるだけ長く、そしてできるだけ多くの苦悶を御柱様に捧げてもらわなければ、クハハハハハ!!


「……ゲオルグ辺境伯のお陰で、光明が見えて参りました。孫娘にも、ようやく明るい話題が届けられそうです」


 各地の悲惨な状況を目の当たりして、私が胸を躍らせていると、枢機卿は悲痛な面持ちを一変させ、希望に満ちた顔でそう口にした。


「御令孫というと、確か先程の話題にも上りました、聖女様でしたか?」


 ……聖女か。

 我が怨敵の加護を受けた真正の聖女であり、ラヴァールを蝕む災厄の中において、人々に希望を齎す忌々しい存在。

 嘘か真か聖女の手にかかれば、病魔に侵され、死に瀕した患者も、一瞬にして生気を取り戻すとか。

 まぁ、先程クロウ卿が論じたように、一人でやれる事には限界があるようだが、それでも何人もの人間を絶望から救い上げるのだから、目障りと言う他はない。


「ええ、このような状況にもめげず、明るい笑顔で皆を元気付け、神の奇跡で疲弊した人々を癒やす自慢の孫娘です」


 そう言って、相好を崩して笑みを見せる枢機卿。


「何でも、大層心優しく、その上見目麗しい、まるで天使のような御令嬢だとか?」


 私が世辞を述べると、枢機卿は更にその顔をにやけさせ、それから何かに気付いた様子で、すぐに嫌そうな顔を私に向ける。


「……いくら卿と言えども、孫娘はやらんぞ?」


 ……は?何を言っているのだ、この孫バカじじいは?

 悪魔の下僕このわたしが、聖女に懸想をするとでも思っているのか?

 全く、宿敵とも呼ぶべき人間を伴侶とするなど、悪夢以外の何物でもないだろうに。


「はっはっは、ご冗談を」


 私は、枢機卿のを笑って受け流した。

 しかし、目の前の孫バカは余程孫娘が可愛いのか、どうやら私にその気が無い事が気に食わないらしい。


「実際に会っても、そう言っていられるかな?」


 そう言って、私に挑発的な眼を向ける。


 ……ふむ、確かに直接対峙する事ができるのなら、それはまたと無い機会であろう。

 普段は隣国の奥深くで護られているため、手を出す事は困難を極めるのだから。


「そこまでおっしゃるのであれば、是非一度お会いしたいものですな。……我が領地に、難民の割当てが無い事が残念に思えて参りました、はっはっは」


 もしも、聖女が我が領地に訪問するのであれば、事故に見せかけたり、魔獣に襲われたように見せたりと、誘拐するなり謀殺するなり、打てる手立ては山程あっただろう。

 我が領地が遠方にあり、その上荒れ地ばかりで適さないとの理由から、難民の受け入れ候補地から除外されていたのだが、こんな話になるのであれば、無理矢理にでも捩じ込んでおけば良かった。


「くっくっく、他の貴族からの自慢話で我慢しておれ」


 そう茶目っ気たっぷりの皮肉を吐いて、笑顔を見せる枢機卿。

 私が逃した魚の大きさを揶揄されているようで、腹からドス黒い感情が沸き上がってくる。


 ……チッ、過ぎてしまった物はしょうがない。

 どの領地にやって来るのかは分かっているのだから、まだまだ打てる手はある。

 次だ、次を窺っていれば、必ずチャンスはやってくるはずだ!!


 そう考え、私は王国にやってくる予定の聖女について、謀略を仕掛けるべく思考を張り巡らす事にした。


 ――と、その時。


 ゴンゴンゴンと乱暴なノック共に、会議室の中に勢い良く駆け込んでくる人影があった。


「し、失礼致します!」


 人影は聖職者を表す白いローブを纏っており、我々の視線を受けると、取り繕ったような一礼をする。

 しかし、余程慌てているのか、枢機卿の姿を見つけると、そのまま駆け寄っていくではないか。


「そのように慌てて何事か?」


 枢機卿が落ち着いた口調で語りかけると、人影は跪いて何やら小声で話し始める。


「は、はい、共魔の森の……族が、…………救いを求めて…………おりまして……」


 近くにいた関係で、話し声が所々耳に入ってくる。

 どうやら、またどこぞの村が壊滅でもしたようだ。


「何っ、赤兎族が!?……それで、無事なのか?」


 人影の報告を受けて、枢機卿は急に声を荒げて人影に問いただし始める。


 一体、何がそんなに問題なのであろうか?


「は、はい、一六〇人程が確認されています」


「里の八割が無事か……しかし、それ程の人数をどう保護したものか」


 一六〇人という数字に、枢機卿はホッとした表情を浮かべるも、すぐにそれを苦々しい物へと変える。


 成る程、病魔にやられたというのに、生存者が八割いるという事実が喜ばしい反面、小さな村一つ分に相当する難民の処遇に、頭を悩ましているといった所か。


 …………これは、早速チャンスが訪れたようである。


「枢機卿、お困りのようでしたら、私が力になりましょう。是非、詳しいお話をお聞かせ下さい…………」


 これがであるならば、私がそれに添わぬ道理はない。

 ここは一つ、をしてを積むのが、としての正しき姿であろう。


 クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!

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