悪徳領主の華麗なる企み
枢機卿の孫である聖女を娶り、優秀な跡取りに恵まれたため貴族の籍を抜けて、聖女と共に教会内部の不正と腐敗を相手に日夜戦う麒麟児の父、ゲオルグ司教。
…………と、世間では思われているが、その実態は異なる。
聖女の名前を前面に押し出して名声を稼ぎ、裏では教会内での地位を上げるために、不正をでっち上げてライバルを陥れ、財産を毟り取って金を稼ぐ、教会の獅子身中の虫。
孤児院を運営する傍らで、奉仕という名で集めた子供を労働力として酷使したり、懺悔に訪れた人々に甘言を弄して堕落させる、悪魔の宣教者。
教会を内部から崩壊させるために放たれた、悪魔の毒矢。
それが、我が父ゲオルグ司教の正体だ。
「久しいな、辺境は変わりないか?」
貴族ではなくなったものの、生来の気品は失われてはおらず、また教会内で権力争いの第一線で暗躍し続けるゲオルグ司教の迫力は凄まじく、この私ですら畏敬の念を覚える。
流石は我が父、長年ファーゼストを治めていただけの事はある。
「ええ勿論。父上より受け継いだ領地は、この私の名の下に
私がそう答えると、ゲオルグ司教は満足そうな笑みを浮かべた。
「ふふっ、そう謙遜するな、お前の噂は私の耳にも届いておる。なんでも、迷宮都市や、英雄の再来であるスズキ家にも支援しているとか?」
王都を舞台に暗躍するゲオルグ司教であったが、その情報網は健在のようで、辺境の動向もしっかりと把握している様子。
父上に自分の功績を誉められ、どこか誇らしく思えてくる。
「ゲオルグ司教こそ、先日汚職にまみれた聖職者を処断し、神の威光を世に知らしめたとか。『
なんでも処断された聖職者は、教会内でも高位の職に就いていたそうで、そのポストが空いた事でゲオルグ司教の地位も一つ繰り上がる事になるそうだ。
たまたま高位聖職者の汚職が明るみになり、たまたま無視できない程の証拠が集まったため、ゲオルグ司教はまた出世をするようである。
クックック、流石は我が父。
長年培った権謀術数は教会内部でも猛威を奮っているようだ。
「ほう、もうその事が辺境にまで届いているのか、耳が早いな…………」
ゲオルグ司教も、私の情報網が王都にまで及んでいる事を察したようで、ニヤリと笑みを浮かべた。
そして、お互いの視線が交差する。
「「フハハハハハハハハハ」」
ひとしきり笑い、お互いに挨拶が済んだところで、私はゲオルグ司教に、とある提案をする事にした。
「さて、ゲオルグ司教。今日は司教のお耳に入れておきたいお話が一つございまして、私にその貴重なお時間を割いて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「他でもない麒麟児の提案だ、いくらでも時間を都合しよう」
「ありがとうございます」
一通り形式上のやり取りを行い、礼を述べてから私は本題を切り出した。
「実はつい先日、我が家にとある文献が見つかりましてね、何でも我がファーゼストの地に、一柱の女神様が封印されているそうです」
ゲオルグ司教は『女神』の単語にピクリと反応し、怪訝な表情を浮かべる。
「ほう?」
我が父は先代の辺境伯。
ファーゼストの『女神様』が何を指しているかは、当然理解している。
「女神様は神代の時代に、悪魔達の卑劣な罠によって、ファーゼストの地に封印されてしまったそうです。そしてなんと、我がファーゼスト家の初代は、この女神様を封印から救い出すためにファーゼストの地に領地を切り開いたと、その文献には記載されているのです」
勿論、そんな文献は存在しないし、この話も私がでっち上げた作り話だ。
「そんな話が有ったとは、私も初めて聞く話だな」
我が父であるゲオルグ司教は、我が家が大悪魔との契約のおかげで興った事も、今の話が事実無根のでっち上げである事も当然気が付いている。
そればかりか、今までファーゼスト家の秘中の秘である御柱様の事を公にせんとする私に『どういうつもりだ?』と言わんばかりの圧力を放つ。
「そこで、ゲオルグ司教のお力添えで、我が領地に女神様の教会を建て頂きたいのです。それも飛び切り立派な物を」
司教から放たれる尋常ではない圧力を受け流し、私は静かに言葉を続ける。
「女神様が力を取り戻すには、数多くの信仰が必要です。確かに、辺境に封印された女神様の教えは、王国内では主流ではないかもしれません。しかし、一柱の神が封印されていると知って、私は何もせずにはいられないのです」
私が本気である事を察したゲオルグ司教は、圧力を放つ事をやめ、私の話に耳を傾け始める。
「想像してみて下さい、偉大なる祖先が出会った『女神様』が、教会の中で誰
そこまで言った所で、ゲオルグ司教は、ようやく私が言わんとする事を理解したようで、驚愕の表情を浮かべる。
「ルドルフよ、まさかお前…………」
そう、今回の謀略は、大悪魔たる御柱様を堂々と教会内に並べ、その上で、悪魔の教えを『神の教え』と偽り、王国中に大悪魔の信仰を広めてしまおうという物だ。
愚民共は祈る相手が、いつの間にか悪魔にすり替わっているとも知らずにその信仰を捧げ、悪魔のために生き、そして悪魔のためにその人生を終える。
クックック、これ程愉快な事があるだろうか?
怨敵である神々の信者が、次々に悪魔へと宗旨を替え、そして悪魔の教えを学んでいくのだ。
そして、王国中にその信仰が広まれば、自ずと御柱様は力を取り戻し、封印から解き放たれるという寸法。
「父上!我が一族の悲願のため、どうかそのお力をお貸し下さいませ!!」
私の言葉にゲオルグ司教は目を伏せ、身体を震わせながらぽつりと呟きを洩らす。
「…………流石は我が息子、『麒麟児』の名は健在だな」
「では!?」
「良かろう、我が一族の悲願のため、辺境の女神様の教会を建立する事を、私の名において約束しよう」
ゲオルグ司教が右手を差し出し、私はその手を取る。
固く結ばれた右手からゲオルグ司教の震えが伝わり、我らが悲願への想いが察せられる。
「お前に跡を譲った事は、間違いでは無かったようだな」
尊敬する父上からの、万感の想いが込められた一言。
「いえ、父上が教会で今の地位に就いているからこそ実現できた事です」
事実、この策略は教会内で相当の権力を保持する、ゲオルグ司教の力添えがあってこそ成立する、云わば親子の策。
そして、辺境伯たる私の権力と、司教たる父上の権力を以てすれば、実現するのに決して難しい物ではない。
憎き神々達の信仰の失墜。
我らが神の信仰の増大。
そして降臨への布石。
どれ一つ取っても、愉快極まりない出来事ばかりである。
クックック、フハハハハ、アーハッハッハッハ!!
私達はお互いに、腹の底で高笑いを上げながら、親子の絆を確かめ合うのだった。
御柱「やめろぉ~~、やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます