次期領主ダグラス=エッジの華麗なる一日

 僕の名はダグラス=エッジ。

 辺境に程近い、とある田舎の領地を治める貴族の一員だ。


 僕が将来治める事になるエッジ領は、本来なら何の変哲もない田舎の領地なのだが、辺境の中の辺境と名高いファーゼスト領に隣接しているため、田舎とは思えない程の賑わいを見せている。

 ファーゼスト領に向かうためには、必ずエッジ領を通らなければならず、王国の麒麟児ルドルフ=ファーゼストに面会を求める多数の人物が、相当額のお金を落としていくからだ。


 また、かの御仁は、様々な分野で最先端の技術開発を行っているため、エッジ領は王国の最先端技術に最も近い地という事で、優秀な人材が集まる地としても有名だ。


 本来ならば、辺境から溢れてくるかもしれない魔物に怯えながら、何の特産も無い地を治め、貴族とは名ばかりの貧しい生活を送るはずだったのだが、幼い頃から優秀な教師に囲まれながら育てられ、僕が王立学園でトップクラスの成績を修められているのも、あのお方のお陰と言っても過言では無いだろう。


 その学園も、間もなく卒業を迎え、本格的にファーゼスト辺境伯との付き合いが始まろうとする中、僕にはある悩みの種があった。

 僕は手元のペンダントをじっと見詰め、恋人であるフレデリカの事に考えを巡らせる。


 彼女は、僕の父が治めるこの地、エッジ領の領民だ。

 卒業が決まったため、前倒しで領地に戻って父の下で勉強に励む中、街の様子を見て回っている時に、彼女とは偶然出会った。

 街で働くフレデリカの姿を一目見て、僕は恋に落ちてしまったのだ。


 街で美人と評判のフレデリカの心を射止めるには、色々と紆余曲折があったが、僕達は心を通わせるに至り、何度も逢瀬を繰り返すようになった。

 その中で、僕は彼女にとある秘密を打ち明けられた。


 その秘密とは、フレデリカの出自と、その証であるペンダントの事だ。

 麦の穂を象ったダイヤが幾つも散りばめられたペンダントは、半年前に亡くなったフレデリカの母親の形見であり、彼女はどこかの貴族の落し胤との事だ。

 フレデリカは、あまり自身の出自を気にしていない様子だったのだが、僕は少し気になる事があり、フレデリカからペンダントを預かって調べてみる事にした。


 そうして、色々と調べ事をしていた時の事だ。

 ある日、私の下に驚くべき報せが舞い込んで来たのだ。

 なんとフレデリカが、貴族の使いを名乗る何者かによって、無理矢理連れ去られたと言うではないか。


 調べ事を進める上で、どこからか彼女の秘密が漏れてしまったのかもしれない。

 今まで何事も無かったのに、急にどこかの貴族が動き始めるなんて、僕が原因だとしか考えられない


「どうか、無事でいてくれ!」


 フレデリカの無事を祈りつつ、僕は、急ぎ屋敷を抜け出した。






 目撃情報を元に、必死で愛馬を走らせる。

 連れ去られてからの時間を考えると、フレデリカの下に駆けつける事は難しいと言わざるを得ないが、僕は何もせずにはいられなかった。

 目撃情報によると、フレデリカを連れ去った連中は、ファーゼスト領へと向かったらしい。

 だが、彼女の出自を考えれば、向かう方向は逆でなければならないはず。

 では何故、わざわざ辺境へと向かったのか…………


 相手の思惑がいまいち掴めない。

 だが、不確定な要素が多いという事は、それは裏を返せばフレデリカが無事でいる可能性も高いという事だ。


 僕は、そこに一縷の望みを懸けて街道を走り続ける。


 そして、間もなくファーゼスト領へ入ってしまうかという所で、前方に一つの集団の姿が見えてきた。


 その中にフレデリカの姿を見付けて、僕は一先ず安堵し、そして、彼女が馬車の中に押し込まれようとしている姿を見付け、身体中の血が一瞬で灼熱と化す。


 相手を射殺さんばかりに睨み付け、集団の前で馬を止めて立ちはだかると、身体を巡る熱をそのまま叩き付けるかのようにして叫んだ。


「貴様ら、フレデリカをどうするつもりだ!!」


 もし、彼女に危害を与えるつもりならば、相手が何者であったとしても許さない!

 もし、彼女に何かあったとしたら、細切れになるまで切り刻んでくれる!!


 思わず切り掛かってしまいそうな程に、沸騰していた私の熱は、横から聞こえてきた声によって、急激に冷まされる事になる。


「これはこれは、ダグラス殿ではございませんか?」


「なっ!貴方はルドルフ辺境伯!?」


 現れたのは尊敬すべき隣人、ルドルフ=ファーゼスト辺境伯。


 一体、何故この人がここに?何故フレデリカと共に居るのだ!?

 ……まさか、フレデリカを連れ去った貴族と言うのは、ルドルフ様の事だったのか?


 困惑する僕をよそに、ルドルフ様は穏やかな口調で、僕を落ち着かせるように語り掛ける。


「そんなに慌ててどうしたと言うのですか?貴族たる者、もっと優雅に振る舞うべきですよ」


 まるで何事もないかのような口ぶり。

 すぐそばに、誘拐されたはずの僕の想い人がいるにも関わらず、ルドルフ様の口から出てくる言葉は、いつもと全く変わらない調子だ。


 ……もしかしたら、ルドルフ様は、誘拐とは無関係?

 そうだ、良く考えれば、ルドルフ様程のお方がエッジ領の民に手を出すなど、ありえないではないか。

 恐らく、何らかの陰謀に巻き込まれたフレデリカを、ルドルフ様が保護して下さったに違いない。


「ルドルフ辺境伯、僕はフレデリカが誘拐されたと聞いたのですが、彼女を放しては頂けませんか?」


 ルドルフ様の庇護下にあるのであれば、フレデリカが無事である事は疑いようもない。

 彼女の無事を確信し、フレデリカの身柄を引き受ける事をルドルフ様に伝えた。


 今回はルドルフ様のお陰で大事には至らなかったが、次もそうだとは限らない。

 今後は、余計な事に首を突っ込む事はやめるべきだ。

 今回の事で懲りた僕は、これ以上彼女の出自に拘るのを諦め、大人しくエッジ領で暮らそうと思う。


「フレデリカとは、あそこにいる娘の事かな?確かに私は誘拐犯の手からあの娘を救い出したが、何故それを貴方の手に委ねなければならないのだ?」


 しかし、ルドルフ辺境伯は、そんな選択をする僕に、フレデリカを返そうとしてはくれない。

 まるで、それでは何の問題も解決していないと、叱られているかのようだ。


「くっ、…………フレデリカは僕の大切な人なんです」


 そうだ、これ以上フレデリカを危険な目に遇わせる訳にはいかない。

 大切な人が失われるかもしれないのに、どうして危険に飛び込む事が出来るだろうか。


「ダグラス殿、いいかな?私はこれから伯爵領へご子息の成人祝いのパーティーに向かうのだが、あの娘も伯爵の前に連れていくつもりだ」


 だが、ルドルフ様の口から出てきたのは、フレデリカの秘密の核心を付く言葉だった。


「なっ!?フレデリカを、あの伯爵の元にですか!?」


 フレデリカが持っていたペンダントには、麦の穂を象った宝石が散りばめられていた。

 そして、そのペンダントが示唆するのは、ルドルフ様のおっしゃる伯爵家に他ならない。


 つまり、ルドルフ様は、問題から遠ざかろうとしている僕に対して『問題には真正面から立ち向かえ!彼女の出自に本気で向き合う気があるなら、私が話を付けてきてやる』とおっしゃっているのだ。


「その通りだ……その上で、この娘が大切だと言うのならなら、何が必要なのか、分かるかね?」


 まだ家の名も継いでない僕では、伯爵家に話を付けるような力はない。

 そんな僕の代わりに、ルドルフ様は骨を折ってくれると言う。

 ……僕は迷わず、フレデリカの出自の証であるペンダントと、自身の出自の証である指輪をルドルフ様に手渡した。


「…………これで、どうかお願い致します」


 指輪には、エッジ家の紋章が入っており、ルドルフ様と言う仲人を通してペンダントと一緒に伯爵へと手渡すのだ。

 それが意味する所は一つしかない。


「ほぅ、これはこれは……」


 ルドルフ様は、僕の覚悟の証を見て、感心したように頷く。

 どうやら、ルドルフ様の期待に応えられたようだ。


「これが、僕にできる精一杯です。どうかフレデリカの事をお願いできませんか?」


「良いだろう、この娘を、ダグラス殿の元に連れて帰る事を約束しよう」


 ルドルフ様は、そう言うと自信に満ちた顔でニヤリと笑う。


「宜しくお願いします!!」


 その頼もしい姿に対し、私は頭を下げるしかできない事が、心苦しい。


「そう言えば、ダグラス殿は今年で学園を卒業するのだったな?一足早いが、私からのプレゼントだと思ってくれ。卒業おめでとう」


 だがルドルフ様は、そんな私の心境を見透かしたのか、『貴族間での貸し借りは気にしなくていい、これは卒業祝いだ』とおっしゃって下さった。


 巷では、縁結びの神と噂されるルドルフ様からの、特大級の卒業祝い。

 こんなにも嬉しいプレゼントがあるだろうか。


「あ、ありがとうございます」


 お礼の言葉を述べる僕に、ルドルフ様は笑みを一つ浮かべて返し、そのまま馬車へと乗り込む。


 ルドルフ様の号令と共に、二台の馬車は進み始め、次第にその姿は小さくなっていく。

 僕は、ルドルフ様と縁深い地に生まれた事を神に感謝しながら、去っていく馬車を見送った。

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