王国捜査官の華麗なる一日

 私の名はシルヴィア。

 栄えある王国捜査官の一隊を率いる、隊長の任に就いている。


 盗賊ギルドや、暗殺ギルドといった闇ギルドの犯罪を取り締まるなど、特に組織的な犯罪を主に扱っているのだが、ここ最近は麻薬の取り締まりに注力している。


 ここ数年、そこそこ規模の大きい麻薬組織が台頭してきたようで、王国中で麻薬が蔓延しつつある。

 その状況に対策を取るべく、私達は捜査チームの一隊として活動を行っているのだ。


 だが、末端の中毒者や、それらに麻薬を卸す売人は、幾人も摘発できているのだが、その上にいる存在には、どうしても辿りつく事ができないでいた。

 恐らく、どこかの貴族が関わっており、こちらの捜査の手が及ばないように、裏から手を回しているのであろう。


 そこで、貴族が関わっているという証拠を集めようともしてみるが、やはり我々の捜査権限では成果を上げる事は難しく、進展しない状況にやきもきとした思いを抱いていた。


 そんなある日の事である。


 私の伯父であるモロー伯爵から、ある情報が寄せられた。

 それは、辺境の地で、麻薬の大規模な取引が行われるというものだ。

 モロー伯爵は、王国の穀倉地帯を任されている大貴族であり、その情報網はかなりの物となる。

 親戚からの情報だという事もあり、かなり信頼性が高い物だと言えよう。


 しかし、もたらされた情報によると、取引の日にちは目前に迫っており、今すぐ向かっても、ギリギリ間に合うかどうかという所だ。

 だが、麻薬組織の尻尾を捕まえる絶好の機会を、逃す訳にはいかない。


 私は、急いで出立の準備を整え、隊員達を急かしながら、ファーゼストの地への道を、一路辿った。






 強行軍を行った事により、なんとか取り引き当日の夜にはファーゼスト・フロントへ到着する事ができた。

 本来ならば、予めその地の領主に、根回しをした後に捜査を行うのだが、そんな事をしている余裕は無い。


 幸いな事に、この地の領主は『黒麒麟』と名高いルドルフ辺境伯。

 悪事に厳しい、かの御仁であれば、悪人を捕らえる事に否やはないはず。

 規則を守って悪を見逃すぐらいならば、多少のルール違反は、大目に見て下さるであろう。


 街の中を駆け抜け、情報にあった商会に到着すると、私は躊躇する事なく、建物の中に足を踏み入れた。


「うっ、なんだこの匂いは?」


 一歩足を踏み入れて感じたのは、香のようにして焚かれた麻薬の匂い。


 どうやら、ここが麻薬組織の拠点で間違いないようだ。

 これでようやく、組織の尻尾を捕まえる事ができる。


 逸る気持ちを抑え、口元を布で覆い、香の煙を吸わないように気を付ける。

 麻薬で意識が飛んでいるのか、一人の男がカウンターの奥で倒れているのを見つけたので、部下に拘束しておくように命じる。


 他に人の気配がするのは、通路の奥。

 恐らく、そこでは大規模な麻薬の取引が、今まさに行われようとしているのであろう。


 絶対に逃さない!


 疲れた身体に気合を入れ、その勢いのまま通路の一番手前の部屋に、なだれ込んだ。


「そこまでだ!全員この場から動くな!!」


 部屋の中には二つの人影があり、手前の影はすぐさま立ち上がって臨戦態勢を整える。

 その反応の良さから、かなりの手練だという事が伺える。

 おまけに、得物を自身の陰に隠しているため、相手の出方が読めず、迂闊に近寄る事は危険である事を示していた。


 まずい、目の前の人物は、想像以上の凄腕だ……


「貴様、勝手に動くな!」


 だが、数の利はこちらにある。

 荒事になれば、不利になるのは相手だ。

 このまま囲む事ができれば、取り押さえる事も可能だろう。


 蝋燭の灯りは心許なく、相手の顔色は影に隠れて読み取れないが、睨み付ける事でその挙動を牽制していく。

 だが、しばらくすると目の前の人物は、ふっと緊張を緩めて声を掛けてきた。


「これはこれは、王国捜査官殿ではないか。こんな辺境に、それもこのような夜更けに、一体何の用で?」


 まるで知人か何かに声を掛けるような、気安い調子。

 こちらの油断を誘うつもりだろうが、生憎とその手には乗らない……


「黙れ悪党が…………なっ、貴方は!?」


 しかし、蝋燭の影から現れたのは、予想以上の大物。

 辺境の地ファーゼストの領主、ルドルフ=ファーゼストその人だ。


 何故この方がここに……

 ……まさか、『黒麒麟』と名高い辺境伯が麻薬の取引に手を染めているのか?

 いや、そんな馬鹿な!!

 …………だが、もしも、そうだとしたなら、色々と辻褄は合ってしまう。

 ルドルフ様が『黒麒麟』と呼ばれる程の功績を上げれたのも、マッチポンプを行っていたと考えれば納得ができる。

 また、ルドルフ様程の大貴族が裏で糸を引いていたとなれば、我々の情報など筒抜けだったであろう。

 今まで麻薬組織の尻尾が掴めなかったのも分かるというもの。


「…………神妙にして下さい。今日、ここで麻薬の取引が行われている事は、確かな筋の情報で判明しているのですから」


 これは、無事に帰る事ができたら、伯父上に文句の一つも言ってやらねば気が済まない。

 このような大物貴族が裏に潜んでいるなんて、私は聞いていないぞ。


「やれやれ、何を勘違いしているか知らないが、捜査官が誤った情報に踊らされるとは嘆かわしい物だ」


 だが、目の前の人物は、取引の現場を押さえられたというのに、肩を竦めて呆れるばかり。


「何?」


「フンっ、確かな筋と言うが怪しい物だ。一体どこからそんな情報が?」


 それどころか、私の情報源の信頼性を疑う始末。

 盗人猛々しいとはこの事だろうか。


「くっ、だが、現にこうして取引を行って…………」


 実際に、ここで取引を行っていた事は明白なのだ。

 この期に及んで言い訳が通用するはずがないというのに……


「……私を馬鹿にするのも大概にしろ!」


 蝋燭の火が震えるほどの一喝。

 そして静寂が、徐々に部屋の中へと浸透していく。


 そこで、私はようやく冷静になることができた。


 …………私は、一体何を考えていたのであろうか。

 あの『黒麒麟』が黒幕?

 実は裏でマッチポンプを行っていた?


 馬鹿馬鹿しい。

 数々の大組織を壊滅させてきた、裏世界で最も恐れられる人物が、そんな事をするわけがないだろう。

 陰謀論も甚だしい。


 今回も、自領に蔓延る悪を成敗せんと、出張って来たと考える方がよっぽど自然である。


「貴様は誰に断ってこのような行為に及んでいる?」


 そして、私達の行いを責めるような口調。

 当然である。

 本来ならば、ルドルフ様に一言告げて然るべきところ。

 見方によっては、私達が手柄欲しさに独断専行をしていると取られてもおかしくはないのだ。

 そしてそれは、あながち間違っているとも言い切れない。


「黙っていては分からんな?貴様は、一体誰の許可を得て、このファーゼストの地で活動している?」


 おそらくルドルフ様は、王国捜査官が成果を上げられない事に業を煮やし、自領に麻薬組織が根を張りつつある事を察知して、身を乗り出したのであろう。


 私達が不甲斐ないせいで、ルドルフ様の手を煩わせてしまうばかりか、その行動を我々が邪魔をしたともなれば、お怒りになるのも無理はない。

 しかし、悪を憎む気持ちは、我々も同じだという事を、どうか分かって頂きたい。


「ですが、そのテーブルの上のブツは……」


 麻薬組織の摘発は我々の職務でもある。

 これらの証拠品は、任せて貰えないだろうか?

 そう思い、協力を要請しようとするが……


「くどい!貴様は、どれだけ私の手を煩わせるつもりだ!?」


 ルドルフ様は、捜査官の手など必要無いとばかりに拒絶される。


 それはつまり、私達は不要な存在だという事か?

 今の発言は、私達の事を無能と呼んでいるに等しい。


「なっ、我々の職務を侮辱するつもりか!?」


 確かに我々の捜査は遅々として進まなかった。

 だが、だからといって、この商会にまで辿りついた我々を不要と切り捨てるのは侮辱というもの。

 私にもプライドというものがある。


 私は、捜査官としての誇りを掛けて、ルドルフ様の紫色の瞳を見据える。

 厚かましいのは重々承知の上だが、名誉を挽回する機会を頂きたいのだ。

 そして、先に根負けしたのはルドルフ様の方だった。


「……よかろう、そこまで言うのなら、貴様らでここの商会の人間を拘束しておけ!後の話は、朝になってから、領主御用達の宿で伺おう」


 明日の朝までに、悪党共を締め上げて情報を吐き出させて見せろとの事らしい。

 任せて下さい、必ずやその期待に応えてみせます!


「……分かりました。話は明日の朝、宿でゆっくりとさせてもらいましょう。お前達、奥の男を連れていけ!!」


 かの高名な『黒麒麟』の手腕を間近で見られる機会など滅多にない。

 共に捜査を行えるなんて、胸が踊るようだ。


 最後に笑みを一つ残して部屋を出る。

 意気揚々と他の部屋も回り、結果として、何人かの容疑者を捕まえる事ができた。

 建物に併設された倉庫からは、かなりの量の麻薬が発見され、十分な証拠を得る事もできた。


 捕まえた人間を締め上げれば、重要な情報も吐き出させる事ができるだろう。


 そうして順調に事が進んでいく中、部下から声が掛かる。


「シルヴィア隊長!少しよろしいでしょうか?」

「なんだ、どうした?」

「実は、捕まえた人間の一人なのですが、小官では手に余るため、指示を仰ぎたく伺いました」


 手に余る?どういう事だろうか。


「どいつだ?」

「はっ、『I』の部屋に隔離しております。」

「分かった、私が変わろう」


 部屋の中に居たのは、先程ルドルフ様と相対していた男だ。

 今は顔を真っ青にして、震えている。


「…………何か言いたい事はあるか?」


 悪党に掛ける慈悲など無い。

 意識して、冷たく無機質な声を出す。


「ち、違うんです!……こ、これは違うんです!!」


 テーブルの上に広げられた証拠の品を前にして、言い逃れしようとは、いい面の皮の厚さだ。


「しらばっくれるな!ならば、これはなんだと言うのだ!!」


 テーブルを強く叩きつけ、威圧しながら詰め寄る。


「…………うです」


「聞こえん、もっとハッキリと言え!!」


「…………砂糖です!」


 砂糖だと?

 ふん、馬鹿馬鹿しい、こんな白い砂糖がこの世にある訳がないだろう。

 この男は、こんな言い訳が通用すると本気で思っているのだろうか?

 我々、王国捜査官を舐めているとしか思えない。


 部下も部下だ、この程度の人間を、手に余ると称して対応を振るなど、何を考えているのか。


「いえ隊長、砂糖です」




 ……………………何?




「本当に、砂糖であります」


 砂糖……だと?

 こんなに白いのに、砂糖だと?

 本当の本当に砂糖だと?


「信じられないのは分かりますが、事実であります」


 だとしたらそれは……


「それは……」


「はい、だからお呼びしたのであります」


「大事ではないか!?」


 砂糖は、隣国の貴族によって独占されている、利権の絡んだ厄介な代物だ。

 当然、その製法は秘匿されており、非常に高価で外交のカードに使われる程の物だ。

 だが、目の前にあるのは砂糖。

 こんな上品質の砂糖など聞いた事がない。


「……あの、私はこれから、どうなってしまうのでしょうか?」


「え?あ、そ、そうだな…………」


 砂糖は、取引に関しては規制がされているが、別に製造する事は規制されていない。

 そもそも製造法が秘匿されているのだから当たり前だ。


 おまけに、いくら砂糖が規制品だからと言って、王国捜査官が取り締まるような物でもない。


「ルドル…………先程のお方に、御迷惑が掛かるような事になるのでしょうか?」


 男が不安そうな顔を向ける。


 正直、貴族の利権が絡んでくるような話は、私にも手に余る。

 更にこの男は、ルドルフ様と何らかの取引を行っていたと思われ、下手に首を突っ込むと、貴族同士の争いに巻き込まれかねない。

 麻薬組織との関わりは、ほぼ無いと見て、釈放するのが良さそうだ。


「この商会に居た事自体に疑いは残るものの、あの方と直接やり取りをしていたのだ、問題無しと見ていいだろう。」


「それでは!?」


「あぁ、帰っていいぞ」


「あ、ありがとうごさいます」


 そう言って男は立ち上がり、部下に案内されながら部屋を出ていった。


 ふぅ、下手な取り調べよりも、よっぽど疲れた。

 ルドルフ様が扱うような、桁の違う商売の話に首を突っ込む事になり、冷や汗が止まらない。


 あの白い砂糖は確実に王国の常識を変えるだろう。

 そこに、私達が横槍を入れようものなら、あの『黒麒麟』と敵対する羽目になる。

 それだけは、絶対に避けたい。


 今日は本当に疲れた。

 強行軍に始まり、商会の捜査に、ルドルフ様とのやりとり……。

 完全に許容量を越えている。

 気が付けば、体中からは火照るような疲れを感じ、汗が服を重くしていた。


「…………って、暑すぎやしないか?」


 違和感を覚えたその時である。


「隊長、火事です!すぐに避難して下さい!!」


 部下が部屋の中に飛び込んできた。

 慌てて部屋を出てみると、あちらこちらから火の手が上がっており、急いで建物の外へと避難する。


 無事に全員避難できたようで、人的被害は無かったが、目の前には火柱が上がっており、隊員達は、どうしたらいいか分からず右往左往している。


 どうしてこうなった……


 結局、火勢は衰える事なく建物を燃やし尽くし、夜が明ける頃になって、ようやく鎮火の兆しを見せ始めた。

 当然、倉庫にあった大量の麻薬も、その全てが灰と化している。


 組織の構成員は何人か拘束しているので、証拠や成果としては十分な事は幸いだった。


 とにかく、朝になったので、ルドルフ様の宿へと向かう事にした。

 だが、ルドルフ様は「貴様らに話す事など無い、さっさと失せろ」の一点張りで取り合って貰えず、手元には組織の構成員だけが残り、どこか釈然としない結末を迎えた。




 しかし、更に翌日、私はルドルフ様の思惑を知る事になった。




 ファーゼストまでの強行軍や、夜通しの尋問の疲れを宿で癒していた私に、一つの報せが入る。


「シルヴィア隊長、焼け跡から金庫が発見されました。これから解錠しますので、来て頂けませんか?」


 麻薬組織の金庫に納められている物ならば、恐らく大量の金貨や、場合によっては、重要な書類が保管されていてもおかしくはない。


 部下の後に続いて焼け跡まで向かうと、盗賊技能を持った部下の一人が、煤で汚れた金庫の前で待っていた。


「すぐに開けられるか?」


「はっ、可能であります!」


「では、やってくれ」


 部下の言葉通り、金庫はものの数分で解錠され、その中身をさらけ出す事になる。

 金庫の中に納められていたのは、一枚の紙のみ。

 それほど重要な書類だということだろうか……


 私は、その紙を取り出し、内容を読み取る。


『黒い牙が、いつでも喉元に届く事を知れ』


「これは!?」


 短い文ではあったが、私が内容を理解するには十分な物であった。


『黒』とは、ルドルフ様が好んで使う色であり、『黒麒麟』を表している。

 そして、誰にも知られずに、麻薬組織の金庫の中に辿り着けるだけの力がある事も示している。


 つまり、この手紙は麻薬組織に対する警告。


 金庫の中身を盗み出す事で、麻薬組織にダメージを与えると共に、幹部や更にその上にいるであろう人物に『次はお前だ』と脅しをかけているのだ。

 ひょっとしたら、先日の火災も計画の一環だったのかもしれない。

 良く考えれば、あのルドルフ様が、大量の麻薬をそのままにしておくとは考えられない。


 つまり、こう言う事か。

 あの日の夜、ルドルフ様自身が姿を見せる事で、麻薬組織の注目を集めつつ、裏では金庫の中身を掠め盗る。

 火を放つ事で拠点を麻薬ごと焼き払い、唯一燃え残る金庫の中に、宣戦布告のメッセージを残すと。


 そして私達は運悪く、その計画の途中に割って入ってしまったのか……


 それも踏まえて、先日のルドルフ様の対応を考えてみる。

 あの時は、ただ門前払いをされるだけで訳が分からなかったが、今はどうだろうか?


 証拠である構成員は私達の手にある。

 その上で、ルドルフ様は「協力することなど無い」とおっしゃられた。


 ルドルフ様はこう、おっしゃりたかったのではないだろうか?


『ファーゼストの地は私に任せてもらおう、王国捜査官は、構成員の情報を元に組織を追ってくれ』と。


 そうすれば麻薬組織は、『黒麒麟』と『王国捜査官』の二つを相手取る必要があり、こちらからは挟み撃ちする格好になる。


「…………そういう事か」


「はっ?隊長、私達にも分かるように説明頂けますか?」


「いいだろう。いいか、これから我々は得た情報を元に、更なる捜査を開始する!それも『黒麒麟』と挟撃を仕掛ける形でだ………………」


 これからの予定を部下に説明し、私は一人、気勢を上げていた。

 あの『黒麒麟』から、期待されている事が分かったからだ。

 麻薬組織の構成員が、私の手元にあるのがその証左。


 …………それにしても気になるのは、あの『黒麒麟』の手足となって動く人間の存在だ。

 あの夜の状況から考えても、ルドルフ様の他に、誰かかしらの暗躍があったのは明白だし、金庫の中にあった紙面からも読み取れる。


黒い牙ブラックファング


 一体、何者なのだろうか……

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