悪党三人組の華麗なる受難(後編)

 夜、人も動物も寝静まる中、闇を縫うようにして駆ける影が二つ。


 言わずと知れた、俺とネズミだ。

 悪党達の懐から金を盗み出す俺達は、まさしく義賊のごとく。


 街中を駆け抜け、昼間に来た商会を訪れると、そっと中の様子を伺う。

 すると、夜中だと言うのに、何人かの気配が感じられる。

 やはり、悪党は夜に活動すると相場が決まっているらしい。


「どうするんスか?」


「へへっ、まぁ見てな」


 俺は懐から自作の香を取り出し、建物の入口で焚き始める。

 麻薬を少し拝借して調合したこの香は、人の判断力を鈍らせる働きがあり、それを、微弱な風の魔術で建物の中へと送り込む。

 俺は香の影響を受けないための薬を飲み、続いて身体に蒸留したアルコールを吹き付けると、一人で建物の中へと入って行く。


 建物の中は蝋燭の火に照らされて薄暗く、愛想の悪い男が一人、カウンターに頬杖をついていた。


「よぉ、旦那!景気はどうだい?」


「なんだお前か……うっ、酒臭ぇ」


 声をかけて近付くと、男は、俺の体から漂うアルコール臭に顔をしかめる。

 男が、香の匂いに気が付いた様子はない。


「旦那のおかげで、旨い酒にありつけてよぉ。旦那にもお裾分けを持ってきてやったぜ」


 そう言って、懐から小さな瓶を取り出して男に見せる。


「あぁ、悪いがまだ仕事中でな……」


「そう固い事言うなよ。仕事ったって、こんな時間にするような仕事なんて、そうはねぇんだろ?」


「まぁ、そうなんだがよぉ。実は今、奥の部屋で商談があってな」


「商談ったって、ここに居る旦那が商談をまとめる訳じゃねぇんだろ?だったら、一杯ぐらいやったって構やしねぇよ」


 そう言って、酒の小瓶を男の手に押し付け、強く勧める。


「…………まぁ、そうかもな」


 香の効能で頭が鈍くなっている男は、俺の言葉につられて小瓶に口をつける。


「さすが旦那、良い飲みっぷりだねぇ!」


「へへへっ、そうかい?……そう言えば昼間は、悪かったな……」


 勿論、渡した酒の中にも薬が盛ってある。

 香の効果と合わさったのか、男は良く分からない事を言い出し、段々と意識が混濁してくる。


「旦那、働き過ぎなんじゃねぇかい?疲れてるんだったら、少し横になったらどうだい?」


「ほ、ほうかい?ほうかもひれないなぁ~」


 男はそう言うと、床の上で横になり、すぐに夢の中へと旅立った。


 盛った薬は、睡眠薬。

 即効性が高い割に、効果がすぐに切れてしまうため、すぐに次の行動に移る必要がある。


「ネズミ、いいぞ!」


 建物の外で待機していたネズミを呼ぶ。

 ここからはネズミの情報が頼りだ。


「奥の方に商談とかをするための部屋があるッス。その中の『オー』の部屋が目的の部屋ッス」


「よっしゃ、行くぞ」


「あっ、ちょっと待つッス」


 ネズミは、床で寝ている男の懐から一本の鍵を取り出し、それから二人で建物の奥へと向かう。


 すると、通路の先に五つの部屋が並んでおり、一番手前の扉にはアルファベットの『A』の文字が飾られており、その部屋の中からは、人の話し声が聞こえてくる。

 どうやら商談中らしいが、こんな夜中にする商談なんぞ、どうせ録な物ではないだろう。


 まぁ俺達には関係無い事なので、無視して進むと、一番奥の扉に『O』の文字が飾ってあり、ここが金庫の在処ありからしい。


 先程拝借した鍵を使用して、部屋の中に入る。

 ベッドに書棚に机と、それほど物が多い部屋には見えないが、金庫らしき物は見当たらない。


「へへへっ、コッチですぜ」


 ネズミは迷った様子もなく書棚に近付くと、本を幾つか取り出し、空いたスペースに手を突っ込むと、奥の板を取り外した。

 見ると、書棚の奥の壁に、金庫が嵌め込まれており、金目の物はどうやらここに納められているようだ。


「開けられるか?」


「誰に物を言ってるんスか?あっしの耳は、ネズミの耳ッスよっと…………」


 ネズミは慣れた手付きで、ダイヤルを右へ左へと回し、最後に男から奪った鍵を差し込んで、いとも簡単に金庫の扉を開く。


「さすがだな」


「へへっ、コレだけが取り柄なもんッスから」


 そう言って自慢げに鼻を膨らませるネズミ。

 実際、大した物である。


「それじゃ、さっさと奪うもん奪って、ズラかるぞ!」


「がってんッス!」


 ニヤリと笑って、お互いに顔を見合わせると、二人掛かりで金庫の中身を、手持ちの袋へと移していった。

 金色の輝きは何十枚にも及び、あまりにも重たかったために、二人で手分けして持ち運ぶ事にする。

 そして、仕上げに、空になった金庫の中に一枚の紙を放り投げる。


「ん?兄貴、何スかそれ?」


「『黒麒麟』への嫌がらせだよ」


「何が書いて……あぁ、なるほどそう言う事ッスか」


 だから、お前は、俺の心を読むんじゃねぇ。


「細かい事を気にしてるとハゲるッスよ」


「だから、読むなっつってんだろうが。馬鹿な事言ってねぇで、さっさとズラかるぞ!!」


 そう言うと、隠し金庫の扉を閉めて、本棚も元通りにし、何事もなかったかのように偽装してから部屋を後にする。


 音を立てないように廊下を歩いていると、『A』の部屋から、今度は笑い声が聞こえてきた。

 どうやら商談はまとまったようだな。

 ……まぁ、俺達には関係無い話だ。


 そのまま部屋を通り過ぎて廊下を抜けると、入口のカウンターの下で、男が気持ち良さそうに眠りこけているのが見えた。

 ネズミは男にそっと近付き、鍵を元通りの場所に返してくる。


 盗みに入って、わずか十分程度。

 ネズミがいなければ、到底成し得ない早業だ。


 ネズミに一つ視線を送り、お互いに頷くと、俺達は再び夜闇を纏って、宿へ向かう。

 あとはこのまま、街からおさらばすればミッションコンプリートだ。


 だが、途中で人の気配を感じ、急いで路地裏に身を隠す。

 足音は複数人の物でこあり、こんな時間に何事だろうか。


「ネズミ、分かるか?」


「詳しくは分からねぇッスが……官憲ッスかね?」


 どうやら、ネズミの能力では、あまり詳しく探れなかったようだ。


「……官憲?こんな時間に?」


 もし奴らに見付かれば、時間が時間なため、絶対に声を掛けられる。

 そして、声を掛けられるれば、ぽっこり膨らんだ怪しい袋に目がいかないハズがない。


 俺達は、路地裏で小さくなりながら、官憲が去って行くのをひっそりと待つ。

 幸いな事に、奴らは俺達に気が付いた様子も無く、そのまま通り過ぎて闇の中へと消えて行った。


「ふぅ、最後の最後で肝が冷えたぜ」


「本当ッスよ、官憲のウロウロする街なんて、さっさと、おさらばしたいッス」


「あぁ、全くもってその通りだな」


 胸に溜まった空気を一つ吐き、先程よりも足早に宿へと向かう。


 それからは、特にトラブルもなく宿に帰る事ができ、宿ではデクとパウロさんが俺たちの帰りを待っていた。


「だ、大丈夫でしたか?」


「アニギ、オデ、ちゃんど、いい子で待っでだど」


 二人は、俺たちの姿を見つけると心配そうに駆け寄ってくるが、俺は、金貨で膨らんだ袋を掲げ、ニヤリと笑う事でそれに応える。


「……そ、そんなにもあったんですか?……だ、大丈夫でしょうか?」


 あまりにもの金額に、パウロさんはゴクリと生唾を飲み込み、そして心配そうに俺の顔を窺う。


は『がやった事なんだから、パウロさんは気にしなくていいんだぜ!……いやぁ、さすがは『黒麒麟』。麻薬組織の資金を奪い取るなんて、相変わらず容赦がないねぇ」


 俺は肩をすくめて、おどけながら言う。


「えっと、その……いいんですか?」


「いいんだよ。全部が全部嘘ってワケでもねぇんだし、麻薬組織の悪党以外は困らねぇんだから。……んな事よりも、奴らが気が付く前に、さっさと街を出ちまおうぜ!」


 金が盗まれた事にはすぐにでも気が付かれるだろうし、官憲がウロウロしてるとなれば、色々ときな臭い物も感じられる。

 これ以上の面倒事に巻き込まれる前に、さっさとこの街から出てしまいたいのが本音だ。


「そ、そうですね」


 あらかじめ街を出る準備は出来ていたため、そうと決まれば、すぐにでも馬車に乗り込み宿を発つ。


 そして、何とか無事に街を出る事に成功したが、俺たちは少しずつ街がざわざわと騒ぎ出す気配を感じ取っていた。

 やはりあの街で、もう一騒動あったようだ。


 だが、街を出た以上、それはもう俺達とは無関係の騒動だ。

 それに巻き込まれなかった事を神に感謝し、俺はファーゼスト・フロントに別れを告げる。


「あばよっ…………」


 そう短く呟いて振り返り、ファーゼスト・フロントに手を振る…………







 …………あるぅぇぇ??







 ゴシゴシと目を擦り、目の前の光景をもう一度確かめる。


 ……間違いない。

 先程まで俺達が忍び込んでいた商会が、轟々と火柱を上げて、勢い良く燃えているのが、ここからでも見える。


 ……何で燃えてんの?

 …………俺達とは無関係の騒動だよね、これ?


「麻薬もろとも拠点を焼却するなんて、さすがはザックさんですね!」


「お、おう、俺に掛かればこんなもんよ!……ふは、ふはははは!!」


 パウロさんの言葉に、つい調子良く答えてしまったが、全くもって心当りがない。


 …………これ、本当に俺とは無関係だよね?

 俺、本当に知らないよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る