悪党三人組の華麗なる受難は続く(前編)
ファーゼスト・フロントを抜け出して二日、俺達はパウロさんの馬車に揺られながら街道を進んでいた。
手元に金貨が数十枚あるとはいえ、『糞麒麟』が提示した金貨の枚数には程遠く、また金を稼ぐ当ても無い。
まぁ取り合えず、今はパウロさんを自宅に送り届ける事を優先しよう。
奇妙な縁で行動を共にする事になったこの善人は、病気になった連れ合いのために、犯罪の片棒を担がされそうになるなど、どこか危なっかしく見える。
俺自身も、パウロさんには世話になっている事もあり、今は道中の護衛を買って出ているのだ。
今日の昼には、目的の街に着くだろう。
それからの予定は考えていない。
もう、いっその事開き直って、手元の金を好き放題使ってしまおうかとも思えてくる。
「兄貴ぃ、街道の先で、何か争うような音が聞こえるッス!どうしやす?」
どうしたものかと考え事をしていると、ネズミがトラブルを伝えてきた。
荷台に立って、目を凝らして見ると、一台の馬車が野盗に襲われているのが見える。
馬車の護衛は数人しかおらず、対する野盗は十人程で襲撃を仕掛けている。
「ちとまずい、野盗の数が多過ぎる。あまり持ちそうにないな」
護衛は、二倍近い人数差にも負けずに、よく粘っている。
しかし、人数の差はいかんともしがたく、そう間も無い内にやられてしまうだろう。
もしそうなってしまえば、次は俺達の番だ。
ここは、あの護衛達が時間を稼いでいる間に、身を隠してしまうのが賢い選択だろう。
「大変じゃないですか!急いで助けないと!!」
……だが、御者をしているパウロさんは、現場に駆けつける事を迷わず選択した。
パウロさんは、手に持った鞭を馬に走らせ、馬車のスピードを上げる。
やれやれ、こっちは四人しかいないというのに、どうやって助けるつもりなのだろうか。
「デク、合図をしたら突っ込んで、相手を倒せ!分かったな!!」
「わ、わがっだど」
「ネズミは、隠れながら敵のリーダーを探して無力化しろ」
「了解ッス」
「パウロさんは、そのまま脇を通り過ぎて行ってくれ!!」
「わ、分かりました」
まぁ、その選択、俺は嫌いじゃねぇがな。
「……どうせ短い命だ。使うんなら、好きに使わねぇと」
そう、小さく呟き、戦闘に備える。
予想外の戦闘ではあるが、何も無謀な戦を仕掛けるつもりはねぇ。
作戦はこうだ。
いくら野盗の人数が多いとは言え、襲われている馬車の護衛も含めれば、人数の差はだいぶ埋められる。
加えて、相手は俺達に気が付いておらず、背を向けて油断しているため、巨体のデクが突撃していけば、被害を与えられるし、混乱もするだろう。
その間に、ネズミには伏兵として動いてもらい、相手の指揮系統を断つ。
デクの突撃から、相手の混乱が収まるまでの間に、人数差をひっくり返せるかどうかで、戦況は決まる。
時間との勝負だ。
そうこうしている間に距離は縮まり、争う集団が目前に迫ってきた。
「行け!デク!!」
合図と共に、俺達は飛び降り、パウロさんはそのまま通り過ぎて行く。
「ヴォォォォォォォ!!」
腹の底に、重たく響くような咆哮が上がる。
魔物も怯えて腰を抜かす程の、デクの雄叫びだ。
いきなり現れた、恐ろしげな巨体を前に、野盗達が浮き足立つ。
そこへ、すかさずデクが体当りをぶちかまし、次々に野盗達を撥ね飛ばしていく。
ポンポンと木の葉のように舞い散る野盗。
圧巻である。
心なしか、馬車の護衛達も浮き足立っているようにも見えるが、気のせいだろうか。
「……おっと、ぼーっとしてる場合じゃねぇな」
場の全員がデクに気を取られている隙に、野盗の一人に背後からこっそり近付き、手の平で口を覆って声を出せなくしてから『
本職の魔術師のように、広範囲に強力な『
野盗は、俺の手から発せられた魔法の雲を、直接吸い込み、少ししてからぐったりと動かなくなった。
そうして一人、また一人と、静かに敵の戦力を無力化していく。
「ヴォォォォォォォ!!」
すこし離れた場所では、デクが野盗を捕まえては放り投げ、捕まえては放り投げと繰り返し、どんどんと戦力を無力化していく。
「………………」
気が付けば、野盗は全員地に伏しており、ほぼ、デク一人で戦況を覆してしまっていた。
「……よし、計算通り!!」
「んなわけないでしょう、何、調子の良い事言ってんスか?」
今までどこにいたのか、出番のなくなったネズミが顔を出す。
「いいんだよ、結局、俺の作戦がハマったって事だろ。ガハハハハ!」
何にせよ、被害なく戦闘が終えられた事に違いはねぇ。
「……おい、お前達は一体何者だ!?」
馬車を護衛していた内の一人が声を掛けてくる。
俺達がいきなり現れたせいか、警戒の色を浮かべている。
「おっと、そんな警戒しなさんなや。あんた達が野盗に襲われているのを見て、助けに来たんだよ」
「っち、余計な真似を」
敵意が無い証として、両手を上げながら話しかけるが、護衛の男は地面に唾を吐きかけ、警戒を解かない。
「おいおい、せっかく助けてやったってぇのに、その態度は無ぇんじゃねぇか?」
「ふん、予定外の事はあったが、始末してしまえば同じ事か……」
護衛の男は、物騒な事を呟いて、武器を構えた。
すると、他の護衛も武器を向け始め、俺達を逃がさないようににじり寄ってくる。
おいおいおいおい、なんだなんだなんだ?
冗談じゃねぇ、何で、俺が武器を向けられなきゃならねぇんだ?
「ちょっ、意味が分からねぇ。何がどうしたってぇんだ!?」
「説明する義務はない。運が悪かったと思って……グボハァァァッ!!」
護衛の男達が刃を振り上げた瞬間、彼らの身体は宙を舞った。
そのまま、数メートルの高さから落下し地面に叩きつけられる。
男達は、衝撃に呼吸を忘れ、口をパクパクさせながら空気を求めている。
「おで、突っ込む。相手、倒ず。あにぎ、合っでる?」
そう言って無邪気に笑いかけてきたのはデクだった。
一通り野盗を撥ね飛ばした後に、その足で護衛の男達も撥ね飛ばしたようだ。
「野盗を倒せって、意味だったんだがな……」
「じゃ、じゃあ、おで間違えだ?失敗じだ?」
急に不安そうな顔を浮かべるデク。
「まぁ、結果オーライ、かな?」
「結果オーライって、何だど?おで、叱られる?」
「良くやったって、意味だよ」
そう言って、頭を乱暴に撫でてやると、デクは大げさに喜びを表す。
「兄貴ぃ、それで、どうするッスか?」
デクとじゃれ合っていると、ネズミから声が掛けられる。
「どうするったって、なぁ?……どうするよ?」
辺りを見回せば、野盗も護衛も関係無く倒れ伏しており、無事なのは馬車が一台のみ。
だが、助けた側からも襲われた事を考えると、馬車の中からは厄介事の匂いしか感じられない。
正直な所、このまま何も無かった事にして、立ち去ってしまいたい。
そう考えを巡らせていると、ふいに馬車の扉が開き、中から年頃の、若い娘が一人で降りてきた。
服装は街娘のそれだが、顔立ちは整っており、どこか品の良さが見て取れる。
貴族の落とし胤か何かだろうか。
厄介事の匂いが、一層強くなった。
娘は辺りを伺い、野盗と護衛達が倒れているのを見ると、何処かホッとしたような表情を浮かべ、続いて、俺達の姿を見付けると固まったように動かなくなる。
「……よう」
取り合えず声を掛けてみるが、娘は固まったまま動かない。
なんだか良く分からないが、これはチャンスではないだろうか?
このままここに居たら、厄介事に確実に巻き込まれてしまうだろう。
なら、場が動かない内にさっさと去ってしまうのが得策だ。
護衛も、特に怪我をさせた訳ではないので、大丈夫だろう。
「よし、こうしよう。あんたは何も見てないし、何も知らない。そんで、俺達はこのまま何事もなくこの道を通り抜ける、オーケー?」
向こうにしてみれば、俺達という不確定要素はいなくなって欲しいはず。
予想通り、娘は俺の提案に、こくこくと頷いた。
「皆さん、大丈夫ですか~?」
そこへ、パウロさんの馬車が引き返してきた。
戦闘が収まった事を察して、様子を見にきたのだろう。
「「パウロさん」」
俺と娘の声が重なる。
……なんで?
「フレデリカじゃありませんか、こんな所でどうしたんですか!?」
「パウロさん助けて下さい!」
「フレデリカ、落ち着きなさい。ザックさん達は、見た目は怖いかもしれませんけど、いい人ですよ」
パウロさん、それは酷ぇ言い種じゃねえか?
……否定できねぇけど。
「違うんです、私、こっちの人達に無理やり連れて来られたんです!!」
そう言って、フレデリカが指を差したのは、倒れている護衛の男達。
「…………え?」
護衛だと思っていた人物が、実は誘拐犯?
「あと、なんか、野盗も護衛もグルみたいッスよ」
そこにネズミが、更なる爆弾を耳打ちしてくる。
「…………え??」
誘拐犯と野盗が仲間だった?
どういうこと???
どうやら俺達は、また厄介事に巻き込まれたようだ。
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