頑張れ、はしらちゃん! ~初めてのおつかい~

≪※時系列としては少し先の話となりますので、ご注意下さい。≫










「遂に……遂にここまで…………」


 日の光が一切入らない地下空間に、この世の者とは思えない雰囲気を纏った人影が二つ。


「ククク、ようやく……ようやくこれで、妾も好きに動けるのじゃ」


 一つは、この世の美を一ヶ所に集めたかのような、一目で魂を誘惑されてしまいそうな、美しい女性。

 その正体は、辺境の地に封印されたいにしえの大悪魔。


「今までは、見ている事しかできなかったが、これからは違う!」


 もう一つは、六歳ぐらいに見える幼い少女。

 こちらも、絶世の美女に成長する事が、容易に想像できる顔立ちをしており、二人で並んで立てば、姉妹に見える程良く似ている。


「妾の分身よ、外の世界へ行き、そこで何を成すか。分かっておるな?」


 それもそのはず、この少女は、ファーゼストに封印されている大悪魔が生み出した、自身の分身。

 大悪魔は、永きに渡る封印の果てに、とうとう分身を顕現させるまでに至ったのである。


「ふふふ、だれに物を言っているのじゃ。わらわは同一の存在じゃぞ?この、はしらちゃんに任せるがよい」


 分身は、本体と比べてほんの僅かな力しか持たないが、それ故に、神々の施した封印を素通りする事ができる。

 そのため、大悪魔は封印されていながら、現世に直接影響を及ぼす事ができるのだ。


「ならばよい、期待して待っておるぞ。全てはそう……」


 二つの存在は、お互いに顔を見合わせ、不敵に笑った。


 全ては、大悪魔の悲願のために。

 全ては、大悪魔の渇望のために。

 全てはそう…………















「「フライドポテトのために!!」」















 こうして御柱様の分身、はしらちゃんの初めてのおつかいが始まった。










「ふんふん、ふ~ん♪」


 少女は、封印生活中に覚えた、異世界のメロディーを口ずさみながら、弾むように歩いていく。

 何百年振りに感じる現実の日の光は柔らかく、まだ肌寒くはあるものの、春の訪れを感じさせる。

 まるで久し振りの外出を祝福しているかのようだ。


 目的地は決まっている。

 良く領地を飛び回っている老カラスから、事前にどこの店が一番美味しいか聞いておいたからだ。

 行って帰ってくるだけの、引き篭りにも優しい簡単なミッションだ。


「おじさん、くっださ~いな~♪」


 苦労する事なく目的地に到着した少女は、屋台の男に元気一杯の声を掛けた。


「おっ、可愛いお嬢ちゃんだね、一人でどうしたんだい?」


「カーちゃんが、フライドポテトは、ここが一番美味しいって言ってたから、わらわも一つ欲しいのじゃ」


「嬉しい事言ってくれるおっ母さんだねぇ。よし、おまけしちゃおう!」


「やったのじゃ!!」


 少女の発言に気を良くした男は、紙袋にいつもより多めのフライドポテトを詰め込み始める。

 そして、その様子を見た少女の期待は、否が応にも増していく。


 何と幸先の良い事だろうか。

 大悪魔の分身として活動を始めた初日にこの幸運だ。

 運命を司る悪魔の面目躍如と言ったところだろうか……







「ほい、山盛りで大銅貨一枚だよ」







 だが、男のその発言を聞いて少女は硬直する。

 驚きで目を丸くし、呆けたように口を半開きにしており、まるでお金が必要だという事を知らなかったかのようだ。


「うん?どうしたんだい?」


「…………いのじゃ……」


 少女の喉から、風に溶けてしまいそうな声が発せられる。


「……お金、無い、のじゃ」


 屋台にやって来た時とは、打って変わって気を落とす少女。

 泣いてしまうのを堪えているようにも見える。


「どこかで落としちゃったのかな?」


 男の言葉に、少女はキョロキョロと辺りを見渡す。

 だが、どこにもお金は落ちていない。

 当然であろう、始めからお金などないのだ。

 地下に引き籠っていた大悪魔には、自由にできるお金など存在しない。


 だがしかし、こんな事で諦められるほど、少女のフライドポテトへの想いは安くない。

 大昔には貨幣など存在せず、人々は物々交換によって物の売買を行っていたのだ。

 この屋台の男に、フライドポテトの対価として相応の物を提示すれば、商品を交換してもらえるかもしれない。


 少女は、道端に生えているまだ蕾のままの花を見つけると、とてとてと歩いていき、ブチッと根ごと引っこ抜いた。

 そして、とてとてと歩いて戻ってくると、上目使いで男に差し出す。


「こ、これじゃダメか?わらわの……はしらちゃんのお手製のお花じゃぞ!?」


 目の前で摘んでいたのに、お手製も何も無いだろうと思うところだが、屋台の男は、少女に優しく宥めるように言い聞かせる。


「いや、こっちも商売でな…………その、なんだ、お嬢ちゃんに上げたら、他の人にも無料で上げなくちゃいけないだろ?ごめんな?」


 大人の対応である。

 子供の無理難題に対して、理知的で非常に分かりやすい対応ではないだろうか。

 だがしかし、得てして大人の理屈という物は、子供には受け入れ難い物である。


「そんな……」


 雨でも降ってきたのだろうか?

 雫が一粒、少女の頬を伝った。

 こんなに良い天気だというのに、一つまた一つと、地面に水の跡が出来上がる。


「ずっとずっと、楽しみにしていたのに…………」


「えっ、その……」


「やっと、外に出られたのに……」


「…………え?……外に?」


 少女の言葉を聞いて、男は何かを察したようだ。


「外に出たら絶対に食べようと思っていたのに…………」


 急に降りだした雨を前に、屋台の男は困り果ててしまう。

 周囲の耳目を集めてしまったからではない。

 どうすれば、目の前の少女を笑顔にできるか、分からなかったからだ。


 男は考える。

 きっと、この少女はどこかの貴族の御令嬢か何かで、今までは病気で、碌に外出できなかったに違いない。

 そして、病気が回復した今日、母に聞いていた自分の店で、夢にまで見たフライドポテトを食べようと思っていたのであろう。

 そこまでして、自分の商品を楽しみにしてくれていたのに、この子をこのまま帰すのか?

 貴族の子供か何かであれば、きっと自分一人で買い物をした事など無いのであろう。


 だが、こちらも商売である以上、商品を無料で配るといった事例を作るわけにはいかない…………


「…………アー、しまったナー。どうしようかナー。揚げ過ぎて焦がしちゃったナー。これは売り物にならないナー。捨てるのも勿体無いナー。困ったナー」


 考え事をしていたあまり、男は、ついうっかり商品を焦がしてしまったようだ。

 それも、しっかり狐色になるまで。


「のじゃ?」


 これは商品ではないのだ。

 捨てる物をどうしようと、それはその人の勝手である。


「それと、なんだか急にお花が欲しくなってきたナー。商品は焦がしちゃうし、急にお花が欲しくなってくるし、今日は散々な一日だナー。あっ、そういえばさっき見たお花は綺麗だったナー。どうだいお嬢ちゃん、このフライドポテトとさっきのお花を交換してくれないかナー?」


「うむ、よいぞ!捨てるなんて、もったいない事をするぐらいなら、わらわが貰ってあげるのじゃ!」


 気が付くと、雨はもう止んでしまったようで、少女は太陽のような笑顔を浮かべながら、手に持ったお花とフライドポテトを交換する。


 周囲にいる人々からも、どこかほっとしたような空気が流れてきた。


「お嬢ちゃん、今日は運が良かったな。神様にありがとうって言うんだぞ」


「えっ、神さま?……どの神に礼を言えば良いのじゃ?」


 少女の知っている神は、皆、少女にとっては憎き存在だ。

 だが、フライドポテトを食べられるのであれば、一言お礼を言うぐらい吝かではないようだ。


「えっ?どの神様って…………その、うーんと、ファーゼストの女神様かな?」


 ファーゼストは大悪魔の治める土地。

 ……そんな神など、居ただろうか?


「とにかく、ありがとうなのじゃ!」


 少女は疑問に思いつつも、感謝の言葉を述べると、屋台にやって来た時以上に心を弾ませながら、来た道を戻っていった。


 屋台の男は、少女が自分の商品を嬉しそうに抱えて帰る姿を見て、とても誇らしそうだ。

 お代は、一輪の花とあの子の笑顔。

 たまにはこんな日があってもいいじゃないかと、どこか清々しい気分に包まれ、男は、今日の仕事を切り上げ、家路に着く事にした。

 まだ日は高いが、このままでは、花が萎れてしまうため、家に帰って鉢に植え直す必要があるからだ。








「揚っげたて♪熱っ々♪ほっかほか〜♪」


 適当な歌を口ずさみながら、少女はウキウキと道を歩いて行く。

 問題はあったものの、何とか目的の物を手に入れる事ができ、あとはお家に帰って食べるだけである。


 だが、何を思ったのか、少女は歩くのを途中で止めて、手の中にある紙袋をじっと見つめ始める。


「それにしても、美味しそうじゃな~…………」


 ある事に気が付いてしまったため、気になってしょうがなくなってしまったのだ。


「このまま戻っても、きっと冷めてしまいそうじゃ…………」


 そう、春先と言えどもまだ気温は低い。

 いくら揚げたてと言えども、時間が経つに連れ、フライドポテトはどんどん冷めていってしまう。


「……ゴクリ」


 念願のフライドポテトも、冷めてしまっては、その美味しさは半減どころの騒ぎではない。

 それは最早、フライドポテトに対する冒涜と言っても過言ではない。

 いくら悪魔と言えども、そのような冒涜は許される物ではない!


「あぁ、わらわはどうすれば……」


 はしらちゃんの中で、悪魔と大悪魔がせめぎ合う。


 ――悪魔は、「このままここで食べてしまえ」と囁いた。


 ――大悪魔は、「何をしているのじゃ、早く妾の所に持って来ぬか!妾に冷めてしまった不味いフライドポテトを食べさせるつもりか!?はりー!!はりー!!」と我儘を言った……










 イラッ☆










 気が付けば、手は既に袋の中に突っ込まれており、そのまま流れるような動作で口元へと運ばれた。


 火傷してしまいそうな程の熱が口の中を蹂躙し、はふはふと、舌を動かしながら口全体でそれを味わう。

 噛んでみると、一段と熱い中身がほくほくと飛び出し、肌寒い空の下で、そこだけが別世界のように熱を持つ。


「う、ま、い、の、じゃぁぁぁぁぁ!」


 想像していた以上の感動に、思わず叫び声を上げる少女。

 熱の塊が一つまた一つと口の中へと消えていき、気が付いた時には袋の中身は半分程になってしまった。

 少女は、その時になって、ようやく自分が何のために外出したのかを思い出し、顔を青ざめる………


「………………まいっか!」


 ……事はなかった。


 例え半分だけだったとしても、感動が減るわけでもない。

 あの引き篭りの事だ、例え半分になっていたとしても、美味しい美味しいと喜んで食べる事だろう。

 そう考え、少女は気にしない事にした。


 念願のフライドポテトを食べる事ができ、まるで踊らんばかりの勢いで、少女は道を歩いて行く。


 ……大丈夫だろうか、転んでしまい、残りのフライドポテトを落としてしまったら目も当てられない。


 …………そして、少女の歩く先には、丁度いい大きさの石が地面から出っ張っている。

 少女はフライドポテトに夢中で、気が付いた様子は無いように見える。


 まずい、このままでは大惨事が起きてしまう…………





「華麗に回避なのじゃ〜!」






 出来る!

 この分身、本体と違ってきちんと危険を回避する事ができるようだ。

 今後も安易な罠には、引っ掛かりそうもない。

 このまま無事に帰る事ができそうだ………


「今日のわらわは絶好調なのじゃ……ぷぎゃぁ!」


 そう思った瞬間、曲がり角から現れた女性とぶつかってしまい、小さな体は、地面に転がってしまう事になった。


「きゃぁ!…………えっ、大丈夫!?」


 メイド服を身に纏った女性は、心配そうな声を掛けるが、少女は一点を見つめながら微動だにしない。


「…………のじゃぁ」


 少女の口から、辛うじて声が漏れ出る。


「地面に、ぶしゃぁなのじゃぁ…………」


 見れば、袋の中身が一本残らず地面に広がっていた。

 まさに大惨事である。


「えぐっ、えぐっ……」


 またもや水滴が、地面を濡らし始める。


「ごめんなさい、本当にごめんなさいね。…………あっ、そうだ!代わりに、これを上げるから許してちょうだい、ね?」


「嫌じゃ!代わりなんてないのじゃ~!わらわが自分で手に入れたポテト以上の物なんてないのじゃ!代わりの物で釣ろうなど、わらわを舐めるのもいい加減にするのじゃ!!」


「そうよね、飴玉では許してもらえないわよね……ごめんなさい」


 怒り心頭の少女ではあったが、飴という聞き捨てならない単語に素早く反応をする。


「……………ま、まぁ、その、あれじゃ。す、過ぎた事を言っても、し、しょうがないからの。ア、アメちゃんで手を打ってやらん事も無い訳でも無いという事も無いぞよ」


 少女は、良く分からない事を言いつつも、目が飴玉に釘付けである。

 そんな風にコロコロと変化する少女の表情を見て、女性も微笑みを浮かべる。


「ふふふっ、じゃぁ、ぶつかったお詫びにこれをどうぞ。貴重な物だから、落とさないように気をつけるのよ?」


 黄金色の粒を一つ受け取り、少女は飛び上がらんばかりの喜びを表す。


「わ~い、アメちゃんなのじゃ~!」


 この悪魔、チョロ過ぎる。

 ……いや、飴は砂糖のみで作られた高価な品である。

 フライドポテトと飴を交換できたと考えれば僥倖だと言えよう。

 さすがは運命を司る悪魔だ。


 不幸な出合い方ではあったが、別れる時にはお互いに笑顔で手を振りあう事ができた。


 それから少女は、飴玉を懐にしまうと、今度は何があっても転んだりしないように慎重に歩き、無事に家に着く事ができた。










「うむ、よくぞ戻った。して、フライドポテトはどうじゃった?」


 待ちきれなかったのか、封印の境界ギリギリでソワソワしながら待っていた大悪魔は、分身が帰ってくるのを確認すると、一も二もなく声を掛けた。


「美味しかったのじゃ!」


 ……だが、返ってきたのは聞き捨てならない台詞。


「なぬ?」


「違った。落としちゃったのじゃ!」


 今更、言い直しても遅い。


「こらぁ!嘘をつくでない!!」


「わらわは悪魔じゃから、ウソは言えないのじゃ」


 だが分身は、大悪魔の追及もどこ吹く風と、しらを切る。


「むっ、確かに…………でも、つまみ食いはしたじゃろ?」


「それは言えないのじゃ!」


 アウトである。

 嘘が言えない以上、これ以上の誤魔化しは不可能のようだ。


「ぬぉぉぉ、食べたのじゃな?お主一人で食べたのじゃな!?」


「ふん!大体、お金も用意しない本体が悪いのじゃ。じゃから、あれはわらわの正当な報酬なのじゃ。食べた記憶がフィードバックされるだけでも、ありがたいと思うのじゃ!」


「えぇい、そんなので誤魔化されると思うなよ!いいからフライドポテトを寄越すのじゃ!!」


 開き直る分身と、それに掴み掛からんばかりの勢いを見せる大悪魔。


「だから、落としちゃったって言ったのじゃ」


 だが、分身のその一言に大悪魔の動きが止まる。


「嘘じゃろ?……なぁ、落としたなんて嘘じゃろ?」


「わらわは悪魔じゃから、ウソは言えないのじゃ」


 その通り、悪魔は嘘がつけない。


「………………そんなまたまたぁ、冗談キツいよ、はしらちゃ~ん」


 悪魔は嘘をつけないが、人を騙す事はできる。

 言葉巧みに嘘はつかず、本当の事も言わずに誤解を与えるのだ。

 大悪魔の分身たるはしらちゃんにも、そのような話術が備わっていてもおかしくはない。


「落としちゃったのじゃ」


 ……が、そんな大悪魔の微かな希望は、キッパリとへし折られた。


「…………えっ、本当に?」


「悪魔がウソをつけないのは、本体が一番知っておるじゃろ?」


「……無いの?」


「土まみれでもいいなら、今から拾ってくるのじゃ!」


 分身のあまりにもの仕打ちに対し、大悪魔はよろよろとよろめき、ベットの縁にぺたんとへたり込む。


 せっかく分身を顕現させたのに……

 せっかく外出させたというのに……


 あんまりだ…………


「の……」


「ん?どうしたのじゃ?」


「の…………」


「の?」


「のじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 大泣きする大悪魔。

 恥も外聞もなく泣き叫ぶ。

 ……まぁ、この地下空間にいるのは、大悪魔とその分身しかいないので、外聞も何もあった物ではないが……


 そんな本体の醜態を見るに見兼ねたのか、はしらちゃんは懐からある物を取り出した。


「本体よ、そう泣くでない。コレを見よ!!」


「のじゃぁ?」


「ほれ、アメちゃんじゃ!」


 それは、はしらちゃんの外出における最大の戦利品、『べっこう飴』だ。

 その黄金色の輝きに惹かれ、大悪魔の目が見開かれる


「お、おほぉぉぉっ!それがアメちゃんか!?異世界の一部地域では、妙齢の女性がいつも持ち歩いて、配っているという、あのアメちゃんか!?」


「その通りなのじゃ」


「でかした!さすがは我が分身、良くやった!さぁ、早くそれをこちらに寄越すのじゃ!!」










「…………え?嫌じゃ」










「な、ぬ?……今、なんと言った?」


「嫌じゃ、コレはわらわの物じゃ」


 目をまん丸にして、ぱちくりする大悪魔と、まるで意味が分からないとばかりの分身。


「……え?何で?……今、妾にくれる流れじゃったよな?」


「え?何言ってるの?見せびらかしただけじゃよ?」


「……なん…………だと!?」


 その言葉に、とうとう大悪魔の堪忍袋の緒が切れた。

 悪魔のような形相で分身を追い回し、分身は分身で、封印の中を縦横無尽に駆け回る。


 だが、文字通り万年引き篭りで運動不足だっため、二つの存在はそう長い時間を掛けない内に、息を切らしてへたり込んだ。





 バサバサバサ





『御柱様ぁ〜、とうとう分身を顕現させられた…………って何してるんですか?』


 そこへやってきたのは、一羽の老カラス。

 この世の物とは思えない雰囲気を纏った、大悪魔の数少ない友人だ。


「「良く来たのじゃ!カーちゃんはどっちが食べるべきじゃと思う!?」」


 いきなりやってきて、訳の分からない状況にも関わらず、老カラスは根気良く二つの言い分を聞いて、最後にこう答えた。


『一つに戻ってから食べれば、いいのではないですか?』


「「それじゃ!!」」


 名案だとばかりにその提案に飛び付き、大悪魔は急いで分身を消して、一つの存在に戻った。











 カラン、カラン、カラン…………











 飴が地面を叩く固い音。

 時が止まったかと錯覚する程の静寂が訪れる。





「……………………」





 今までアメを持っていた手が急に消えればどうなるか……

 この状況がその答えだ。










「さ……」










「さ…………」











「三秒ルーーール!!!」


 大悪魔は急いで地面のアメを拾い、ふーふーと息を吹き掛けてから、さっと口に放り込む。


 砂糖だけで作られた『べっ甲飴』の上品な甘さが、口の中に広がっていく。


 幸せがそこにはあった。

 大悪魔が、その幸せに魅せられて、堕落してしまいそうな程の幸せだ。


 この一時を味わえただけでも、分身を使いに出した甲斐はあったのかもしれない。


「…………おいひぃ♪」






 ファーゼストは、今日も平和である。

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