黒い牙(ブラックファング)の華麗なる活躍(後編)

 まるで待ち構えていたかのようなタイミングで、屈強な男達が第一王子の侍女を取り押さえようと動く。

 それを指示する貴族はモロー伯爵ではないが、その息の掛かった貴族で間違いない。


 恐らく第二王子派の貴族達の筋書きはこうだ。


 原因不明の毒で第一王子を毒殺。

 聖女の奇跡でも治らない悪魔の毒だと印象付けて、凶悪な犯行である事を示す。

 そして最後に、その犯行が毒味役にしか不可能と思わせて、罪を侍女におっ被せる。


 そう考えてみれば、さっきの騒動で『悪魔の毒』とか騒いでたのってコイツじゃなかっただろうか。


 ……ちっ、計画的な犯行じゃねぇか。

 俺が第一王子を助けちまったのは想定外だったろうが、侍女を捕らえる流れは続行って訳かい。


「控えなさい、この子が毒なんて盛るはずないでしょう?」


 そう言って、男達の前に立ち塞がるのは、強い意思を示す聖女様。

 男達はその姿に怯んだ様子を見せるが、指示を出していた貴族が前に出て、何食わぬ顔で聖女様と相対する。


「そうはおっしゃっても、殿下に毒が盛られたのは明白。それも、聖女様の奇跡を以ってしても、解毒できない程の特殊な毒です」


「何を馬鹿な事を。一体何の根拠があって、この子を連行しようと言うのです」


 そう言って聖女様は反論するも、第一王子に何らかの毒が盛られた事は、会場にいた誰の目にも明らか。


「もしもパーティーの食事に毒が盛られていたならば、他にも倒れる者がいないと変ではありませんか?ましてや殿下は、そこの毒味役を通してしか食事をなさらないとか。なら、殿下に毒を盛る事が出来るのは、その毒味役以外には考えられないでしょう」


 そして、毒が盛られたのであれば、毒味役の侍女以外に犯行は不可能。

 この貴族の述べる理屈には一定の説得力があり、周囲の貴族達の間にも同調する雰囲気が生まれる。


「そんなの、この子が本当にやったかなんて、分からないじゃないの!」


 あくまでも、侍女の潔白を主張する聖女様だったが、理論の伴わない反論では、誰の心にも響かない。


「ええ勿論です、だからこそ取り調べをしなければならないのですよ。お分かり頂けましたか?」


 案の定、聖女様は相手の貴族に良いようにやり込められてしまった。

 貴族は、聖女様からそれ以上の反論がない事を確認すると、男達に第一王子の侍女を捕らえるよう指示を出す。


 いくら、第一王子の侍女が犯人ではないと分かっていても、その潔白を証明する方法がなければ、この場を切り抜ける事はできない。

 そして、一度捕まって取り調べを受けてしまえば、第二王子派の貴族達に都合の良いを押し付けられてしまう事だろう。

 たかが平民の侍女風情に、第二王子派の貴族が持つ権力に抗うすべはないのだ。


 …………クソが、これだからお貴族様ってのは嫌いなんだ。

 権力を振りかざして好き勝手しやがる。

 無関係な人間を足蹴にして踏みつけ、自分らはのうのうと甘い汁を吸おうってんだ。


 少しだけ……

 少しだけ、権力に翻弄される侍女の姿が、黒麒麟に下僕のように使われる自分の境遇と重なって見えてしまう。







「何言ってんだてめぇ、その侍女が毒を盛った?バカ言ってんじゃねぇ!」







 気が付けは俺は、目の前の貴族にそう言って噛みついていた。


「…………貴様、『黒い牙ブラックファング』だか何だか知らないが、の分際ででかい口を叩きおって。私を誰だと思っている?」


 そう言って、真っ向から俺を見据える貴族の男。


 最早、吐いた暴言を取り下げる事はできない。

 ……いや、できたとしても、取り下げる気なんか更々無い。


「はん、知らねぇよ三下!だいたいよ、俺は最初っから『あれるぎー』だっつってんだろうが」


「ほう、殿下に盛られた毒は『あれるぎー』と言うのだな。何故貴様がそれを知っているのか、詳しく聞かせてもらうとしようか。おい、その仮面の男も一緒に捕らえろ」


 貴族はそう言って、ついでとばかりに俺の身柄も拘束しようとする。


 ったく、どいつもこいつも勘違いしやがって……

 大体、を盛ったっていう前提が、間違ってるんだよ。

 いや、むしろその錯覚こそが第二王子派の策略。

 第一王子の体質にだけ合わねぇ毒を用意すれば、誰にだって毒を盛る事は可能だ。


「『あれるぎー』が毒?バカも大概にしやがれ!『あれるぎー』ってのはな、只の体質なんだよ!!」


 俺がそう指摘すると、周囲の貴族達がざわざわと騒ぎ出し、中には無理に毒味役の侍女を捕まえようとする第二王子派の貴族に、疑いの眼差しを向ける貴族も見え始める。


 その様子に、目の前の貴族は、若干狼狽えた姿を見せた。


「な、何を馬鹿な事を。そんな話、聞いた事も無い!」


 やはり、俺の推測は間違っていないようだ。


「ふ~んあっそ、じゃあ、あんたが知らねぇだけだろ」


 俺の言葉を慌てて否定しようとする貴族を適当にあしらい、俺は一気に畳み掛ける事にした。


「なっ!」


 貴族は顔を真っ赤に染めていたが、俺はあえてをそれを無視し、周囲の人間にも分かるように『あれるぎー』について解説を始める。


「人間には元々、毒や病気に抵抗するための力が備わっていてな、それらが何かをきっかけに暴走する反応の事を『あれるぎー』って言うんだ」


 本当は『めんえき』やら、『こうたい』やら、『あなふぃらきしー』やらが関わってくるのだが、専門用語を並べても分かりにくいだけなので、今回は割愛だ。


「じゃあ、私の『耐毒レジストポイズン』で症状が悪化したのはひょっとして……」


「あぁ、体の抵抗力が暴走してる状態なのに、『耐毒レジストポイズン』で抵抗力を更に強化したら、症状が悪化するのは当然だろう」


 さすがは聖女様。

 たったあれだけの説明で、神の奇跡が逆効果になった原因に思い至ったようだ。


「でも『解毒キュアポイズン』で治せなかったのは、何でなの?」


「実は『あれるぎー』ってのは、人それぞれ発症するきっかけが違ぇんだ。それこそ小麦や卵なんかを食べたりしただけで、酷ぇ症状を起こす事もあるらしい。たぶん、普通の食べ物が原因だったから『解毒キュアポイズン』が効かなかったんじゃねぇか?」


 あらゆる毒物を取り除く奇跡といえど、ただの食べ物を消す事はできなかったのだろう。

解毒キュアポイズン』を唱えたら、小麦や卵が消えましたなんて話は聞いた事がねぇからな。

 まぁ、実際に試した奴はいねぇだろうが……


「でも、殿下は普段から小麦粉や卵を食べていますが、死にかけた事などありませんよ?」


 続いて第一王子の侍女が、そう問い掛けてきた。

 確かに侍女の言う通り、小麦や卵が原因であれば、日常生活の中で『あれるぎー』が発症してただろうが、『あれるぎー』は人それぞれでその原因物質が異なる。

 であれば、第一王子は一体何の『あれるぎー』だったのか。


 それは、会場を見回した時の、あの違和感が答えであろう。


「それはだな、殿下の『あれるぎー』の原因が…………」


「ば、馬鹿馬鹿しい、そんな物、貴様の作り話に過ぎん!!何を根拠にそんな事をほざくのだ!?」


 俺の声を遮るかのように声を荒げる、第二王子派の貴族。

 それはまるで、都合の悪い事実を、俺に言わせたくないかのようだ。


 その必死な貴族の姿に、俺はにんまりとした笑顔を向ける。


「なぁ、貴族さんよぉ。モロー伯爵の主催するパーティーはとぉっても豪華だよなぁ?それも『王国の胃袋』と言われるだけあって、出された料理はどれもこれも旨そうだ」


「そ、そんな事、当然であろう!」


 俺の笑顔に気圧されたかのように後ずさる貴族。

 貴族が下がった分だけ、俺は踏み込んで更に問い詰める。


「しかも、用意された料理はパスタやパイなど、全てモロー伯爵を象徴するを使用してるときてる……」


「そ、それがどうした!?」


 必死に虚勢を張る貴族であったが、その姿がかえって俺に確信を与えてくれた。

 俺はニヤリと笑って、微かに震える目の前の貴族に、止めを刺す。




「じゃぁ、何でなんて物がこの場に紛れてんだ?」




 モロー伯爵のパーティーに並ぶ料理は、『王国の胃袋』の名に恥じぬ豪華な物で、そしてそのどれもこれもに小麦が使用されていた。


 だが、マカロンだけは違う。


「マカロンはアーモンド粉から作られる菓子だ。小麦は使用されてねぇのに、何でこの場に紛れ混んでるんだろうな?」


 それが、俺の感じた違和感。

 貴族に菓子作りに詳しい人間がおらず、誰も気にも留めてなかったのだろうが、学園であらゆる分野に手を出しまくっていた俺は、その事に気が付いた。


「そ、そんな物、ただの偶然であろう」


「んな訳があるかバカ野郎!!全ての料理に小麦が使われているのは、明らかにモロー伯爵家の権威を示すため。モロー伯爵が指示して用意したに決まってんだろうが!モロー伯爵は知ってたんじゃねぇか?アーモンドが殿下の『あれるぎー』のきっかけになる事をよ」


 そして、そう考えれば全て辻褄が合う。

 この事件が第一王子を亡き者にしようとする、第二王子派の陰謀だと疑って見れば何の事はねぇ。

 全てはモロー伯爵の仕組んだ謀略だったってわけだ。

 ひょっとしたら、聖女の目の前で毒殺して、ファーゼスト出身の侍女に罪を被せる事で、黒麒麟の野郎にダメージを与える事も狙っていたのかもしれない。


「そ、そうだ、料理人だ。料理人が間違えて料理を作ったに違いない!」


「伯爵家の晩餐を任される程の料理人が、小麦粉を使う菓子とアーモンド粉を使う菓子を間違える訳ねぇだろうが!それとも何か?料理人がわざわざこの一品を間違えるためだけにアーモンド粉を用意したってぇのか?あん!?」


 この期に及んで、まだ言い逃れをしようとする貴族の言葉を、そう言って真っ向から叩き潰した。


「くっ、さっきから聞いておれば、好き放題ワンワン吠えおって!そこまで言うなら、証拠を見せてみろ。犬の分際で貴族である私に楯突くんなら、決定的証拠があるんだろうな!?」


 とうとう反論する内容も思い付かなくなったのか、貴族はそう言って、俺の告発そのものにケチを付けた。


 決定的証拠……ねぇ?

 はん、この貴族は自分の吐いたセリフも覚えていないのかねぇ?













「んなもんある訳ねぇだろうが、ぶわぁぁぁぁかぁぁぁ!!」













 俺は目の前の貴族に、そう言ってやった。


「……はっ?」


 俺の言葉が理解できなかったのか、一瞬呆けた顔をする貴族だったが、時間が経つにつれ、その顔はみるみる真っ赤に染まっていく。


「だいたいよ、あんたはそこの侍女がから捕まえようってんだろ?だから俺は、奴がいるって教えてやったんだよ。ほら、真っ先に捕まえなきゃいけない人物が、他にいるんじゃねぇか?」


 決定的証拠を見せろだ?

 自分だって証拠も無しに侍女を捕らえようってぇのに、馬鹿言ってんじゃねぇよ。

 だったら、まずはてめえが証拠を見せろってんだ。


「き、貴様、ふざけおってぇぇ!結局、全部貴様の想像ではないか!?」


 だから、それはお互い様だろ?


「じゃぁ聞くが、あんたは、あくまでこう言い張るつもりなんだな?『毒味役が主人に毒を盛った。毒は神の力でも解毒できなかった』と」


「当たり前だ!!起こった事実を見れば、『あれるぎー』とかいう眉唾物の存在なんかより、そう考えるのがよっぽど自然だろう!」


 やれやれ、こいつは今、自分を処刑するための書類に、自らの手でサインをした事が分かっているのだろうか?


「ほう?先程から聞いていれば聞き捨てならぬ言葉ばかり。卿はファーゼスト出身の人間が、主人に毒を盛る信用ならない人間だと、そう言うのだな?」


 そう言って、顔を見せたのはゲオルグ司教。


 毒味役の侍女は、ファーゼスト家が何百枚という金貨を対価に、王家へと送り出した才媛である。

 それにこの貴族はケチを付けたのだ。

 その行為はファーゼスト家に喧嘩を売るのと同義である。


 そして、貴族の言葉にいきり立つ人物がこの場にもう一人。


「成程、解毒できなかったのは、私の信仰心が足りなかった為なのですね」


 一見すると、聖女様は自身の力不足を嘆いているように見えるが、その外見とは裏腹に、見る者を凍えさせるようなプレッシャーを放っている。


 横にいる俺でも背筋が凍りそうなのに、それを直接身に受けるこの貴族は、どれ程の威圧を感じているのだろうか。


「ひっ!いえ、決してそのようなつもりで言ったのでは…………」


 王国随一の大家と教会勢力に同時に喧嘩を吹っ掛けるなんざ、正気の沙汰じゃねぇな。

 ……俺ぁ知らねぇぞ。

 喧嘩を売ったのはあんたなんだから、自分で何とかするこったな。


 だいたい、第二王子派の貴族達は一つ大きなミスを犯している。

 こんな杜撰な計画、俺だったら恐ろしくて絶対に手を出さねぇぜ。

 全く、どいつもこいつも計画に加担した奴らは、みんな馬鹿ばかりじゃねぇのか?


 だってそうだろ?

 わざわざ、裏社会をも震え上がらせる、あの『黒麒麟』の目の前で悪事を働くんだぜ?

『黒麒麟』に成敗されたがっているとしか思えねぇよ。


 脂汗を流す貴族を見て、俺がそんな事を考えていると、不意に扉が開く音がし、ある人物が再び会場に姿を現した。


「皆様、私の用意した余興はいかがでしたかな?」


 噂をすれば何とやら。

『黒麒麟』ルドルフ=ファーゼスト辺境伯の登場である。


「こここ、これがだと?辺境伯にとっては、これがでしかないと言うのか?」


 衆目の面前で陰謀を暴かれた第二王子派の貴族は、その全てをと言ってのける黒麒麟の態度に、愕然とした表情を浮かべた。


「お気に召しませんでしたか?」


 なのに黒麒麟は、うっすらと笑みを浮かべながら余裕の態度を崩さない。

 まるで、別次元の話をしているかのようなその姿には、どこか底知れない雰囲気を感じさせられる。


「い、いつから……一体、いつから…………」


「このパーティーに向かう途中ですよ。いやぁ、時間が足りなかったので、準備が大変でしてね」


 やっぱり黒麒麟の野郎、こうなる事が全部分かってて、俺をこの会場に連れて来やがったのか。

 クソ、こんな厄介事に俺を巻き込むんじゃねぇよ!


「馬鹿な!そ、そんな短期間でこんな……こんな…………」


 愚痴る俺とは異なり、絶望の表情を浮かべる第二王子派の貴族。


 そりゃそうか、計画していた完全犯罪を呼ばわりされて潰され、完全に黒麒麟の掌の上で踊らされていたんだから。


「おや、顔色が優れませんが、大丈夫ですか?お疲れの様子でしたし、貴方も少し休まれては、いかがですか?」


 言われて見れば、黒麒麟はモロー伯爵と二人で会場を出たはずなのに、何故かこの場に戻ってきたのは黒麒麟一人だけ。

 モロー伯爵は、このパーティーの主催者だというのに、来場者を放って姿を消すのは、あまりにも変だ。

 だとすれば、黒麒麟がしたに決まっている。


「ひ、ひぃぃぃ!!」


 目の前の貴族もその事に気が付いたのだろう。

 黒麒麟の次の矛先が自分に向けられている事を察し、貴族は糸が切れたようにパタリとその場に倒れてしまった。


 ……あっダメだこりゃ、白目を剥いて完全に気を失ってる。


「やれやれ、余程日頃の疲れが溜まっているとみえる……誰か落ち着ける場所に連れていってやれ」


 黒麒麟がそう声を掛けると、モロー伯爵家の侍従達がおずおずといった様子で、倒れた貴族を運んでいく。

 それと同時に、他の第二王子派の貴族も、一緒に連れ立って会場を出ていった。


「あの方は、余程人望があるようだ……」


 黒麒麟がポツリと言葉をもらしたその一言に、一瞬会場が静まり返る。


「……ぷっ」


 そのあまりにも痛烈な皮肉に、俺は耐え切れずに吹き出してしまった。


「ぷははははははははは」


 何だそりゃ。

 第二王子派の陰謀を衆目の面前で打ち砕いて、その家名を地に落としておきながら『人望がある』たぁ、なんて言い種だ。

 ぷっ、ぷははははは!


 一人が吹き出し始めると、誰も彼もが堪えるのを諦め、堰を切ったように次々に笑い声が上がり始める。


 そんな中、黒麒麟の野郎は、当然のような顔をしながら、華麗な一礼を披露する。

 まるで、全てが手の内であるとばかりの余裕ある姿。


「けっ、役者が違ぇんだよ、役者が」


 そのムカつく程に優雅な一礼を横目に、俺は扉の向こうに一言毒づいた。

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