とある聖女の華麗なる一日

 私のるーくんは凄いの!

 世のため、人のため、みんなを幸せにするために、凄く頑張っているのです!


 私は聖女なんて呼ばれているけど、るーくんに比べたら、全然まだまだ。

 神様から力を借りて奇跡を起こせても、私が救えるのは目の前にいる人だけ。

 でも、るーくんは貴族様だから、一つの政策で何百何千もの人を救っちゃうの!


 だから、私の称号はるーくんにこそ相応しいと思うんだけど、どうかな?


 ……あれ?でも、るーくんは男の子だから、『聖女』じゃ変だよね?

 う~ん、だったら何だろう…………


 …………はっ、そうだ、天使だ!!


 るーくんは頭も良くて、格好良くて、その上強くて、すごーく優しいから、『天使』の名前にぴったりね、うん。


 私は、そんなるーくんの事が大好き。

 世界で、いっっっちばーーーん、だぁぁぁい好き!

 そう、るーくんは私の天使なの!!


 でも今は、聖女としてのお仕事があるから、王都にいなくちゃいけなくて、るーくんとは離れ離れ……


 昔はず〜っと一緒だったのになぁ〜、はぁ。


 今日も、お仕事の一環で、伯爵家のパーティにやって来ているのだけど、みんなばっかりだし、中には、いやらしい視線もあって本当に嫌になっちゃうわ。


 気が付かないとでも思っているのかしら?

 や~ね、女は男の視線には敏感なのよ。


 それに、私には心に決めたダーリンがいるから、ノーセンキューよ。


 慣れない貴族とのやり取りに、少し疲れを感じ始めたものの、私の心は軽い。

 だって、今日このパーティには、るーくんが参加しているのだから。


 一通り挨拶を終えると、私は会場を見渡して目的の人物を探す。

 伯爵家のパーティは、その権勢を誇るかのように豪華であり、参加者の人数も多くあったが、るーくんの姿はすぐに見つかった。

 話の輪に入らずに、壁際に立っていたからだ。


 あそこにいるのは、ジャガトラ男爵と…………ワンちゃん?


 るーくんは、ドーベルマンの仮面を被ったミステリアスな護衛を連れ、『ジャガイモ』の普及で名を知られるジャガトラ男爵と話をしていた。


「…………それならいっその事、『ジャガイモ』に爵位を与えては如何かな?」


「なるほど、『男爵イモ』ですか…………流石はルドルフ殿、それは名案ですな!わっはっはっは」


 男爵イモ!?

 何それ、何かすごく美味しそう!!


 ジャガイモに爵位を与えて、他のジャガイモと差別化を行うなんて、どうしてそんな事を思い付くのかしら。

 しかも、そんな商売の種を、何でもないかのようにポンと渡すなんて、さすがるーくん。

 貴族の社会って、貸し借りが物を言うから、きっとジャガトラ男爵は、一生るーくんに頭が上がらないわね。


 えーっと、そろそろ行ってもいいかしら?

 話しもまとまったみたいだから、いいよね?

 私、出てっても問題ないよね!?


 というか、もう我慢ができません!!


「るぅ〜くぅ~〜〜ん〜♪」


 ガシッ!


「なっ!?」


 るーくんの左腕を確保ーー!


 スリスリ

 すりすり


 あぁ~、一年振りのるーくんの感触だぁ〜。

 細いのに、しっかり筋肉が付いてて力強くて、何でこんなに逞しいのかしら。


「会いたかったよ~。あぁ~、るーくんの匂いだぁ」


 スンスン

 すんすん


 うはぁ~、紛れもないるーくんの匂いだぁ〜。

 こう、お日様のような匂いの中に、ゾクッとするような危険な香りが隠れてて、たまらないのよね〜。


 スリスリ

 スンスン

 すりすり

 すんすん


 スリスリスンスンすりすりすんすんスリスリスンスンすりすりすんすんスリスリスンスンすりすりすんすん…………


 不意に腕の中から温もりが消え去り、至福の時が終わりを告げた。

 見ると、るーくんが少し離れた位置に立っており、慇懃な態度で一礼をしてくる。


「こ、これは、ご機嫌麗しゅうございます……」


 ムッ!なんでそんなに、よそよそしい言い方するのよ!?


「るーくん、めっ!『聖女様』なんて、そんな他人行儀な言い方しないの!ほら、昔みたいに呼んでちょうだい、ね?」


「…………ここでは、他の方の耳目もございます。そのような態度を取られては、する輩もごさいますので、お控え下さい」


「むー!折角久し振りに会えたのにー!!」


 るーくんのイジワル。

 いくら私が教会の人間だからって、そんな態度を取らなくても良いのに。


 チラッ!


 ほら、ジャガトラ男爵もそう思うでしょ?

 一年振りの再会なんだから、もっと愛情を持って接してくれても良いと思うでしょ?


 チラッ、チラッ!


「良いではありませんか?ルドルフ殿と聖女様の仲は有名ですから、咎める者もいないでしょう」


 うんうん、そうでしょそうでしょ。

 私とるーくんは仲良しさんなんだから、もっと一緒にいるべきだと思うのよね。


「それでは、せっかくの団欒に私が居ては無粋となりましょう。邪魔者はこれにて失礼致します」


 気を利かせて、その場を去ろうとするジャガトラ男爵。

 そんなジャガトラ男爵に、私も満面の笑みで返す。


「ジャガトラ男爵、今後もるーくんを、宜しくお願いしま〜す♪」


「では、これにて」


 うふふ、気を利かせてくれたジャガトラ男爵に、神の御加護がありますようにっと。


 さ・て・と♪

 他の人間の目がなければいいのよね?

 ふふん、今度は離さないんだから。


「……おい、離れろ」


「いや♪」


 やっと訪れた至福の時間だというのに、どうして離さなければならないのかしら……


 スリスリスンスン


 にへら~♪


 すりすりすんすん


「…………一体何のつもりだ?」


「ん~?るーくん成分の補給ぅ〜♪」


 むはぁー!

 これでまたあと一年は戦えるわ!!

 もう、どうして私は聖女なんてやってるのかしら。

 こんな立場でなければ、今頃はるーくんと一緒のお家で楽しく過ごしていた筈なのに…………


 きっと、るーくんも私が居なくて寂しがっていると思うのよね。

 ほら、今もこっちをじっと見詰めているし……


 もう、そんなに見られたら、恥ずかしいじゃないの!


「…………もう、るぅ~君ったら、照れ屋さんなんだから〜♪」


「照れてなどいない!」


 ふふふっ、そんな事言って、本当は嬉しいくせに。

 るーくんって、昔から気持ちを表に出すのが、本当に苦手なのよね。


 いつも悪ぶった口調で誤解を受けるけど、本当はるーくんがすごく優しいのは、みんな知ってるのよ。


 迷宮都市バンガードを影から支えているのも、新興のスズキ家に支援しているのも、さっきのジャガトラ男爵の事だって、るーくんが手を回して王国の飢饉を救った事も、みんな、ちゃ~んと分かっているんだからね!


 それと……


「ふふふっ、るーくんも、もういい歳なんだから、こういったパーティーにはパートナーを連れてくるものよ?しょうがないから、今日は私がパートナーを務めてあげるわ」


 るーくんってば、こんなに格好良いのに、浮いた話の一つも聞かないから少し心配なのよね。


 …………昔は「私と結婚してくれる」なんて言ってくれたんだけど、るーくんはその時の事をまだ覚えてくれているかしら?





 うふふ、なーんてね。






 それが子供の言葉に過ぎなくて、本当は無理な事ぐらい分かってるんだけどね。


 …………なんかちょっとだけ、寂しいな。


「ふふふ、今日はずっと一緒だからね♪」


 だから、今日はるーくんに相応しい相手がいないか、私がちゃーんと探して上げる!


 大事な、大事なるーくんを任せる相手なんだから、私がしっかり見定めてあげなきゃね!!


「るーくんは有名人なんだから、こんな隅に居ないの!ほら、そっちのワンちゃんも、行くわよ!!」


 そう言って、私はるーくんの腕を引いて、強引にパーティーの中へと連れ出した。

 いつまでもこうして、腕を組んでいられるのか分からない事がどこか物悲しく、その事を惜しむように、胸に抱いた温もりを確める。


 何組かの有力貴族と挨拶を交わしていくが、るーくんに相応しい相手が、そう簡単に見付かるはずもなく、一通りの挨拶を終えてしまう。


 はぁ~、分かってはいたけど、やっぱりるーくんと釣り合いの取れる女性っていないものね~。

 それもこれも、るーくんが格好良過ぎるのがいけないのよ!

 外見良し、家柄良し、おまけに財力もあって、王国中に強い影響力を持っているんだから、変な虫を排除するだけでも大変。


 そう考え事をしていると、るーくんが私を会場の隅へと連れて行った。


 こんな場所に連れてきて、一体何をするつもりかしら?


「いい加減にしろ!このような場で、ベタベタとくっつきおって、周りからどう見られるか分かっているのか!?」


 るーくんの口から、そんな言葉が飛び出てきた。


「そんな、だってるーくんに会えたのが嬉しくて…………」


 一体どうして?なんで?

 そんな言葉が、私の頭の中をぐるぐると駆け巡る。


「その『るーくん』と呼ぶのもいい加減止めろ。私が今年で幾つになると思っているのだ!!」


 続く言葉に、一瞬胸が詰まる。

 今までに一度も聞いた事が無かった、るーくんの強い拒絶の言葉。


「ふぇ〜?るーくん、何でそんな事言うの?グレちゃったの??将来、私と結婚してくれるって言ったのは嘘だったの???」


 昔は、私が居ないとすぐに泣き出してたのに……

 昔は、一緒にお風呂だって入っていたのに……

 昔は、「大好き」って言ってくれたのに……


「なっ!?い、一体何時の話をしている!!」


 ふふふっ、ちょっとイタズラが過ぎたかしら……でも、急に酷い事を言う、るーくんが悪いんだからね?


 もう、こんな事で慌てちゃって、本当にるーくんは可愛いな〜。


 …………でも、大丈夫かしら?

 こんなに素直だと、悪〜い貴族達に騙されたりしないか、とても心配だわ。


「あっ、そうだ!今日はるーくんのためにクッキーを焼いてきたんだ」


 そうそう、るーくんがアレを食べられるようになったって聞いたから、私も作ってみたんだよ!

 今までは、どんな事をしても食べてもらえなかったから、不安だけど、今日こそは大丈夫よね?


「食べたら、感想を教えて欲しいな~」


 私は懐からクッキーを一枚取り出して、るーくんの口許に近付ける。


「…………いらん」


 断られた……


 うむむむむ、コレだけはどうしてもダメなのかしら。

 やっぱり、あれはただの噂だったのかしら?


「せっかく、最近評判の料理人に無理を言って、直接教えて貰ったのに…………」


 せっかく『聖女』の名前まで使って呼んだ料理人だったのになぁ……

 はぁ、このクッキーどうしよう…………


「……ちっ、これを食べたらゲオルグ司教の所に戻れよ、いいな?」


「うん!!」


 私が悲しそうな顔をしていると、るーくんは『しょうがないな〜』って顔をしながら、クッキーを口の中へと放り込んだ。


 やっぱり、るーくんは優しいな〜。


「…………どう?」


「……ふむ、まぁ不味くはないな」


「本当!!」


 私が用意したクッキーを、るーくんは、何でもないかのようにペロリと平らげた。

 その上、『不味くない』だなんて、本当にどうしちゃったの!?


「やった~、るーくんが、るーくんが遂に食べてくれた~!」


 料理人のトニーさんが言っていた事は本当だったのね!

 るーくんは、もう人参さんを食べられるようになったのね!!


 すごい、すごーい!

 るーくん、本当に偉いわ!!


「ちょっ、離せ!話が違うではないかぁ!!」


 嬉しいな~。

 るーくんが、私の手料理を食べてくれて嬉しいな~。

 るーくんが、人参さんを食べられるようになってくれて嬉しいな~。


 スリスリスンスン

 すりすりすんすん


 むふ~、やっぱりるーくんは良い匂いがするな~~~♪


「アメリアよ、嬉しいのは分かるがその辺にしておけ。辺境伯が困っているだろう」


 私がるーくんをしっかり堪能していると、ズンッと響くダンディーなオジ様の声が聞こえた。

 やって来たのは、この王国の教会で司教の地位に就く、私のダーリンだ。


 もう、ダーリンのイジワル!

 もうちょっと、るーくんとスキンシップさせてくれたっていいじゃないの!!


 ギロリッ


 ダーリンが、私を鋭い眼光で射抜いて有無を言わせない。


「…………はーい」


 私は仕方なくるーくんの身体を離し、ダーリンの左腕に抱きついた。

 ダーリンは、これからるーくんとお仕事の話をするのである。


 ケチ、ケーーチ!

 自分ばっかり親子の会話を楽しんじゃってさ。

 私だって息子るーくんの触れあいを、もっと楽しみたいのに!!


 そう思って、るーくんに視線を向けると、プイッと目を逸らされる。


 ……でも、そんな仕草もまた可愛いのよね~♪


 あぁ、私の大事な大事なマイ・エンジェルるーくん

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