悪徳領主の天敵

 伯爵家のパーティーは、それは贅を尽くした物であった。


 きらびやかな灯りを生み出すシャンデリア。

 著名な画家が描いた名画。

 積み重ねた金貨と、同等の価値を持つ調度品。

 そして、国を動かす王国貴族のお歴々。


 流石は『王国の胃袋』とも呼ばれる穀倉地帯を治める伯爵家。

 次代を担う継嗣の成人祝いは、盛大かつ豪華絢爛であり、それに参加する人物も大物ばかり。

 中でも、国王陛下の名代として参加している第一王子は、その筆頭と言えよう。


 そんな祝いの宴が華やぐ様子を、私は離れた位置から遠巻きに見ていた。


 本来ならば、貴族達の話の輪に入り、交流を深めて自家の利益を追求するのが正しい貴族の在り方であろうが、私ほどの大貴族であれば、有象無象の小貴族が寄ってくる事は、逆に不利益となり兼ねない。


 おまけに今日の私には、このような貴族の集いに相応しくないも抱えているため、できれば積極的な活動を控えたいと思い、パーティーの中心から離れた場所で寛いでいるのだ。


「なぁ、この仮面何とかならねぇのか?」


 隣に立つが、自分の分も弁えずに不満を漏らした。


 パーティーに連れていく供は、当初はヨーゼフと村長の二人を考えていたのだが、ヨーゼフはともかく、冒険者上がりの村長は社交界でのマナーや常識に疎く、供として不適切である事が直前で発覚したのだ。


 ヨーゼフは、仕事のためにあっちこっちに顔を出さねばならず、かと言って、私が独りで居ては格好が付かない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、王国学園卒業の肩書きを持つ、あの髭男だ。

 ヨーゼフに確かめさせた所、最低限の知識やマナーはあるそうで、積極的に話し掛けたりしなければ、問題はなさそうだとの事で、今回は私の供としてパーティーに参加をさせている。


 ちょっとした余興を思い付いた事もあり、顔の上半分を覆い隠す、ドーベルマンを模した仮面を付けて供をさせているのだが、その事が髭男には不満らしい。


「貴様の不細工な面で、祝いの席を汚すつもりか?らしく黙って、突っ立っていろ」


「だがよ、これじゃぁまるで…………」


「黙っていろと言ったのが聞こえなかったのか?」


 まったく、薄汚い野犬の分際で、文句ばかり吠えおって。

 犬は犬らしく主人の言う事を聞いていれば良いのだ。


「…………」


 駄犬が黙った事を確認すると、私は近くにあったマカロンを手に取り、口へと運んだ。


 伯爵家は『王国の胃袋』呼ばれるだけあって、饗される料理には特に力を入れているようで、山海珍味が取り揃えられており、私の舌を楽しませてくれる。


 そうして舌鼓を打って気分転換をしていると、一人の貴族が会釈をして近付いてくるのが目に入る。


「誰かと思えば、いつぞやの……」


「お久し振りでございます、ルドルフ殿」


 やって来たのは、以前、豚の餌をくれてやった田舎貴族だ。

 一体何の用だ、私から受けたの文句でも言いに来たのだろうか?

 丁度良い、私も御柱様への贄を邪魔された事を、一言申してやろうと思っていた所だ。


「あの時は飢饉で大変だったようだが、最近は見違える程だとか?」


 この男がどこからか『ジャガイモ』などいう新種の芋を見つけてきたおかげで、せっかくの飢饉が台無しになってしまったのだ。

 私が豚の餌を大量にくれてやったというのに、恩を仇で返すとはこの事だ。


「それもこれも、ルドルフ殿のでございます」


 その上、『貴方が豚の餌を食わせてくれたお陰です』などと嫌味を言ってくる始末。

 田舎貴族だと思っていたが、少し見ない間にずいぶんとなったではないか。


 イモで成り上がった『イモ男爵』の分際で、ずいぶんと生意気を言うようになった物だ。


「巷では、口さがない輩が『イモ男爵』と揶揄しているようだが、これも成功した者の常、気にせずジャガイモの育成に努められるが良い」


 私は煮えくり返る内面を笑顔で覆い隠し、イモ男爵に答える。

 社交の場では、激昂して取り乱すなど失点でしかないため、貴族は『会話の裏側』で会話を行うのが常だ。


「はっはっは、あながち間違っているとも言えませんな。実は、領地経営よりも土をイジっている方が性に合っておりまして」


 この私に豚の餌を食わされた事を、余程根に持っているのか、私の嫌味に真っ向から言葉を返してくる。

 今のも『イモ男爵は、それらしく領地で土でもイジって遊んでいろ』と私が言ったのに対し、『その土イジりで、私は今の地位を築いたのですが何か?』と開き直って返したのだ。


「それならいっその事、『ジャガイモ』に爵位を与えては如何かな?」


「なるほど、『男爵イモ』ですか…………流石はルドルフ殿、それは名案ですな!わっはっはっは」


 私の嫌味を意に介せず、朗らかな笑い声を上げるイモ男爵。


 チッ、馬鹿の癖に開き直りおって……

 不愉快だ、これ以上この田舎貴族と会話を続けていると、せっかくの料理が不味くなってしまう。


「気に入って貰えたようで何より…………」


 そう言って、さっさと会話を切って終わらせようと思った、その時の事だ。


「るぅ〜くぅ~〜〜ん〜♪」


 場違いな程に甘い声が響いたかと思うと、続いて柔らかな感触が私の左腕を襲った。


 その二つに懐かしさと共に戦慄を覚え、恐る恐る目を向けると、そこには美少女としか形容できない人物が、私の左腕を、愛おしそうに胸に抱えている姿があった。


「なっ!?」


 しっとりと濡れたように艶やかな黒髪は、魔道具の灯りを反射して天使の輪を作り出し、その整った顔立ちと相まって、浮世離れした雰囲気を醸し出している。


「会いたかったよ~。あぁ~、るーくんの匂いだぁ」


 だが、私の腕に甘えるように頬擦りする顔はだらしなく緩んでおり、神秘的な雰囲気を全て台無しにしてしまっている。

 だが、私はその緩みきった姿とは対照的に身を強ばらせ、距離を置いて丁寧な挨拶を行う。


「こ、これは、ご機嫌麗しゅうございます……」


 そう、この人物は、我が王国の信仰する神々から寵愛を受け、数々の奇跡を行使する真正の聖女である。

 当然、教会の中では相当な発言力を持ち、また、教会は貴族とは異なった権力を持つ組織のため、いくら私が高位貴族と言えども、礼を失する事は許されない。

 だが……


「るーくん、めっ!『聖女様』なんて、そんな他人行儀な言い方しないの!ほら、昔みたいに呼んでちょうだい、ね?」


 だが、聖女は空気も読まずに、そんな事を言ってくる。


 この聖女とは、生まれた時からの付き合いであり、昔から場を選ばずにこのような態度を取るため、私の数少ない頭痛の種である。

 どう見ても十代にしか見えない外見をしているが、実際は私以上に童顔なだけで年齢はもっと上であり、またその言動から昔は恋人に間違えられる事が多かった。


 恋人に間違えられるなど、一体何の罰ゲームであろうか……


「…………ここでは、他の方の耳目もございます。そのような態度を取られては、する輩もごさいますので、お控え下さい」


 ここで甘い顔をして、変な噂が立ってしまえば、私の立場が揺らぎ兼ねないため、努めて突き放した対応を取った。


「むー!折角久し振りに会えたのにー!!」


 だが聖女は、そんな私の態度に不満をあらわにし、そしてイモ男爵にチラリと視線を向ける。

 イモ男爵は、その視線を受けて心得たとばかりに一つ頷き、口を開く。


「良いではありませんか?ルドルフ殿と聖女様の仲は有名ですから、咎める者もいないでしょう」


「……何?」


 このイモ男爵、いくら聖女から点数を稼ぎたいからと言って、『貴方と聖女様の仲は周知の実ですよ』等とほざきおった。

 おまけに、こちらを見ながらニヤニヤ笑っているではないか。


 イモ男爵の分際で……いつか覚えていろよ!


「それでは、せっかくの団欒に私が居ては無粋となりましょう。邪魔者はこれにて失礼致します」


 イモ男爵は、そんな私の不穏な空気を感じ取ったのか、一礼して、そそくさとこの場を去ろうとする。


「ジャガトラ男爵、今後もるーくんを、宜しくお願いしま〜す♪」


「では、これにて」


 聖女は、にこやかな笑顔でイモ男爵を見送くると、再び私の左腕に抱きつき、頬を擦り付けてきた。


 一体何の羞恥プレイだろうか。

 この女が『聖女様』でなければ、切って捨てていた所だ。


「……おい、離れろ」


「いや♪」


 衆人環視の中で『聖女様』に手荒な真似はできないため、言葉で拒絶を告げるが、ノータイムで拒否されてしまい、続く言葉が出てこない。


「………………」


 二の句が出てこないのをいい事に、私の左腕を好き放題にする聖女。

 こちらの気持ちを一顧だにしないその姿に、苛立ちが募る。


「…………一体何のつもりだ?」


「ん~?るーくん成分の補給ぅ〜♪」


 そう言う事を聞いているのではない!

 伯爵家のパーティーで、これ見よがしに腕を組むなど、一体何のつもりだと聞いているのだ!!


 聖女のトンチンカンな受け答えに、冷めた眼差しで抗議をしていると、私の視線に気が付いたのか、聖女は私と目を合わせて口を開く。


「…………もう、るぅ~君ったら、照れ屋さんなんだから〜♪」


「照れてなどいない!」


 だぁぁっ、このクソアマがぁぁぁ!!

 どうしてこの女には、いつも言葉が通じないのだ!?

 消えろ!すぐに何処かへ消え去れ!!

 いや、いい!貴様が去らぬと言うなら私が何処かへ行こう!!


 このような頭のおかしい女に付き纏われては、たまった物ではない。

 そう思い、何とか腕を振り解こうとするが、ガッチリと掴まれた聖女の腕は、頑なにそれを拒んで離そうとしない。


「ふふふっ、るーくんも、もういい歳なんだから、こういったパーティーにはパートナーを連れてくるものよ?しょうがないから、今日は私がパートナーを務めてあげるわ」


 ……なん…………だと!?


 このクソ聖女様は、今何と言った?

 私にはこの女が、『パートナーを務める』と言ったように聞こえたが、聞き間違いか!?


「ふふふ、今日はずっと一緒だからね♪」


 聖女はそう言って、満面の笑みを浮かべた。


 その瞬間、私の背中に言いようのない寒気が走り抜ける。


 この女は昔から頑固で、やると決めた事は余程の事がない限り、やり遂げようとする。

 しかも、質の悪い事に、自身が『聖女様』であることを自覚しているため、他人が強く出られない事をしっかりと理解しているのだ。


「るーくんは有名人なんだから、こんな隅に居ないの!ほら、そっちのワンちゃんも、行くわよ!!」


 そう言って、私は腕を引かれ、強引にパーティーの中へと連れていかれた。


 この女、本気で二人で挨拶回りをするつもりである。

 その姿が、他の貴族からどう思われるか分かっているのか?


 …………おい駄犬、何を笑っている?何が面白いのか言ってみろ!


 途中、ニヤつく駄犬に八つ当たりをしながら、何組かの有力貴族と顔を合わせていったが、正直、隣の人物が余計な事を言わないか気が気ではなく、神経ばかりが磨り減らされていった。


 このままでは、気が滅入ってしまう。


 そう思い、人の波が途切れた所を見計らって、会場の隅へと移動し、終始ご満悦の聖女に物申す事にした。


 呼吸を整え、大きく息を吸う。


 生半可な言葉では聞き流されてしまうため、ハッキリと言って釘を刺しておく必要がある。


「いい加減にしろ!このような場で、ベタベタとくっつきおって、周りからどう見られるか分かっているのか!?」


 私の堪忍袋にも限界という物がある。

 こういった社交の場は、貴族に取っては戦場と言っても過言ではなく、いくら聖女と言えども、私の戦いに、こうも顔を出されては堪った物ではない。


「そんな、だってるーくんに会えたのが嬉しくて…………」


 私のキツい一言に、涙を浮かべそうな程に辛そうな顔をする聖女。


 ……だが私は知っている。

 この女は、この程度で考えを改めるような、殊勝な心掛けの持ち主では無いという事を。


「その『るーくん』と呼ぶのもいい加減止めろ。私が今年で幾つになると思っているのだ!!」


 物心付いた頃から溜まっていた鬱憤を、ここぞとばかりに吐き出し、今後の関係を一新しようと畳み掛ける。


 …………が、しかし。


「ふぇ〜?るーくん、何でそんな事言うの?グレちゃったの??将来、私と結婚してくれるって言ったのは嘘だったの???」


「なっ!?い、一体何時の話をしている!!」


 大昔の事を、大声で暴露され、こちらが慌てふためく羽目になってしまう。


 子供の頃を知られているという事は、それだけ恥ずかしい過去も知られているという事でもある。

 そして恐ろしい事に、この女は、私の事となると、凄まじいまでの記憶力を発揮し、私自身ですら忘れているような事も、事細かに覚えていたりするのだ。


 えぇい、これだからこの女とは会いたくないんだ。

 だいたい、この女のお守りはゲオルグ司教の担当だろう!

 あの人は一体何をしているのだ!!


 私は、一刻も早く聖女をゲオルグ司教に押し付けねばと思い、会場の中からその姿を必死になって探した。


「あっ、そうだ!今日はるーくんのためにクッキーを焼いてきたんだ」


 また、何の脈絡もない話題が出てきた……


「食べたら、感想を教えて欲しいな~」


 聖女は懐から包み紙を取り出すと、中からうっすらとオレンジ色をしたクッキーを一つ手に取って、私の口許へと近付ける。


「…………いらん」


 何を食わされるか分かった物ではないので、つっけんどんな態度でそれを拒む。

 すると、聖女の顔はみるみる内に曇っていき、今にも泣き出しそうな表情を浮かべるではないか。


「せっかく、最近評判の料理人に無理を言って、直接教えて貰ったのに…………」


 おまけに、目に涙を溜めて『みんなの前で、私、泣いちゃうわよ!!』と脅しを掛けてくる。


 ……この女は、きっと悪魔か何かに違いない。


「……ちっ、これを食べたらゲオルグ司教の所に戻れよ、いいな?」


「うん!!」


 何とか聖女から譲歩を引き出し、これで最後だと思ってクッキーを口にする。


「…………どう?」


 普段から料理をしている事もあって、聖女の手作りクッキーは不味くはない。

 しかし、一流のコックの料理に慣れている私に取っては、素人の作品の域を越えない駄作にしか感じられない。

 だが、それを正直に言えばどうなるか、結果は目に見えているため、言葉を慎重に選んで口にする。


「……ふむ、まぁ不味くはないな」


「本当!!」


 私の言葉に、先程とは違った意味の涙を浮かべ、喜びを全身で表す聖女。


 あの程度の言葉で、これ程浮かれる事が出来るとは、どれだけチョロイのだ、この女は……


 予想以上の反応に、内心ほくそ笑む。


「やった~、るーくんが、るーくんが遂に食べてくれた~!」


 聖女は、見ている方が恥ずかしいぐらいに喜びを表し、勢いをそのままに私の胸に飛び込んできた。


「ちょっ、離せ!話が違うではないかぁ!!」


 大声で叫んでいた事もあり、周りからは視線を集めており、そこでこの熱い抱擁だ……


 どこからか、からかうような口笛も聞こえ、音の出所を探ると、口元をニヤつかせる駄犬の姿があった。


 駄犬にすら馬鹿にされる有り様。

 他の貴族に、このような情けない姿を晒す事になるとは…………

 くっ、この世に救いはないのか!!


 世の無情を嘆き、悲しみに果てていると、救いは思わぬ所からやって来た。


「アメリアよ、嬉しいのは分かるがその辺にしておけ。辺境伯が困っているだろう」


 ズンッと腹の底に重たく響くような声が聞こえた。


 身に着けているローブは、飾り気は少ないものの、使われている生地は上等である。

 また、身に纏う気品は本物で、目の前の人物が生まれながらの貴人である事が伺える。

 黒髪を整え、眉を顰めた顔立ちは厳しく、その姿は何者にも屈しない巌のようであった。


 やって来たのは、ゲオルグ司教。

 この聖女の手綱を握る事のできる唯一の人間だ。

 ゲオルグ司教は、鋭い眼光で聖女を射抜き、有無を言わせない力を放った。


「…………はーい」


 ゲオルグ司教の言葉に、聖女は渋々といった返事を返し、私は、その言葉でようやく聖女の呪縛から開放される事が出来たのだった。





 ……神よ、この場にゲオルグ司教を遣わした事を、感謝致します!!

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