とある落ちこぼれの華麗なる活躍はこれからだ!

 薄暗い会場に何十人もの人間が集まり、壇上に立つ男の姿を注目していた。


 男は怪しいローブに身を包んでおり、集まった人間の様子を見て一つ頷くと、誰かに合図をするように手を振る。

 すると、壇上からもくもくと白煙が漂い始め、次第に会場を覆うように広がっていく。


 集まった人間達は、皆何かを期待するかのように恍惚とした表情を浮かべ、会場は異様な熱気を帯び始めた。


 壇上の男は、会場の熱気が高まる様子を確認した後、大仰な身振りを交えつつ語り始める。


「諸君、気分はいかがかな?日々の生活に疲れてはいないだろうか?ままならない現実に鬱屈とした思いを抱えていないだろうか?安心したまえ、それらは全て私が取り払ってやろう。さぁ、その身を委ねるのだ!心を開き、にその全てを捧げるのだ!!」


 男の声に呼応するかのように、漂う白煙が勢いを増した。

 その様子に、会場内のボルテージが一気に高まる。


 会場にいる人間達は多種多様。

 壇上の男が語るように、日々の生活に疲れた者や、鬱屈とした思いを抱えた者。

 単純に娯楽に飢えた者や、ただの興味本位の者さえいる。

 良く見れば、お忍びの格好をした貴族の姿さえ見つける事ができるではないか。


 老若男女、更には身分の差すらあるこの集団は、ある共通の目的のために、ある種の一体感を帯びていた。


 壇上の男が怪しい呪文を唱え、その度に白煙が舞い上がる。

 それが幻想的な雰囲気を演出する中、ついに集団の期待は最高潮に高まる―――


 ―――その時、それは現れた。


「善良な民の不安に付け込み、神の薬と偽って、麻薬を王国に撒き散らす悪党はいずこか?」


「誰だ!!」


 異様な熱気を生み出す集団の中を、それは涼しい顔をしながらゆっくりと歩いて行く。


「悪党に語る名など無い。これから消え行く人間が、それを知ってどうすると言うのだ?」


 それが壇上に上がると、どこからか光が差し込んで、その姿を明らかにする。

 光に照らされ姿を現したのは、黒いマントを羽織り、仮面を被った男。

 しかし、仮面を付けていてなお、絶世の美男子である事が伺える造形をしている。

 線の細い優男だというのに、その目からは強い意思が見えるため、弱々しい印象は一切感じられない。


「……なっ!き、貴様は!?」


 ローブを纏った男は、現れた男に慌てふためき動揺する。

 どうやら仮面の男の正体を知っているようだ。


「闇の中に生きる人間は、誰にも知られずに闇に還れ!」


 仮面の男はそう言うと、黒いマントを翻し、黒塗りの鞘から剣を抜き去った。


「ええい、貴様一人で何ができるというのだ。皆の者、奴を始末するのだ!!」


 ローブの男が叫ぶと、武装した人間が何人も現れて仮面の男を取り囲んだ。

 しかし、仮面の男は余裕の表情を浮かべながら、周囲をぐるりと見て回す。

 その様子に怖気付いたのか、包囲が少しだけ広がりを見せた。


 仮面の男が一歩踏み出すと、それに合わせるかのように包囲する人間も一緒に移動する。

 どちらが場を支配しているのか一目瞭然。


 仮面の男は薄く笑みを浮かべたまま、悪党達に終わりを告げる。


「死にたい奴からかかってこい!」


 その言葉を切っ掛けに、大立ち回りが始まった。

 まず悪党の一人が切りかかるが、仮面の男はその脇をすり抜け、すれ違いざまに胴を薙ぐ。

 その隙をついて、今度は二人が同時に襲いかかるが、仮面の男はひらりと身を躱し、一人目を斬り伏せ、二人目の腕を捻って盾のように突き出した。


 すると、鈍い音が響き、盾にされた悪党はぐったりとして動かなくなる。

 仮面の男は息絶えた悪党を捨て、懐から何かを取り出すと、それを素早く投げ付けた。


 再び鈍い音が響き、弓を持った一人の悪党がのけぞる。

 どうやら、弓の攻撃を悪党の身体を盾にしてやり過ごし、お返しとばかりに投げナイフを見舞ったようである。

 悪党は喉を押さえながら倒れ、やがて死んだように動かなくなった。


 弓を持った悪党が死にゆく様に、皆が気を取られている中、ふと、仮面の男の姿を見失っている事に気が付く。


 一体どこに?


 探してみると、その姿はすぐに見付かった。

 仮面の男は僅かな隙を突き、残った悪党に肉薄して剣を振るっていたのである。


 気が付けば、仮面の男を囲んでいた悪党達は全て地に伏しており、残すは怪しいローブを着た男だけ。

 ローブの男は目の前の惨状に慄いて後退あとずさるが、仮面の男に睨まれると、視線に射られたように居竦いすくまる。


「き、貴様、こんな事をしてただで済むと思っているのか?……我々の背後バックに誰がいると思っているのだ!?」


 仮面の男がゆっくりと近付く中、ローブの男は額に油汗を浮かべながら、どうにか言葉を捻り出した。

 しかし、仮面の男は相手の言葉を意にも介さずに歩き続け、手にした剣を振り上げた。


「相手が誰であろうと、その喉元に牙を突き立てるだけだ」


 剣が振り下ろされる瞬間、ローブの男は仮面の男の名を叫ぶ。


「ブラァァック、ファァァング!!」


 それが、ローブの男の最後の台詞であった。


 仮面の男は、付着した血糊を振り払うように剣を一振りし、鞘に納める。

 そして、漂う白煙を忌々しげに見つめ、懐から火種のような物を取り出すと、それを壇上の奥の方に放り投げた。


 みるみる内に赤く染まっていく会場。


 仮面の男は、最後に会場に集まった人々を見回すと、虚空に向って口を開く。


「麻薬組織の黒幕ワルイーダよ、黒い牙が、いつでも喉元に届く事を知れ!」




 ―――瞬間、会場中から万雷の拍手が巻き起こり、轟くばかりの歓声が仮面の男へと送られた。




 男は仮面を取り外すと、優雅な一礼を披露してそれに応える。


 すると、どこからか黄色い声も上がり、会場は一層の盛り上がりを見せる。


「キャーー!ブラックファング様、素敵!!」

「ブラックファング様ぁぁ、こっちを向いてぇぇ!!」

「えっ、今、私を見て笑った!?今の絶対私に向ってだったよね?そうだよね!?」


 仮面をしていた男が代表してそれらに対応していると、今まで倒れていた人間達も次々に起き上がり、皆が手を振っての声に応えていく。



 いつまでも鳴り止まない拍手と歓声を耳にしていく内に、何とも言えない感情が湧き上がってくるのを感じていた。








「…………なんだこりゃ?」








「アニキ、知らねぇんスか?今、王都で大流行している芝居の演目ッスよ」


 んなもん見りゃ分かるんだよ!

 俺ぁそういう事を言ってんじゃねぇんだよ!!


「いや~、中々面白かったッスね。やっぱり貴族がパトロンになるような劇団は一味違うッス。見たッスか?あの主役の動きのキレ、只者じゃないッスよ」


 ……おいネズミ、てめぇ分かってて楽しんでやがんだろ!?

 あん、何とか言ってみやがれ!?


「早く続きが見たいッスね〜。確か次回は『黒い牙ブラックファング』が、貴族の令嬢を命の危機から助け出すって話らしいッスよ」


 一体何の話だよ!

 脚色され過ぎじゃねぇか!?

 俺ぁ一人で麻薬組織を壊滅させてなんかいねぇし、アジトを燃やしたのだって別人だ。

 その上、貴族の令嬢を危機から救うだぁ?俺が助けたフレデリカはただの平民だっつうの!


「ちなみに知ってるッスか?あの『黒い牙ブラックファング』の決め台詞、実はノンフィクションらしいッスよ。『黒い牙が、いつでも喉元に届く事を知れ!』かぁぁー格好良いッスね!…………ププッ、プクククククク」


「…………おいネズミ」


 笑いを隠そうともしないネズミに向けて、冷たい視線を送る。


「プクク、なんスかアニキ?」


「てめぇ、言いたい事はそれだけか、この野郎!!」


 すっとぼけやがるネズミをとっちめようと手を伸ばすが、心を読まれたかのようにスルリと躱されてしまう。


「酷えッスよアニキ。アニキが『何とか言え』って言ったんじゃねぇッスか」


 言ってねぇよ!心の中で思っただけだよ!!


「あっしにとっちゃ、おんなじ事じゃねぇッスか」


「違ぇよ、全然違ぇよ馬鹿!いつも言ってんだろうが、人の心を読むんじゃねぇって。そんなんだから、おめぇは他人から嫌われんだよ」


「ムカッ、アニキに言われたくねぇッスよ。いつもいつも余計な一言を言って、問題を大きくするのはアニキの方じゃねぇッスか!?」


「あぁん?俺が、いつそんな事したんだよ。情報屋の癖に適当な事ほざいてんじゃねぇぞ!?」


「じゃぁ言わせてもらうッスけどね、迷宮都市で『堅物』に因縁付けられたのって、アニキが原因なんスからね!?だいたいあの時アニキが…………」


 ネズミの口から『堅物』の名前が出てきた瞬間、貴族の令嬢らしくドレスアップしたシルヴィアの姿が脳裏に浮かぶ。

『堅物』の名前通りに、王国捜査官の制服をきっちりと着こなす見知った彼女の姿と、女性らしい柔らかさを感じさせる先日の姿のギャップが、何というかこう………心にくる物があった。


「…………って、聞いてるッスか?あっしに喧嘩を売っておきながら、急に黙って何を考えてるッスか!?」


 そう言って目を細めるネズミ。

 その姿を見て、俺は慌てて他所事を考えようとするが、あの時見たシルヴィアの姿が印象的過ぎて、中々消えてくれない。


 まずい……もし今、心を読まれたら、絶対にからかわれる。


「んな事よりてめぇ、い、一体いつの話しをしてやがる。今は、『堅物』シルヴィアの事は関係ねぇだろうが!」


「…………ほう?私がどうした?」


 突然聞こえてきた低い声に、反射的に背筋が伸びてしまう。

 振り返ると、そこには威圧感のある笑顔を顔に貼り付けたシルヴィアが立っていた。


「よ、よう。久し振りじゃねぇか、こんな所で会うたぁ奇遇だなぁ……ハハハハ」


 先日見た女らしい印象と、今目の前から受ける半端ない威圧感が俺の中で混ざり合い、テンパってまともに思考が働かない。


「『落ちこぼれ』のザックが王都で何をしている?また、何かの悪巧みでも考えているのではないだろうな?」


「ち、違ぇよ!それに、悪巧みを考えるのは、俺じゃなくていつも……」


 ネズミだよ!と言いかけて気が付く。

 さっきまでそこに居たネズミの姿が、どこにも見えない事に。

 …………あの野郎、一人で逃げやがったな。


 キョロキョロとネズミの姿を探していると、シルヴィアが呆れたようなため息を一つ吐いた。


「……全く、相変わらずだな。貴様は仮にも学園の卒業生だろう。いい加減に悪事から足を洗ったらどうだ?何なら私が就職先を紹介してやるぞ」


「マジでか!?へへへ、そういう事はもっと早く言って下さいよ〜。よっ、姉御、世界一!」


「はぁぁ、何歳も年下の後輩に媚びへつらって、貴様にプライドは無いのか?」


 一層深いため息を吐いて、こめかみを押さえるシルヴィア。


「はん、プライドじゃあ飯は食えねぇんだよ。んな事より、本当に仕事を寄越してくれるんだろうな?嘘だったら、学生時代にお前が授業で作成したポエムを、大声で朗読してやるからな!」


「何故貴様がそれを知っている!」


「さぁて、何ででしょう?」


 まぁ、ぶっちゃけると、ネズミに読み取ってもらっただけの事なんだけどな。

 迷宮都市で追い回されていた時、コイツの弱みを握っておけば、何かの役に立つと思って調べていたのが、ようやく役に立ったようだ。


「ちっ、そういう姑息な所は、本当に相変わらずだな。少しは『黒い牙ブラックファング』を見習ったらどうだ?貴様も先程の芝居を観たなら、あの方の凄さが分かるだろう?」


 いや、凄さも何も、俺が『黒い牙ブラックファング』なんですけど?

 おまけにあの芝居、殆ど事実が含まれて無いんですけど、そこんところどうなんでしょう?


「え〜っと、その、何だ?ありゃ、ただの演劇だろ?事実が誇張されてんじゃねぇのか?」


「いや、ほぼ事実だ。まぁ多少の脚色はある物の、『黒い牙ブラックファング』一人で、麻薬組織を壊滅させたと言っても過言では無い。私は実際に麻薬組織が壊滅する様をその場で見ているから間違いない」


 間違いだらけだよ!

 違ぇから、全然これっぽっちも合ってねぇから!


「それにな、私はこの目で見たのだ。あの方がその手でフェルディナント殿下の命を救い、濡れ衣を着させられそうなメイドを悪の手先から守り抜き、卑劣な陰謀を白日の下に晒したその瞬間を」


 ……お、おう、確かにそれは合ってるな。

 何か変なフィルターが掛かっているように思えるが、コイツの目から見ると、そんな風に見えるんだな。


「まるで全てを見通すかのような『黒麒麟』の智謀も凄まじいが、その手足となって、難なく任務をこなす人物が、並大抵の者なはずがない」


 まぁ実際は、黒麒麟に首根っこ押さえられて会場に連れていかれて、聖女様に睨まれて嫌々呪術を施し、ついカッとなって貴族に噛み付いただけなんだけどな。

 ……うん、貴族に噛み付いた事は反省している。

 もう二度とあんな真似はしたくない。


「…………ごほん、少し話が逸れたな。『黒い牙ブラックファング』の凄さはともかく、学園の卒業生が悪事に身を染めているというのは、外聞が良くない。悪い事は言わないから、いい加減に足を洗え」


 シルヴィアは自分が熱く語り過ぎていた事を自覚したのか、顔を少し赤くし、誤魔化すように咳払いをした。


「…………あ〜、悪いんだがよ。さっきの話し、無かった事にしてくれや」


 前言を翻し、頭をポリポリと掻きながら、シルヴィアの誘いを断った。


「……何?」


 シルヴィアは眉をひそめて圧力を強めるが、俺がその誘いに乗る事はできない。

『黒麒麟』の単語で思い出したが、俺は奴の馬車を襲った重罪人で、あの貴族の気まぐれによって生かされているに過ぎない。


 もし、俺が誘いを受けてしまえば、シルヴィアにまで累が及ぶ可能性がある。

 それが分かっていながら、世話になれる程に落ちぶれたつもりはねぇ。


「あっそうだ、あとこれ言っとかねぇと」


「……何だ、まだ何かあるのか?」


 シルヴィアが非常に不機嫌な表情で俺を睨み付けてくる。

 だが、こればっかりは今きちんと言っておかないと、誤解が大きくなりそうで後が非常に怖い。


「シルヴィアの夢を壊すようで悪いんだけどよ……その、何だ、『黒い牙ブラックファング』の正体って、実は俺なんだわ…………」


 俺は気まずい物を感じながら、シルヴィアに自分の正体を告白した。















「へぶぉぉぉぉ!」















 不意打ちで飛んできた平手打ちに反応出来ず、俺の左頬が真っ赤に腫れる。


「おい『落ちこぼれ』、貴様は言っていい冗談と悪い冗談の区別も付かなくなったのか?」


 一切の表情が消え失せ、氷のような冷たさでシルヴィアは言い放つ。

 ……どうやら俺は、地雷を踏み抜いたようだ。


「へぶほぉぉ!」


 再び頬に痛みが走る。

 今度は右頬を張り飛ばされたようだ。


「私の好意を無碍にするだけでは飽き足らず、質の悪い冗談まで口にしてどういうつもりだ?あ!?」


 はい……なんかその、すいませんでした。


 ジンジンと痛む両頬を押さえながら、俺は頭を下げる。


「全く…………はぁ、いいか?どうにもならなくなったら、私を頼るんだぞ。仕事の一つや二つ、いつでも紹介してやるからな」


 シルヴィアは言うだけ言うと、不機嫌を撒き散らしながら帰って行った。


「……全く災難だったッスね、プククク」


 帰ったシルヴィアと入れ替わるようにして、ネズミが顔を覗かせる。


 ネズミてめぇ、今まで何処に隠れてやがった?


「そんな事より、あっしの言った通りだったでしょ?アニキは余計な一言が多いんスよ」


 あん、余計な事って何だよ?

 俺が『黒い牙ブラックファング』って事実の何がいけないんだよ!


「人々の幻想をぶち壊す所と、真実が嘘臭い所じゃねえッスか?」


 おおふ、一言も言い返せねぇじゃねえか。


「残念だったッスね、分かってもらえなくて…………プクククク」


 ………………なぁネズミ、一つ言ってもいいか?


「なんスか?」







「解せぬ!!」

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