悪徳領主と捜査官

「そこまでだ!全員この場から動くな!!」


 部屋の扉が乱暴に開かれたかと思うと、背後から女の声が聞こえ、幾人もの人間が、無遠慮に部屋の中へ入り込んでくる。


 何事かと思い、急いで席から立ち上がり闖入ちんにゅう者の様子を伺う。

 念のため半身になって、腰の刀を闖入者に見られないように位置取り、いつでも抜けるように構える。


「貴様、勝手に動くな!」


 この集団のリーダーであろうか。

 長めの金髪を後ろで一纏めにした、気の強そうな女が語気を荒げ、私をキツく睨み付ける。


 蝋燭の心許ない灯りによって、浮かび上がる顔立ちは端正で、この薄暗い中、濃い陰影にさらされてなお、育ちの良さが見て取れる。

 強い使命感からくる女の表情は固く、その青くデザインされた制服と相まって、酷く近寄りがたい印象を受ける。


 女の姿を一通り観察し終え、私は緊張を一つ緩めて問い掛けた。


「これはこれは、王国捜査官殿ではないか。こんな辺境に、それもこのような夜更けに、一体何の用で?」


 彼女らは、王国内で様々な犯罪の取り締まり等を行う、特殊な官憲だ。

 揃いの青い制服がそれを物語っている。


「黙れ悪党が…………なっ、貴方は!?」


 女は、ようやく私が誰であるかを認識したようで、一瞬驚きの表情を浮かべるが、すぐにその表情を引き締めて言葉を続ける。


「…………神妙にして下さい。今日、ここで麻薬の取引が行われている事は、確かな筋の情報で判明しているのですから」


 ……不味いな。

 裏で取引している分には知らぬ存ぜぬを通すつもりだったが、取引の現場を押さえられてしまっては言い逃れもできない。


「やれやれ、何を勘違いしているか知らないが、捜査官が誤った情報に踊らされるとは嘆かわしい物だ」


 なので、ここは強引に切り抜けさせてもらう事にする。


「何?」


「フンっ、確かな筋と言うが怪しい物だ。一体どこからそんな情報が?」


「くっ、だが、現にこうして取引を行って…………」


「……私を馬鹿にするのも大概にしろ!」


 声を荒げようとした女を一喝し、怯んだ所へゆっくりと言葉を告げる。


「貴様はこのような行為に及んでいる?」


「…………」


 私の言葉に、口を閉ざす女捜査官。

 どうやら、この場は掌握する事ができたようだ。


 さて、取引の現場を押さえられていながら、こうも強気でいられるのには訳がある。

 それは、王国捜査官が貴族を取り締まるように出来ていないからである。

 そもそも、貴族とは国王陛下より信任された者であり、特に領地を任されている貴族は、国王陛下の代理人と言っても過言ではない。

 幾ら捜査官と言えども、貴族を糾弾する事は、国王陛下を糾弾する事に等しく、そのような不敬を働く事はできない。

 貴族を糾弾できるのは、同じ貴族だけなのである。


 もっとも、捜査官も大元を辿れば、誰かしら貴族が関与しているので、証拠を押さえられてしまえば、その貴族に弱味を握られる事になるが、そこは後でどうにかするしかない。


 後はどうやってこの場を乗り切るかだが、所詮、辺境の地に回されている、しかも女の捜査官だ。

 大した地位もない木っ端役人風情に、どうこうできる私ではない。


「黙っていては分からんな?貴様は、一体を得て、このファーゼストの地で活動している?」


 そもそも、捜査官が私に何の断りもなく動いている事がおかしいのだ。

 領地を跨いで犯罪を追っている王国捜査官が、その地で活動するためには領主の協力は必須。

 だが、今回の件は、私の耳には入ってきていない。

 とすれば、この捜査は正式な捜査ではない可能性すらある。


「ですが、そのテーブルの上のブツは……」


 だが、女はそう言って食い下がってくる。


 くっ、女の癖に生意気な真似を。

 このまま、現物を確認されてしまえば、後々の処理が面倒臭くなってしまう。


「くどい!貴様は、どれだけ私の手を煩わせるつもりだ!?」


 貴様ら王国の犬は、貴族たる私の言う事を素直に聞いていればいいのだ!


「なっ、我々の職務を侮辱するつもりか!?」


 女はそう言って、キツい眼差しを一層鋭くして見詰めてくる。

 そうして、しばしの間、女捜査官の視線を受け止める。


 全く、融通の利かない女だ。

 この堅物を説得するには、一体どこから攻めるべきか。

 ……いや、待てよ?

 ここまで踏み込まれたのなら、ここがトカゲの尻尾の切り時ではないか?

 …………そうだ、まだ私は、麻薬の取引は行っていないのだ。

 取り合えず、この場さえ凌げればいい。


「……よかろう、そこまで言うのなら、貴様らでここの商会の人間を拘束しておけ!後の話は、朝になってから、領主御用達の宿で伺おう」


 私に許可なく捜査を行っているのだ、この女にとっても、このあたりが妥協点であろう。


 私の提案に、女捜査官は少しだけ考え、口を開く。


「……分かりました。話は明日の朝、宿でさせてもらいましょう。お前達、奥の男を連れていけ!!」


 女がそう言うと、他の捜査官達は即座に動き始め、取引相手の男を拘束して部屋から連れ立って行った。

 女捜査官は、最後に意味あり気な笑顔を残して去っていったが、私はそれを見てほくそ笑む。


 あの女捜査官は、商会の人間の尋問をして、証言を得てから私との対話に臨むつもりのようだが、それでは一手遅い。


 私は、慣れないやり取りに、ふと疲れを感じてよろめいてしまい、蝋燭を倒してしまった。


 いかんいかん、どうやら疲れがまだ残っているようだ。

 少し夜風に当たってから、帰るとしよう。


 外套を手に取り、倒れた蝋燭のそばに置いてしまい、外套を忘れたまま部屋を後にする。


 廊下に出ると、五つ並んでいる部屋の奥の方から、何やら言い争うような声が聞こえてくる。

 捜査官達は、他の人間の拘束等で、まだしばらく時間が掛かる様子だ。


 犯罪者の捕り物をBGMにして、私は悠々と建物から去る。


 せいぜい頑張って、屑共から証言を絞り出しているといい。

 その間に、私は様々な証拠を処分させてもらうとしよう。


 おまけに、あの女捜査官は一つ重大なミスを犯している。

 それは、私がルドルフ=ファーゼストであるかどうかの確認を怠ったという物だ。


 そもそも、この商会にやって来ていたのはであり、それは受付の男も、取引相手だった男も確認している。

 勿論、私がルドルフである証拠など残っていないので、明日、あの女捜査官が宿までやってきたら、しらばっくれてやればいい。

 もし噛み付いて来たとしても、証拠が何も無ければ、それは負け犬の遠吠え以上の物ではない。


 明日やってくる女捜査官の悔しがる顔を想像し、悦に入っていると、徐々に町が騒ぎ出すのを感じた。


 …………フフフ、夜中なのに騒々しいとは、何かあったのかな?


 来た道を振り返れば、先程まで居た商会が赤々と燃え上がっており、何人もの人間がその前で右往左往しているのが見て取れた。


 クククッ、私の街で火事が発生するとは、ただ事ではないな。

 ……おや、あそこに見える制服は王国調査官の方々ではないか。

 丁度いい、どうせ近い内に挨拶しに来るだろうから、この火事についても問い詰めてやるとしよう。

 場合によっては、奴らに火事の責任を、なすりつけてやってもいいかもしれない。


 あの、すまし顔の女捜査官の慌てふためく姿が、今にも目に浮かぶようだ。


 クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!


 儲けを無駄にした分、せいぜい私を楽しませてくれよ?

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