悪徳領主の土産

 手元の小箱を見つめながら、動かない馬車の中で時間を潰す。


 どうやったか知らないが、あの麻薬の売人は上手く捜査官の追求を逃れたようで、今から数日程前に、無事に挨拶をしてきた。

 今後もを窓口として、を卸ろすそうだ。

 クククッ、やはり、裏社会で生きるような人間は、どこかしたたかだな。

 せいぜい裏を掛かれないよう、奴らの情報を集めておくとしよう。

 そういえば、対価として食料などの生活必需品を現物で欲しいとか言っていたな。

 おそらく、どこかでこそこそと隠れながら生活しているのだろう。

 それならば、供給を私に依存させ、やつらの生命線を掌握しておくのも、いいかもしれない。


 そんな事を考えながら、馬車が出発するのを待っているが、一向に動く気配を見せない。


 一体、どれだけ私の時間を無駄にするつもりだろうか?


 これから、伯爵のご子息の成人祝いのパーティーに向かわねばならぬというのに、何をモタモタしているのだ。

 日程は、多少の余裕を見ているが、もし遅れるような事になれば、物笑いの種となってしまう。


「ルドルフ様、大変申し訳ございませんが、護衛や使用人の大部分が流行り病に倒れております。代わりの者を手配致しますので、今暫くお待ち下さいませ」


 同行していた村長が、そう言って申し訳なさそうに頭を下げる。

 だが、同じ言葉を、もう何度聞いた事だろうか。

 どれだけ待てども護衛は手配できず、ただ時間ばかりが過ぎるのみ。


「ええい、もう良い!ヨーゼフ、馬車を出せ!!」


 出発する気配を見せない現状に痺れを切らし、このまま出発してしまう事を決める。


「良いのですか?」


「良い。安全な街道を進むだけなら、元高ランク冒険者が一人いれば十分だ!」


 ヨーゼフの問いに、乱暴に答える。


「かしこまりました」


 ヨーゼフは短く呟くと、手綱を握って馬車を発進させた。


 ふん、たかが流行り病ごときに倒れ伏すなど、軟弱者どもめ。

 領地に帰ってきたら、再訓練を言い渡してくれるわ。


「お待ち下さい、ルドルフ様。いくら街道が安全とは言え、供も連れずにいれば、他の貴族に舐められます!どうか、身の回りの世話をする者ぐらいは、お連れ下さいませ!!」


 ちっ、口うるさい村長め。

 そこまで言うなら、さっさと人を集めればいいだろうが。

 これだけ時間があっても人を手配できないのは、お前の無能さが原因だと分かっているのか?


「ルドルフ様、どうかお考え直し下さい!」


 走り始めた馬車と並走する村長を横目に、これからの事に考えを巡らせる。

 勢いで出発を決めてしまったが、確かに村長の言う通り、ヨーゼフと村長だけを供とした場合、数が少ない事で、私を侮る馬鹿が現れないとも限らない。

 だが、今更ファーゼスト・フロントまで引き返すのも格好が付かない。

 どうしたものか…………


 それから小一時間程馬車を走らせ、村長の訴えを延々と聞き流していると、一台の馬車がこちらに向かって、やってくるのが見えた。


 丁度いい、あの馬車の人間を徴発するとしよう。


 私は、馬車から身を乗り出して、ヨーゼフに速度を落とすように指示すると、やってくる馬車に向かって声を上げる。


「そこの馬車よ、止まれ!!」


 こちらが進路を塞いでいるという事もあり、向こうは大人しく足を止めた。


 私はそれを確認すると、馬車から降りて、目の前の平民(かちく)に言葉を告げる。


「私の名はルドルフ=ファーゼスト、今から貴様らに、私の供となる栄誉を与えてやろう!」


 だが、私が直々に声を掛けているにも関わらず、反応は今一つ。

 平民かちくの分際で、なんという無礼であろうか。

 思わず刀に手を掛けたところで、ようやく馬車の中からも人間が出てきた。


 現れたのは、どこか見覚えのある男が三人と、年若い女が一人。

 御者の男も含めて五人の人間が、私の前で跪いた事で、ようやく溜飲を下げ、手を刀から離した。


「誰かと思えば、貴様か。こんな所で何をしている?」


 見覚えのある男達は、先日金貨一千枚で、私から命を購入した狼藉者だった。

 大金を稼ぐために悪事に手を染めるか、他国にでも高飛びしているかと思っていたが、いまだに私の目の届く範囲にいるとは、案外図太い神経の持ち主のようだ。


「いや、その、あれから色々とありまして、ですね……その、実はこちらの娘を誘拐するという話があって…………」


 誘拐?

 なるほど、この悪党共は自分の命惜しさに、他人を売り払う事を選んだという事か。


「誘拐とは、とんだ屑共だな」


「全くもって、おっしゃる通りです、へへへ」


 そう言ってヘラヘラ笑う髭男を横目に、私は頭を下げている女の顎に手を添え、顔を上げて容姿を確認をする。

 平民かちくにしては、中々顔立ちが整っており、しかるべき場所に売り飛ばせば、高値が付く事が容易に想像できる。

 恐らく髭男達は、どこかの村から誘拐してきたはいいものの、高く売る伝手が無かったため、直接私に売り込みに来たのであろう。


「なるほど、そういう事か。……いいだろう、私に任せるが良い」


 そう言うと、女は驚いたように目を見開く。

 大方この悪党共の口車に乗って、自分が売り飛ばされる事など、これっぽっちも考えていなかったのであろう。


 クックック、馬鹿な女だ。


 この悪党共には全く期待していなかったが、自分達の不幸に他人も巻き込んでくれるとは、嬉しい誤算だ。


「これから私は、伯爵領に向かう。貴様ら全員付いて来い」


 おまけに、こいつらであれば、いくら扱き使っても構わないし、使い潰しても全く困らない。

 もし何かあったとしても、ヨーゼフと村長が上手くやってくれるはずだ。

 ふむ、流行病のせいで、一時はどうなる事かと思ったが、何とか格好は付きそうだな。


「貴様ら、いつまで呆けている!返事はどうした!?」


「は、はい!!」


 髭男が代表して返事をすると、悪党達はいそいそと自分達の馬車の向きを変え始める。


 それにしても、丁度良いタイミングで、伯爵への良いが手に入ったものだ。

 伯爵は大層な好色家だと聞くので、これ程の器量良しを持ち込めば高値で買い取ってくれるに違いない。

 いや、ご子息が成人するのであれば、そちらの愛人ペットとして売り込むの良いかもしれない。

 どちらにしても、このブタは、良い声でいてくれる事だろう。


 クックック。

 これは御柱様にも、良い土産になるな。


「……ん?」


 そうして、頭の中でブタの出荷について考えを巡らせていると、一人の男が馬を走らせてこちらにやって来るのが見えた。


 馬に乗った男は、私達の姿を見付けると一段と速度を上げ、こちらを睨み付けながら近付いてくる。


「貴様ら、フレデリカをどうするつもりだ!!」


 男は、私達の行く手を塞ぐように馬を止めると、声を荒げて立ちはだかる。


 男はまだ若く、二十歳も越えていないだろう。

 鍛えられた体は引き締まっており、体の動き一つ取っても訓練の跡が伺え、男がかなりの手練れであることが伺える。

 そして、何人もの女性を虜にした事であろう、その甘いマスクには、見覚えがあった。


 男の名はダグラス=エッジ。

 我がファーゼスト領に隣接する、エッジ領の次期当主だ。


「これはこれは、ダグラス殿ではございませんか?」


 剣呑とした空気を諌めようと、私は、ダグラス殿に言葉を掛ける。


「なっ!貴方はルドルフ辺境伯!?」


 すると、ダグラス殿はようやく私の事を認識したようで、驚きの声を上げた。


「そんなに慌ててどうしたと言うのですか?貴族たる者、もっと優雅に振る舞うべきですよ」


 貴族の一員ともあろう人間が、供も連れずに、馬を潰さんばかりに走らせるなど、一体何事であろうか?


「ルドルフ辺境伯、僕はフレデリカが誘拐されたと聞いたのですが、彼女を放しては頂けませんか?」


 貴族として、みっともない姿を晒すのだから、どれ程の大事件かと思っていたが、何を言うかと思えば、ダグラス殿はブタを手放せと言うではないか。


「フレデリカとは、あそこにいる娘の事かな?確かに私はの手からあの娘を救い出したが、何故それを貴方の手に委ねなければならないのだ?」


 あのブタは、私が誘拐犯から巻き上げた、正当な報酬である。

 慣例に則っても、野盗が貯め込んでいた財産は、それを討伐した人間の物であるため、私がざいさんを手放す理由は無い。


「くっ、…………フレデリカは僕の大切な人なんです」


 ほう?

 あの女は自分の物だから、私に手放せと?

 どうやらこの若造は、物事の道理と言うものを知らないと見える。


「ダグラス殿、いいかな?私はこれから伯爵領へご子息の成人祝いのパーティーに向かうのだが、あの娘も伯爵の前に連れていくつもりだ」


 好色家で知られる伯爵の事だ、あれ程の器量良しを目の前に連れて行けばどうなるか、結果は想像するに難くない。


「なっ!?フレデリカを、あの伯爵の元にですか!?」


「その通りだ。……その上で、この娘が大切だと言うのならなら、何が必要なのか、分かるかね?」


 さて、ここまで言えばもう分かるだろう。

 女が欲しいのであれば、伯爵が提示するであろう価格以上の物を提示しなければ、私は首を縦に振りはしない。

 ダグラス殿は、それ以上の対価を私に提示する事ができるかな?


「…………これで、どうかお願い致します」


 そう言って、ダグラス殿は懐からペンダントを取り出し、自身の指から指輪を外すと、二つ併せて私に差し出した。


「ほぅ、これはこれは……」


 良く見れば、ペンダントには、麦の穂を象った宝石が幾つも散りばめられており、指輪の方には、エッジ家の紋章が彫られている。

 ダグラス殿がやって来た時の様子から察するに、大金を持ち合わせてはいなかったはずだ。

 それなのに、これ程の価値の物を即決で提示するとは、ダグラス殿は、あの女に余程熱を上げているようだ。


「これが、僕にできる精一杯です。どうかフレデリカの事をお願いできませんか?」


 これ程までのを頂いては、私も便宜を図らない訳にはいかない。

 よし、この機会にダグラス殿には、しっかりとしてもらうとしようか。


「良いだろう、この娘を、ダグラス殿の元に連れて帰る事を約束しよう」


 伯爵達に、散々弄ばれて飽きられた所を見計らい、中古品として引き取ってくるとでもしようか。

 に連れて帰ってくるとは、一言も言っていないからな。


「宜しくお願いします!!」


 自分の想い人が辿る運命も知らずに、ダグラス殿は、私に頭を下げる。


 まぁ、これに懲りたら、平民かちくの雌に熱を上げる事も無くなるだろう。

 今回の一件で、貴族としてどうあるべきか、しっかりとしてくれたまえ。


「そう言えば、ダグラス殿は今年で学園を卒業するのだったな?一足早いが、私からのプレゼントだと思ってくれ。卒業おめでとう」


「あ、ありがとうございます」


 そう言って喜ぶダグラス殿に見送られながら、私達は伯爵領を目指し馬車を走らせた。


「………………クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!」


 馬車の中で一人になると、堪えきれずに笑い声を上げる。


「クククッ、一体、何を卒業する事になるのだろうな……クハハハハ!」


 全く、おめでたい話だ。

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