とある令嬢が応じる華麗なる取材

 私の名はフレデリカ。

 つい先日まで、ただの町娘だったはずなのに、どうしてこんな事なってしまったのでしょうか。


「お初にお目にかかります、私、劇作家のミクタと申します。本日はお目通りがかない、恐悦至極にございます」


 目の前では、身なりの良い男性がひざまずきながら、とても丁寧な挨拶をしてくれる。

 私は、そんな対応をしてもらう事に慣れていないので、何とも言えない気持ちになるのだけど、これからは慣れなければなりません。

 何故なら今後私は、伯爵家の長女フレデリカ=モローとして、生きなければならないからです。


「ミクタ様、顔をお上げ下さい。今日は、巷で噂になっている『黒い牙ブラックファング』様の事で、取材をなさりたいとの事でしたが、お間違いありませんか?」


 私は、言葉遣いに気を付けながら話し掛け、チラリと視線を横に向ける。

 視線の先には、年配の女性が立っており、難しい顔をしながらも頷いてくれた。

 彼女は、貴族としての振る舞いを私に教えるため、モロー家から派遣された教育係である。


 ……取り敢えず及第点は貰えたのかな?


 内心では少し不安になりながら、視線をミクタさんに戻すと、丁度顔を上げる所だった。


「左様でございます。『黒い牙ブラックファング』様の活躍を演劇にしました所、これが大ヒット。王都の劇場では、連日満員御礼の状態が続いております。……ちなみに、お嬢様はもうご覧になりましたか?」


「ええ、拝見致しました。叔父が巻き込まれた事件の真相が、あのような物だったとは、初めて知りました」


 現在公開されている芝居は、私がザックさん達と出会う前の話しなので、とても新鮮な気持ちで観る事ができました。

 そして、パウロさんが危険な目に遭っていた事を、私は劇で初めて知り、とても心配したものです。


「芝居にするにあたり、多少大袈裟にしている部分がございますので、事件とは言っても、お嬢様が気を揉む事はございませんよ?」


 ミクタさんはそう言って、茶目っ気たっぷりに肩を竦める。


「あら、そうでしたの?」


「現実をそのまま脚本にしても、面白味に欠けますからね」


 おどけた口調でミクタさんは語るが、パウロさんが、麻薬組織の片棒を担がされそうになった事を私は知っている。

 もしパウロさんが、あの時ザックさん達と出会わなかったら、一体どんな事態になっていたでしょうか?


「それで次回は、お嬢様を闇ギルドの連中から救い出した時の事を脚本にしようと思っているのですが、その時の事をお聞かせ頂けないでしょうか?」


 かく言う私も、ザックさん達がいなければ、今ここには居なかったでしょう。


「ええ、構いませんよ。そうですね、どこからか話したら良いでしょうか…………」


 私は自身のお腹を優しく撫でながら、先日の出来事を思い出していた。






 あの日、いつもと変わらない日常を過ごしていた私に、突然それはやってきました。


「貴女がフレデリカですね?私達と一緒にモロー家まで来て頂けますか?」


 突然家の扉が開かれ、何人もの武装した男達が押し入って来たのです。

 言葉遣いこそ丁寧ですが、表情は険しく、とても怖かった事を覚えています。


 彼らは、私の意思などお構いなしに家から連れ出し、私を強引に馬車に押し込むと、すぐに街から出発しました。

 時間にして数時間ほどの事ではありましたが、その時の私には永遠に思えるほど長く、馬車の中で恐怖に震える時間を過ごしていました。


 これからどうなってしまうのか?

 モロー家とは一体どこなのか?

 私は無事に帰れるのだろうか?


 決定的だったのは、彼らが私を処分する計画について、話しをしていた事でした。

 時折馬車の外からこちらを覗いて、「殺すなんて勿体ない」とか「味見」がどうだとか……今思い出しても怖気が走ります。

 私の身に何事も無かったのは、幸運以外の何物でも無かったのでしょう。


 それからしばらくして、私の乗る馬車は、何者かの襲撃を受けました。


 俄かに騒がしくなる馬車の外。

 続いて聞えてくる怒声や剣戟の音。

 今までに感じた事のない暴力の気配。


 私はここで殺されてしまうのだと、その時強く感じた事を覚えています。


 決着が付いたのか辺りが静かになり、次は私の番かと身を固くしていたのですが、しばらく経っても、私の身に危害が加えられる様子はありませんでした。


 ……もしかしたら、襲撃者と誘拐犯が相討ちになったのではないか?


 そう思い、私は馬車の中から逃げ出す事を決心したのです。

 恐る恐る扉を開けて馬車から降りると、予想した通り、私を攫った男達が地面に倒れていました。

 その事にホッとして、その場から逃げだそうとした時、私はあの方に出会ったのです。






「……ほほう、その時お嬢様を悪漢の手から救い出したのが『黒い牙ブラックファング』だったと?」


 ミクタさんは感心したような声を上げ、手元の用紙に何やら書き連ねていく。


「ええ、そうです。……ふふふ、今思うとちょっとおかしな出会いでしたね。周りには、武装した人間が何人も倒れているのに、まるで友人に挨拶するかのように『よう』と気軽に声をかけて下さるのですから」


 きっと、あの時のザックさんは、私が怖がらないように、わざとおどけた態度でいてくれたのでしょうね。

 ……それでも、パウロさんがいなければ、私はザックさんが何者かも分からず、あの場を逃げ出していたでしょうが。


「…………ふむふむ成る程。十人以上もの闇ギルドの構成員を一人で倒したというのは、やはり本当の事だったのですね……」


 ミクタさんが、なにやらブツブツと呟いているが、何を言っているのか上手く聞き取れない。


「え?ミクタさん、何かおっしゃいましたか?」


 私が声をかけると、ミクタさんはハッとして、決まりの悪そうな表情を浮かべる。


「……あっ、これは失礼致しました。私、考え事をし始めると、どうも周りが見えなくなるようでして。……それで、その後はどうしたのですか?」


「そうですね、実は私、初めはあの方が『黒い牙ブラックファング』だなんて存じませんでしたので…………」






 ザックさん達に助けられた後、私達は一度パウロさんの家に身を潜めて、これからの身の振り方を考える事にしました。

 そして、ネズミさんが言うには、私は闇ギルドに命を狙われていると言うではありませんか。


 ただの町娘である私には、闇ギルドなどという恐ろしい組織に立ち向かう事はできません。

 ですが、幸運な事にザックさんは『黒麒麟』ルドルフ様の配下だと言うではありませんか。

 それで私は、ザックさんにルドルフ様の庇護を受けられるようにお願いをしたのです。


 ……ごめんなさい、本当の事を言うと、少しだけザックさん達の事を疑っていました。

 だって、ルドルフ様の配下だというのに……その、何というか……言いにくいのですけれど『胡散臭い』のですもの。


 しかし、その時の私にとって、ザックさん達以外に、頼れる宛てはありませんでした。

 私には、自分の命を諦められない理由もあり、藁にも縋る思いで、ルドルフ様に助けを求めました。


 すると、どうでしょう。

 ファーゼストに到着するやいなや、ルドルフ様が出迎えてくれるではありませんか。

 そして、私達が跪くと、ルドルフ様はザックさん達に声をかけたのです。


「誰かと思えば、貴様か。こんな所で何をしている?」


「いや、その、あれから色々とありまして、ですね……その、実はこちらの娘を誘拐するという話があって…………」


 ……何という事でしょう。

 ザックさん達は、本当にルドルフ様の配下だと言うではありませんか。

 しかも、ザックさんの口振りから察するに、ルドルフ様から何らかの密命を受けていた様子。

 今思えば、麻薬組織を追い詰めたり、フェルディナント殿下への陰謀に対する準備をしていたのでしょう。

 そんな時に、私という厄介事を抱え込んだのですから、ザックさん達にはとてもご迷惑をおかけしたのではないでしょうか。


 しかし、ルドルフ様は私を見捨てるような事は致しませんでした。


「誘拐とは、とんだ屑共だな」


 そう言って、悪を憎む表情は『黒麒麟』と呼ぶに相応しく、とても頼りになるお姿でした。

 そして、ルドルフ様は私の顔を見ると、全てが分かったように頷き、こうおっしゃったのです。


「成る程、そういう事か。……いいだろう、私に任せるが良い」


 きっと、私の顔立ちにモロー家の血を感じ取ったのでしょう。

 ルドルフ様は、モロー伯爵家へのパーティに、当然のように私達の同行を命じ、そして全ての問題に決着を付けて下さったのです。






「……成る程、良く分かりました。それからお嬢様は、ルドルフ辺境伯のお陰で貴族の令嬢として認められ、そのきっかけを作ってくれた『黒い牙ブラックファング』に恋をしたと?」


「…………え?」


 ミクタさんは何を言っているのでしょうか?

 確かにザックさんには危うい所を助けられましたし、人柄も慕っていますが、そういうのではありませんよ?


「おや、違いましたか?…………ハハハ、これは早合点致しました。いえ、私の悪い癖でして、どうも物事を『脚本として盛り上がる』方へと考えてしまうのです。いや、失礼を致しました」


 そう言ってミクタさんは、手元の用紙に二本の線を引いて訂正を加えた。


 ……一体どんな事が書かれていたのでしょうか、少しだけ気になります。


「ふふふ。私と『黒い牙ブラックファング』様とはそういった関係ではありませんわ。歳だって離れていますし……そうね、頼れるお父さんみたいな感じかしら」


 私が、ザックさんに対する印象を口にすると、ミクタさんは困ったような表情を浮かべる。


「なるほど……ただそうすると脚本としては、イマイチ面白味に欠けてきますね。う〜ん……劇にする上で、多少脚色させて頂きますが宜しいですか?」


 ……先程の勘違いの事を考えると、ここで黙っていたら、とんでもない芝居が出来上がりそうですね。

 これは、しっかりと釘を刺しておく必要がありそうです。


「ええ、構いませんよ。ただ、私はダグラス……様との婚約が控えていますので、あまりやり過ぎないようにお願いしますね」


 そう言って私は、自身のお腹をさすって見せる。


「ダグラス様と言うと、エッジ家の?……ああ成る程、そういう事でしたか」


 ミクタは、私の言いたい事を正しく把握したようで、一つ頷いた後に、手元のメモと睨めっこを始めた。


 これで、変に脚色される事はないでしょう。

 王都で大流行している芝居だけに、もし変な噂が立ってしまったら、ダグラスに申し訳ないわ。


「…………う〜ん、となると、こういうのはいかがでしょうか?『黒い牙ブラックファング』は、助けた貴族の令嬢に恋慕の情を抱くも、相手には婚約者がいる事を知り、情と理性とに挟まれながら葛藤し、最後は叶わぬ想いを胸に秘めたまま姿を消す。……おっ、これは中々いいんじゃありませんか?」


 困った事に、この方はどうしてもラブロマンスにしたいようです。

 普通にザックさん達が、悪人達をバッタバッタと倒すお話しじゃ、いけないのかしら?


「あの、別にあの方は、そういった事を考えていなかったと思いますが……」


「いえいえ、それは存じておりますとも。これは芝居を盛り上げるための演出ですよ。観客はこれが芝居だって、ちゃんと分かってますから」


「それならいいのですが……」


 ミクタさんはこんな事を言っていますが、本当に大丈夫でしょうか?


「心配しなくても大丈夫ですよ。観客の半分ぐらいは、ウチの看板役者を見にきているような物なんですから」


「はぁ、そうですか……」


 ミクタさんの言っている事は、分からないでもありません。

黒い牙ブラックファング』役の役者は、冒険者としても通用するぐらいに身体能力が高く、彼の大立ち回りは激しく、とてもダイナミックです。

 それに、とても綺麗な顔立ちをしていて、どこか華がありますし、おまけに芝居の内容がその人気に拍車をかけています。


 ……まあ、ダグラスの方が格好良いのですけどね!


「いやー、これは盛り上がりますよ!アイツが恋に身を焦がしながら、最後には相手を想って身を引く姿を見たら、女性は『私が慰めてあげる!』って気持ちになりますからね。……今日は色々とありがとうございました。すぐに脚本を書き上げますので、もし良ければ、是非、観にいらして下さい」


 ミクタさんはそう言って、挨拶もそこそこに、そそくさと帰り支度を始める。

 頭の中にある構想を、脚本にしたくてウズウズしているのでしょう。

 その事が手に取るよう分かり、まるで少年みたいな大人という印象を受ける。


「あの、でも私は、あと一週間ぐらいで、エッジ領に戻るのですが……」


 私は、もうじきモロー領を去る事を告げるが、ミクタさんは自信に満ちた表情で私に答える。


「大丈夫です、一週間もあれば仕上がりますよ。……さて、書き上げるぞ!!」


 もうミクタの頭の中には脚本の事しか無いようで、物凄い勢いで帰って行かれました。


 あの様子だと、今日話した事もずいぶん脚色されて、芝居にされてしまいそうです。

 私とザックさんがラブロマンスを繰り広げる展開は、なんとか阻止しましたが、それ以外の部分は何がどうなるのか見当も付きません。


「…………大丈夫かしら?」


 この場にいないザックさんが、芝居の中でどのような扱いを受けるか心配ですが……まあ『黒い牙ブラックファング』の人気は急上昇しているので、そう酷い事にはならないでしょう。


 ふと視線を横にずらしてみると、モロー家の教育係が、頭痛に苛まれている様子が見て取れた。

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